第十話 姉妹
「はふぅ……。」
「どうしたの?お姉ちゃん。」
妹の芽衣子が心配そうに声をかけてくる。
「あ、ごめん、何でもないの。信也君が無理しなければいいなぁって。」
私は、そう言いながら芽衣子の頭を撫でる。
「ん、私がずっとそばにいるから。」
芽衣子がそう言って寄り添ってくる。その温かさが心地よい。
心地よ過ぎて、涙が零れ落ちる。
「ごめんね、芽衣子、ごめんね……。」
私は泣きながら芽衣子を抱きしめる。
私の左足は、膝から下が食いちぎられている。
すでに痛みはないが、血が流れ過ぎていて、もう長くはない事は分かる。
自分が死ぬのは怖くない。ただ、自分が居なくなると、遺された芽衣子がどうなるか……。
芽衣子は、私が左足を失った時に視力を失った。
信也君がいなければ、私達姉妹は、あそこで命を落としていたことだろう。
その点は感謝している……けど、あの時放置してもらえたら……と恨みがましく思う時もある。
死ぬのが怖くない?……そんなのウソだ。本当は凄く怖い。怖くて怖くて泣き叫びたい。
だけど、芽衣子の手前、それは出来ない。
だから、あの時、放置していてくれたら、こんな思いをしなくても済んだかもしれない、とほんの少しだけ恨みがましく思う。
「お姉ちゃん……私も一緒だから……怖くないよ……。」
芽衣子がぼそりとそう囁く。
視力を失った芽衣子だって、怖くて不安でたまらないはずなのに……。
私は何も言わず、ただ、芽衣子の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
◇
それは悪魔の囁きだった。
ううん、そんな気がなかったのは分かっている。だけど、私にとっては悪魔の囁きそのものだった。
「その身体を治してやる。妹の目も。その代わり……。」
ウソだ……出来るわけがない……。
そう思いながらも、もし本当に治るのなら……と微かな希望に、私はすがってしまった。
信也君が連れてきた二人。
一人は知っている。美也子ちゃんだ。
だから信じてしまったのかもしれない。
美也子ちゃんと一緒に居た男の子。
美也子ちゃんの様子を見ていれば、彼の事を慕っているって事がよくわかる。
だから、私も彼の事を信じることにした……私と芽衣子を治してくれるという、不可能に近い事を言う彼の言葉を……。
「えっとね、かすみちゃん……目閉じてくれるかな?」
美也子ちゃんが顔を赤らめながらそう言う。
何で?と思いながらも、私は言われたとおりに目を閉じる。
すぐ近くに気配を感じたと思った瞬間、私の唇が塞がれる。
……えっと、美也子ちゃんにキスされてる?
……しかも上手……。
美也子から、唇を通して、何やら熱いものが流れ込んできて身体中を蹂躙していく……。
その力の奔流に、私は何も考えられなくなり、頭がぼーっとしてくる……ダメ……意識が……。
◇
「次はメイちゃんの番ね。」
美也子が芽衣子の手を掴みそういう。
「えっと、お姉ちゃんは?」
「もう大丈夫よ。今は回復のために寝ているだけ……。目覚めたら元通りよ。」
「そうなんですね……ありがとうございます。」
「お礼を言うのはまだ早いわよ。」
美也子はそう言って芽衣子を座らせる。
「肩の力を抜いて……そう……。」
美也子は、芽衣子の身体をそっと抱き寄せ唇を奪う……。
「っ!」
芽衣子は一瞬身体を強張らせるが、そのまま力を抜き、美也子に身を任せる。
力が抜けてくたぁと倒れ込む芽衣子を、傍で見ていた彼方が抱え上げ、かすみの横に寝かせて亜yる。
「大丈夫なのか?」
心配そうに見ていた風間が声をかけてくる。
「もう大丈夫よ。今は回復に全生命力を使っているから、自然に目覚めるまで寝かせておいてね。」
そう言って立ち上がろうとした美也子がふらつくのを彼方が支える。
「無理し過ぎだ。」
「だって……。」
「気持ちはわかるけどな、お前が倒れたらあの二人も悲しむだろうが。」
