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仙樹の君  作者: 霧島 隆瑛
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第12話

「サイカさんたち、勝てますよね?」


 翌日、萌菜とソウハは、関ケ原の監視砦を出発すると、森の中を中山道に向けて歩いていた。萌菜は、これから妖魔と激戦を繰り広げることとなるであろう、サイカたちのことを朝から心配し、ずっとこの調子で歩いている。


「……もちろん、衛士は負けぬ。衛士は普段から、低級妖魔ならば十人で五十匹、百人ならば千匹に勝てるよう訓練している。例え万の妖魔がいようとも木曽と岐阜の衛士が協力して戦えば、食い止められるであろう。東の村々から衛士が集結すれば、それすら殲滅することができる」


 しつこいくらい何度も聞かれ、ソウハはうんざりとしながら答えた。


「さすが衛士の皆さん、凄いですね。けど、万が一にも仙樹が倒されちゃったり、妖樹にされたりしたら、その仙樹と契約している衛士の人は戦えなくなっちゃうのですか?」


「戦えなくなるわけではない。だが、力は半減してしまうだろうな……」


「具体的には?」


「そうだな、教えてもよいか……我々衛士は仙樹と契約して仙気を使えるようになるが、仙気とは、もともと人が持っているいわゆる生命の気を仙気へと変質させたものだ。だから一度変質させてしまえば、仙気そのものは本人のものだから、仙樹がどうなろうとなにも影響はない。だが、樹法は別だ。樹法とは樹器をとおして仙樹の魂を呼び、己の仙気と仙樹の仙気両方をもって仙樹の実を具現化する技だ。だから仙樹が死んだり、妖樹になった場合は、仙樹を呼べなくなる。つまり樹法が使えなくなる。そういった意味では、衛士としての力は半減してしまう」


「それって半減どころが、もっと大変な事態だと思います」


「そうだな……だが、樹法を必要とするほどの妖魔も、それほどいるわけではない。そう考えると、さほど影響はないと思う。この話は以上だ。君が知りたいことを教えたのだから、今度は君が教えなさい」


「な、なにをですか……聞かれても、教えられないことだってありますよ」


 萌菜は身構えた。もしかしてスリーサイズとか聞いてくるのかと……胸を隠し、ソウハから距離を取る。


「はぁ……君が考えていることはわかるが、それは自意識過剰というものだ……」


 ソウハは、馬鹿馬鹿しそうに頭を振った。


「な……」


(私だって、それなりにモテるんですけど……)


 萌菜は、バイト先のメイド喫茶で自分目当てに来てくれるお客の顔を思い浮かべた。ちなみに、萌菜の学校は女子校である。付き合っている恋人はいない。


 萌菜は、不満そうにソウハを睨んだ。だが、ソウハは萌菜の視線など気にしない。


「君は、なぜ仙気を使えるのだ?」


 ソウハは鋭く萌菜を見つめた。その目は相手の言動を注意深く観察し、真実を見抜こうとする目だった。




 ソウハは、素手で妖魔を滅しながら、先ほどの萌菜の答えについて考えていた。


「はい? 仙気ですか? 私が使えるわけないですよ。ソウハさん、大丈夫ですか?」


(あれは、嘘を言っているようには見えなかった。彼女は、たんに木の枝が当たったから、ミツナリの腕が弾かれたと思っているのか。だが、あれは間違いなく仙気に満ちていた。そもそも、たとえその枝が仙樹の枝でも、たんに当てただけでは、あのようにミツナリのような強力な妖魔の腕を弾くなど無理だ。それどころか、たとえ衛士であっても仙気に恵まれていなければ、とうてい無理だ……)


 ソウハは妖魔の一団を殲滅すると、萌菜の所に戻る。あまりしつこく聞いて、この先の旅がぎくしゃくするのも心地が悪い。そう考え、ソウハは自分の背負い袋を持つと黙って歩き始めた。




「ソウハさん、なんで樹器を使わなかったんですか?」


 しばらく歩いていると、疑問に思ったのだろう、萌菜が横に来てソウハの顔を覗き込んだ。


「肩慣らしだ。樹器は仙気を溜めたり、より質の高い仙気を妖魔に叩き込むことができる。樹器をとおして仙気を流したほうが、滅しやすい。だからといって素手で直接滅することができないわけではない。万が一のときに備えて、時々素手で滅することにしているのだ」


「なんかソウハさんて、真面目なんですね」


 萌菜は、おかしそうにソウハの顔を見た。


「君に言われると、貶められている気がするのは気のせいか?」


「ご、誤解ですよ。本当に思ってます。ソウハさんて、真面目だなって」


「そうか……それよりも、そろそろ関ケ原の廃墟が見えてくる。全ての妖魔が東に向かったという話だったが、本当のところ、どれほど向かったのかはわからない。気を付けなさい」


「はい……」


(ソウハさんて、疑り深いのか、慎重なのか、どっちなんだろう?)


