第十七話 1階層ボス戦……トロール
「倒すか。」
俺の言葉にみんなが緊張する。
「兄弟、倒すって言っても勝算はあるのか?」
信也が代表して聞いてくる。
「勝算って言われてもなぁ……。」
正直、戦いにおいて何が起こるか分からないから、やってみるしかないだろうというのが本音だ。
それでも、トロール1体が相手なら、勝率は高いと見ている。
「相手はトロールだろ?そのタフさと攻撃力は気をつけなければいけないのは確かだが……。」
ただ、トロールはその動きは鈍い。攻撃を躱すだけであれば、冷静になればスキルを持たない一般人だってできる。
ただ、その巨体から発せられる威圧に足が竦んで腰を抜かすパターンが多いのだが。
つまり、相手に気圧されなければ、ゴブリンやコボルトよりも鈍い相手なのだから、攻撃を躱しつつ、こちらの攻撃を叩き込むを繰り返せば、何とかなるだろう、と説明する。
「特に、ルインとかすみのスピードなら大丈夫だと思う。」
俺は攻撃の要になる二人にそう告げる。
「あとは、俺と信也が遠距離から援護を、芽衣子ちゃんには、うささとサクラにミヤコを護ってもらう布陣で行けば……と考えているんだが、どうだろう?」
パーティのバランスとしては悪くない。後はトロールを倒し切るまでにスタミナが持つかが勝負の分かれ目となるだろうが、あえてそのことに触れないでおく。
一同は、それぞれに俺の言葉を咀嚼したうえで、トロールを倒す案に頷くのだった。
◇
入念な準備を経て、トロールに挑むときが来た。
ダンジョンの中だというのに、濃い霧の立ち込めている。
視界が悪い中、俺たちは配置に就く。
前衛には、剣を構えたかすみが静かに立っている。その鋭い目がトロールを見据え、相手の動きを予測しているのがわかる。
隣にはルイン、彼女の爪が青白い雷を纏い、いつでも敵の懐に飛び込み、一撃を加える準備が整っている。
「いくぞ、かすみ、ルイン。隙を作る!……にゃんだぁぶれいくっ!」
俺の持つ肉球ロッドから雷が放たれる。
ふざけた形態の武器ではあるが、その威力は凶悪だ。
雷を受けて、トロールが怯んだところに、かすみが先陣を切り、トロールの巨体に斬りかかる。
その攻撃は鋭いが、トロールの分厚い皮膚にはまだ致命傷には届かない。
しかし、かすみの一撃は意図通り、トロールの注意を引きつけた。
その瞬間、ルインが雷の如く駆け出し、背後から電撃を纏った爪を振りかざす。
彼女の爪がトロールの巨腕に食い込み、ビリビリと電流が走る。
「ぐおおおっ!」というトロールの咆哮が轟くが、ルインの一撃が確かに効いている。
その証拠に、トロールはこん棒を意味もなく振り回すことしかできていない。
「今だ、信也!」
後方から、信也の銃声が響く。
狙撃は正確で、トロールの片目を撃ち抜いた。
トロールが苦しみながらも暴れ出し、振り回す腕や脚が地面を砕くが、それは大きな隙でしかない。
信也の狙撃によって生まれた隙を見逃すはずもなく、かすみとルインがトロールを切り刻む。。
その間に、芽衣子の使い魔たちが動き出す。
うささが鋭い速度で飛び回って電撃を放ち、サクラは隙間を縫って毒針を放つ。
四方からの攻撃は、トロールの狙いを定めさせず、動きを鈍らせ、攻撃を続けさせないように絡め取っていく。
うささの体が光を放ち、サクラの放った針に電撃を纏わすことで、トロールの厚い皮膚を毒針がえぐる。
一方的に思われた戦いだが、トロールの耐久力はいまだ底が見えず、しかも反撃は激しい。
そのようさやない攻撃をかすみが避けきれずに傷を負う。
その瞬間、後方から美也子の癒しの魔法が届く。
彼女の手から放たれる光が、かすみの体を包み、瞬く間に傷が塞がれていく。
「ありがとう、美也子!」
かすみは傷が癒えると同時に飛び出していく。
俺はそれを見て、遊撃としてトロールの死角へと走り出す。
トロールが前衛のかすみとルインに集中している間、俺は側面から一気に接近する。
「ここだ!」
一瞬の隙をついて、俺の一撃がトロールの膝を捉える。
手にした剣は肉棒が変化したものであり、ルインからコピーした雷纏いにより、県全体が電撃でおおわれている。
こんなもので斬りつけられては、トロールとてひとたまりもないだろう。
トロールが膝を折り、崩れ落ちると、全員が一斉に畳みかける。
かすみが鋭い剣撃を、ルインが雷の爪で追撃し、信也の弾丸が急所を狙う。
トロールが最後の一撃で雄叫びを上げながらも、仲間たちの連携でその巨体が倒れる。
静寂が訪れるが、俺たちはまだ警戒を解かない。
やがて、トロールが全く動かなくなったのを確認し、俺たちは息を整え、勝利を確信することが出来た。
「よし、終わったな。みんな、お疲れさま!」
皆がそれぞれに頷き、安堵の表情を浮かべる。
しかし安心するのはまだ早かった。
「グォォォォ……」
奥からさらに2体のトロールが出てくる。
「どうする?」
信也が聞いてくるが、取れる方針は一つしかない。
「逃げよう。」
俺は皆を促すと、1階層への階段を駆け上がるのだった。
◇
