第10話ー3
仙気を滾らせながら、ゆっくりとミツナリとの距離を詰めていくサイカとアケミ、そしてオウメ。だが……
「くそ、なんでこんなに大きく感じるんだ……」
ミツナリを目の前にしたアケミは、先程の意気込みはどこにいったのやら、放たれる圧倒的な威圧感に冷汗が止まらなかった。アケミだけではない。サイカとオウメも、ミツナリの巨漢を見上げ、その圧倒的なまでの威圧感に呑まれていた。
それは、しかたのないことだった。ミツナリから感じる妖力と自分たちの仙気との圧倒的な差は、否応が無しにも感じる。
「ハァハァハァハァ」
だれの息遣いだろうか、まだ激しい戦闘どころか一歩も動いていないのに、息を乱していた。
「アケミ……落ち着いて」
乱れた呼吸の主は、アケミだった。それもそうだろう。この三人で斬り込み役は、常にアケミだ。アケミが牽制とかく乱のために先制し、オウメが敵前で陣取り注意を引き、一番仙気が豊富なサイカが、溜めて止めを刺す。常に、この戦法で妖魔たちに勝ってきた。この班が結成されて一年になるが、少々の格上でも負けたことはなかった。だが、このミツナリから感じる圧倒的な妖力と威圧感は‘少々の差’なんて生ぬるいものではない。そんな相手に、真っ先に向かっていかなくてはならないのだ。
「怯むな、私!」
アケミが自らを奮い立たせ、ミツナリを睨んだ。
「アケミ、あなたのタイミングでいいわ。任せる」
サイカが額に汗を流しながら、隠しきれない緊張した声で指示をだす。
「わかってる……けど正直、あの刀の間合いに入った瞬間、死ぬ気がして震えが止まらない……」
アケミはミツナリが持つ、禍々しいまでの妖力を放つ、異様な一振りの刀を見つめる。それだけではない。あの腹の鎧の裂け目の奥に、何かが蠢いているのがわかる。あきらかにあそこからも攻撃が来るであろう。
アケミは、ゆっくりとステップを踏み始めた。
「いつまでも、睨み合っているだけにはいかない……」
今はミツナリ一匹だけだが、いずれ他の妖魔たちも駆けつけてくるだろう。そうなったら、状況は最悪だ。勝てる見込みどころか、無事に全員逃げられるかどうかすらもわからなくなる。
「サイカ姉、オウメ、行く!」
アケミは二人に声をかけ、一気に距離を詰めた。ミツナリの虚無のような瞳が、アケミを捉える。それだけでアケミは引き下がりたくなったが、一撃も入れないで引き下がるわけにはいかない。
ミツナリの刀をもたない左側から、仙気のオーラが迸る短剣で連撃を浴びせた。そのまま背後に回り込む。
「まだまだぁぁぁ」
アケミは、そのままミツナリの背中を攻撃しようとした。
「アケミ、だめ!」
サイカの注意が飛ぶ。ミツナリは体を捻り、背後のアケミ目掛けて刀を振るう。凄まじい剛剣だった。当たれば確実に体は真っ二つに斬られるであろう。それをアケミは体を逸らしてぎりぎりで躱した。そしてそのまま体を捻って、回転しながらミツナリとの距離を取る。
アケミの背後にあった木が何本も切り倒された。木々が倒れる轟音が、辺りに響き渡る。
それを見て、アケミの顔が青ざめた。
「嘘だろ……妖力を溜めないで、あんな刃を飛ばせるのかよ……」
アケミは戦慄しながら、両手の短剣を構える。
サイカは今の一連の攻防を、冷静に見ていた。
(オウメを向かわせなくてよかった……)
ミツナリはアケミの仙気が籠った二連撃に、怯みもしなかった。オウメの攻撃でも怯ませられないだろう。
サイカは次の手を冷静に考えていたが……
ミツナリが無造作に刀を振り上げる。その刀身は妖力で赤黒く光り輝いていた。
「まさか、二人共も回避に専念!」
サイカが指示を叫ぶのと、ミツナリが高速で刀を振り回し始めたのは同時だった。
妖力の刃が次々と放たれた。