 萌菜は、ソウハの性格についてあれこれ考えなら歩いた。




 しばらくすると、関ケ原町の廃墟が見えてきた。


「妖魔、いませんね」


 まるっきり妖魔の気配がしない廃墟と化した関ケ原町に入り、中山道を西に向かう。


「廃墟の陰に隠れているかもしれない。気を抜かないように。常に道路の真ん中を歩き、警戒を怠るな」


 ソウハの後ろを、警戒どころか崩れ落ちた建物を気楽に眺めながら萌菜は歩き続けた。




 関ケ原町を出て、さらに中山道を歩いていく。時々、妖魔の一団と出くわすことはあったが、ソウハがすぐに殲滅した。


 そして物珍しさに負けたのだろう。萌菜はところどころ崩れている名神高速道路に近寄って眺めたりしながら夕方まで大阪に向かって歩いた。


 そして夕方になると、道を外れ森に入り、野宿の準備を始めた。




「良い匂い!」


 萌菜は香ばしい匂いがする焼きあがった鳥肉を眺めて、涎を垂らした。これは今朝


 出発する時にわけてもらった鳥肉の塩糀漬けだった。糀を軽く落として焼き上げる。それだけで、御馳走に見えた。


 脂の滴る鳥肉を頬張る。


「美味しい!」


 そしておにぎりを齧る。


「この組み合わせ、最高!」


 萌菜は満足しながら、食べ進める。


「君は、木と話したことがあるか?」


 唐突にソウハが萌菜に聞いた。


「はい?」


 突拍子もない質問に、萌菜は意味がわからず首を傾げた。


「いや、君がここに来る前は、どんなふうに過ごしていたのかと思ってな」


 ソウハは、萌菜が仙気を使える理由を探ろうとしたのだが、どうやら意味が通じなかったとわかると話題を変えた。


「さすがに、木とお話をする危ない子と思われることは、したことないですよ」


「あ、危ない子……そうか、君の時代ではそうなるのか……」


 ソウハは顔を引き攣らせ、小さく呟いた。だが萌菜は聞こえていなかったらしく、話を続ける。


「私、小さい頃は病弱だったので、あまり外で遊んだことないんです。けど、元気になってからは学校では運動部に所属していますし、勉強だってそれなりしてます。それは高校生ですから、人並みに遊んだりもします。映画に行ったり、買い物したり、ゲームをしたり、色々ですね。あ、ごめんなさい。ソウハさんに、こんなことを言ってもわかりませんよね」


 萌菜は鳥肉を一口食べると、ソウハに軽く頭を下げた。


「君は、我々を蛮族かなにかだと勘違いをしているのか? 私だって、子供の頃は学校に通っていたし、君の時代の文化については、あるていどは教えられている。物が溢れ、さまざまな遊びがあったとな」


「え、学校があるんですか?」


 萌菜は心底驚いた。木曽の村をユズカに案内してもらったときは見なかったからだ。


「ああ、ある。木曽の村々を守る、一番外側にある衛士の村にはないが、安全な内側の村には、さまざまな施設があるのだ。学校や農場などな。妖魔が溢れる以前の君の時代ほどではないが、六年間学校に通い勉強をするのだ」


「そうだったんですね。てっきり皆さん、子供の頃から働いているのかと思ってました」


「言っておくが、オウメもユズカも学校を卒業している」


「ええ! そうだったんですね」


 萌菜は驚いた。あきらかにあの二人は子供だった。だが、すぐに察した。


(つまり、小学生ぐらいの年齢の時にだけ通うってことか……それで六年間か……)


「やはり、君の時代と今では随分と違うのだな。君の驚きを見ていると、そう感じる……」


 ソウハは、どこか憂いを帯びた目で萌菜を見た。


「君は大阪に行ったら、もといた時代に帰るのか?」


「帰る? ……え、私、帰れるんですか?」


 萌菜はソウハをまじまじと見つめた。


「なぜ私に聞く? 私が聞いているのだ。帰るために大阪に行くのであろう?」


「それは……わかりません。ただ大阪に行けと言われたから、他にやるべきことが分からなかったから、行くだけです」


「なんだそれは……君はそんなわけのわからない理由で大阪に行くのか。それに誰に言われたのだ? 木曽の村の誰かか?」


(あ……思わず言っちゃった……どうしよう……)


 萌菜は迷った。本当のことを言うべきかどうか……だが、ごまかせる自信は無かった。


「声が聞こえたんです。心の中というか頭の中というか……」


 萌菜は頭のおかしい狂人扱いされると思い、恐る恐るソウハの顔を見た。


 だが、ソウハは眉間に眉を寄せて真剣に考えていた。


「君は、たしか神社に倒れていたのだな。だとすると、それは神か仙樹であろう。ならば、その声には従った方がよいのであろうな」


 そして、あっさりと認めた。そのために、逆に萌菜が驚いてしまった。


(そっか……仙樹や妖魔なんていう不思議な存在がいるから、別に頭の中に声が響いてもおかしくはないのかな……)


