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仙樹の君  作者: 霧島 隆瑛
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第11話

「ソウハさん……」


 萌菜は一人、座りながらツリーハウスの壁に寄りかかり、木々の隙間から顔を出す星々を眺めていた。何度見ても未来の夜空は綺麗だと思いながら、眺めていた。だがふとした瞬間、星々が霞んだ。


「神様、どうかソウハさんを連れて行かないで……いや、願うべきは仙樹様か……」


 萌菜は自責の念に捕らわれていた。あのとき、もっと注意深く周囲を警戒していれば、気付けたかもしれないのにと……


 一人涙ぐみながら、唇を噛みしめた。




 ミツナリが倒されたからか、残った妖魔たちは撤退していた。少々壊れたツリーハウスはあったが、ほぼ無傷な監視砦にソウハを運び込むと、すぐさま手当てが始められた。今はサイカだけではなく、岐阜の衛士で怪我の治療が出来る者も加わり、手当をしている。




「モエナ……」


 しばらくすると、アケミがやってきて、そっと萌菜の隣に座った。


「アケミさん……」


「モエナ……そんな顔をするなよ」


「だって、私のせいで……」


 アケミは、萌菜の涙ぐんだ赤い目を見ると、ため息をついた。


「ハァ……ソウハ様が、あの程度の怪我で死ぬはずないだろ」


「……」


 衛士の回復力がどれほどのものかを知らない萌菜には、そうは思えなかった。運び込み、戦衣をはだけ、現れた背中の傷は、とても軽傷と言えるようなものではなかった。それにあの妖魔によって抉られたためなのか、傷口が赤黒く変色していた。どうみても重傷だった。


「確かに、あの傷は酷い。普通の衛士ならば死んじゃうかもな。けど、ソウハ様だから大丈夫!」


 アケミは、元気づけるように萌菜の肩を叩いた。


「な、だから元気出せよ」


「はい……」


「それにな、ソウハ様はモエナを救ったけど、モエナだってオウメを救ってくれたじゃないか。だから自分を責めるなよ。まさか、あの妖魔に自分がやられれば良かったなんて思うなよ。もしそうなっていたら、オウメはあの一撃に耐えられず死んでた」


「けど……」


「はいはい、この話はこれで終わり」


 アケミは、辛気臭い雰囲気が嫌いだった。無理やり話を終わらせると立ち上がる。


「ほら、戻るぞ。まもなく夜が明ける。朝飯にしようぜ。岐阜の人たちが作ってくれるってさ」


 アケミが手を伸ばす。


「……うん」


 萌菜は差し出されたアケミの手を見つめると、その手を取った。




 ソウハの手当が終わったのだろう。ツリーハウスに戻ると、オウメだけでなくサイカもいた。


「サイカさん……ソウハさんの傷は……」


「モエナちゃん、気にしなくていいわ。傷の手当ては終わったし、仙気も回復してきているから、目覚めたら、二、三日で動けるようになるはずよ」


「本当ですか?」


 萌菜には、とても信じられなかった。例え助かったとしても、全治数週間の怪我に思えた。


「もえちろん。衛士の回復力を知らないモエナちゃんからしたら信じられないだろうけど、衛士の回復力は衛士じゃない人たちとはあまりにも違うから」


「本当なんだ。よかった……」


 萌菜は涙を拭って、ほっと溜息をついた。


「モエナ……」


 アケミが、じろりと萌菜を睨んだ。


「え? な、なに?」


「私の言うことは信じなくても、サイカ姉なら信じるんだな……」


 アケミは拗ねていた。


「別に、アケミさんを疑ったわけじゃなく、ほら、同じことを二人の人から言われると信じられるでしょ」


 実は単に萌菜にとってアケミとサイカでは、親しみからくる信用度が違うのだ。


「……ま、そういうことにしといてやるよ」


 アケミはそう言うと、座って樹器の短剣の手入れを始めた。




 それから日が昇り、すぐに朝食の準備ができたと知らせがきた。萌菜、サイカ、アケミ、オウメの四人は朝食を食べると、仮眠をしたり、装備や持ち物の点検をしたりしながら、それぞれ昼までのんびりと過ごした。




「モエナちゃん、お昼の前にソウハ様の様子を見に行くけど、来る?」


 サイカに誘われ、萌菜も一緒にソウハが寝ているツリーハウスへと向かった。


「ぐっすりと寝ていますね……」


 作務衣に着替え、寝息を立てながら寝ているソウハを見て、萌菜は安心した。まだ若干顔色が悪いが、あきらかに呼吸は安定していた。


「サイカ殿、ちょっと良いですか?」


 岐阜の衛士副長ミソノが、やってきてた。しばらくサイカとツリーハウスの外で話したのち戻っていった。


「サイカ姉、何だって?」


 曇った表情をしたサイカが気になったのか、アケミがすぐに聞き出した。


「結果報告よ。死者三名、行方不明者八名だって……」


「そっか……そうだよな。あれほどの数の妖魔が押し寄せて来れば、いくら低級妖魔ばっかりとはいえ、犠牲者は出るよな……」


 アケミも表情を曇らせた。アケミだけではない、オウメも、そして萌菜も表情を曇らせた。


「行方不明ということは……」


「ええ、妖魔が妖樹の贄とするために連れ去ったんでしょうね。けど、その人たちはきっと大丈夫よ。捜索隊がすでに出発したからね」


 捜索がすでに行われていると聞いて、萌菜やアケミ、オウメも安心した。


「それから、関ケ原の妖魔の大群に動きがあるから、一応注意喚起ね。一気に攻めてこられたら状況的に苦しいけど、岐阜の村々から援軍が来るみたいだし、上級妖魔はほとんどいないだろうから、何とかなるでしょう」