サイカと、アケミ、オウメは必死に躱していく。次々と木々が切り倒される。
サイカは上から倒れこんでくる木を避けながら、後方にいる萌菜とソウハを見た。
「ソウハ様、モエナちゃん!」
妖力の刃は、萌菜やソウハにも向かっていた。
「く!」
ソウハは背中の激痛に顔を顰めながらも萌菜を抱きかかえると、横に跳んだ。
「なんて距離を飛ばしてくるんだ……やはり、六年前よりも成長している」
ソウハは、忌々しそうに呟いた。
「こんなの夢だよね。夢であって欲しい……」
遠くまで切り倒された木々を見て、萌菜は絶望し慄いた。
「はぁはぁはぁはぁ」
サイカ、アケミ、オウメの三人は激しく肩で呼吸をしていた。回避に専念したため、傷は負わなかった。だが、心に受けたダメージは大きかった。ほんのひと時の攻撃だったのに、まるで何時間も戦ったかのように著しく消耗していた。
(私やアケミでは、当たれば確実に死ぬ……耐えられるとしたら、オウメの樹法だけ……それでも長くは耐えられない……)
サイカは迷う。撤退すべきかどうか……
ミツナリの攻撃はあまりにも強烈だが、まだこちらの攻撃を試していない。特に自分の攻撃を……
サイカは、木曽の衛士団で自分の仙気は確実に五番目には入れるだろうと思っている。一番であるソウハは突出しているため比べるべくもないが、二番手であるミソノとは、そこまで差があるとは思っていない。
自分の仙気が通用する、通用しないを確認することは、ここで逃げたとしても、後の戦いで絶対に必要となる情報だ。だからせめて一撃、全力で仙気を込めた攻撃をあてなくてはならない。
「アケミ、オウメ……せめて一撃、一撃だけでも……」
サイカは、こんな危険なことにつき合わせることを申し訳なく思いながらも、二人に頼む。
「わかってる、サイカ姉。相手の強さを計ることの重要性ぐらい……」
アケミは苦笑いを浮かべながら、返事をした。
「私もです。次は、アケミさんに合わせます」
まだ子供のオウメですら、勇気を振り絞っている。それを見て、サイカは心の中で感謝した。
(帰ったら、御馳走を振舞ってあげないと……)
「私が溜め始めたら、アケミが背後から牽制、オウメが正面で注意を引く。いいわね」
二人が頷いた。だが……先に動いたのはミツナリだった。
アケミ目掛けて、突進する。
「オウメ、行って!」
サイカは指示を出すと同時に、仙気を槍に込め始める。
ミツナリが凄まじい速度で、アケミ目掛けて刀を振るう。
アケミは戦衣をひるがえしながら、必死に避けた。そこにオウメが突撃し、ミツナリの背後から仙気を滾らせ連続で拳を叩き込む。だが、なんの効果も無い。しかしミツナリの注意はオウメへと向いた。
振り向きざま刀が振り下ろされた。凄まじい妖力が込められていた。回避したのに妖力の余波だけで、小柄なオウメは吹き飛ばされる。
「オウメ!」
叫びながらアケミは距離を詰め、ミツナリの注意を引くため背中に短剣を押し当てた。
「ハァァァァァ!」
アケミが雄たけびを上げると、仙気が活性化しオーラが迸る。そしてミツナリに仙気を流し始めた。ミツナリの動きが一瞬鈍くなったように見えた。
「ヤァァァァァ!」
オウメもすぐさま立ち上がると、ミツナリに駆け寄る。そして両手のメリケンを当てると気合を入れる。オウメも仙気を活性化し、ミツナリに流し始めた。
「サイカ姉!」
アケミが叫ぶ。
「二人共、そのまま頑張って!」
サイカは叫ぶと、一気に突進した。
「私の全力の仙気、喰らいなさい!」
仙気のオーラが激しく迸るサイカの槍が、ミツナリの首目掛けて吸い込まれていく。そして穂先があたり、一気にサイカの仙気がミツナリの首に流れ込んだ。
だが……
(私の仙気じゃだめなの……いえ、まだだわ。ミツナリは動きを止めている。このまま仙気を流して消滅させる!)