 しかし、そう考えると、納得できた。


「ソウハさんは、私が帰れるなら帰った方が良いと思いますか?」


「当たり前であろう。間抜けな君が、この時代に合うとは思えぬしな……」


「間抜けって……それは私は間抜けかもしれませんけど……それとは関係ないんじゃ……」


「君は、木曽の村を見てどう思った?」


「村の人たちは、いい人たちだと思いますよ。それは、私の時代に比べたら物はなさすぎですけど……」


「そうか、いい人たちか……君の時代には、人が人を害することはあったか?」


「もちろんありましたよ、色々と……」


「そういうところは、人は今も昔も変わらないのだな……」


「ソウハさん?」


「だが、今は昔に比べ人と人との距離が近い。だからこそ付き合いには余計に気を付けねばならぬ。そうでなければ、いつのまにか恨みを持たれ、大変なことになる。能天気な君が、のうのうと生きていける村ではないのだ。チヨ婆は村にいればよいといったが、私としては、君は帰る方法を探すべきだと思っている」


 ソウハは真剣な眼差しで萌菜を見ていた。




「絶対なんかあった。ソウハさんのご両親はお家で見かけなかったし……きっと、ご両親と村の人との間でなんかあったんだろうな……」


 翌日、萌菜はソウハの背中を見ながら、ソウハの過去のついて考えていた。


(知りたいけど、さすがに聞けないよね……)


「まもなく琵琶湾が見えてくる。そうしたら、湾に沿って南下する」


 だが、急にソウハに振り向かれ、慌てて表情を取り繕った。


「あ、そうだ。琵琶湾に行ってもいいですか? 私の時代では、本当に湖だったんですよ」


 萌菜としてはどうしても確認したかった。萌菜は滋賀県出身ではないが、子供の頃は親に連れられ、よく琵琶湖に遊びに来ていた。


「……遊びに来ているわけではないから、ダメだと言いたいところだが、君が好奇心を持つのも理解できる。少しだけなら、いいだろう」


 以外にもすぐに許可したことに、驚きを隠せなかった萌菜は、訝しがってソウハを見た。


「ソウハさん、何か別の目的があります?」


「は? 君は何を言っている……」


「私を、口説こうとか……」


「……君の自意識過剰は、度し難いな」


「……」


 あっさりと否定され、萌菜は不満顔をソウハに向けた。だがソウハは無視して先を急いだ。




「嘘、しょっぱい……本当に海なんだ……」


「だから言ったであろう、湾だと。しかしその様子では、君の時代では本当に湖だったのだな。不思議なこともあるもんだ」


 ソウハも不思議そうに水を手で何度もすくっている。


 萌菜は立ち上がると周囲を見始めた。周囲は廃墟と化した彦根市の街並みと、彦根城が見えるだけだ。


「あれ……なんかおかしい……」


 萌菜は北に目を向けたとき、違和感を感じた。しばらく目を瞑り昔の記憶をほじくり出す。そして思い出した。


「そうだ。北にある山はあんな形じゃなかった!」


 琵琶湖の北の部分だけ、山が消失していた。


「まさか地震で崩れたとか? 活火山があるなんて聞いたことないし……」


 萌菜は考える。地形が変わるのは地震しか思いつかないが、あんな風に琵琶湖の北側だけ山が崩れるなんてありえない。しかし、萌菜には詳しく考えるだけの知識はなかった。別に地震に興味があるわけではない。学校で習った以上に、地学を、さらには地震学を、勉強したことはなかった。


「妖魔だ」


 ソウハは鋭く萌菜に注意を促すと、背負い袋をおろし、樹器を抜こうとした。


「ソ、ソウハさん、水の中に何かが……」


 水面を見ていた萌菜は、真っ先にその存在に気付いた。水面が揺らぎ、凄まじい大きさの影が現れたことに。


 ソウハも驚愕して水面を見た。そのとき、水面から何かが勢いよく飛び出してきた。触手だった。


「琵琶の主だ、離れろ!」


 ソウハは樹器を抜いて、身構える。萌菜は言われたとおりに、慌てて水際から離れた。


 だが、触手は二人には向かわなかった。妖魔に向かって伸びると次々と妖魔を捉え、海中へと引きづり込んだ。そして全ての妖魔を捉えると、影は去っていった。


「びっくりした……」


 萌菜は、自分に触手が向かってこなかったため、あまり恐怖を感じていなかった。だがソウハは違った。


「ソウハさん?」


 ソウハの顔は青ざめ、水面を睨んで立ち尽くしていた。


「どうしたんですか?」


 萌菜は、様子のおかしいソウハの肩を揺さぶった。


「感じなかった……」


 ソウハは、驚きに目を見開いて萌菜を見た。


「何をですか?」


「妖力だ……ありえない。あれほどの巨体を感じないなど……」


「まさか……もしかして、妖魔じゃなかったりして?」


 萌菜は冗談のつもりで言った。だがソウハは、雷に打たれたような表情に打って変わり、さらに震えた。


「そうだ。だから感じなかった……つまり、仙気が効かないということではないか!」


 ソウハは急いで背負い袋を持つと、足早に歩き始めた。


「何をぐずぐずしている。すぐにここを離れるぞ」


「あ、はい」


 萌菜は、ソウハのあまりの剣幕に驚きながらも、急いでソウハの後に続いた。


 二人は逃げるように、琵琶湾を後にした。

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