第75章:新たな旅路
2025年:
ウクライナ東部、ドネツィク州郊外。
瓦礫と泥に塗れた戦場に、突如として空間が歪むような奇怪な閃光が走った。
一瞬、夜の闇が昼のように白く染まり、雷鳴にも似た重低音が空気を切り裂いた。
——あの現象だった。
幻想郷に「きりさめ」を送り込んだ、時空跳躍的なエネルギー波——通称が、再び観測された。
しかも、今回は東部戦線の最前線、戦局の鍵を握る地域での発生だった。
この報は直ちにウクライナ情報庁を通じてNATO情報局へと届き、またたく間に各国の対異常戦略部門へ共有された。
「——ザリヤ装置か?」
そう誰もが疑った。
ラムシュタイン空軍基地で最初に確認されたあのフレア。
その発生源と推定されたのが、旧ソ連が構想していた物理転送装置、コードネーム《ザリヤ》。
本来は構想の域を出なかったはずのその装置が、ロシアの手によって密かに復元され、稼働実験を繰り返していたとすれば——
幻想郷への跳躍は「事故」だったのか、それとも「試験」だったのか。
どちらにせよ、今回の現象はそれが単なる偶然ではないことを証明していた。
異常は副産物かもしれない。だが、それに巻き込まれた者たちの存在は、予測不可能な混乱の種となる。
事実、その日、東部戦線にて姿を消した複数の部隊が存在した。
ウクライナ陸軍第145歩兵小隊。
ロシア陸軍第27親衛機械化歩兵連隊の一部。
自らの国に絶望し脱走した元ロシア兵による自由ロシア軍。
そして……その混乱のさなかにいたはずの、現役ロシア軍将校数名までもが、痕跡ごと消失していた。
送られた先は、あの《幻想郷》だった。
これは、ヴェルニエフ上級大将にとっても完全なる誤算だった。
彼の計画「オムスク計画」はまだ発動されていない。
幻想郷を巡るテロの影響も、世界各地で不完全な状態にある。
——それでも、「空間の裂け目」は開いた。
それも、最も厄介な形で。
幻想郷という秩序なき楽園に、異なる目的と信念を持つ兵士たちが投げ込まれた。
彼らが何を見るのか。何を信じ、何を敵とし、何を守ろうとするのか。
運命の歯車はまた静かに、だが確実に動き始めた。