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仙樹の君  作者: 霧島 隆瑛
18/22

第13話ー1

 萌菜とソウハは、時折遭遇する妖魔を殲滅しながら、京都に向けて国道を南下していた。もちろん、妖魔を殲滅するのはソウハの役割である。


「ソウハさん、妖魔ですよ。頑張って!」


「……」


 いつのまにか、萌菜は妖魔を怖がらなくなっていた。もちろんその理由は、ソウハが簡単に滅するからであるが……


 戦うのはソウハだから、他人事といったら他人事なのだが、萌菜は妖魔と遭遇するたびに、無邪気にソウハをけしかける。


 数度の戦いの後、ソウハが恨めしそうに萌菜を睨んだ。


「まるで、他人事のようだな。自分が戦えないからといって、私に全てを押し付けて、よく平気でけしかけられるな?」


 ソウハが握りこぶしを作り、萌菜に近づく。


「え……ソウハさん、ちょっと怖いです……」


 萌菜は、一歩二歩と後ずさる。だが、ソウハは逃がさなかった。


 萌菜の前に立つと、両手を伸ばす。


「痛い、痛いです!ソウハさん!」


「調子に乗る君が悪い。これは罰だ」


 萌菜のこめかみを、ぐりぐりと拳できつく圧迫した。


「体罰禁止、体罰禁止!」


 ソウハが手を離すと、萌菜は睨んだ。


「私の時代では、体罰をしたら社会的に死ぬんですよ」


「それは悲惨な時代だな。君のような猿並みの子供を、どうやって躾けるのだ? さぞ、大人も苦労するだろう」


 ソウハは、馬鹿馬鹿しそうにため息をつくと、踵を返して歩き始めた。


「ソウハさんの、いけず……」


 萌菜は、ソウハの背中を睨みながら小さく呟いた。




 二人はその後も、国道を歩いていた。そろそろ京都の宇治に着くかというところで、日が沈み始める。途中の川で水を補給すると、森に入り野宿の準備を始めた。


「明日には、京都に入れますね」


 萌菜は、おにぎりを見つめながら口を開いた。この未来に来て、何度目のおにぎりか…… 萌菜は調味料が無いため、いいかげん、塩味のみの味付けに飽きてきていた。


「湯葉に、茄子の田楽、八つ橋もいいな……けど、ハンバーガーも食べたいし……」


 萌菜は、京都グルメを想像して、涎を垂らした。


「はぁ……そのようなものは、今の時代にはない。あるとしたら湯葉や茄子だけだろう。さまざまなもので溢れていた時代に生きている君からしたら、今はさぞ退屈であろうな」


 ソウハは、興味なさそうに食べ進める。


「思うんですけど、ソウハさんて、何を楽しみに生きているんですか?」


「楽しみ? 逆に聞くが、なぜ楽しみがなければ生きていけないのだ?」


「え? うわ~、ありえないですよ」


 萌菜は、顔を引き攣らせた。


「それにしても、君は京都に詳しそうだな?」


「実は私、東京に引っ越す前は、奈良に住んでいたんです。だから、京都にはよく遊びに行っていたんですよ」


「そうか……ん、まてよ……確か学校で、奈良と大阪は隣と教わった記憶がある。もしかして、君は大阪にも詳しいのか?」


「そこまで詳しいわけじゃないですけど、もちろん何度も行ったことがありますよ」


「そうか、だから大阪に行くといったのか。私はよく知らない場所に一人で行く気になるものだと感心したのだが、行ったことがあるのならば納得だ。大阪での道案内は、任せても良さそうだな」


「それは、ソウハさんよりは詳しいですけど……」


 萌菜は、あくまで何度か遊びに行ったことがあるだけだ。上空に輝く赤き光の場所によっては、大阪でも知らない場所である。


 萌菜は、記憶にある大阪を思い出しながら、食事を終えた。




 翌日、二人は森を抜け、宇治の市街地を歩いていた。


「こんなになっちゃたんだ……」


 萌菜は、見知った街並みがすっかり荒れ果てているのをみて、心を痛めた。子供の頃に親に連れられ、琵琶湖に行くために何度も車で通った道だった。


「実家に行きたい……」


 わかっていたつもりだったが、実際見知った場所が荒れ果てているのを見て、奈良の実家に寄りたくなった。


 だが、大阪とは方向が違う。萌菜は口を引き締めると、頬を叩いた。


「よし、私は大丈夫」


「……」


 ソウハは、萌菜が自らを奮い立たせるのをみて、押し黙った。




「戦車だ……」


 妖魔と戦ったのであろう。宇治川の川辺にすっかり錆びついた戦車が止まっていた。妖魔は物には触れられない。無傷で佇んでいる戦車を見て、萌菜は操縦席を見たくなったが、すぐに中には白骨死体があるかもしれないと思うと、近寄るのをやめた。