「はぁはぁはぁ……みんな無事か?」
一階層に出たところで、俺は皆の安否確認をする。
「はぁはぁはぁ……大丈夫よ……。」
「うん……まだ、動ける……はぁはぁはぁ……。」
「いや、無理は良くない……。ん、丁度いい、あそこで休もうぜ。」
俺は周りを見回し、目についた廃屋を指さす。
何か大きな衝撃を受けたのか、おかしな形に歪んではいるが、崩れる様子もなさそうだし、雨風はしのげるだろう。
「……誰かの家……だよね?」
廃屋に入り、リビングと思われるところで腰を下ろし、息を整えると、しばらくしてからミヤコがぼそりと呟く。
「多分……な。」
「……ライフラインは生きてるっぽいし、当面の拠点としては十分じゃね?」
キッチン周りを探っていた信也が戻ってきてそう言う。
「そうだな。」
まだ状況がよくわかっていない1階層で校舎を出すのは躊躇われる。
というか、校舎は大きすぎて、移動時の拠点には向かない。
せめてこの廃屋ぐらいじゃないと……。
「それは困るわね。」
突然声が響く。
振り返ると、美也子とかすみが羽交い絞めで捕らえられていた。
「いつの間に……。」
信也がモデルガンを構えようとするが、俺はとっさに前に出てそれを隠す。
「(手の内は見せない方がいい)」
俺はそう小声でつぶやくと、一歩前に進み出る。
「話し合いの余地はないのかな?」
俺は目の前の女に視線を固定したまま問いかけた。
美也子とかすみを捕らえている彼女は、冷たい目でこちらを見据えているが、その表情には若干の余裕が感じられた。
状況は厳しいが、ここで無駄な衝突を避けられるならそれが最善だ。
俺の言葉に、彼女は少し考え込んだように見えた後、軽く肩をすくめて答えた。
「あなたたち次第ね」
彼女の言葉は鋭く、手の内を見透かすかのようだったが、俺は視線を逸らさずに応じた。
ここで引くわけにはいかない。
そして、視界の片隅にサクラの姿が映った。彼女は静かに動いている。
何かをしようとしているのだろうか。この状況で最も重要なのは、時間を稼ぐことだ。
心の中で深呼吸をし、再び口を開く。
「俺たちは無駄に争うつもりはない。だけど、そっちも本当に戦いたいのか?これ以上、誰も傷つけずに済む方法があるなら、それを探すのが賢明じゃないか?」
言葉を紡ぎながら、俺は相手の反応を慎重に見極める。
少しでも隙を作ればサクラが動く余地を与えることができるはず。
彼女が何を計画しているかはわからないが、俺にはそれを信じるしかなかった。
女はじっと俺を見つめながらも、ほんのわずかに眉を寄せた。
その表情は硬く、次の行動を計りかねているように見える。
「話し合いで済むなら、それに越したことはないが……」
女が言葉を続けようとしたその瞬間、かすかな音が聞こえた。
プシュッ!プシュッ!
途端に美也子たちを羽交い絞めしていた者達がその場に崩れ落ちる。
美也子は転がるように俺の方へ、かすみは剣を抜いて、女の喉元に突き付ける。
「形勢逆転だな。」
俺がそういうと、「そうはいかない」とすぐ後ろで声が聞こえ、俺の喉元にナイフが突きつけられた。
いつの間に……。
驚く俺をよそに、緊迫した空気がこの場を支配する。
喉元に剣を突き付けたまま、女の腕を後ろ手に取り動きを封じるかすみと、俺の背後から、喉元にナイフを当てる謎の少女。
そいつらの仲間と思われる男が二人、サクラの麻痺針によって床に転がっている。
そしてさらに二人の女性と一人の男性がこちらの様子を窺っている。
対してこっちは、美也子と芽衣子を庇う様に二人の前に立つ信也と、飛び掛かる隙を伺っているルイン。
お互いに手が出せずに硬直状態だ……普通であれば。
芽衣子が申し訳なさそうに目を伏せるのを見て俺は覚悟を決める。
「これが最後通牒だ。大人しく武装解除して話し合いに応じろ。」
「それはこっちのセリフ……。この男の命が惜しかったら武器を捨て……うっ!」
俺の背後の女が最期まで言い切らないうちに、身体中にショックが走る。
うささの電気ショックだ。
アイツは芽衣子が大好きだから、芽衣子の傍にいる俺の事を敵視して、巻き込むことに躊躇しない。それどころか、大義名分が出来たと、喜んでいるに違いない。
範囲は俺を中心に、3m余り。
信也や美也子、そして敵を捕らえているかすみたちは、さり気なく一歩下がっていて、ギリギリ範囲外にいる。
俺が相手の女の子と共に倒れ込んだ瞬間、ルインが飛び出して俺を運ぶ。
後は簡単だった。
信也と美也子たちが手分けをして、敵対勢力たちの身体を縛り上げる。
かすみも、捕らえていたリーダーを縛り上げ、同じ場所へと並べて座らせる。
「さて、あなた達の目的は何?」
俺がまだ痺れて動けないため、かすみが代わりに尋問をしてくれる。
「……。」
しかし応えようとはしない……まぁ、当然といえば当然か。
様々な誤解が溶け、ようやく話し合いの場が持てたのは、夜が明けてからだった。
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