第六話 地竜との戦い
「わぁっ!」
教室に入った途端、美也子が歓喜の声を上げる。
それも仕方がないだろう。ようやく落ち着けそうな場所に辿り着いたのだから。
特別棟2階の「調理室」。それがこの場所の事だが、正式にはこの教室は『家政科室』である。
簡単に言えば、家政……つまり、炊事、洗濯、掃除等々、料理に限らず、家の中の事を学ぶための場所だ。
そのため、室内の広さは通常の教室の2倍あり、そのうちの1/4が、調理実習用の調理台が並んでいる。
普段はこの1/4のスペースしか使わないので「調理室」と呼んでいるわけだ。
では、残り3/4は何か?というと、実はワンルームマンションそのものの作りになっている。
昔は、この部屋を使って、「主婦の仕事」と言うものを教えていたらしいが、時代とともに「ナンセンスだ」という声が多くなり、学園内の『家政科』が無くなってからは使われてないと聞いているので、学園内でもこの部屋の存在を知らないものは多い。
おそらく美也子も、存在を知らなかったうちの一人だろう。
「こんな場所があるなんて……。」
美也子が、目をキラキラさせて、あっちこっちを見て回っている。
どうでもいいが、今の格好でかがんだりしたら……。
さっきからチラッ、チラッと、美也子の危ない部分が見え隠れしている。
大変、目の毒なので、俺は美也子から視線を外し、部屋の片隅に、保健室から持ってきたベッドを出す。
「はぁ、収納って便利だねぇ。でも……大丈夫なの?」
「こうして無事なんだから、大丈夫なんだろ?」
美也子が俺が収納から出すところを見ながら聞いてきた。
美也子の言う「大丈夫?」というのは、俺が地竜戦で使ったある戦術のせいだった。
◇
俺たちが、トレントを避けながら渡り廊下を駆け抜け、特別棟に足を踏み入れた瞬間、目の前に鎮座する巨大な地竜が目に飛び込んできた。
その圧倒的な存在感と、階段を覆うように広げられたその体躯は、まるで「これ以上は進ませない」と言わんばかりの威圧感を放っていた。
「これを倒さなければ、先へ進むことはできない……か。」
目的の階段は地竜のすぐ後ろだ。
隙を見てすり抜けることも出来そうにもない。
別の階段を使おうにも、そのためにはまず奥まで進む必要があるが、地竜の巨体に阻まれていてはどうしようもない。
俺たちが躊躇していると、地竜が低く唸り声をあげ、その鋭い眼光がこちらを捉えた。
俺たちは互いに目配せし、各々の武器を手にしっかりと構えた。
と言っても、俺の武器は「くさないだー」だけ。後は、トレントの樹皮で作った、簡易的な盾のみ。
美也子は、トレントが落とした木の棒……ウッドスタッフを持っている。
俺たちの戦いの準備が整ったと見た地竜が、その巨体を揺るがしながら猛然とこちらに向かって突進してきた。
「彼方君、援護するよ……『女神の祝福』!」
美也子による補助魔法が俺の身体を包み込む。
『女神の祝福』は、対象者の攻撃力、防御力、魔法抵抗、機敏さを3割程度底上げするらしい。
渡り廊下を渡る間に襲ってきたトレントを倒したら覚えたという事だ。
くそ、うらやましい……。
この手の割合ボーナスは、後になればなるほど真価を発揮する。
例えば、今の俺の攻撃力が10だとすれば、3割上がれば13となり、たった3しか上がらないが、俺がレベルを上げて攻撃力が100になったら、3割上がると130となり、30も上がることとなる。
実際にはゲームと違って、強さが数値化されるわけじゃないので、体感的にしかわからないが、それでも、普段よりは力が入っている気はする。
