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仙樹の君  作者: 霧島 隆瑛
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第2話

「はぁぁぁぁぁ、とりゃぁ!」


「ソウハ様、考え事ですか? 動きに切れがございませんよ?」


「むっ、そのようなことはない」


 萌菜は、外から聞こえる喧騒で、目を覚ました。


「もう、朝から何の騒ぎ? 近所迷惑だよぉ」


 萌菜は布団を被ろうとして、ハッとした。


「今、何時? 朝練に遅れる!」


 そして手を伸ばし、普段寝ているベッドの近くに置いてあるはずの時計を、掴もうとした。


「あれ? 時計がない……」


 手を左右に動かし探るが、見つからない。


 萌菜は、目を開けながら首を傾け、枕元に視線を向けた。


「ここ、どこ?」


 萌菜は朝から寝ぼけていた。だがすぐに、昨日の事を思い出した。


「あ、そっか。私、見知らぬ場所に来ちゃったんだっけ……」


 そして、襖の向こうから聞こえてくる喧騒に、眉をしかめた。


「あの人たち、朝から何をやっているの?」


 これから毎日、あの喧騒で目が覚めるのかと思うと、憂鬱になった。


 だが、ふと思う。


「声の言うとおりに大阪に行くなら、ここには居られないか」


 萌菜は、自分が元いた世界に帰るには、大阪に行く必要があるかもと、考え始めていた。


「それとも、ここが大阪だったりして……」


「ま、そんな都合のいいことは、ないか」


 ここが大阪だったら、声は大阪に行けとは言わないだろう。


「よし、起きよう」


 萌菜は軽く気合を入れると、体を起こした。


 部屋を見回す。相も変わらず、殺風景な部屋だ。


 だが、近くにメイド服が置いてあった。


 布団を出ると、メイド服を手に取る。


「洗ってある……ユズカって子かな? ありがとう……」


 萌菜は、夜のうちに洗って干してくれていたのだろうとわかると、ありがたく思った。


 メイド服に着替えて、縁側の襖を開けた。




「うわ、朝からこの人達……」


 ソウハ、アケミ、そして昨日の槍を持った若い女性の三人が、朝から組み手をしていた。


 組み手というには激しく、アケミと若い女性が二人がかりで、ソウハを攻撃していた。そしてソウハは手を使うことなく、体捌きのみで二人の攻撃を躱している。


「それにしても、この人たち、凄い……私と同じ人間なのかな?」


 萌菜は縁側に座り、三人の組み手の凄まじさに驚きながら眺めていたが、ソウハが萌菜に気付き、組み手を中止した。


「ずいぶんと、ゆっくりとした朝だな」


(うわ、この人、朝から嫌味……)萌菜はムっとしたが、居候の身である。愛想笑いを浮かべた。


 アケミが萌菜の目の前に来て、再びジロジロと眺めはじめた。


「う~ん、やぱっりこれは、あれだよな」


「ちょっと、そんなに見ないでください」


 萌菜が身をよじって、アケミの視線から逃げようとする。


「アケミ、そんなにじろじろと見るものではありませんよ」


「ごめん、サイカ姉」


「謝るのは私にではなく、この子にでしょ」


 アケミは、サイカと呼んだ若い女性に促され、萌菜に謝った。


「ごめん」


「えっ、いいよ。気にしてないから」


 萌菜が再び愛想笑いを浮かべたところに、ユズカが来た。


「朝のお膳の支度が、整いました」


「皆、朝餉にしよう」


(この人、朝餉って、いつの時代よ。普通に、朝ごはんでいいじゃん)


 萌菜は突っ込みたくなった。




 客間に入ると、いつの間にか布団は片付けられていて、座卓には六人分の朝食が用意されていた。


 どうやら、アケミとサイカも一緒に食べるらしい。


 チヨ婆は、すでに座っていた。


 ソウハが座り、その横にアケミが座る。サイカはアケミの隣に座った。


 萌菜はどこに座っていいかわからず、ユズカを見た。ユズカも萌菜を見ている。


 お互い見合っていると、ソウハが声をかけた。


「二人共、何を立っている。その方らが座らぬと、私たちが食べれないではないか」


 空いているのはチヨ婆の隣か、その隣だ。居候の身で、村長であるチヨ婆の隣に座っていいのか、だからといって、一つ開けて座るのも失礼でないか、萌菜はどうするか悩んだ。


 そして、萌菜はユズカが先にチヨ婆の隣に座ってくれないかと見つめたが、ユズカは萌菜を見ている。どうやらユズカにとって、萌菜は自分よりも優先させるべき、お客様のようだ。


