予期せぬ状況
NATO本部・ブリュッセル
第2戦略危機会議室(通称:コバルトルーム)・現地時間10:32
重い防音扉が閉じられ、世界の軍事中枢の一角が沈黙に包まれる。
会議室の中央、ホログラムディスプレイにはドネツク戦線の座標と同時に、「Phase Shift: Detected」の表示が赤く点滅していた。
NATO事務次長アナ・ウィッテンバーグが席を立ち、各国代表に目を配る。
「……皆さん。これは“戦闘”ではありません。“現象”です。ロシアの第27親衛機械化歩兵連隊、ウクライナの第145歩兵小隊、そして自由ロシア軍が――同一地点で、痕跡ごと消失しました」
場が一瞬凍りつく。
スクリーンに切り替えられた映像は、ラムシュタイン基地で観測された次元歪曲のグラフと、今回ドネツクで観測されたデータの完全一致を示していた。
アメリカCIA・次官補 ハロルド・レーン
「このパターン、我々が【Gateform-02】と呼んでいた現象に酷似しています。かつて太平洋上で観測された“きりさめ消失”のケースとも一致」
イギリスMI6・分析官 カーラ・ハント
「つまり――“別の場所”に転移した可能性がある、と?」
NATO情報部 上級参謀
「否定できません。少なくとも現在の観測技術では、“現実内の存在”とは見なせない。通信も、衛星監視も、完全に無力でした」
ウクライナ情報庁・特使 オレフ・カザレンコ中将
「我が国としては、この事象がザリヤ装置の誤作動か、第三者による非正規起動である可能性を排除できないと考えます。特にロシアが装置の制御に関与している場合――」
CIAレーン「それは無いと断言はできない。ただし――ヴェルニエフ大将の動きから察するに、計画的な発動ではなく、誤作動か副産物である可能性の方が高い。我々は“何者かが意図的に干渉した可能性”も捨てていません」
会議室内が再びざわつく。
NATOウィッテンバーグ事務次長
「今後の対応として、以下の3点を直ちに進めます」
【NATO第6科学部隊】による、ラムシュタイン基地の波動記録の再解析
【アメリカ宇宙軍】および【ESA】との協力による空間歪曲の原因解析
ウクライナ・ポーランド・ルーマニアのNATO部隊による現地調査部隊の派遣準備
「……そして、必要とあらば“幻想郷”との再接触も検討に入るべきです」
その言葉に、一部の将校たちは目を見張った。
“幻想郷”――あの特異な空間。すでに、きりさめ護衛艦とNATO調査部隊が遭遇した“異界”の存在を、内部では認識していた。
MI6カーラ
「まさか、再びあの世界との接触が始まるのか――?」
カザレンコ中将の瞳は鋭く光る。
「いや、今度は“向こう”から、こちらへ来るのかもしれん……」
ウクライナ・国防総省地下指令室
現地時間 13:15
赤く点滅する「通信不能」――
それはまるで、彼らが「この世界から抹消された」ことを示す冷酷な証だった。
司令オペレーター
「……第145小隊、応答願います!こちらウクライナ国防総省、繰り返します、応答願います!」
だが無線機から返ってくるのは、風が吹き抜けるようなノイズと、時折混じる断続的な電磁パルス音だけだった。
技術監視官
「ビーコン全滅、IFF信号消失、彼らが装備していた**モトローラ・タクティカル通信機のバックアップ信号も…追えません。何かに遮断された可能性が高いです」
上級将校(オレクシイ・マルチェンコ少将)
「遮断…いや、それだけでは説明がつかん。完全に、空間ごと引き剥がされたような消失だ」
大画面にはバイラクタルTB-2から送られた消失直前の映像が再生されていた。
映像:
兵士たちが塹壕に展開し、緊張した表情を浮かべていたその時。
空間が“歪む”。視界全体が魚眼レンズのように引き伸ばされ、
次の瞬間、白い閃光とともに全てがブラックアウトした。
「ここです。ここで映像が切れました」
オペレーターが指差すフレームには、最後に捉えられた兵士の顔――
それは驚愕と理解不能の混じった、恐怖の表情だった。
ウクライナ情報分析官(中尉)
「消失地点はドネツク戦線・グライボヴォ地区付近。ロシア第27親衛機械化歩兵連隊の部隊とも近接していました。彼らも同時刻に消失したと、NSA経由で確認が取れています」
マルチェンコ少将
「敵も味方もない――全員、消えたというわけか……」
彼は額を抑え、深くうなだれる。
「ザリヤ装置の実験に関連があるのか……? いや、我々が知らない“別の勢力”が干渉している可能性もある」
司令室が静まり返る中、モニターに新たな情報が表示された。
ウクライナ技術士官
「ラムシュタイン基地、NATO第6科学部隊より共有。ドネツク戦線の“空間波形データ”と、幻想郷転移事件における“きりさめ消失”の波形と、99.7%一致と判明」
この報告が意味するもの――それは、“別の空間”への転送現象が再発しているという事実だった。
マルチェンコ少将
「くそっ……! この状況下で…あの世界はまたしても……!」
彼の拳が机を叩いた。
「全兵員に警戒態勢レベル3を通達! また誰かが転送される可能性がある。各前線での即時通信監視、空間異常探知用のドローン配備を強化しろ!」
「そして、直ちに大統領府に報告。NATOとの合同調査チームの編成を申請する!」