「美也子、後は下がっていろっ、周りの警戒を怠るなよっ!」
美也子は戦う術を持たないが、貴重な回復スキルを持っている。
つまり、俺が大けがを負ったとしても、彼女が無事なら、回復してもらえる……だったら、多少の無茶も通る。
逆に言えば、彼女を失えば、ジリ貧という事だ。
とはいっても、彼女を庇いながら戦えるほど、俺の戦闘力は高くない。
ましてや地竜相手など、自殺行為でしかない。
だけど、ここを抜けない限り、安息の場はないとすれば、彼女の治癒を頼みに、多少無茶でも戦うしかない。
俺たちは全力で応戦した。
俺が振るった剣の一閃が地竜の厚い鱗をかすめるが、地竜は驚異的な防御力を誇り何度攻撃しても、傷一つつかない。
それどころか、却って地竜を怒らせるだけの行為でしかなかった。
その勢いは衰えることがなく、地竜の尾が大地を砕き、その足が地面を踏みつけるたび、ぐらぐらっと地面が揺れる。
だが、俺たちも一歩も引かず、攻撃を繰り出し続けた。
時折、地竜の一撃が俺を捉え、体が宙を舞うこともあったが、その都度、美也子が回復してくれるので、決して諦めることなく立ち上がることが出来る。
地竜との戦いは激しさを増していたが、中々倒すことが出来ず苛立っているのだろう。地竜の動きに隙が見え始める。
俺はそれを逃さず、鱗と鱗の隙間に剣を突き入れる。
さすがに少しは効いたらしく、巨体が地面を揺らし、怒り狂った目でこちらを睨みつけている。
俺はばっと飛び退き間合いを取るが、地竜は大きく口を開き、狙いを定める。
地竜が見ている先は、俺ではなく美也子だった。
俺が美也子に何度も回復してもらっているのを見て、先に倒しておくべき存在だと認識したのだろう。
彼女に狙いを定めた地竜の目には、冷酷な光が宿っていた。
「まずい…!」
地竜の口元が緑色に光り始める。
ブレスかっ!
地竜が口を開けた瞬間には強烈なブレスが放たれるだろう。
しかし、美也子の周囲には隠れる場所もなければ、逃げ道もない。
このままでは彼女がやられてしまう……脳裏に浮かぶ、美也子を失う未来。それを考えた瞬間、体が未意識に反応した。
「美也子、下がれ!」
俺は躊躇うことなく飛び出し、彼女と地竜の間に割り込んだ。心臓が激しく鼓動し、全身の血が一瞬で沸き立つ。逃げ道はない。目の前には迫りくる地竜のブレスがあるだけだ。
ブレスが放たれる瞬間、俺は全力で盾を構え、その猛威を受け止める決意を固めた。地竜の咆哮が耳を突き刺し、灼熱の風が肌を焼き付ける。
だが、ここで引くわけにはいかない。美也子を守るために、この一瞬に全てを賭けるしかなかった。
「彼方ぁぁっ!いやぁぁぁぁぁ……!!」
美也子の悲鳴が聞こえるが、今はそちらに気を向ける余裕はない。
「うおおおおおお!」
全力の叫びと共に、俺は盾を地竜のブレスに向けて突き出そうとして、ふと脳裏に浮かんだことを試す。
どうしてそう考えたのかわからない。ただ、俺は反射的に左手を突き出し、スキルの発動をイメージする。
その瞬間、世界が真っ白に染まり、爆風が体を包み込んだ。
しかし、その中で確かに勝利を感じた。
俺は歯を食いしばり、地竜の猛攻に耐えながら考えていたことは、ただ、ただ、美也子の無事だけだった。
やがて白熱のブレスが消えていく。
俺は賭けに勝った。
「お返しだっ!」
俺は収納した竜のブレスを、地竜にめがけて開放する。
収納したときの勢いのまま、ブレスが地竜めがけて突き進み、その身体を焼いていく。
ブレスが消え去った後、地竜は身じろぎもせずにそこにいた。
まだ生きている……しかしっ!
