第3話
今までは、歩きながら背中越しにチラッと見るだけ。だからマキさん本人だけでなく、彼女が描いている絵についても、じっくり眺める機会はなかった。
池を描いている、という程度の理解だったが……。こうして改めて拝見すると、池を中心とした自然公園全体の絵であることに気づく。
もともと散歩者も多くない公園だが、奇妙なことに、現実とは比べものにならないほどの賑わいが描かれていた。
しかも、女性や中高年、年寄りは皆無。十代や二十代の若い男性ばかりだ。現実の自然公園を描いているのに、何となく非現実的な光景になっていた。
「……面白い絵ですね。男の人もたくさんいて」
そう答えてしまった僕は、絵の中の男たちに少々やきもちを感じていたのかもしれない。
同時に、初めて彼女を見かけた時の疑問が蘇る。
マキさんみたいな女子大生ならば、こんな公園の絵を描くよりも、他に楽しいことがあるのではないか。それなのに、頻繁にここで絵を描いているのは、一体なぜなのだろう?
口には出さなかったけれど、顔には出ていたのかもしれない。
「こういう絵って、描いていて本当に楽しいのよ。私はこの子達と戯れるだけで十分。大学の友人もいらない、って思えるほどなの」
まるで僕の心を読んだかのように、彼女は答えてくれた。
しかし『この子達』という言い方には深い愛情が感じられて、僕の嫉妬心も強くなる。
それも彼女には見透かされていたらしく、マキさんは口元にコケティッシュな笑みを浮かべた。
「フフフ……。あなたも描いてあげるわ。この特別な筆で」
「是非お願いします!」
彼女が取り出したのは、黒くて太い、見るからに存在感のある絵筆だった。それをキャンパスに触れさせて、僕の姿を形にし始めた途端……。
僕はフッと意識を失った。