「ユズカちゃん、どうぞ」


「え? あ、はい」


 萌菜は、ユズカにチヨ婆の隣を促す。ユズカがチヨ婆の隣に座り、萌菜がユズカの隣に座るのを、チヨ婆は横目で見ていた。


「あはははは……」


 萌菜は、チヨ婆の視線を愛想笑いで受け流す。


「いただきます」


 萌菜が座ると、六人は食事を始めた。




 ご飯、味噌汁、漬物、小魚の佃煮、そして目玉焼きという食事を、アケミが騒がしく食べた朝ごはんが終わる。


 ユズカが片付けを始めると、ソウハがお茶を一口啜った後、口を開いた。


「私たちも君も、お互い聞きたいことは山ほどあるだろう。だが、まずは君の聞きたいことに答えよう」


 萌菜はソウハに鋭く見つめられ、唾を飲みこむ。何から聞くべきか悩んだが、まずは妖魔について聞くことにした。


「では、あの妖魔とかいう化け物について教えてください」


「わかった。だが、君がなぜ妖魔について知らないのかという疑問はあるが、まずは答えよう」


「お願いします」


「妖魔は何処かから現れ、人のみならず、全ての生き物を害する存在だ。言い伝えによれば、西の空が赤く輝いたその日に、突如として現れたとされる」


「妖魔はなぜ人を、生き物を襲うんですか? 食べるためですか?」


 萌菜は疑問に思ったことを、すぐに聞いた。


「それは妖樹の贄にするためだ」


「妖樹?」


 萌菜が首を傾げる。


「それも知らぬか……では、我らが代々言い伝えられている話を、最初から話そう」


 ソウハがお茶で口を潤し、話し始めた。


「その昔、西の空が赤く輝き、世界は血にまみれた。突如現れた妖魔は生きとし生けるものを襲い始めた。妖魔による殺戮が始まったとき、まだ仙樹は存在しておらず、妖魔に鉄の武器も火薬も効かなかった。全ての攻撃は妖魔に効かず、すり抜けた。なぜなら、妖魔に触れることができるのは、生きているもののみだからだ。人々は一方的に殺されていった。世界が絶望に染まったとき、長い時を生きた老樹が、突如、仙樹となった。そして仙樹は、それぞれ一人の人間を選んだ。それが仙樹の衛士だ。多くの人が妖魔に殺されたが、仙樹より妖魔を滅する力を得た衛士は、何とか虐殺を食い止めることができた。そして生き残った人々は都市を捨て、仙樹の近くに村を作った」


「……」


 萌菜は、黙ってソウハの話を聞いていた。


「君も見たであろうが、我々仙樹の衛士は仙樹から仙気を預かり、自らの気を仙気とし、妖魔を滅ぼす。だが、妖魔たちは一筋縄ではいかなかった。妖魔は、仙樹を闇の力で侵食し、妖樹へと変質させた。そして妖樹は、捧げられた贄に応じて、実をつけるようになった。妖魔はその実を喰らい、己の力を増す。そのために、生けるものを贄に捧げるのだ。それが、妖魔が生きとし生けるものを狙う理由だ」


 萌菜は、この話をにわかには信じられなかった。だが実際、彼女は妖魔を見た。混乱する頭を整理するために、確かめる。


「つまり、みなさんは妖魔から人々を守る、仙樹の衛士ということですか?」


「その認識で間違っていないが、それが全てではない。人々だけでなく、仙樹も守り、そして妖樹となった仙樹を浄化して、仙樹へと戻すのも、我ら仙樹の衛士の仕事だ」


 萌菜は、とんでもない世界へとやってきたと、眩暈を感じずにはいられなかった。


「では、次は我々の番だ。君はどこから来た?」


「え? どこって、東京の巣鴨ですけど……って、東京って言ってもわかりませんよね……」


 だが、萌菜はふと思った。


(あれ? 私、日本語で会話をしているよね……)


「東京……廃都、東京ね……」


 サイカが呟き、萌菜を疑うように目を細めた。だが、萌菜はサイカの視線よりも、言葉の方が気になった。


「い、今、廃都って言いました?」


「ええ、東京は昔に滅び、今は誰も住んでいないわ」


「は?」


「東京どころか、昔の都市は全て滅んだはずよ」


「えええええええ! そんなの信じられません!」


 萌菜は驚きのあまり、座卓に手をついて身を乗り出した。


「信じられないのは、こちらのほうよ。もし仮に、廃都東京にまだ人が住んでいたとしても、あなたのような普通の女の子が、ここまで来れるわけないもの」


 サイカが怪しむように、萌菜を見る。


「そ、それです。私も聞きたかったんです。ここって、どこですか? 東京の近くじゃないんですか?」


「あなた、何を言っているの? ここは木曽よ」


「木曽? 木曽って、木曽山脈の木曽?」


「そうね。その木曽で間違いないわ」


(え? 私、まじでどうやってここまで来たの?)


