第五話 美也子
「助かった……のかな?」
私は、目が覚めた後、周りを見回し、目の前にいる男がいるのに気づく。
「助けたわけじゃない。」
私はぶっきらぼうに言う彼の言葉を聞きながら、そっと手を動かしてみる……うん、大丈夫、身体は動く。
だから……。
私は彼のそばに寄り添い、囁くように言います。
「……助けてくれて……ありがと……。」
「たまたまだって言ってるだろ。たまたま通りがかったら、魔物が隙だらけだったら、経験値になってもらっただけだ。」
「ウソです。」
彼の言い訳を私はきっぱりと切り捨てます。
本当に彼の言うとおりであれば、私をそのまま放置したはずです。
その方が面倒がありませんから。
それに彼が私を助けてくれたのは、これで2度目です。……彼は覚えてないかもしれませんが……。
「フンッ。」
とそっぽを向く彼ですが、その動きがおかしいのに気付きます。
「ひょっとして、左腕……。」
「これはその前の事だ。アンタを助けた時のモノじゃない。」
相変わらずぶっきらぼうに言いますが……「助けた」って言ってるの気づいてます?
私は、彼の腕を取り、自分の胸元へ抱き寄せ、そのまま『治って……』と祈ります。
しばらくすると彼の腕が光に包まれ、その光が消え去ったところで彼の腕を解放します。
「えっ?」
彼は驚いた顔をして左腕を振ったり、手のひらを握ったり開いたりしています。
これは私に与えられたスキル『絶対治癒』の力です。
熟練度が上がれば、死後1時間以内であれば蘇生も可能になるとか……。
これはあまり知られちゃいけない気もしますが、恩人相手ならいいですよね。
「なぁ……お前のスキルか?」
彼が探るように聞いてきます。
私はコクリと頷きます。
「……こっちも治せるか?」
彼は左足を差します。そこも、腕程ではないですが酷い怪我の後があります。
先日助けられた時は、そんなことなかったので、ごく最近の怪我であることは間違いないです。
一体、この数日の間に、彼に何があったのでしょうか?
私は黙って、彼の左足……太ももに手を触れます。
少しすると、左腕の時のように光が集まり彼の傷をいやしていきます。
彼の足の傷が治った途端、私の身体がぐらりと揺れます。
「おっと。」
倒れそうになった私を、彼が優しく受け止めてくれます。
……ダメです。二度も命を助けられた上に、このように優しくされたら……。
「ねぇ、名前……聞いてない……。」
本当は別の事がいいたかったのですが、それはまだ早いと自重します。
「そう言えばそうだな。俺もお前の名前知らん。」
「私は美也子……葛城美也子。」
「あぁ、B組の委員長の。俺は彼方だ。椚木彼方。」
「そっか、彼方くん……責任、取ってね。」
……ダメ、想いが溢れちゃう。私ってこんなにチョロかった?
だから思わず、こんな風にした責任を取ってね、という気持ちが口をついて出てしまったのに……。
「ヤダ。」
「なんでだよぉ。普通そこは、「なんの」とか聞くところでしょ?なのに即答って……。」
私はわかりました。彼……彼方は優しいけど意地悪です。
私は彼にギュッとしがみつきながらしばらくの間、彼に温かさを堪能するのでした。
◇ ◇ ◇
……驚いたな。
俺はしがみついて、すぅすぅと寝息を立てている彼女……美也子を見ながら考える。
美也子が寝ているのは、俺を治癒したことによってマナが枯渇したせいだろう。
ゲームでいうならMP不足ってところか。
俺の腕を一応治した、あのデミヒュドラがドロップしたポーションはC級だった。
C級は一定程度の怪我であれば一瞬で治癒するというもの。
しかし、そんなポーションを使っても、止血をし、裂傷を塞ぐだけで精一杯だった左腕。
つまり、俺の腕の怪我はC級では治らないというほど酷いものだった。
それを一瞬で治してしまったという事は、彼女の力は少なくともB級以上という事になる。
「これは、確保するべきだな。」
驚いたことに、彼女からは好意を寄せられているらしい……なら、その好意を利用して、俺の為に力を使わせよう。そして裏切られることのない様に……いや違うか。裏切られてもいい様に行動するべきだな。
利用はしても信用しない。うん、このスタンスだな。
しかし、ここで回復役を手に入れたのはラッキーだったかもしれない。
人が増えれば、戦えない足手まといが増えるだけ。
そう思って、俺は誰かを見つけても助ける気はなかったのだが、彼女の場合、足手まといには違いないが、それを補って有り余るほどのスキルを持っている。
ならば、これからは、有用なスキルを持っている奴なら助けるのもありかもしれないと、考え方を修正する。
「まぁ、取り敢えずは、拠点確保のための移動だな。」
俺は寝ている美也子を起こす。
このままでは、朝を迎える前に魔物に襲われてしまうかもしれない。
「ん~……しゅきぃ……。」
ん~と、突き出してくる美也子の唇。
これは……いいのか?