「二人共、このまま仙気を流して滅するわよ!」
サイカの一撃で消滅しなかったため、アケミとオウメは怯んだが、サイカの指示に頷き、そのまま全力で仙気を流し続ける。
しかし、ミツナリは動けた。突如、ミツナリの刀が振り上げられる。強大な妖力が瞬時に刀に込められ、妖しく輝く。
(あ……私、誘われた……妖魔が、そんな罠を使うなんて……)
サイカは、妖魔に知恵があるとは考えていなかった。自らの眼前に迫る刀を見上げて、固まった。サイカの顔に刀が迫る。当たればサイカの綺麗な顔は確実に消し飛び、体すら残らないだろう。サイカは死を悟った。そしてアケミとオウメは、サイカ目掛けて振り下ろされる刀を呆然と見上げた。
だがそのとき、ミツナリの頭上に舞う影があった。凄まじい仙気のオーラが迸る木刀が、刀を持つミツナリの右腕へ振るわれた。サイカの眼前でミツナリの刃が逸れた。ソウハは着地をすると、ミツナリの胸へと回し蹴り放つ。ミツナリが転んだ。
「呆けているな! 距離を取れ!」
ソウハの怒声に、サイカ、アケミ、オウメの三人は我に返り、瞬時に立ち上がったミツナリから距離を取った。
「ソウハ様、申し訳ございません。お怪我をしているのに……」
サイカは、青い顔をしながら樹器の木刀を構えるソウハに声を掛ける。
「今はそんなことより、この状況を打開することを考えよ。かなりの仙気を込めた私の一撃でも、腕すら消し飛ばせなかったぞ」
「逃げるしか……」
「今となって、やすやすと逃がしてくれると思うか? ミツナリの足は、きっと我々のだれよりも速いぞ。あれだけの仙気で攻撃したのだ。表情は分からぬが、奴は我々を排除すべきだと考えているだろう。まず、間違いなく追ってくる。散開して逃げたとしても、少なくてもだれか二人は犠牲になる」
「では、どうすれば……」
サイカは悔しそうに口元を固く結んだ。
「奴を滅するしかない」
「樹法ですか……」
「ああ、全員でやる。それから私は昨日に立て続けに樹法を使ったから、仙気が足りぬ。サイカの仙気を、少し私にも回してほしい」
「わかりました」
「ですが、仙樹を呼ぶ間の足止めは……」
「アケミの代わりに、私が牽制する」
「ソウハ様! 無茶です。そのお怪我では!」
サイカはソウハを止めようとした。だが、厳しい視線を向けられ、押し黙った。
「ソウハ様、サイカ姉、指示を!」
アケミが痺れを切らし、サイカとソウハを見た。
「問答している時間はない」
ソウハは木刀に再び仙気を込めていく。
「アケミ、オウメ、全員で樹法を使う。まずはアケミからだ!」
「了解!」
ソウハの指示でアケミが下がる。そして、仙気を極限まで高め始めた。
「行くぞ!」
ソウハは掛け声とともにミツナリに詰め寄る。そしてミツナリの攻撃を躱しながら、常に背後へと周り、木刀を振るう。そこにオウメ、サイカも加わり、三人でミツナリをかき乱す。
「仙樹招請、源義経!」
アケミの仙樹を呼ぶ声が響き渡る。光り輝く仙樹があられた。
光り輝く仙樹を見ると、ミツナリの妖力が高まった。
「クッ!」
あまりの鋭い斬撃に、ソウハは無理な態勢で避けざるおえなかった。傷がいたみ、顔に苦悶の表情が浮かぶ。
萌菜は、祈るように皆の戦いを見ていたが、アケミの仙樹を呼ぶ声に疑問を抱かずにはいられなかった。
(あれ? 源義経って神様じゃないよね……)
仙樹は、きっと神様が憑依した木だと勝手に思っていた萌菜だった。
さらに、アケミの祝詞が聞こえてくる。