 萌菜は、もう頭がこんがらがりそうだった。


「あなた、本当はどこから来たの?」


「わかりません……」


「わかりませんって、あなたね……」


「私、本当に東京に住んでいるんです。けど昨日、目が覚めたら神社にいて……」


 萌菜は俯いた。


「神社……位置的にあの神社か……」


 ソウハには、どの神社かわかったようだ。


「私、こいつが言っていること、事実だと思う」


 アケミが口を開いた。


「何故、そう思う?」


 ソウハがアケミを見た。


「その服って、メイド服って言うんだろ。旧時代に密かな人気があったっていう」


「まさか、叡知を使用したのか?」


 ソウハが咎めるように、アケミを睨んだ。


「た、たまたま見ただけだよ」


 アケミはバツが悪そうに、視線をそらした。


「アケミ、もしかして、如何わしいものを見てないでしょうね?」


 サイカが探るように、アケミを見る。


「見てない見てない。それよりも、サイカ姉がなんでそんなことを知っているんだよ?」


「そ、それは……」


 サイカが顔を赤らめ、そっぽを向いた。


「その方ら……」


 ソウハが、ため息をついた。


「なにはともあれ、モエナが無事でなによりじゃわい。若い娘が、妖魔に捕まるのは辛いからのう」


 チヨ婆が、萌菜を安心させるように笑いかけた。だが、萌菜はその言葉が気になった。


「若い娘が捕まると、どうなるんですか?」


「聞きたいか?」


「できれば……」


「ふむ……」


 チヨ婆は少し考えこむ。だが、すぐに口を開いた。


「妖樹は贄を捧げられると、実をつけると聞いたであろう。一言でいうと、大人よりも赤子、生まれたばかりの赤ん坊のほうが、より多くのそして質の良い実をつけるのだ。だから、妖魔は若い娘を妖樹の贄としない」


「それって、つまり……妖魔にそういうことをされちゃうってことですか?」


 萌菜は自分の体を抱きしめた。


「違う違う。妖魔はそのようなことはせぬ。捕まえた若い娘もそうじゃが、一人か二人ほど種男も飼っているのだ。あれは酷かった。室内には行為の匂いが常に充満し、食事も碌なものではない。妖樹に祈るように赤子を捧げる妖魔、贄を捧げられ妖しく光り、実をつける妖樹、それを嬉しそうに貪り食う妖魔ども……あれは地獄だった」


「ま、まるで見てきたかのように、言うんですね」


「お、お前!」


 アケミが萌菜を睨みつけた。


「よいよい。昔の事じゃ。わしは幸運じゃった。助けられ、孫にも恵まれ、いまはこうして村長をしておる」


「あ、ごめんなさい……」


 萌菜は自分の失言を悟り、俯いた。




 静寂が支配した。だが、すぐにソウハが声を発した。


「これから、叡知の廃殿に行くか?」


「ソウハ様?」


 サイカがソウハを見る。


「仕方あるまい。本人が現状を理解できていないのだ。我々に理解できるはずもない。ならば、彼女に見てもらった方が早い。そうすれば、彼女も身の振り方を決めらるであろう」


「確かに、おっしゃる通りです」


「君は、どうしたい?」


 ソウハが萌菜を見た。


「私は、行ってみたいですけど……ご迷惑では……妖魔もいますし」


「気にするな。君が現状を理解して、今後のことを決めなくては、我々としても困る。君を放りだすようなことも、できないしな。村に残るなら、色々とやることもある」


(村に残る……こんな状況じゃ、大阪に行くって、気軽に言えないよね……)


 萌菜は、目が覚めるきっかけとなった声について、言うか悩んだ。


「さて、廃殿に行くなら、サイカの班に同行を頼めるか?」


「わかりました、ソウハ様」


「え? そんな、悪いですよ」


 萌菜は恐縮した。


「私一人でも十分であろうが、念のためだ」


「そうだぞ。お前が気にすることではない。ソウハ様の命令だからな」


 アケミがソウハに同意する。


 そこで萌菜は、先ほどからアケミとサイカが、ソウハを様付で呼んでいることが気になった。


「そういえば、先ほどからお二人はソウハ様と呼んでいますが、ソウハさんって偉いんですか?」


「ソウハさん……お前も、ソウハ様と呼ばないか!」


 アケミがみるみると不機嫌になり、萌菜に怒鳴った。


「ひぃ……」


 アケミの怒りに、萌菜はタジタジとなった。


「このお方は樹齢四千年を超える大仙樹、建速須佐之男命タケハヤスサノオノミコト様に選ばれた凄い衛士であり、この村だけでなく、有事の際は木曽の守護村の衛士すべてを束ねる、衛士長でもあるのだぞ。仙樹の君と称されるソウハ様を……お前ごときが……お前ごときが……気安く、呼ぶなぁ!」


 アケミの怒声が響き渡った。


「ご、ごめんなさい」


 萌菜は必死に謝る。だが……


(建速須佐之男命って、たしか日本神話だよね! けど、仙樹って、木だよね、木だよね!)


 心の中ではツッコまずにいられなかった。

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