 そしてソウハの後に続いて、橋を渡り始めた。




「ソウハさん、どうしたんですか?」


 橋の真ん中で立ち止まったソウハを、怪訝そうに見ながら萌菜は声を掛ける。


「子供だろうか……」


 ソウハの呟きに、萌菜も目をこらして前方を見る。


 橋を渡り切ったところに、子供らしき姿があった。さらにその足元には、猫か犬のような小さな動物も見える。


 子供が萌菜とソウハに振り向いた。そして駆けだす。


「あっ、待って!」


 萌菜は、叫んで走り出した。


「待ちなさい。人か妖魔かわからないだろう。ほっときなさい」


「子供だったらどうするんですか! ソウハさん、冷たすぎます!」


 萌菜は、振り返ってソウハを睨む。そして、再び走り始めた。


「大馬鹿者が……」


 ソウハは小さく悪態をつくと、萌菜の後を追って走り始めた。




 萌菜とソウハは、子供を追って宇治川沿いを走っていた。


「あの子、足速すぎ……」


 あきらかに七歳ぐらいの小さな子供なのに、自分よりも足が速いことに萌菜は驚きを隠せなかった。萌菜は、陸上部女子短距離の全国レベルの先輩にも200m短距離で勝ったことがあった。いくらこの時代の子供が野生児だからといって、あの年齢の子供が自分よりも速いことに驚きを隠せなかった。


「おかしい……」


 萌菜の走る速度に合わせて横を走るソウハが、呟いた。


「やっぱり、ソウハさんもそう思います?」


「ああ、あの背丈の年齢の子供にしては、足が速すぎる。それにほんの僅かだが、妖力を感じる」


「え? 妖魔なんですか?」


「いや、わからない。妖魔にしては、いくら低級妖魔だからといって弱すぎる。最弱の妖魔の癖に、あんなに速く走れる子供の姿の妖魔などいるのか……」


 ソウハの後ろの言葉は、自らに対する自問の呟きだった。




 子供は、そのままひとつの寺院へと入っていく。


「ここって、平等院だ……」


 萌菜は立ち止まり、年月を感じさせる寺院の屋根を見上げて呟く。そして身震いした。


「君も感じたか」


 ソウハの呟きに、萌菜は頷いた。ソウハは額に汗を滲ませていた。


「これって、ミツナリみたいな強力な妖魔がいるってことですか……」


「わからない。妖魔の強さは妖力だけで決まるものではないが……さて、どうするか……」


「行きましょう、ソウハさん。もし本当に子供だったら、ほっとくわけにはいきませんよ」


「はぁ、君は……戦う私のことも、気遣って欲しいものだ……」


 ソウハの文句を聞き流し、萌菜は子供の後を追って、平等院の敷地へと足を踏み入れた。




 木が生い茂る平等院の小道を、慎重に進んでいく。


「待って!」


 子供と子猫が、観音堂の中へと入っていくのが見えた。


 萌菜とソウハも、観音堂へと足を踏み入れる。人の手が入っていないはずなのに、なぜか崩れ落ちていない観音堂のお堂の扉を開けた。昼間なのに日の光が入らない為か、中は漆黒に塗りつぶされていた。


 ソウハは、ただならぬ部屋の雰囲気に、生唾を飲み込む。萌菜は、なにも考えずにそのまま足を踏み入れた。


 そして、萌菜の姿が闇に飲み込まれた。


「馬鹿者が……」


 ソウハは苛立たしそうに呟くと、しかたなくお堂の中へと踏み込んだ。




「何ここ……」


 景色が一瞬で変わっていた。そして萌菜は、悪寒が全身に走るのを感じた。


「このように、放物線によって囲まれた面積を求めるのに、積分を使うと……」


 教師が黒板に数式を書きながら説明している。


 高校生らしき制服を着た生徒たちが、ノートを取りながら、真剣に授業を聞いていた。


「なんだ、ここは……」


 高校を知らないソウハは、教室の様子や生徒たちを見て、唖然とした。


「多分、学校だと思うんですけど……」


「君が通っている学校なのか?」


「いえ、私の知らない学校です」


 生徒たちが着ている制服は、萌菜が通っている高校の制服では無かった。萌菜の学校は装飾が施されたおしゃれな白いセーラー服だが、この生徒達が着ているのは灰色のブレザーだ。


