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第八話 輝の真意



 遊園地デートから一週間あまりが過ぎて。

 月曜日の今日、僕たちの学校で球技大会が開かれていた。



「輝ちゃん、サッカーお疲れさま! 大活躍だったね!」

「ええ。二点も入れるなんて驚きました。緋室くん、サッカーが得意だったんですね」

「いやいや。おれはたまたま来たボールをがむしゃらにシュートしただけだから。サッカー部の奴らが上手いことパスしてくれたおかげだよ」

「……至極残念。小冬も輝がシュートを決める瞬間を見たかった……」



 昼休み、学校の屋上にて。

 それぞれの種目を終えた僕たち五人は、屋上に集まって昼食を取っていた。

「小冬ちゃん、テニスの試合で見に行けなかったもんね~。スマホで撮れたらよかったんだけど……」

「球技中はスマホの使用は禁止になっていますから。今回は残念だったとしか言いようがありませんね……」

「仕方がない。次に懸ける。輝、次の試合はいつ?」

「あー。悪い御園。次は明日だ……」

「……ショック。今日はもう輝の勇姿が見られない……。そらや凛は見られたのに……」

 輝の返事を聞いて、珍しく沈んだ表情を浮かべる御園さん。

 そんな御園さんの顔を見て、

「じゃあ、今度はおれが御園の試合を見に行くよ。テニス、まだあるんだろ?」

「! 肯定。ちょうど昼休みのすぐあとに試合がある。ぜひ見に来てほしい」

 輝の言葉を聞いて、御園さんは露骨に瞳を輝かせた。

 いつも無表情の御園さんがここまで感情表現を見せるなんて。よほど輝の提案が嬉しかったと見える。

「それならあたしも行くー! ていうか、この際みんなで応援しに行こうよ!」

「私は構いませんよ。私がいたバスケのチームは早々に負けてしまったので。でも宮永さんはいいんですか? 確か宮永さん、このあとバレーの試合でしたよね?」

「そうだけど、補欠の子と交代してもらうよー。その子、あたしと仲良しだからたぶん大丈夫だと思う」

「そうですか。ならみんなで御園さんの応援に行けそうですね」

「うん! あ、もちろん茂木くんも来るよね?」

 と。

 それまで黙々と弁当を食べていた僕は、唐突に向けられた問いに思わず箸を止めて目を丸くした。

「え? 僕も?」

「うん。だって応援は多い方がいいし。それとも茂木くん、都合が悪かった?」

「いや、僕も卓球の試合がだいぶあとだから行けなくもないけど……」

 言いながら、僕から見て右前方に座る御園さんにちらっと目をやる。

「本当に僕が行ってもいいの? なんていうか、僕だけ場違い感があるというか……」

「問題ない」

 おそるおそる発した僕の言葉に、御園さんは元のクールな表情に戻って返答した。

「確かにあなたとはそこまで仲がいいと言える間柄ではないけれど、別に他人が混じったところでプレイに影響はない。小冬は試合に集中するのみ」

 言って、淡々とサンドイッチを咀嚼する御園さん。ずいぶんはっきりとした──いっそ突き放したかのような物言いに、輝たちは僕を気遣うようにやんわり視線を向けて微苦笑した。

 まあ実際、御園さんとはこうして少し話す程度の関係性でしかないし、反応に困るのも無理はない。当事者である僕ですらなにも言えなかったのだから。

 だが一応言っておくと、これでも遊園地デート後に比べたらいくらかマシにはなった方ではある。

 遊園地に行ったあとなんて、二、三日は藤堂さんも御園さんもまともに挨拶してくれなかったくらいだしな。藤堂さんは会釈するだけマシな方だったが、御園さんに至ってはこっちが挨拶しても完全無視だったし。

 とは言うものの、前のように少しだけ会話できるようになったというだけで、関係そのものは依然としてなにも進展していない。ほんと、いつになったらこの二人と普通に会話できるようになるのやら……。