「大空を舞う隼のごとき、韋駄天の申し子、源義経様。あなたのお力は、はるか彼方の地へもひと時とかします。日々、私を思うあなたの心とともにある幸せをかみしめています。しかし、私たちの邪魔をする邪なる者たちがいます。ここに、私の愛と仙気を捧げます。どうか、私たちの敵である妖魔を滅するため、義経様のお力を私にお分けください!」
まるで愛の告白だった。ソウハの祝詞とはあまりの違うそれに、萌菜はあんぐりと口を開けながら、必死に仙気を奉じるアケミを眺めていた。
そしてソウハのときと同じく仙樹が輝き、仙気が一本の枝に収束していく。そして実が大きくなり枝から外れる。その瞬間、仙樹の実は弾けた。光の粒子がアケミに降り注いだ。それはアケミに纏わりつきやがて光り輝く羽衣となる。さらに足元も光り輝いた。仙樹が粒子となって消えていく。そしてアケミの姿も消えた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
アケミは空にいた。一気に急降下し、ミツナリの頭に蹴りを入れる。流石に木製の樹器をこのような速度と体重を乗せた攻撃には使えない。アケミは体術と短剣でミツナリの目を狙う高速の攻撃を始める。そして次はオウメがミツナリから距離を取り、仙気を活性化する。仙樹を呼んだ。
「仙樹招請、大洋の守護神イルムホルメ!」
オウメの、まだどこか幼い声が森に響き渡る。光り輝く仙樹が現れた。
(イルムホルメ? なにそれ……)
萌菜は聞いたことのない名前に、疑問に思いながらも祝詞に耳を傾ける。
「イルムホルメ、アルムスガイルトヘモクリペパスアル……」
日本語どころか、何語すらかも分からなかった……
オウメの祝詞が終わると、仙樹の実がなり弾ける。アケミと同じくオウメに光が降り注いだ。その光はオウメの周囲を覆い始める。薄っすらと光り輝く仙気の障壁が現れた。
「ヤァァァ!」
オウメがミツナリに突進し、目の前に陣とる。そのまま至近距離で仙気を滾らせながら、ミツナリに連打を浴びせ始めた。そして、ソウハとサイカがミツナリから距離をとる。オウメは激しい連打でミツナリの注意を引き、アケミは執拗にミツナリの目を狙った。
ミツナリは、目の前に無防備に立つオウメに狙いを絞る。そのまま刀を振り下ろした。だが、オウメの体に届かない。それどころかオウメが着る戦衣にすら届かなかった。ミツナリは、なんども刀を叩きつける。だが、オウメの障壁に全て阻まれた。
「オォォォォォォ」
苛立ったのだろう。ミツナリは不気味な雄たけびを上げると、両手で刀を持ち、妖力を込め始めた。オウメの連打を気にすることなく、妖力を込めていく。刀が赤黒く激しく光る。オウメは、その圧倒的な妖力に冷汗が流れるのを感じた。
(これは、ダメかも……)
流石に障壁で受けとめられる気がしなかった。ミツナリの刀が振り下ろされる。
「させるかよぉぉぉ!」
アケミが叫びながら大地を蹴り、すさまじい勢いで跳んで来た。そのまま右手の短剣を振るう。仙気が大量に込められたアケミの短剣によって、ミツナリの左腕が弾かれた。アケミの短剣がへし折れ飛んでいく。それを気にすることなく、アケミは左手の短剣をミツナリの顔へと伸ばしていく。
ミツナリがのけぞった。そして距離を取る。ミツナリの左目が消滅していた。
「よしっ」
アケミは小さく拳を握りしめる。だが、すぐに気を引き締める。先ほど、猿のような妖魔が目を再生したのを見たばかりだ。
「どうせ、すぐに再生するんだろ……」
アケミとオウメは注意深くミツナリを見る。しかし目は再生しなかった。その代わりミツナリの妖力が一気に跳ね上がった。
「ウォォォォ!」
ミツナリが吠え、アケミに躍りかかった。アケミが避ける。
「はっ、さっきまでの私じゃないんだ。当たらないよ!」
