緊迫の情勢
キーウ市内・国家情報庁本部地下
コンクリートの壁に囲まれた作戦室の中、緊張と焦燥が交錯していた。
大型スクリーンには、ドネツク戦線の地形図と共に、“ビーコン・ロスト”の赤い警告が点滅している。
「……なに? ロシア軍の第27親衛機械化歩兵連隊と、我が軍の第145歩兵小隊、それに自由ロシア軍部隊まで――全員が同時に消えた、だと?」
情報庁高官オレフ・カザレンコ中将が、机を叩くようにして立ち上がった。
「どういうことだ!?ビーコンは!?GPSは?!」
情報将校が即答する。
「すべて喪失しております。通信端末からの応答もゼロ。さらに不可解なのは、彼らの端末は“機能停止”ではなく、“存在自体が確認できない”状態です。……まるで最初から、そこにいなかったような――」
カザレンコ中将の表情が一瞬凍り付く。
この規模の消失は、ただの通信妨害やジャミングでは説明がつかない。
「……敵襲か?ロシア軍の新兵器か?」
「いいえ、大将。報告によれば、ロシア軍側の第27連隊も同時に消失しています。戦闘痕跡もなし。通信傍受もゼロ。……ロシア側も“被害者”と見ていいかと」
「……馬鹿な。奴らと共に、我々の部隊が“消えた”だと?」
カザレンコは深く息を吸い、低く唸る。
「ラムシュタインでの観測データはどうなっている?」
「同じパターンが出ています。ラムシュタインで観測された次元波、そしてノヴォシビルスク、先日の北海道沖――すべて同一の干渉波パターンです。今回のドネツクのデータも一致しました」
情報庁内がざわめく。
「……あの現象がまた現れた。しかも戦場のど真ん中に」
カザレンコは静かに立ち上がり、机上の直通電話を手に取った。
「国防総省に繋げ。いや、大統領官邸にも。これはただの戦術的問題では済まされない。国家存亡に関わる事態だ」
「了解、ただちに」
部屋を出ていく情報将校。その背に向かい、カザレンコは低く吐き捨てるように呟いた。
「……もしロシアがあの装置を制御できるなら、我々の首都も、主要基地も、ただの標的に過ぎなくなる……」
彼の額には、これまで見せたことのないほどの深い皺が刻まれていた。