俺は戸惑いながらも、ちゅっと、軽く自分の唇を合わせ、そのまま起こす。
うん、据え膳を食わないのは恥だからな。
「移動するぞ?」
俺は誤魔化すようにそう言って、保健室の中のベッドや薬品、ついでに教師の私物であろう衣類をドレッサーごと仕舞い込む。
「えっ、えっ、えっ?」
目の前でベッドや色々なものが消えたことに驚く美也子。
「俺のスキルだ。」
俺はそれだけを言って、めぼしいものを片っ端から収納する。
「あの……。」
「なんだ?」
「移動って……どちらへ?」
「決めてないが、特別等の2階の予定だ。」
渡り廊下を渡った先が特別等だ。
そこには化学室や調理室などの実習教室が集まっているので、押さえておきたい場所だ。
「……ここじゃ、いけないんですか?」
「魔物に襲われたいなら構わんが、俺は嫌だぞ?」
残りたいなら一人で残れ、という俺の無言の圧力が聞いたのか、美也子はのろのろと俺の後についてくる。
「あのぉ……。」
「まだ何か?」
「いえ、着替えとまでは言いませんが、何か羽織るものがないかなぁ、と。」
みると、美也子は、胸を手で隠しながらモジモジとしている。
そう言えば、今着ているモノはトレントに切り裂かれてボロボロなんだよなぁ。
少しでも動けば、見えてしまう。
それはそれで、と思うのは男のサガだから仕方がないのだが……何かあったかな?
教室からむしったカーテンがあるが、それだと動きがかなり阻害されそうだ。
でも仕方がないか、と思い、渡そうとしてから思い出す。
……そう言えば、家の中の物面白半分に収納してそのままだっけか。
俺は収納の俺のクローゼットの中から無地の白いTシャツを取り出して、美也子に渡す。
「これでも羽織っておけ。」
「あ、はい、ありがとう。」
美也子は喜んで、俺のTシャツを羽織る。
「えっと……ちょっと恥ずかしい。」
「ないよりマシだろ?」
俺はそう言いながら美也子を見る。
俺のだから、小柄な美也子には大きく、裾がちょうど大事なところを隠している……が少しでも激しく動けば丸見えだ。
上の方は、美也子の立派なモノが中から押し上げているので、タプタプしてはいないが、かがめば谷間がポロリとしそう……うん、問題ないな。
「あの……下着……なんてないよね?」
「……俺が女物の下着なんて持っているように見えるか?」
「だよねぇ、ごめんなさい。」
「いいじゃねぇか、だれも見てないんだし。」
「うぅ、彼方くんが見てるよぉ。」
確かに、この美也子の姿は、ローアングルで眺めていたい……と本音が漏れそうになるが、美也子はすでに涙目になっている。
さすがに少しの罪悪感が顔を覗かす。
「わかったよ。俺が前を歩くから、後ろからついてこい。あまり離れるんじゃねぇぞ。」
人間不信気味になっているものの、元々、困っている人を放っておけないたちだった俺は、自分で思っているより悪人になり切れていないらしい。
……甘いなぁ、と自嘲するが、そんな自分を嫌いになれずにいた。
1階の渡り廊下を行くより、2階から渡ったほうが危険は少ない。
ちょうど保健室の横が階段だし、ちょうどいいと考えたのだが、世の中そう甘くは出来ていないようだ。
瓦礫で塞がれた2階の渡り廊下を見上げ、俺はため息をついた。
「仕方ない、1階に降りよう」と美也子に告げ、階段を下りる。
1階の渡り廊下は薄暗く、冷たい空気が肌を刺すようだった。
緊張感が漂う中、俺たちは慎重に進んでいく。
しかし、その時――突然、横から木々のざわめきと共に巨大な影が襲いかかってきた。
「ちっ!トレントかっ!」
俺はとっさに美也子をかばい、咄嗟に身をかわした。
古びた木の枝が床に叩きつけられ、そこに深い傷跡を残す。
「気を付けろ、美也子!こいつは普通の木じゃない!」と、俺は警告しながらトレントの動きを見極める。
トレントは怒りに満ちた目で俺たちを見下ろし、その巨大な腕を振り上げる。