俺は地竜のタフさに驚きながらも、動きを止めている今しかチャンスはないと、地竜の喉元、唯一色が変色している鱗にくさないだーを突き刺す。
そこが弱点だったのか、俺の剣は地竜の鱗を砕き、内部へと深く突き刺さった。
地竜はその巨体を震わせながら、最後の力を振り絞るように咆哮を上げたが、やがてその姿は静かに大地へと崩れ落ちた。
「やったか……。」
俺は動かなくなった地竜を見て、その場にへたり込む。
「彼方ぁ、彼方ぁッ!」
美也子が駆け寄ってくるが、俺は振りむいて迎えるだけの体力も気力も残っていない。
「かなたぁっ!もぅダメかと思ったじゃないっ!」
美也子は俺に抱き着き、おもむろに唇を奪う。
すると、俺の身体の中から、痛みや疲労感が消えていく……美也子がスキルを使ってくれたのだろう。
しかし、美也子は、俺の身体の傷が治っても身体を離そうとしない。
それどころかギュッと力を籠め抱きしめてくる。
「ん。……おい、美也子」
「…………」
返事はない。
ただ、上気した顔が目の前にあるだけだ。
潤んだ瞳が俺の目を凝視している。
「……まいったな」
俺は苦笑を浮かべた。
「バカ。」
「悪かった。」
「無茶して……バカ。」
「悪かったって。でもあぁするしか……。」
「ばか、ばかばかばかばか……彼方が死んじゃったらどうするんだよぉ。」
美也子は瞳に涙を浮かべながら俺の顔を見上げる。
「ホント悪かったよ。だけど、美也子を守るためなら、俺は何度も同じことをする。」
俺はその身体を優しく抱き留めながらいう。
「ばか……」
「あぁ。ばかだ。」
俺自身、自分の気持ちがわからない。「どうせ裏切られるんだから、これ以上深入りするな」という心の声と、「信じたいんだろ?美也子は違うって。認めろよ」という心の声がせめぎ合う。
ただ、どちらにしても「美也子が無事でよかった」という思いだけは変わらなかった。
「けがはないな?」
「うん……。」
美也子は俺の腕の中で小さく頷く。
その身体は小刻みに震えていた。
「ごめんな」
俺は美也子の背中を優しく撫でる。
「ううん、いいの。……良かった」
美也子は小さく呟いた。そして、俺の胸に顔を埋める。
俺はそんな美也子を優しく抱きしめ続けた。
◇
俺は地竜と戦った時の事を思い出す。
あの時、とっさに「ブレスって収納できるんじゃね?」と思い実行した。
なぜそんなことを思いついたのか、今でも謎だが、まぁ、成功したんだから結果オーライである。
ただ、収納の中には、今出したように、ベッド以外にも様々なものが入っているのだが、ブレスなんか収納して、他の物は大丈夫だったのか?という疑問が美也子の中であったのだろう。
それは俺も感じたが、他の物に影響がなかったところを見ると、たぶん、収納異空間内でも場所……というか空間が違うのだろう。
もしくは、収納空間内は時が止まるらしいから、ブレスの影響も受けないのかもしれない。
ただ、そんなことはどうでもよく、ブレスというエネルギーが収納できると分かったことが、今回の最大の成果であることは間違いない。
「きゅぅぅぅ……。」
その時、美也子のお腹から、可愛らしい音が聞こえる。
「ヤダぁっ!」
美也子が顔を赤くしお腹を押さえる。
「そう言えば、飯食ってなかったな。」
美也子を助け出してから丸一日が経とうとしている。
美也子を助けるときにそのまま犯し、保健室へ移動した後もエッチをして、ようやく落ち着いたところで、すぐに移動したから、食事の事を忘れていた。
「あー、カレーでも作るか?」
「えっ?カレー?」
何言ってんだ、こいつ?みたいな目で俺を見る美也子。
俺は説明するより見せた方が早いと思い、収納から、にんじん、玉ねぎ、ジャガイモ、豚肉、それにカレーるなどを取り出す。
あの事件が起きる前に買い込んでいた食材の一部だ。
正直、食材だけあっても、と思っていたが、この部屋にはカ簡易的なキッチンもあるし、部屋を出た先は調理台や、調理器具が山になっている調理スペースがある。
まだ水も通っているし、ガスはプロパンだから使用できる。
となれば、作らない通りはない。
美也子は一瞬驚いていたが、すぐに「気にしたら負け」と呟いて、壁に飾ってあったエプロンを取って身に着ける。
「じゃぁ、私が作るから、彼方は休んでてよ。」
そう言って食材を抱えてキッチンに向かう美也子だった。
いきなりの大物相手です。
ゲームでいうところの中ボスでしょうか?
正直、ブレスを収納に入れて跳ね返すなんて裏技がなければ、勝てなかった相手ですよ。
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