「え? まだ関ケ原に、妖魔がそんなに残っているんですか?」


 萌菜はてっきり、昨夜攻めてきた妖魔が全てだと思っていた。


「まさか、昨夜のあれで全てじゃないわよ……具体的な数はわからないけど、多分、昨夜の倍以上はまだいるんじゃないかしら……」


「まだ、そんなにいるんですか!」


 萌菜は驚いて、おもわず大きな声で叫んでしまった。


「モエナ、声でかすぎ」


 アケミに注意され、慌ててソウハを見る。起きてはいない。どうやら大丈夫だったようだ。


 だが……


「サイカ殿、度々申し訳ないが緊急事態です!」


 ミソノが慌ただしく室内に駆けこんできた。


 その場の全員が、ミソノに振り向いた。彼女は切羽詰まった様子で、一気にまくし立てた。


「関ケ原の妖魔全軍が東に向けて、移動を開始したとのことです。皆さんには申し訳ないが、我々岐阜の衛士は一部の者を除いて、すぐに村に帰還します。ではこれで失礼いたします。あなた方に仙樹の加護と武運がありますように」


 ミソノはそれだけを伝えると、すぐさま戻って行った。


「東……サイカ姉、私たちはどうするんだ? このままソウハ様やモエナと一緒に大阪に行くのか?」


 アケミがサイカに指示を仰ぐ。彼女としては一緒に大阪に行きたいだろうが、木曽の村も心配だった。木曽の村には、家族も友人もいる。


「そうね……」


 サイカは悩んだ。まずソウハが怪我をしているため、このまま放置して戻るわけにはいかない。そしてミツナリ程の強力な妖魔が、他にもいるとは思えないが、絶対にいないとは言い切れない。だからソウハとモエナの二人だけで大阪に行くのは、心配だった。


「村に戻れ……」


 どこか苦しそうなソウハの声がした。


「ソウハ様、目が覚めたのですね」


「そのように騒がれたら、起きるのも当然ではないか……」


「申し訳ございません。けど、このままソウハ様をおいていくわけには……」


「サイカ、その方はどれだけの緊急事態か理解していない。妖魔は単に東に向かったわけではない。岐阜や木曽の村、いやおそらく仙樹を襲う気なのだ」


 サイカの顔色が一気に悪くなった。サイカだけではない。アケミやオウメもだ。


「なぜ妖魔が、そんなことを……」


「おそらく、ミツナリを倒したからだろう。我々衛士を直接相手にするよりも、そのほうが最終的に勝てると考えたのだろう。妖魔も愚かなものたちだけではないということだ。いや、むしろいるのであろう、知恵の回る妖魔が……」


「確かに、ソウハ様のおっしゃるとおりかと思います」


「では、サイカ、アケミ、オウメの三人はすぐに村に戻り、準備をするのだ。岐阜の衛士団と協力して迎撃にあたれ。そして東の村々に緊急の伝達をだし、一人でも多くの衛士を派遣してもらうように要請しろ。岐阜と木曽が抜かれたら、東は大変なことになる」


「わかりました」


 サイカが神妙に頷いた。


「私たちも、戻るんですか?」


 萌菜がソウハに聞く。


「いや、これは大阪に向かう好機だ。明日には動けるようになるので、一日休んで大阪に向かう。君も動いてないで、体を休めるように」


 指示を終えると、ソウハは目を閉じた。




「皆さん、御武運を」


 萌菜は、支度を終えたサイカ、アケミ、オウメの見送りに、ツリーハウスの外に出ていた。


 岐阜の衛士のほとんどが村に戻ったのだろう。砦内は、人の気配がしなかった。


「モエナもな。ソウハ様の足を引っ張るなよ」


「わかってますよ、アケミさん」


 アケミは軽口をたたくと、一番先に飛び降りていった。


「きっと大丈夫、二人は。それから、助けてくれてありがとう」


「オウメちゃん……オウメちゃんも頑張ってね」


 オウメは頷くと、アケミに続いて飛び降りる。


「サイカさん……」


「もう、そんな顔をしないの。今生の別れじゃあるまいし。大丈夫、きっと私たちはまた会える。私の勘が、そう言ってるわ」


「はい……」


「じゃあね、モエナちゃん。ソウハ様をよろしくね」


 サイカも飛び降りた。


 萌菜は去っていく三人が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

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