「やるしかないか!」
俺は収納から「くさないだー」を取り出し、トレントに向けて県を構える。
トレントがその巨大な腕を振り下ろしてくる瞬間、俺は素早く美也子を後方へ押しやり、自らは前に出た。
が震え、衝撃で瓦礫が舞い上がる。
巨大な枝が砕け散る音が耳をつんざくが、俺は怯むことなくトレントを睨みつける。
「美也子、後ろから援護してくれ!」
「えっ、えっ、……援護って、どうすれば……。」
美也子はオロオロとするばかり。
「そこらの石でも拾って投げれば、そっちに気が行くだろっ!」
俺はそう言いながら、トレントの足元を狙って突進する。
トレントは再び腕を振り上げ、俺が近づけないように威嚇する。
「こいつ…賢いな」
俺のもつ「くさないだー」は、植物性の敵に対して大きな特効があるらしい。
トレントなら、クリティカルが出れば一撃だというのは、さっきの例で分かっている。
クリティカルが出なくても、2~3撃食らわせればいいだろう。
そのためにも、初撃を何とか入れたいのだが、トレントは俺を注視していて隙を見せない。
「えいっ、えいっ!」
後ろでは、美也子が必死になって石を投げている。
その陰声が場違いに可愛らしく、気が抜けそうだ。
美也子が投げた石は殆ど当たらず、トレントも気に求めていなかったが、それでも数発に一度、こつん、こつんと当たったりしている。
ダメージはほとんどないのだろうが、煩わしかったらしく、少し大きめの石が当たったとき、トレントは木の根を、美也子に向けて伸ばす。
……今だっ!
トレントの気が逸れた隙をついて、俺はトレントとの間合いへ入り込み、「くさないだー」の一撃を叩きこむ。
トレントは怒り狂い、さらに激しく攻撃を繰り出してくる。
枝や根がまるで生き物のように動き、俺の周りを絡め取ろうとする。
が、もう遅い。
「邪魔なんだよっ!!」
俺はニ撃、三撃と剣を振るう。
トレントは苦痛の咆哮を上げ、身体を激しく揺らし始めた。
その隙を逃さず、俺はトレントの弱点と思われる箇所を狙い、剣を深く突き刺すと、トレントの動きが鈍くなり動かなくなる。
「とどめよっ!!」
美也子は、どこから持ってきたのか、一抱えもある石を持ってよろよろとトレントに近づき、その上に堕とす。
更にはそれをもう一度持ち上げて堕とす……堕とす……堕とす……。
余程の恨みがあるのだろうか?
美也子の「石落とし」は、トレントが光の粒子になって消えるまで続いた。
「ふぅ、少しは恨みが晴れたわ。」
ヤり切った感を出した、いい笑顔の美也子がそんなことを言う。
そう言えば、トレントに襲われていたんだっけ?
「美也子、大丈夫か?」
みれば無事なのはわかっているが、俺は一応美也子に声をかける。
美也子は少し息を切らしていたが、頷いて笑みを浮かべた。
「ええ、なんとか。でも、油断は禁物だね。この先にも魔物がいるんでしょ?」
「たぶん……な。」
多分というより、特別等の扉の向こうには絶対いるだろう。
戦う必要はない。魔物を躱して階段を上がることさえできれば、当面はそれでいい。
俺たちは再び歩き出し、ゆっくりと特別等を目指して進んでいった。
普段であればあっという間の渡り廊下の距離が、今は果てしなく遠く思えるのだった。
今回R18の方を先に書いてみました。
R18を後から各場合、基本加算になります。
全年齢版に、えちえちなシーンを挿入し、前後の文脈を整えたり、プラスアルファーの要素を咥えたりしています。
逆に今回みたいなR18を先に書く場合、基本減算になります。
えちえちなシーンを削除して、前後の文脈を修正。
エッチありの文章を、エッチがなかったことにして書き直すわけですね。
どっちが書きやすいかと言えば……
どっちも面倒!
これが結論ですw
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