アケミは軽口を叩きながら、ミツナリの連続攻撃を躱し始める。だが、予想だにしなかった攻撃に危うく斬られそうになった。
ミツナリの裂けている腹から、もう一人の武者姿の妖魔が上半身をのぞかせた。そしてやはり禍々しい刀で、アケミを切りつけたのだった。樹法によって素早さが格段に上がっていたからこそ避けれたものの、危うく真っ二つにされるところだった。
「オウメ、気を付けろ」
アケミが注意を飛ばす。
オウメがミツナリの背後から連続攻撃を仕掛けていた。
ミツナリがオウメに振り返り、刀を振るう。だが障壁に弾かれることを確認すると、腹の妖魔がオウメに腕を伸ばす。アケミは再び攻撃を仕掛けようとするが、さらに腹からもう一体の武者の妖魔が上半身をだし、アケミを牽制した。
そして腕を伸ばした武者の妖魔は、障壁ごとオウメを持ち上げた。
「え?」
まさか妖魔に掴まれるとは思っていなかったオウメは、突然の事態に焦った。だが振りほどこうにも地面に足がついていないため力が入らない。しかたなく仙気を流して脱出しようとしたのだが、顔が青ざめた。ミツナリの左拳に妖力が集まる。そのままオウメ目掛けて腕を振りぬいた。
「キャァァァァ!」
オウメは障壁ごと、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。その先にあるのは大木だった。このままぶつかれば、全身の骨が砕けてしまう。
「オウメ!」
アケミは瞬時に駆けた。だが、ミツナリも駆けていた。
オウメも衛士として、様々な訓練を積んでいる。身を捻り、腕と足で衝撃を和らげる。痛みで顔が歪み涙がでた。
そこにミツナリが肉薄するが、アケミもすでにミツナリの前に回り込んでいた。アケミが短刀をもう一つのミツナリの目めがけて振るう。ミツナリは手でそれを防ぐと、武者の妖魔がアケミを切りつける。アケミは躱したが、ほぼ同時にもう一体の武者の妖魔も攻撃をしかけていた。アケミは殴られ、吹き飛び転がる。
立ち上がったオウメは、目の前に立ちふさがるミツナリを見上げて、震えた。
ミツナリの妖力がさらに活性化し、刀に集まる。赤黒く輝くその圧倒的な力に、オウメは血の気が引いた。
アケミは跳ね起き、オウメ目掛けて振り下ろされる刀をみて戦慄した。
(間に合わない……)
頼みのソウハとサイカは、距離が離れすぎていた。
「ダメェェェェェェ!」
だれかの叫びが響き渡った。
そして、どこからか凄まじい仙気のオーラが迸る木の枝が飛んで来た。
それはミツナリの刀を持つ腕に当たった。そして腕が弾かれ、ミツナリがのけぞった。
オウメはその隙に距離を取る。そしてアケミとオウメは、枝の飛んで来た方角を見た。
枝を投げたのは萌菜だった。
「モエナ、お前なぜ……」
アケミは呆気にとられた。それはアケミだけではなかった。オウメはもちろん、離れた所で傷の痛みからか膝をついていたソウハもだった。そして仙樹を呼ぼうとしていたサイカは、あまりの事態に仙樹を呼ぶのを中断してしまった。
「なぜモエナちゃんが、あんな強力な仙気を……」
サイカは、投げぬいた姿勢のままミツナリを見ている萌菜を、呆気にとられながら見ていた。
「今はそんなことはどうでもよい。それよりも、すぐに仙樹を呼ぶんだ。あのようなまぐれ当たり、二度は起きぬぞ」
「は、はい」
ソウハに注意をされて、あわてて仙気を活性化させ始める。
そしてミツナリは、萌菜に振り向いた。
ミツナリに威圧され、萌菜は一歩二歩と後ずさる。
(声にしたがって、木の枝を投げちゃったけど、この後どうすればいいの? 声の人、教えて!)