「え!」


 教師や生徒達が、二人に一斉に振り向いた。その目は皆虚無だった。


「ソウハさん……まさか、皆妖魔ですか……」


 萌菜はソウハの戦衣の袖を握りしめた。


「全くと言ってよい程、この者たちからは妖力を感じられない。だが、室内に充満する強い妖力のせいで、感じられなくなっているだけかもしれぬ」


 ソウハはゆっくりと樹器を抜くと、仙気を活性化させ始めた。


「そこの二人、早く席に着きなさい」


 教師が、授業を再開できないと、二人に一番後ろの席を指し示した。そこには空いている席が二つあった。


「どうしましょう?」


 萌菜が、ソウハの顔を見る。教師の言葉に従うかどうかは、ソウハにゆだねるつもりだった。


 だが、ソウハは何も言わず、素早く踏み込んだ。


 一気に間合いを詰めると、教師目掛けて樹器を振るう。仙気のオーラが迸るソウハの木刀は、確かに教師の頭頂部に当たった。だが、何事もないように、教師はそこに佇んでいる。


「ならば!」


 ソウハは教師の顔面を蹴り飛ばし、教室の端に叩きつけた。そして樹器を鞘に修め、仙気を溜めていく。鞘から凄まじい仙気のオーラが迸る。そして起き上がろうとしている教師目掛けて、再び樹器を振るった。鞘から樹器が引き抜かれ、先ほどとは比べ物にならない強烈なオーラが迸る樹器を、そのまま教師の肩へと振り下ろす。だが、何も起こらなかった。


「くっ、これでもダメか。さすれば……」


 ソウハはそのまま樹器を押し当て、教師に仙気を流していく。


「学校に、こんな木刀を持ち込んで……」


 教師が、平然と樹器を握りしめた。ソウハの目が、驚愕に見開かれる。


「授業妨害です。早く席についてください」


 生徒の一人が、席から立ち上がった。


「そうだ。そうだ」


 生徒たちが次々と席から立ち上がり、萌菜とソウハを指さす。


「ここから出るんだ!」


 ソウハの叫びに、萌菜は扉に手をかけた。


「え、なんで、なんで!」


 何度やっても、扉は開かなかった。そもそもソウハは、扉を閉めてはいない。


「どきなさい!」


 ソウハは足の筋肉を強化すると、扉を蹴り飛ばした。だが、ビクともしなかった。


「何なんだ、ここは……」


 ソウハは何度も蹴り飛ばすが、扉は揺れ動くことすらない。


「暴れてないで、席に着きなさい!」


 教師が鋭く二人を注意する。


「ソウハさん、とりあえず席に着きましょう」


 萌菜に促され、ソウハも渋々席に向かう。


 二人が席に着くと、授業が再開された。




「君たち、こんな問題も解けないなんて、馬鹿だな」


 授業が再開されると、萌菜とソウハは次々と指され、答えさせられた。勉強に関しては、中学生程度までしか教わっていないソウハはもちろんのこと、高校一年である萌菜にもわからなかった。


