第6話
「ここが木曽だ」
ソウハは落ちていた枝を拾うと、地面に地図を書き始めた。
「ここが大阪だとしたら、木曽と大阪の間には、関ケ原がある」
萌菜は、歴史を思い出した。
(関ケ原って、確か関ケ原の合戦があったところだよね……)
「関ケ原が、どうかしたのですか?」
「関ケ原一帯は、魔将ミツナリという、強力な妖魔が縄張りとしている。そして、数千とも数万ともいわれる、妖魔の軍団を従えている」
「ミツナリ、ミツナリ……え? えぇぇぇぇぇぇ!」
(ここにきて、いきなり石田三成が登場する? もしかして、大阪にいるのは豊臣秀吉?)
そういえば、ソウハが契約している仙樹は、建速須佐之男命だと思い出し、一つの可能性を思いつく。
(もしかして、過去の亡霊とかが復活して、日本を襲ったのかな? けど妖魔って、人型だけでなく、動物や、さらに変な姿をしたのもいたよね……)
今まで見てきた色々な妖魔の姿を思い浮かべた萌菜は、その後、日本地図を思い出す。
「別に、関ケ原を通らなくても、いいじゃないですか。南下して、名古屋を通るとか?」
「名古屋か……愛知一帯は、水没しているのだ。通るには、船を用意しなくてはならないし、それには時間がかかる。そしてなにより、昔の建物があって船が進みにくい」
「水没……」
(地盤沈下か何かがあったのかな? そう言えば、南海トラフ地震って、昔から来る来る言われてきたし、この三百年の間に、なにかあったのかも……)
「では、琵琶湖を北上して、北から大阪に入るのはどうですか? もの凄い大回りになりますが……」
「琵琶湖? 琵琶湖? ……あぁ、琵琶湾のことか」
「琵琶湾? わ、湾ですか? 琵琶湖の北には陸地がありますよね?」
「陸地? 何をいっている。湾だから、外海に通じているに決まっているではないか。陸地などない。それに琵琶湾には巨大な主がいると言われているため、琵琶湾を船で進むには危険すぎる」
(え? なにそれ……日本、変わりすぎ……)
「つまり、大阪に行くためには、関ケ原を通るしかないってことですか?」
「そうなる。だから君一人では、無理だといっているのだ」
「……わかりました。ソウハさん、御同行をお願いします」
萌菜はなんだか考えるのも疲れ、素直にソウハにお願いをした。
「ただ、問題はどの道を通るかだな」
「道ですか?」
「そうだ。昔の舗装された道路を行くか、それとも線路と呼ばれる鉄の棒が敷かれた道を行くか、それとも水を確保しやすい川沿いを行くか、姿を隠しやすい森の中を進むか、基本的にはこの四つになる」
「もう一度、叡知の廃殿に行って、地図を確認しませんか?」
「意味があるとは思えない。君が三百年以上前の人物だというならば、あそこにある地図も三百年前以上前のものと思われる。この三百年で、変わっていないとは思えない。不確かな情報を頼りにして決めるよりも、岐阜の廃都に行けば、小さいが大阪の赤き光は見える。それを目指して進めば、大阪へは迷わない。岐阜の廃都には何度も行っているので、そこまでは道には困らない。問題は、君の足なのだ」
(どうせ私の足は、ソウハさんに比べれば大したことはないですよ。けど私だって、元の世界に戻れば、学校の女子では凄い方なのに……)
生活環境が違うのだから、当然じゃないかと萌菜は思ったが、これからのことを考えると文句は言えない。
「さて、君の足は、森の中を何日も歩けるかな?」
「む、無理だと思います」
「はぁ、その軟弱さで、よく大阪まで行く気になるものだ」
「すみません」
萌菜は俯いた。
「仕方ない、休憩も考慮して進むとしよう。ただし、常に道路を歩けるわけではないと、心構えをしておくように」
萌菜は真剣に頷いた。
その夜、ソウハは主だった衛士を呼んで会議を開いていた。この場にいる衛士は全て、女性だった。
「私はこれから暫くの間、留守にする。衛士長代理はミソノ、そなたがするように」
三十歳過ぎの女性が立ち上がり、お辞儀をした。
「確かに、承りました」
「そして、空いた副長の席はサイカ、そなたが務めるように」
「はい、ソウハ様がお戻りになるまで、懸命に努めます」
「よろしい。では、私がいない間の木曽の守りは頼んだぞ」
「は!」
その場の衛士全てが返事をする。
「そして、私がいない間のユズカの稽古は、サイカ、その方がつけるように。さらに私が戻ってくるまでに、ユズカと契約する仙樹を見繕っておくように」
「畏まりました」
サイカが頷くと、ソウハは会議場を後にした。