萌菜は突如響いた声に従って、枝を拾って投げたのだった。その枝が、ミツナリの攻撃によって折られた成りたての仙樹の枝とは知らずに……
だが、声は萌菜の呼びかけには答えなかった。
ミツナリが萌菜目掛けて一歩踏み出す。その時、さらに最悪の事態が起きた。森の奥から妖魔の軍団が駆けつけてきた。
「もう、駄目だ……」
アケミは、森の奥から迫ってくる妖魔の軍団を眺めた。それはソウハやサイカ、オウメもそうだった。
萌菜だけは、ミツナリに注意を奪われ、森の奥を気にする余裕などなかった。
アケミは、萌菜とミツナリ、そしてオウメを見る。
「ちくしょう……モエナ、逃げろ! オウメ、モエナを助けるんだ! 妖魔の軍団は、私がなんとかする!」
アケミは腰に挿していた予備の短剣を抜くと、妖魔の軍団を見据えた。
その時……
「加勢します! 妖魔の軍団は、私たちに任せてください!」
岐阜の衛士たちが、駆けつけてきた。
岐阜の衛士たちはそのまま妖魔の軍団に突撃する。
ミツナリは、突如登場した岐阜の衛士たちに気を取られたが、すぐさま萌菜目掛けて走り始めた。背を向け、萌菜は逃げる。
アケミがミツナリに追いつき、蹴りを放つ。防御するミツナリ。そのままアケミを攻撃する。そこにオウメが再び攻撃をしかける。振り出しに戻ったかのように見えたが、違った。
「仙樹招請」
サイカの仙樹を呼ぶ声が、響き渡った。
「七福、弁財天!」
光り輝く仙樹が現れる。
「来た来た。サイカ姉の仙樹!」
苦しそうに戦っていたアケミの表情が、一気に明るくなった。アケミだけではない。オウメもだった。
「世に豊穣をもたらす麗しき女神、七福神の一柱、弁財天様。貴女の光は、数多の心を潤し、負の心をも喜びで包み込みます。貴女の尊き調べに潤うこと、感謝の念に堪えません。貴女への感謝ととともに、私の仙気を捧げます。私たちに挫けぬ心と、魔を挫き、魔に屈せぬ大いなる輝きを授けたまえ。どうか、私の心からの願いをお聞き届けください!」
サイカの祝詞が響き渡る。そして仙樹の実が枝から外れると、それはひとりでにサイカの後方に浮かんだ。サイカの仙樹が光の粒子となって消えた瞬間、仙気の波動が仙樹の実から放たれた。まるで音楽を奏でるようなリズムで、何度も仙気の波動が放たれる。それだけで、萌菜は気が楽になった。
さらに仙樹の実から光輝く粒子が溢れ始める。それはアケミやオウメ、ソウハに、そしてミツナリへも伸びていく。
「オウメ、一気にやるぞ!」
アケミの短剣から迸る仙気のオーラーが格段に増した。アケミだけではない。オウメもだった。
そして光り輝く粒子に捕らわれ、ミツナリの動きがぎこちなくなった。
「二人共、仙気を流すわよ」
サイカがミツナリに突撃し、槍を押し当てる。アケミ、オウメも樹器を押し当てた。
ミツナリに、サイカの樹法によって増幅された三人の仙気が流れ込んだ。
オウメに向けて刀を振るおうとしていたミツナリが、膝をついた。動きを止めたのはミツナリ本体だけではなく、腹から上半身をのぞかせている二体の武者の妖魔もだった。
「仙樹招請、建速須佐之男命!」
そしてソウハの呼びかけにより、仙樹が現れる。ソウハの朗々とした祝詞が響き渡った。