 唯一救いがあるとするならば、宮永さんとだけは前に比べて仲良くなれたことくらいか。

 なんて考えていたのは、どうやら僕だけではなかったようで──

「ところで前々から訊こうとは思っていたのですが、宮永さんはいつの間に茂木くんとそこまで仲良くなっていたのですか?」

 藤堂さんの質問に、宮永さんはソーセージを口に含んだまま「ふぇ?」と可愛いらしく小首を傾げた。

「それは小冬も気になった。以前はそこまで親しくなかったはず」

「そう? あたし的には普段通りのつもりだけど。ていうか茂木くんとは幼稚園の頃からずっと一緒だったし、今までだって何度か話したこともあるよ? ね、茂木くん?」

「え? う、うん。まあ……」

 業務連絡的な会話なら確かに何度もあるが。

 けどこうして友達みたいに会話できるようになったのは、本当につい最近なんだよなあ。

 具体的に言うと、あの遊園地デート以来からか。

 僕にとってはあのイベントのおかげで親しくなれたと思っていたのだが、宮永さんの中では元から親しい関係だと思っていてくれていたのだろうか。

 さすがにそれは思い上がりかもしれないが、ただのクラスメートから友達に格上げしてもらったのは間違いなさそうだ。

 とは思う。

 だったらいいなあ。

「普段通り……ですか。私の目には、急に距離が近くなったような気がしてならないのですが……」

「小冬も同意見」

「えー? 凛ちゃんも小冬ちゃんも疑り深いなあ~。本当に特別なことなんてなにもなかったよ? あるとしたらこの間の遊園地くらいだけど、その時だって普通に話していただけだし」

 宮永さんの話に嘘はない。遊園地の帰り道でこそ長々と……それこそ今までにないくらいの密度で話はしたが、藤堂さんや御園さんが勘繰るようなことは別段なにもしていない。本当にただ友達みたいに──さながら昔に戻ったように雑談しただけだ。

 まあ、あの日がきっかけで宮永さんの態度が軟化したのは事実ではあるけども。

 どうして遊園地に行った日を境に、宮永さんが気さくに話しかけてくれるようになったのかは、依然としてわからないままではあるが。

 しかもあれから一週間以上過ぎているというのに、未だに真意を訊けないままでいるし。こういう意気地のないところが僕のダメなところなんだよなあ……。

「よかったよ、太助が少しずつだけどみんなと打ち解けてきたみたいで」

 と、宮永さんたちの会話をしばらく黙って聞いていた輝が、箸で唐揚げをつまみながら笑顔で口を開いた。

「太助がおれたちと昼休みを一緒に過ごすようになってからけっこう経つけど、前はもっと表情が固かったからな」

「あー、言われてもみればそうかもねー。最初は一生懸命あたしたちに合わせている感じだったけど、今は自然体な感じだし」

 なかなか鋭いことを言う宮永さん。

 実際あの時は少しでも宮永さんたちと近しくなろうと必死だったし、少しでも僕に興味を持ってもらおうと輝の話題ばかり振っていたから、周囲には無理をしているように見えたのかもしれない。

 しかもこれ、今にして思えばけっこう本末転倒だよな。逆に輝への興味を増幅させるだけというか、必ずしも僕に関心が向くとは限らないというか。今までさんざん陰謀者ムーブを取っていたくせにね。恥ずかしいね。

「まあ、まだ完全に打ち解けたってわけでもないけどな。藤堂や御園とは相変わらず会話が少ないし」

「ほんと、輝ちゃんの言う通りだよー。凛ちゃんも小冬ちゃんも茂木くんを微妙に避けたりしてさ。どうせならあたしみたいに仲良くなった方が絶対楽しいのに~」

「なっ! べ、別に避けているわけでは……。私はただ、緋室くん以外の男子にはあまり慣れていないだけで……」

「小冬も他意はない。正直に生きているだけ」

「えー? なんだかそっけなくない? 茂木くんも、ちょっとくらい愚痴をこぼしたっていいんだよ? 除け者にされているみたいで寂しいとかさー」

「いや、僕は全然構わないから。輝もいるし」

「おれもいる……か」

「え? 輝ちゃん、なにか言った?」

 なんでもない、と緩く首を振って唐揚げを口に含む輝。

 んん? なにか言いたげな感じに見えたけど、気のせいか?

