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第八話 寝起き

「トントントン……。」


包丁がまな板に当たるリズミカルな音が耳に届き、次第に意識が浮かび上がってくる。それに続いて、みそ汁の香りがふんわりと鼻孔をくすぐり、俺はゆっくりと目を開ける。


「おはよ。」


視界に入ったのは、優しく微笑む美也子の顔だった。彼女はエプロン姿で、俺が眠っている間に朝食を作っていたらしい。


「……おはよう。」


寝ぼけ眼で返事をしながら、まだ少しぼんやりとしている頭で包丁の音を思い返す。あのトントンという音は、まるで俺を目覚めさせるための合図のようだった。


「もしかして、あの音、俺が起きそうだからわざとやってた?」


美也子は、少しだけいたずらっぽく微笑んで、軽く肩をすくめた。


「気づいた? こういうのオトコノコの夢、なんでしょ?」


そう言って、彼女はいたずらっぽく笑う。

「いや、男の夢っていうなら、キスで起こしてもらいたい。」

俺が冗談めかしてそう言うと、美也子は軽く俺に口づける。

ちゅっ

「これでいい?お味噌汁覚めちゃうから早く起きてよね?」

美也子はそう言いながら朝食の準備に戻る。

何気ない日常の中に、彼女の細やかな気遣いが垣間見えた朝だった……。



「ふーん、彼方ってそう言うのが好みなんだぁ。意外と乙女?」

美也子が呆れたように言う。

「乙女ちゃうわっ!」

俺は、そう言い返しながら冷めた目玉焼きをほおばる。

この目玉焼きは彼方が焼いたものだ。


美也子は、寝起きが悪かった。

色々あって疲れていたのだろうと思い、折角だから、と朝食を用意することにした彼方。

とはいっても、パンをトースターで焼き、目玉焼きをベーコンを焼くだけ。

後はインスタントのコーヒーを入れたら出来上がり。10分もかからずにできる簡単朝食なのだが……。


朝食が出来ても美也子は起きなかった。

最初は、女の子の寝ているところに……と遠慮していた彼方だったが、あまりにも起きてこないのでかえって心配になる。

彼方は近くまで寄って美也子の寝顔を覗き見る……。

こうしてみていると、美也子も十分な美人さんだと思う。思うのだが……。

「おーい、起きろぉ~。」

「みやこさんや~。朝だよぉ~。」

「ほら起きろっ!」

「寝るなぁッ。寝たら死ぬぞぉ。」

ぺちぺちぺち……。


優しく起こしても、全く起きる気配がない。

「ん~」と寝返りを打ったり、起こそうとすると、毛布をかぶったりしているので、病気とかの心配はなさそうだ。

そう言えば……と、彼方は、時々遅刻ギリギリで走る女の子を追い抜いて行った記憶がよみがえる。

その時は気にしていなかったが、今から思えば、アレは美也子だったような気がする。

つまり、寝坊は彼女のデフォルトってことだ。


「おーい。起きないと襲っちゃうぞ~。キスしちゃうぞぉ~。」

最後の手段とばかりに、半分冗談でそんなことを言ったのだが、美也子は目を閉じたまま、さらに布団に潜り込んでボソッとつぶやく。

「ん~、していいからあと五分……。」

その予想外の返答に、俺は一瞬固まった。

冗談のつもりで言ったのに、まさかそう返されるとは……。


「……いや、マジで困るから。」

どう反応すればいいか分からず、思わず頭をかきながら、美也子の寝顔を見下ろす。

襲うとか言っておいて、まさかの展開に俺自身が狼狽してしまうとは、なんてこった。

「いや、しかし……、」

本人がいいっていてるからいいんだよな?

俺はそう呟きながらゆっくりと顔を近づける。

「本当は起きてるんじゃないだろうな……。」

彼女の唇まであと5㎝と迫ったところで、俺がそうつぶやくと、美也子は薄っすらと目を開け、笑う。そして、きゃぁ~と言いながら再び布団に顔を埋めた。

「起きろっ!」

結局、俺はそう怒鳴って毛布を取り上げるのだった。


「ぶぅ……女の子の寝顔を見るなんて失礼だよ!」

起きた後、美也子はそう言って、ぷりぷりと怒りだす。

けれど、俺は内心で少し呆れながら思わず口を開く。

「だったら、早く起きろよ……。」

どの口が……と、俺はつぶやく。

彼女が起きるまでの苦労を思い出すと、朝からどっと疲れが押し寄せてくる。

どれだけ声をかけても、揺さぶっても、まるで石のように動かない。

まるで全身が布団と一体化しているかのように、彼女はしぶとく眠り続ける。

これでは、普段も誰も起こしてくれなかったのだろう。

「本当に、どれだけ苦労したと思ってるんだか……。大体なぁ、こういう時は……」

そう言って俺が語ったのが、冒頭の部分である。

美也子は面白そうに俺の話を聞いているのだった。



「……という事で、今後の方針なんだが?」

「はいっ!」

美也子がピシッと手を上げる。

「はい、美也子さん。」

「私は被服室に行きたいですっ!その後は購買部にっ!」

被服室はちょうどこの真上にある。

行くこと自体は構わないが、しかしなんで?

俺はそう訊ねると、美也子が教えてくれる。

何でも、被服室はコスプレ部の部室衣食住の内食と住は何とかなったのだから、衣に走るのは仕方がないだろう。それにこうばいぶにいけば ジャージの在庫があるかもしれないとのこと。


今の美也子は俺のTシャツ1枚……ではなく、ピンク基調のレースフリフリのドレス型ワンピース……いわゆる「甘ロリ」系の格好をしている。

俺の収納の中にあった、妹の服だ。

なんで俺がそんなものを持っているのか?と変態を見るような目つきで美也子に見られたときは、さすがに傷つくものがあった。単に、家の中の物全部収納にしまっていただけなのに……。

それでも、裸にTシャツ1枚よりはいいと思ったのか、おれが「そう言う言い方するなら知らん」と拗ねてみせると、全力で甘えだした。……うん、美也子はチョロインだな。

下着も妹の物を借用しているが、ブラはサイズが合わないと嘆いていた。……うん、妹には聞かせられないな。


まぁ、俺の収納の中に合った食材と、家政科室で衣食住の内食と住は何とかなったのだから、衣に走るのは仕方がないだろう。

それに俺たち二人だけならともかく、これから他の人と合流するかもしれないという事を考えると、半裸の状態は非常にまずいからな。

後、美也子の思惑とは別に、俺も購買部にはいきたかったところだ。

その後、色々な意見を出し合い、当面の行動として校内の探索をすることに決まった。

購買など、必要物資の調達の為もあるが、まだ校内で生き残っている者はいるなら助けたい、というのは美也子の想い。

彼方としては、そんなの放置しておけばいいだろうと思う。事実、残された食料などを考えると、他人に心を砕く余裕はないのが現状だ。

それでも、生き延びているなら助けたい、という美也子の真摯な願いに、彼方は頷くほかなかった。

あれが美也子の本質であり、それがゆえに「癒しの力」を与えられたのだと思う。

だとすれば、美也子の癒しの力に頼るのならば、出来るだけ美也子の願いを聞く、それがギブアンドテイクと言うものだと彼方は思うのだった。




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