第2話
それ以来、僕は自然公園を通って帰宅するようになった。
ただし毎日ではなく、一週間に二回か三回程度。もちろん目的は彼女だったけれど、いつも池のほとりに座っているとは限らず、彼女を目に出来るのは半分くらい。それでも、僕にとっては十分だった。
だから今日も、また池の近くまで歩いて行ったのだが……。
ある程度の距離まで近づいたところで、彼女が振り向いた。目が合った僕は、驚いて立ち止まってしまう。
「あ、あの……」
何を言っているのか、自分でもわからないまま、動揺が声になって飛び出す。頭と口は困っていながらも、僕の目は、彼女の顔に釘付けになっていた。
今までは斜め後ろからチラッと目にするだけだったので、こうして正面からハッキリ見るのは初めてだ。
すらりとした美しい顔立ちであり、小説などで読んだことのある「目鼻立ちが整っている」という言い回しが頭に浮かぶ。あれは彼女みたいな女性に使うべき表現だったのか、と実感できた。
目は細めであり、穏やかで柔らかい印象。普通にしていても、笑みが浮かんでいるように見えるくらいだ。唇は少し厚めだが、それも不恰好ではなく、むしろ色気が滲み出ているという意味でプラスポイントだった。
そんな彼女の口から、涼しげな声が聞こえてくる。
「あなた、この辺りの高校生?」
「はい! 万木南高校二年三組、高橋健太郎です!」
「あらあら。そんなに畏まらなくても大丈夫よ」
あまりにも元気いっぱいに返事したので、軽く笑われる。
少し恥ずかしかったけれど、こうして彼女と話が出来るだけで、天にも昇る気持ちだった。
「私はマキ。あなたのこと、よく見かけるから声をかけてみたんだけど……。迷惑だったかしら?」
「いいえ、全然!」
迷惑なわけがない。声をかけたかったのは、こちらの方だ。
ナンパと思われたくないから僕は躊躇していたけれど、マキさんは自然に出来てしまうのだから、さすが大人の女性だ。
彼女の方から距離を縮めてくれたので、僕も正直に打ち明けてみる。
「むしろ嬉しいくらいです。僕も気になっていました、いつも絵を描いている素敵なお姉さんがいる、って」
「ありがとう。こっちこそ嬉しいわ、『素敵なお姉さん』なんて。若いのに、あなた、口が上手いのね」
「いえいえ、ただ本心を言っただけで……」
「その素直さが大切なのよ」
ここで彼女は、描きかけの絵に視線を戻す。
これで会話は終わりというサインかと思って、僕は一瞬がっかりしたが、それは誤解だった。
すぐに彼女はこちらに向き直り、言葉を続けたのだ。
「じゃあ、素直な高橋くんに聞いてみるね。この絵、どう思う?」