阿吽が立ちこむ影
同時刻の夕方。
書類を片付けていた当主たち。ふっと、天鴉家当主が口を開く。
天鴉家当主
「そう言えば…最近、あの絵本を見返しました……
実際に起きたとすれば、旅の僧侶が始めた事…ですね……」
神蛇家当主
「……あぁ、あの絵本か。子供の頃に一度だけ読んだ覚えがあるが、正直もう細かい内容までは……」
狗神家当主
「私もだ。断片的な印象しか残っていない。」
神蛇家当主も頷きながら、腕を組む。
そう言うと天鴉家当主は思い出しながらなぞるように内容を言った…
むかしむかし、ある村に、みんな仲良く暮らしていました。
少しのごはんにも感謝し、隣の人を大事にしながら、穏やかに過ごしていました。
ある日、この村に旅の僧侶がやってきました。
長い旅で疲れていたので、一晩だけ泊めてもらおうと思ったのです。
旅の僧侶は、村を出ようとして歩き出した孫を見かけました。
その子のことは、昨晩泊めてもらった家で少しだけ言葉を交わしたことがあったので、すぐに分かりました……
そこで言葉を切った天鴉家当主を見た。
小鼬家当主
「……ここまでだと、どうにも核心が掴めん……だが、続きに何か大事なことがあったはずだ」
狐我家当主
「私も同じく、細部までは曖昧で……。ただ、昔読んだ時は妙に胸に引っかかる感覚があった」
当主たちはただ思案げに黙り込む、学園長だけがわずかに雰囲気を変え、口を開いた。
学園長
「……絵本なら、私は生徒たちに読み聞かせる機会がありますから。
確証はありませんが、もしあれが事実なら……“あの子”を守るために始まった話、ということなのでしょうね。」
当主たちは視線を交わすが、誰も確信を口にしようとはしなかった……
ーー同じ頃、訓練で疲れ果てた生徒が木陰で休んでいると、友達が近づいてきた。
生徒
「なぁ……宿題で感想文書けって言われたんだけど、お前はどうする?」
友達
「あぁ、もう決めてるよ。
“旅人の影”にするつもりなんだけど……図書室で見つからなかったんだよな……」
生徒
「“旅人の影”? あのちょっと不気味な昔話っぽいやつか?
内容、覚えてんのか?」
友達
「……まぁ、断片的にはね。たしか――」
「むかしむかし、ある村にみんな仲良く暮らしていて……そこに旅の僧侶がやってきて、一晩泊めてもらうんだ。で、翌朝、村を出ようとする孫を見かけるんだけど……その子の様子が妙でさ。笑顔は消えてて、僧侶は“ただ事じゃない”って感じるんだ。……で、村人に訴えるけど信じてもらえず、逆に追い出される。それでも僧侶は“必ず戻ろう、あの子を守るために”って心に決めるんだ。……まぁ、ここまでしかちゃんとは覚えてないけど」
生徒
「よくそこまで覚えてたな……俺、全然だわ」
友達
「…日頃の賜物かな?」
生徒
「はいはい、自慢ですか……」
二人は軽口を交わしながら、再び訓練に戻るのだった。
――その時刻、別の場所で…
深く暗い所に、それはいた……不気味な響きと共に。
(あぁ……やっとこの時を待っていた……
忌々しい僧侶達……良くも傷を負わせたものだ……
特にあの若い僧侶……絶対に許さん……
もう少しで合う身体を見つけられるのだ……ククク……)
近くを歩く退魔師の団員が、その気配に気づくことなく足を進めていた。
霧はまるで意思を持ったかのように近づき、団員の首を強く絞めた。
やがて力なく崩れかけた身体は、次の瞬間、何事もなかったかのように立ち上がる。
しかし、その足取りはどこか不自然で、まるで自分ではない何かに導かれているかのようだった。
その場には、ひと片の紙切れのように――焼け残った絵本の一部が残されていた。
「なら私が力を蓄え、滅ぼす時を待ちましょう……
それが、全ての者の記憶から消えてしまっても……」
やがてその団員は、暗い森の中へと静かに消えていった――。




