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短編集

高度技術のピエロ ~サーカス団長の苦悩~

作者: ゆにろく

「レディースアーンドジェントルメン!」


 サーカスは華々しく幕を開ける。

 私、クリスは観客としてそこにいた。

 

 高さ20mほどの場所に、小さな足場がある。突如、そこへスポットライトが当たり、筋骨隆々の男が登場した。男は盛り上がっているかー?という風に観客へアピールしている。

 私は、小さなサーカスの団長であり、これは敵情視察であった。

 私の得意は、ライオンと息ぴったりの火の輪くぐりである。


「まずは――」


 司会の男が最初の演目を告げようと息を吸う。

 私の予想ではおそらく、『アレ』だろう。サーカスといえば、という『アレ』だ。ライオンを使う『アレ』。


「――第7世代型アンドロイドによる、火の輪をまとった合金製キメラティックライオンとの空中戦です!!!!!!」


 全長3mの火をまとった超巨大ライオンが現れ、大ジャンプを繰り出す。20mから男は飛び降り、空中戦を始めた。


 

 22世紀がいよいよ現実味を帯びてきた。今年46歳になる私も、早死にしなければ22世紀を迎えることはできるだろう。技術革新に次ぐ、技術革新。サーカスにアンドロイドが使われることが大変多くなった。

 それはサーカスにとどまらない。芸術にはAIを、スポーツにはアンドロイドを。

 人間は機械様に叶わない。人間にできるのは感情を揺さぶられることだけだ。


 私が幼い頃には「人間によるサーカス」があった。それを見たとき感動したし、私はこの舞台に立ってみたいと心から願った。

 私が高校を卒業するくらいには、アンドロイドという機会仕掛けの人間がメーカの実証実験を終え、一部仕事を肩代わりを始めた。

 私が婚期を焦る頃には――結局家庭を持つことはできなかったが――、一般社会にアンドロイドは溶け込んでいた。当然、アンドロイドの頭脳となるAI技術の進歩もあるわけで、青色な仕事だけに留まらず、白色な仕事も少しずつ機械に人間は職を奪われた。

 政府はそのあたりをきっちり対処した。

 いわゆるベーシックインカムを導入して、職を失った人々が食に困ることはなく、一部代替できない優秀な人間は高給取りとしてそのまま働き続ける。

 制度や、保障は不自然なほどに整っていた。おそらくこういう事態を昔から想定していたのだろう。国家ごとに多少の差異はあれど、どこも似たような社会基盤が速やかに構築されて、世界的にみても血を流すような暴動は起きなかったと記憶している。


 さて、話はサーカスに戻るが、サーカスに対してアンドロイドを起用するというのも初めは当然ながら反発があった。「人間がすることに意味があるだろ」というまっとうな意見である。

 しかし、そうはいってもアンドロイドと人は見わけがつかない。感情の表現は実に豊かになっていたし、挙動もなめらかである。杜撰なものになるはずはなかった。

 とあるエンタメ特化の機械工学の企業が人類初のアンドロイドサーカスを開催する。これがすべての始まりであった。

 そのサーカスは、観に来た観客が持ち合わせる「人間がすることに意味がある」という気持ちを木端微塵に吹き飛ばすインパクトがあったのである。


 綱渡りをしながらブレイクダンスをする男。

 サーティーワンアイスクリームのように重なったボールに乗る女性。

 火力が高くて青色になっている火を自由自在に吐く男。もはや火遁である。

 4本のナイフをジャグリングをする男。

 空中ブランコの演目もあったが、これはアンドロイドでもあるにも関わらず失敗した。

 足で弓を引き、矢をマシンガンのように速射する女。


 サーカス終了後、SNSでは賞賛の声が多数あがった。


「迫力が段違いだ!」

「人にはできないことをみるショーとして最高傑作!」

「ジャグリングのとこだけちょっとインパクトに欠けたけど、よくよく考えると4本でも普通に凄いな」


 一方、

「でも人じゃないからハラハラ感には欠けるかも」

「人がやるからすごいんであってねぇ……」

「アンドロイドなのに失敗してて草」


 という意見もあった。

 この企業はサーカス開催の翌日、ある情報を発表した。

 