「大地に冠する、いと猛々しき建速須佐之男命よ。汝の威光は森羅を照らし、夜すら昼へと誘う。御身の力により、人心穏やかなること、まことに感謝の至りそうろう。御身への感謝とともに、我が仙気をここに奉らん。願わくは、我が前に立ちふさがりし極魔の輩を滅する剣を、ここに授けられんこと。この願い、どうか聞き届けたまえ!」
(あれ? 前とちょっと違う……)
萌菜は、ソウハの祝詞の最後が以前と異なっていることに気がつく。
一本の枝に仙気が収束し、実がなり始める。
そのとき、ミツナリの妖力が爆発的に上がった。
刀に妖力を込め始める。
「させないわよ!」
サイカが叫び、さらに仙気を活性化させる。サイカだけではない。アケミもオウメも必死に仙気を流した。だが、努力虚しくミツナリの刀は強烈に光り輝いた。その瞬間、ミツナリの刀から赤黒い塊が次々と放出される。それは怨霊のような形を取り、サイカとアケミ、オウメに襲い掛かった。
(嘘……まだこんな手を隠し持っていたなんて……)
サイカは迷った。退避すれば無事で済むだろう。だがミツナリの足止めをしなくては、ソウハの樹法を躱されるかもしれない。しかし逃げなければオウメはともかく、自分やアケミは助からない。
サイカはアケミの顔を見た。アケミは頷いた。だから、すぐさま決断する。このままミツナリを足止めすると。
三人に怨霊が迫った。サイカとアケミは覚悟をした。だが、そのとき足元から光り輝く枝が伸びてきた。それは次々と怨霊を串刺しにしていく。怨霊だけではない、ミツナリもだった。
「だれ?」
これはソウハの樹法ではない。サイカは、少し離れた所に岐阜の衛士長ホナミが立っているのが見えた。
「ホナミ様、ありがとうございます……」
サイカは心底感謝した。
「三人とも、いくぞ!」
ソウハが呼びかける。そして、仙樹の実をミツナリ目掛けて飛ばした。仙樹の実がミツナリ目掛けて飛んでいく。それを仙気の刃で撃ち抜いた。
その瞬間、実が弾け、強大な仙気の光が伸びる。それはオウメを掠めミツナリの腹を貫いた。
ミツナリの全身から仙気が溢れだす。ミツナリは苦しそうに体を震わせ、逸らした。
サイカとアケミ、オウメの三人がミツナリから飛び退いた。
ミツナリが刀を落とした。そして完全に崩れ落ちる。
「トヨトミノウラミハ、キエヌゾ……」
ミツナリは光り輝くと、恨みを残して消滅した。
「勝った……勝ったぁぁぁぁぁ!」
アケミが涙を浮かべながら、全身で喜びを表現した。
「ええ、私たちの勝ちよ……」
サイカも涙ぐんでいた。オウメもだ。三人にとって、このような何度も死を覚悟する強敵との戦いは初めてだった。
「ソウハ様も、そのお怪我で良く……」
サイカがソウハに振り返った。
「ソウハ様?」
ソウハが木刀を振りぬいた姿勢のまま立っていた。
ゆっくりと体が傾く。
「ソウハ様!」
サイカが、アケミが、オウメが、そして萌菜もソウハに駆け寄る。
ソウハは、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
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