「ていうか茂木くん、だれか忘れてない?」

「あ、うん。もちろん宮永さんもいるから別に寂しくないよ」

「そっかあ。えへへ。あたしもいるから寂しくないかあ」

「……あれ? いつの間にか私と御園さんだけ雑に扱われていませんか……?」

「そこはかとなく不満」

 一人嬉しそうに頬を緩める宮永さんと違い、戸惑いを見せる藤堂さんと御園さんなのだった。


 ○  ○


「で、調子の方はどうだ?」

 昼休みを終えて、約束通りテニスコートへ行って御園さんの試合を観に来た僕たち。

 そんな中、僕と輝だけ観客のいるところから少し離れた位置で、御園さんの試合を観戦しながら話をしていた。

 最初の内はとりとめのない会話をしていたのだが、ふとなにげない感じに質問を投じてきた輝に、僕は「なにが?」と首を傾げた。

「だから、その後の進捗だよ。そらとは上手くいっているようだけど、藤堂と御園とは微妙なままなんだろ?」

「あー、微妙というかなんというか……」

 曖昧に返答しつつ、テニスコートのそばで御園さんを応援している宮永さんと藤堂さんに視線を向ける。

 二人共、試合に熱中しているようでこっちを気にかける素振りは見られない。元々はみんなで並んで観戦するつもりだったのだが、輝が僕と二人きりで話がしたいと言うので、テニスコートからやや離れたところで試合を観ることにしたのだ。

 言うまでもなく、宮永さんと藤堂さんに怪訝そうな顔をされてしまったが、深くは追及されなかった。たぶん男同士で大事な話があるのだろうと勝手に解釈してくれたのだろう。今やその二人も試合に熱視線を送っているので、もうこちらのことは気にしてないようだ。

 当のその試合であるが、かなり白熱しているようで、一進一退の攻防を繰り広げる御園さんとその対戦者に、だれも彼もが熱い声援を送っていた。

「その歯切れの悪さからして、思うように進んでいないみたいだな」

 言葉を濁した僕に、輝は苦笑しながら言う。

「まあ、見るからに上手くいってなさそうな感じだったけどな。特に遊園地に行ったあとは」

 だったらわざわざ聞くなよと言いたくもなったが、協力してもらっている手前、そんな文句を口にするわけにもいかない。

 仕方なく聞こえよがしに嘆息をついて、

「まあね。僕なりに努力はしているんだけどさ……」

「具体的には?」

「えっ」

「だから、具体的には?」

「……………………」

「……………………」

「おっ。見ろよ輝。御園さんがツイストサーブを打ったぞ。現実に打てたのか、あれ」

「こいつ、露骨に話を逸らしやがった……」

 だって改めて聞かれると、そこまで大層なことはしてないような気がしたんだもん。

「ま、太助は基本奥手だからな。しょうがないか」

輝にだけは言われたくないなあと内心ツッコミを入れつつ、次の言葉を待つ。

「それで、これからどうするつもりなんだ? またこの間みたいにみんなで遊園地に行くのか?」

「あー。いや、遊園地は当分いいかな。あんまり何度も行ったら飽きられるだろうし」

「じゃあ他の場所にするのか? ショッピングモールとか動物園とか」

「それも候補としては考えたんだけど、これっていう決め手に欠けるっていうか、ぶっちゃけまだ考え中」

 僕の返事に輝は「ふーん」と味気なく相槌を打って、テニスコートの方に視線を向けた。会話も止まってしまったので、僕も見るともなしに御園さんの試合を眺める。

 ちょうど御園さんのスマッシュが決まったところで、2セット目が終わろうとしていた。ちなみに御園さんの優勢。次にポイントを取ったら御園さんの勝利となるが、1セット目を相手に取られているので、次で勝利する必要がある(全部で3セットしかないため)。

 でも、だんだんと御園さんの調子が上がってきているようなので、この分だと3セット目も取れそうな気がする。少なくとも相手側に疲弊の色が見えてきているので、長期戦になれば御園さんの方に分がありそうだ。

