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歴史の溝を踏み越えて…


【幻想郷・魔法の森】

昼なお暗い木々の間を縫って、慎重に設けられた連絡ルートの先――小さな広場のような場所に、臨時の会談スペースが設けられていた。


魔理沙は魔法の杖を脇に置き、帽子を少し後ろにずらして周囲を見渡す。

「なんつーか…戦争の話を、幻想郷でやるってのはやっぱ変な気分だぜ。」


アリスは無言でうなずき、フランス陸軍のマルク大尉は資料を確認している。

その隣には、冷静な視線を持つハンガリー軍のチョルク大尉が控えていた。


そして、正面に立つのは――

ウクライナ陸軍 第145歩兵小隊 指揮官 カティンスキー中佐。


彼は一歩前に出て、英語で話し始めた。

「こちらとしても、ロシアから脱走した自由ロシア軍との合流には注意が必要だ。

だが――彼らが戦争ではなく、生きる道を選びたいと願っているのならば、話す価値はある。」


マルク大尉がうなずき、慎重に言葉を選ぶ。

「マルコフ大佐の要望は、NATO側でも共有されている。彼は、祖国に裏切られた兵士たちを“再び人間として扱ってほしい”と願っている。敵ではなく…同じ理想を持った者として。」


カティンスキー中佐の表情が、ほんの少し揺れた。

彼もまた、祖国ウクライナのために命をかけてきた兵士だった。ドンバス戦争では弟を失い、自らも数度の戦傷を負った。


「俺はな、フランス大尉……弟を戦場で失った。

だが、撃ったのは誰かは知らない。俺たちが敵として戦った兵士の中にも、きっと迷いはあったはずだ。

だからこそ俺は、こうしてここで話す。“自由”ってやつは、銃の数じゃなく、選ぶ意志の中にある。」


チョルク大尉が静かに言葉を続けた。

「幻想郷というこの場所は、過去も未来もない。ただ“今をどうするか”だけだ。

この地で血を流すのは、あまりにも愚かだ。」


その時、魔理沙が小さく口を開く。

「戦いってのは、結局“誰を守るか”って話なんだよな。あたしもそうだった。幻想郷を守りたかっただけだ。

あんたたちが、誰かを守るために銃を構えたのなら――きっと、話せるよ。」


沈黙が広がったのち、カティンスキー中佐が手を差し出した。

「……よかろう。まずは、情報交換と共同の捜索任務から始めよう。

マルコフと、そしてお前たちと、同じ未来を描けるかどうかはそこからだ。」


マルク、チョルク、そして魔理沙とアリスがそれぞれうなずき、手を重ねる。


幻想郷・魔法の森にて、祖国と自由を想う者たちの、新たな同盟が静かに芽吹きはじめた――





【幻想郷・迷いの竹林・臨時拠点前】


薄霧が立ち込める竹林の中、二つの軍隊が静かに向かい合っていた。


一方はウクライナ陸軍【第145歩兵小隊】。

もう一方は自由ロシア軍【第7分隊】。

そして、その中央に立つのは――

自由ロシア軍指揮官、マルコフ大佐。

ウクライナ陸軍指揮官、カティンスキー中佐。


その横には、フランス陸軍のマルク大尉とハンガリー軍のチョルク大尉が控え、空気を割るように緊張を押しとどめていた。


さらに、その場に現れたジョージア軍のニコ中佐が、両者の間に静かに歩み寄る。

彼はかつてウクライナ義勇兵としてドンバスの前線に立ち、マルコフとは同じ塹壕に肩を並べた旧友でもある。


カティンスキー中佐がニコの姿を見て、わずかに目を細めた。

「なるほど…お前が彼を“裏切り者”ではなく、“同胞”と呼ぶのなら、俺も耳を傾けよう。」


マルコフは、胸に手を当てて深く頷いた。

「……私は、国家ではなく“人”に忠を誓うと決めた。

私の部下は、かつて敵とされた相手に銃を向けるのを拒んだ者たちだ。

“自由ロシア軍”とは、恐怖から逃げた者ではなく、真実に背を向けなかった者たちの集まりだ。」


静寂が数秒、空間を支配した。


カティンスキー中佐は一歩前に出る。

「……俺の弟は、イロヴァイスクで行方不明になった。

その時、敵の中に“撤退する兵を撃たなかったロシア兵”がいたと聞いた。

今になって思う――それがお前だったのかもしれないな、マルコフ。」


マルコフの瞳がわずかに揺れる。

「あの時、命令を無視してでも撃たなかった。あれが、私の“戦争”の終わりだった。

だが…それが、始まりでもあった。」


二人の視線が交錯し、やがて握手が交わされる。

それは形式的なものではない。戦場を知る者同士の――生存者としての約束だった。


霊夢はその様子を少し離れた場所で見つめていた。

隣でマルク大尉は静かに息をつく。


「……歴史が変わる瞬間ってのは、銃声じゃなく、こういう沈黙の中にあるんだな。」


霊夢は目を伏せ、小さく呟く。

「幻想郷に戦争を持ち込んだのなら……その終わらせ方も、ここで見せてほしい。」


ニコ中佐が笑みを浮かべて言う。

「これが“ヤルタ協定”ならぬ、“竹林協定”だな――だが今度は、領土ではなく人の意志を分かち合う場にしよう。」


そしてその場にいた全員が、言葉はなくとも、

――その瞬間が歴史になることを理解していた。



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