『ナイフをジャグリングした男だけはアンドロイドではありません』


 実に巧妙だった。

 「人間がすることに意味がある」と批判的だった観客は顔真っ赤である。そんなことを言ったところで、人間を見分けることもできないのだから。

 挙句の果てに、空中ブランコで失敗したあれはアンドロイドだという。


 つまり、やろうと思えば人間っぽくアンドロイドを使ってサーカスもできるんだぞというメッセージであった。


 これ以降、じわじわとアンドロイドを取り入れるサーカスが増えた。

 今ではアンドロイドサーカスは主流である。

 私は頭を抱えていた。


「はぁ」


 気づくと溜息がでていた。

 布団のうえで、昨日みたアンドロイドサーカスを思い出す。

 私はやはり人のサーカスで食べていきたい。こんなアンドロイドサーカスなんて糞くらえでしょうもない。

 そうして劇場に向かったはずが、


(負けるな!!!!)


 他の観客と同じように、火の輪をまとったライオンと肉弾戦を繰り広げる男を応援してしまっていた。

 ……よくよく考えれば、どの演目を進化させたらああなるのか理解に苦しむ。漫画の出てくる地下開催の裏格闘技トーナメントじゃないのだから。火の輪をライオンが纏うってなんだよ。


 とはいえ、なんだかんだ心を動かされたのだった。

 そう、結局は心を動かすことができるかなのだ。


 私は人が凄いことをするサーカスを見てほしい。

 それをしたい。

 でも、今のアンドロイドサーカスを見慣れた観衆は、今更ライオンと仲良く火の輪をくぐっても、えっちらおっちら綱を渡っても心が動かない。

 

 心を動かす。それが重要なのだ。


『――が紡ぐストーリー! 涙なしにみられない! 人気AI作家ソフト サルデモサッカの傑作を映画化!』


 テレビからCMが流れてきた。またこれも機械様の作品だ。映画界ではスタントマンにもアンドロイドが導入されているらしい。

 まあ、この映画は感動もの。それは関係ないのだろうが。

 おそらく、この業界でも私のように苦悩を抱える人間は多いだろう。業界人の苦悩と葛藤は観客たちにはわからない。エンタメにそれは必要ないからだ。


「……待てよ」


 私は跳ね起きた。


「そうか、その手はあったか!」


 挽回の手札はそこにあった。



 その翌年、私の開催したサーカスは大盛況となった。

 アンドロイドにあって、私たち人間にないもの。


 それは苦悩だ。


 開き直って、エンタメの非可食部として切り捨てられてきた裏側を全面に押し出したのである。

 演者のバックグラウンドをスクリーンなどを通して流し、そのうえで曲芸を行う。こうすれば観客がアンドロイドと人を見間違うことはないのだから。

 私はライオンとのエピソードを流し、火の輪くぐりを行った。


 結局必要なことは人の感情を揺さぶること。

 観客にできることは感情を揺さぶられることだけなのだ。


 私は満悦だ。

 人間が実演するサーカスができたのだから。それで食っていくこともできる。

 

「あぁ、私はめげずにサーカス団をやってきてよかった!」

 

 さて、次回のサーカスに備えて演出考えなければ。

 サーカスを盛り上げる人を揺さぶるエピソードに一切の妥協は許されない。


 そんな簡単にエピソードを作ることができるのかって?

 そこについては問題ない。


 主指示メインプロンプト「人を揺さぶるサーカス団長の過去エピソード」

 副指示サブプロンプト「ポイント#泣き #死別した父 #悲しい過去 #50年前の人気作品のエピソードを一部拝借」


 ――エピソード生成AI「サルデモサッカ」の出力を開始します。


 これで安泰だ。

短編はいろいろ書いておりますので良ければ読んでいただけると幸いです。

現在、休載中の『黒葬』も遠からず連載再開予定です。今後ともよろしくお願いいたします。

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