 そうして御園さんのサーブが始まろうとした途端、輝がふとなにげない口調で「太助はさー」と話を切り出した。

「本当にそらたちのだれかと付き合うつもりがあるのか?」

 質問の意味がわからず、僕は眉をひそめて輝の顔を見た。

「なにそれ? どういう意味?」

「さっきの昼休みの時の会話なんだけどさ」

 足元に転がっていた小石をつま先で遊びながら、輝は言葉を紡ぐ。

「お前、おれがいるから別に寂しくないとか言ってただろ?」

「お、おう……」

 ぎこちなく頷く僕。自分で口にしたことではあるが、改めて言われるとけっこう恥ずかしいな……。

「う、うぬぼれるなよ。別に輝がいないと生きていけないわけじゃないんだからねっ」

「なんだその無駄なツンデレ。そういうのはそらたちに使えばいいのに」

 宮永さんたちに使ったら、単なる気持ち悪い奴だと思われかねないだろうが!

「で? それがなんだって言うんだ?」

「いや、その後にそらもいるから寂しくないとかも言ってただろ? その時の太助、どんな顔をしていたと思う?」

「どんなって……。自分の顔なんて鏡でもないと確認できないし……」



「すごいほっとした顔をしてたんだよ、お前」



 それを聞いて、僕は頭が真っ白になったように硬直した。

「あの時、太助がどう思っていたかはわからないけど、正直おれには現状に満足しているように見えたんだよ。まるで今のままでいいやとでも言いたげでさ」

 その言葉に、僕はなにも反論できなかった。

 すべてが真実とまでは言わないが、心のどこかでそう思っていたのは否定できなかったから……。

「まあ、気持ちはわからないでもないけどな。そらと仲良くなれて、すごく楽しかったんだろ? なんだか昔の仲がよかった頃に戻れたみたいでさ。藤堂と御園とは相変わらず微妙なままだけど、最初に比べたら半歩でも改善しているし、これから親しくなれる機会もあるかもしれない」

「………………」

「だから、改めてお前の口から聞きたいんだ。太助はこれからどうしたいんだ? もうそらたちのだれが太助を好きなのかを探る気はないのか?」

「それは……」

 言いかけて、口を噤んだ。

 探る気はないと言えば嘘になる。今でもだれが僕を好きなのか気になっているままだし、あわよくば付き合えたらいいなあとまで考えているが、心の底からどんな手を使ってでも宮永さんたちのだれかと恋人になりたいのかと問われたら、首を縦に振れそうになかった。

 正直に言おう。

 僕は今、どっちに転んでもいいと考えていた。

 あの三人の内のだれかと付き合うのも、このまま生温い関係のままでいるのも。

 だって、僕みたいな奴が宮永さんたちと仲良くやれているんだぜ?

 この陰キャの中でも底辺とでも言うべき僕が、宮永さんたちみたいな人気者で見た目も性格も可愛い子たちと親しくなれただけでも奇跡のようなものだ。輝のおかげでもあるが、この先同じような境遇に巡り合えるなんて到底思えない。

「別に太助がこのままでもいいって言うなら、おれはなにも言う気はない。おれが口を滑らせたせいで始まったようなものだしな。まだ探すつもりだって言うなら、変わらず協力もする」

 けどな、と輝はそこで一拍間を空けて、僕の目をまっすぐ見据えた。



「どっちも選ばないような、中途半端な真似だけはするなよ? それはそらたちに失礼だ。それだけはおれでも許容できない」



 そう告げる輝の顔は──

 今まで見たことないくらい、真剣なものだった。

 思わず気圧されそうなほど、凄みのある面持ちで。

 と。

 テニスコートの方からわっと歓声が上がった。どうやら御園さんがポイントを取ったみたいで、宮永さんと藤堂さんも手を組み合って「キャーキャー」と飛び跳ねていた。

「おっ。御園が勝ったみたいだな。そらも藤堂も、あんなに喜んじゃって。おれが一緒にいる時以外は、そこまで仲がいいわけじゃないのにな」

 なにも言えず──なんて言ったらいいかもわからず黙する僕に、輝は何事もなかったかのように相好を崩した。

「おれたちもそろそろ近くで応援しようぜ。御園が3セット目を取る瞬間を間近で見たいし」

 言いながらテニスコートの方へ歩いていく輝の背中を、僕は結局返事もできないまま、その後ろ姿をとぼとぼと無言で付いて行った。



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