「……ん、ごめんね。」
素直に謝る美也子。
「あと、俺以外の男への治癒行為は禁止な。」
「えっ?」
「男なんてポーションぶっかけておけばいいんだよ。」
「えっと……。ひょっとしてやきもち?」
「悪いか。」
「クスッ。大丈夫だよぉ。部位欠損とか命に係わるほどの重傷じゃない限り、アレ(キス)はしないから。」
美也子の話では、重症の場合などは、外部から治癒エネルギーを送り込むことが出来ない場合があるそうだ。
また、部位欠損の再生にはより多くのエネルギーが必要になるため、体内へ直接送り込んだ方が、効率的だという。
「それでもだ。……お前の唇は誰のもんだ?」
彼方が都の耳元で囁く。
「えっ、あっ……彼方ひゃんの……モノ……れすぅ……。」
途端に赤くなり噛み噛みになる美也子。
その仕草が可愛くて、思わず抱きしめるのだが……。
「コホンッ……あ~、イチャつくなら余所でやってくれ。……クソッ、俺だってかすみと……。」
……どうやら信也のいることを忘れていたらしい二人は、思わず顔を赤らめ、微妙に距離を取るのだった。
◇
「じゃぁ改めて宜しくね。……こういう場合、自己紹介からした方がいいのかな?」
元気になったかすみが、そう言ってくる。
ここは特別棟2階の家政科ルーム。
マンションを模した特別な作りになっているため、校舎内では一番居心地がいい、という事で、かすみと芽衣子が起きてすぐに、ここに移動した。
勿論、移動の際、学食にあった食材や調理器具など一切合切収納してきている。
彼方が、かすみたちに「助けてやる代わりの条件」は、今後一切の打算なく、彼方たちに協力する、というものだった。
彼方にしてみれば、これ以上敵対勢力を増やしたくなかったことと、信用できる仲間……特に戦える仲間が欲しかった。
かすみも芽衣子も、自分が助けられた、という事は重々承知なので、今後裏切ることはないだろうし、信也にしても、かすみに惚れているみたいなので、好いた女を裏切ることはないだろう。という事は、間接的に信用できるという事だ。
「えっと、その方がいいかも。風間君と彼方、全然話してなかったしね。」
「「そんな余裕がなかっただけだ。」」
彼方と信也が同時に叫ぶ。
「くすっ。仲良しだね。……じゃぁ私から。」
かすみはそう言って軽く自分の胸を叩き自己紹介を始める。
「宮部かすみよ。ユニークスキルは『ウェポンマスター』派生スキルで「剣術」「投擲」「槍術」ね。後、特技というほどでもないけど料理が出来るわ。美也子よりは上手よ?」
かすみは、微笑みながらそう言う。
「そう言えば、かすみは剣術習ってたんだっけ?やっぱりスキルってそういうの関係あるのかな?」
美也子がそんな事を呟く。
まだ症例が少ないから何とも言えないが、関係ないとは言い切れなさそうだ。
「じゃぁ、次私ね。宮部芽衣子です。お姉ちゃんの妹……ってこういい方変ですね。」
ペロッと舌を出してとぼける芽衣子。
「ユニークスキルは『テイミング』で、派生スキルとして『仲魔回復』と『仲魔強化』があります。」
「じゃぁ次は俺か。」
芽衣子に続いて、信也がぶっきらぼうに話し出す。
「風間信也だ。かすみと芽衣子とは、まぁ……幼馴染ってやつだ。ユニークスキルは『五感強化』だな。後、派生スキルで「銃器取扱い」と「精密射撃」がある。」
「なぁ、五感強化ってどういう力なんだ?」
彼方が気になって聞いてみる。
「それは……まぁ、いっか。簡単に言えば感覚を強化するって感じだな。わかりやすい例を挙げるなら、視覚強化や聴覚強化だな。」
信也の説明によると、視覚強化は遠くのものがよりはっきりと見えるし、聴覚強化は遠くの物音を聞くことが出来るという。
しかも、熟練すれば、視覚強化なら、壁などの障害物を透過して見ることも可能だとか。
「ちょっと待て……。」
彼方は信也を部屋の片隅へと連れていく。
(なぁ、それって透視が出来るって言う事か?)