次の日、朝早く起きると、準備が始まった。岐阜までは良いが、岐阜から先に村があるかはわからない。食料の調達が困難だった。
「モエナ、これぐらいは持てるか?」
萌菜は、米を詰められた背負い袋を持った。
「重いけど、なんとか頑張ります」
食料は、余裕をもって2週間分だ。荷物を考えたとき三食はきついので、一日二食計算で米を準備した。他に肉の燻製などの保存食も詰め込まれ、かなりの重さになる。
流石に萌菜一人だけではきついので、ソウハも少しは荷物を持つことになった。だが、いざ戦闘となれば、状況によっては萌菜が全て持つことになる。
萌菜は何度か背負い袋の重さを確認すると、途中で潰れないか不安になった。
「ソウハさん、何をしているんですか?」
縁側に行くと、ソウハが愛用の木刀をノミで削っていた。
「見てのとおり、手入れをしている」
それを見て、萌菜は武器について聞くことにした。
「なんで、木刀を使っているんですか?」
「木刀……木刀と一緒にしてほしくはないのだが……」
ソウハが、非難するように萌菜を見た。
「ごめんなさい」
「まあ、よい。君にも説明したほうがよいな。旅路にも関係する」
「はぁ」
旅路と木刀がどう関係するか、萌菜には思い浮かばなかった。
「妖魔に触れることができるのは?」
ソウハが先を促した。
「生きているものだけです」
さすがに何度も聞かされた言葉だ。萌菜はすんなりと答えた。
「そうだ。つまり、これは生きている。我々はこれを樹器と呼んでいる。これは契約した仙樹より授けられた枝を加工して作った代物だ。常に水を与え万全の状態としておかなくてはならない。そして、生きているため芽が出てくる。私は普段は鞘に収めているので、少しでもでてきた芽を削って、鞘に収められる状態にしなくてはならない」
「す、凄いですね。どうやって水を与えているんですか? 水をかけるんですか?」
「もう少し、まともな発想をしてもらいたい」
そう言って、ソウハは柄の根元を外した。柄の中を、萌菜に見せる。
中には布が詰め込まれ、根が絡みついていた。
「根、根がこんなに……」
萌菜は目を見開いて柄の中を見た。
「一日一回、水を与え、仙気を流す。そうやって樹器の状態を万全に保つのだ」
ソウハは柄の根元を閉じ、こんどは細かい金ヤスリで磨き始めた。
「旅には、もちろん手入れの道具を持っていくが、いつ手入れできるかわからぬからな。こうして、旅立つ前に手入れをしている」
ヤスリがけを終えると、布で拭いた。そして仙気を流す。樹器からオーラが漂い始めた。
「見てのとおり、これは特別な武器だが、木であることには変わりない。折れたら修復はできぬ。だから我々衛士は決して妖魔と樹器で打ち合わぬし、妖魔の攻撃はかわすか、手で受け流す。さらに水は重要だ。状況によっては、我々が飲むことよりも、樹器に与えることを優先させる。君も、それを念頭において行動してくれると、助かる」
萌菜は真剣に頷いた。
ソウハが鞘に樹器を収めた。
「鞘も、何か特別な効果があるんですか?」
「そうだ。この鞘は仙気を増幅し、溜めやすくしてくれる。つまりこの鞘に樹器を収めて仙気を籠めれば、強力な攻撃をしやすくなるというわけだ」
萌菜はソウハと最初に出会ったとき、ソウハが強力な妖魔を倒すとき、わざわざ鞘に樹器を収めた理由がわかった。
萌菜が納得するように頷くのを見ると、ソウハは立ち上がって自室に戻っていった。そして、戦衣に着替え、愛用の樹器を腰に佩き、背負い袋を背負って準備を終えると、玄関をでた。
萌菜もメイド服に着替え、背負い袋を背負うと、ソウハの後に続いた。
「皆、見送りに感謝する」
「ソウハ様、ご無事でお戻りください」
「心配するな、私は必ず木曽に戻ってくる」
非番の衛士や多くの村人が、萌菜とソウハの見送りに来ていた。
「ソウハ、決めたのはお主じゃ。途中で、ねを上げるのではないぞ。必ず萌菜を、守り通すのじゃ」
チヨ婆が叱咤激励する。
「ソウハ様、お稽古、頑張ります。だから無事に戻ってきてください」
ユズカが、ソウハを祈るように見る。
「ソウハ様、木曽のことは御心配には及びません」
サイカの言葉にソウハが頷いた。
「うん、ソウハ様なら大丈夫」
オウメが何やら自信があるように頷いている。
「……」
アケミは何も言わなかった。何か、考えている。
「お世話になりました」
「皆、行って来る」
萌菜とソウハは多くの人に見送られるなか、運命が待ち受ける大阪へと旅立った。