三正面の危機:慎重なる軍靴
「――やはり、そうだったか」
NATO司令部、幻想郷特別展開指令所。
マクファーソン准将は、目の前の報告書に静かに視線を落とした。
情報将校が差し出した報告には、こう記されていた。
・魔法の森周辺にて、センサーがウクライナ軍らしき装備を確認
・迷いの竹林において、哨戒中の部隊が自由ロシア軍の部隊らしき集団を遠距離から視認
・マヨヒガ周辺では、ロシア連邦軍の装甲部隊と思われる通信と熱源探知システムが熱反応を探知
それは、かつての東部戦線三正面に展開していた勢力が、何の前触れもなく幻想郷という閉鎖空間に突如出現したことを意味していた。
「おそらく彼らは、混乱しているはずだ。幻想郷という、理も常識も通じぬ世界に足を踏み入れたのだから」
准将の声は静かだったが、その内には焦燥と冷徹な計算が交錯していた。
「だが……こちらが刺激すれば、自衛の名の下に撃ってくる可能性すらある。我々と彼らの間には、“共通の理解”が何ひとつ存在していない」
無線も通じず、通信インフラも限定的なこの地で、
一発の銃声が戦争への導火線となるのは明白だった。
マクファーソン准将は即座に、作戦参謀に命令を下す。
「軍を動かすな。直接の接触は控える。代わりに――現地の者たちに、協力を要請する」
横にいたアレン少佐が眉を上げる。
「幻想郷の者たちに、ですか?」
「ああ、彼らはここを“棲家”とし、世界を知っている。彼らが仲介者となれば、異世界の民としての信頼を勝ち得られる可能性がある。それまでは……決して先に撃つな。相手から撃たれるまでは、こちらからの一切の攻撃を禁ずる」
その言葉には、老練な指揮官としての苦悩と、
戦争の現実を知る男の覚悟がにじんでいた。
「我々が一発撃てば、ロシアはそれを“侵略”と喧伝するだろう。そしてNATOとロシアが、裏で直接対峙した事実が広がれば――第三次世界大戦の口実となる」
静まり返る作戦室。
その場にいた誰もが、マクファーソン准将の言葉の重さを理解していた。
次の行動:幻想郷の仲介者たちへ
マクファーソンは手元の名簿を見ながら呟く。
「博麗霊夢、アリス・マーガトロイド、八雲紫……この世界の均衡を知る者たちの力を借りるしかない。彼女たちこそが、この“幻想の危機”を最小限に抑える鍵だ」
だが同時に、こうも思っていた。
(幻想郷の者たちにとっても、これは試練となる――我々と、異邦から来た軍勢との間に立つ覚悟が求められる)
そして――
彼の知略が試される瞬間が、今まさに始まろうとしていた。