(ふっ、兄弟、そう聞かれると思ったぜ。)
(という事は?)
(……残念だが、不思議な事に服は透けねえ。)
(なん……だと?)
(壁とかは透けるんだがな、服を透かそうとして見ると、服どころか、肉まで透けて、骸骨が見えるんだよぉ……)
(……そうか、レントゲン入らずだな。……まぁがんばれ。)
彼方は信也の肩をポンポンと叩く。
男の友情が生まれた瞬間だった。
「えっと、仲良く……なったんだよね?」
美也子が困ったようにかすみを見ると、かすみは、「これだから男の子は……」と、苦笑を浮かべる。
「みんな派生スキルがあるんだね、いいなぁ。」
彼方と信也の密談が一息ついたところで、美也子が羨ましそうに呟き、そのまま自己紹介に入る。
「えー、改めて、葛城美也子です。ユニークスキルは『絶対治癒』です。普段は患部に触れるだけで治療できるんだけど、あまり酷いと、その……。」
美也子は頬を染めながらチラッとかすみたちを見る。
かすみも芽衣子も、治療時の事を思い出したのか、顔を赤くする。
「あっと、まぁ、そういう事です……。」
余程恥ずかしかったのか、美也子はそう言いながら彼方の陰へ隠れる。
「最後は俺か。椚木彼方だ。ユニークスキルは『無限収納』だ。この中では一番先頭に向いてない、後方支援型ってやつだな。」
役立たずで悪いな、と自嘲気味に言うと、「それは違うっ!」と強く否定される。
少し怒った様にそう言うのは、意外にも信也だった。
「それは違うぜ、兄弟。確かに、兄弟の力は、戦闘向きじゃないかもしれないが、戦いなんて、武器さえ持ってりゃぁ何とかなるし、そもそも戦い方ひとつで何とでもなるもんだぜ。違うか?」
信也のいう事にも一理あると彼方は頷く。
「ぶっちゃければ、武器さえ持っていればだれでも適度に戦うことは出来る。だけど、兄弟の本領を発揮するのは戦いの場じゃねぇだろ?」
信也の言葉に芽衣子が同調する。
「そうですよ。おにいさんの収納のお陰で、しばらくは食事に困りません。これは凄い事なんですよっ!」
学食に拠点を置いた信也たち。
これは学食なら食事に困らないだろうという単純な考え方からだったが、目の付け所は良かった。
ただ、盲点だったのは、学食にストックしてあるのは全て「食材」だったという事。
動けないかすみ、目が見えない芽衣子に料理が出来るはずもなく、信也は料理は壊滅的に出来ない。
つまり、豊富な食材も、腐るのを待つばかりだったのだ。
「ぐすっ……今だから言いますけど、生の大根を齧るのはつらかったのです。」
芽衣子の告白に、信也がガクッと項垂れる。
「おにいさんのお陰で、食材を腐らせずに済みますし、あれだけの食材なら、上手く切りつめれば、私達5人分なら半年は持つと思うのですよ。」
「そういう事ね。だから「役立たず」なんて言わないで。」
かすみもそう言い、美也子は何が嬉しいのかニコニコとしている。
「はぁ、悪かったよ。それより、情報交換と行こうぜ。」
彼方は居心地が悪くなって話題を変えるのだった。
一話一話をテンポよく読めるようにと、一話当たりの文字数をあらかじめ決めて、まとめようとしているのですが、書き出した時点では、その文字数に到達するのが不可能に思えるのです。
だけど、気づくと、超えていることが多く、ここで切って次回につなげるか、もう少し書いていくかで悩みます。
そのせいか、ストーリーの進行がなかなか進みません……困ったものです。
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