「わかるわけないじゃん。まだ、習って無いもん……」


 萌菜はぶつぶつと文句を言いながら、教師の説明を必死に理解しようとする。


 ソウハは初めから学ぶ気などなく、油断なく周囲を観察していた。


 初めから机の上に準備されていた教科書とノートを活用しながら、萌菜は高2の学習内容を理解しようと頑張る。


「何度言ったらわかるんだ。まずは交点の座標を求めるんだ!」


「は、はい!」


 教師の指導に素直に返事をしながら、萌菜は頑張った。


 三十分後――


「はぁ……ソウハさん、なんだか疲れませんか……」


「君もか……」


 座っているだけなのに、二人の呼吸はわずかに乱れ始めていた。


 だが、萌菜は必死に頑張った。メイド喫茶でバイトするような女子高生だが、普段はまじめな優良生徒である。


「わかった……」


 しばらく頑張った後、萌菜は完璧に立式して見せた。黒板に書き、教師から合格を貰った。


「やっとかよ、この馬鹿メイド」


 生徒の一人が、萌菜を馬鹿にする。


「授業止めんな!」


「死ね、頭悪すぎなんだよ」


 それを皮切りに、次々と生徒達が萌菜を罵倒する。


「あんたたちね!」


 だが、萌菜は怯まなかった。


「私、まだ高1だから! 知らなくて当然なの! あんたたちこそ、私が出来ない理由を推測できないなんて、頭悪すぎでしょ!」


 萌菜が、生徒達を睨みつけた。


「君、おもしろいね」


 生徒の一人が、愉快そうに笑った。虚ろではない瞳を細めて、萌菜を見る。


「お前が、この空間の主か」


 だが次の瞬間、ソウハは瞬時にたちあがると、仙気漲る樹器を、その生徒に突きつけていた。


「そうだよ。ここは僕の世界さ……だったらどうするんだい? カッコいいお兄さん?」


 その男子生徒は、仙気漲る樹器を目の前に突きつけられても平然としていた。ニヤリと笑いながら、ソウハを見る。


「今すぐ、ここからだしてもらおう……いや、よい。滅せよ!」


 ソウハは、樹器を押し当てた。仙気を漲らせ、男子生徒に大量の仙気を流し込む。


「あなたは、何をしたいんですか?」


 男子生徒が、訝しがりながら首を傾げた。


 仙気が効かなかった。


「なんなんだ、お前は……妖魔じゃないのか……」


 ソウハは再び驚愕に目を見開いて、固まった。


「妖魔……なんですか、それは?」


 その男子生徒はしばらく考えた後、分かったかのようにソウハを見た。


「もしかして、この前大阪の上空から溢れてきた、あいつらのこと?」


「え? あなた何か知ってるの?」


 萌菜は、男子生徒に詰め寄った。


「君、ちょっと近い……」


 男子生徒は、萌菜に迫られ、顔を赤くした。


「何か知ってるなら、教えてよ」


「何も知らないよ。君たちこそ、なんなんだよ。もしかして、化け物と戦っているの?」


「そうだよ」


 萌菜は、心の中で私ではなくソウハさんがと付け加える。余計な事まで、この正体不明な男子生徒に言う必要は無い。


「フーン、そうなんだ……」


 男子生徒は考える。


「ここから出してよ」


 萌菜は、男子生徒の両肩を掴んで、見つめた。


「君、本当に距離が近いね……」


 男子生徒は頬を赤らめながら、顔を逸らした。そしてそっと囁く。


「そうだな……僕の彼女になってくれたらいいよ」


「へ? 彼女……」


 萌菜の顔が一気に蒸気した。手を離し、男子生徒から離れる。


「そう。とりあえず、キスしてよ」


 男子生徒は顔を赤らめながらも、愉快そうに顔をゆがめた。


 萌菜は、ソウハと男子生徒を見比べる。


 ソウハは馬鹿馬鹿しそうにため息をつくと、樹器を鞘に収めた。


「ううう……」


 萌菜はしばらく悩んでいたが、ついには決心したように男子生徒の顔を見つめた。


 そして目を閉じ、ゆっくりと唇を近づけていく。


 そして萌菜は、唇が触れる感触に涙した。


(ああ、私の初めてが、こんな相手なんて……)


 人間かどうかも定かではない相手がファーストキスの相手だっだと、キスをしてから後悔が押し寄せてきた。


 萌菜は顔を離し、男子生徒の顔を見た。


「へ?」


 萌菜の口から、間抜けな声が出た。その瞳は、男子生徒の掌にくぎ付けになった。


 萌菜は、男子生徒の手にキスをしていた。


「ほんと、君って面白いね」


「え、え、キスは?」


 萌菜にとって、男とはそのような生き物だった。萌菜が働くメイド喫茶は、おさわり禁止だが、なんど抱き着くように密着して写真を取ることをせがまれたか。


「いや、キスはいいよ。君がさっき皆に言った言葉だけで、十分さ」


 そう言って、男子生徒がはにかんだ。


「頑張ってね」


 その瞬間、世界が歪んでいく。


 萌菜とソウハは、薄暗い観音堂の中にいた。


 そこには枝に絡みつかれた死体が、いくつもあった。そしてそのうちの一人は、ブレザーらしき朽ちた服を着ていた。

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