第四話 やっぱりモブキャラな僕
数日が経ち、約束していた土曜日の朝。
遊園地の近くにある駅前で待ち合わせしていたのだが、僕が到着した時には全員揃っていた。約束の三十分前には着いたのに、みんなはそれより早く来ていたってことか?
なんてことを言ったら、輝が苦味走った笑みを浮かべて、
「いや、三人共ここに来る前に行きたい場所があるって言うからさ……」
「だって、この近くにあるソフトクリーム屋さんにどうしても行ってみたかったんだもん。すごく美味しいって友達から前に聞いてはいたけど、想像以上だった~!」
「ええ。宮永さんに初めて教えてもらいましたが、あんなに美味しいソフトクリームを食べたのは初めてです」
「ソフトクリームのIT革命」
件のソフトクリームの味を反芻しているのか、恍惚とした表情を浮かべる宮永さんと藤堂さん。御園さんだけ安定の無表情だったが、そこはかとなく瞳の中がキラキラしているように見えた。
ふーん。四人でそんなところに行ってたんだー。僕抜きでー。別にいいけどー。全然いいけど、せめて一言くらいあってもよくな~い? ちょっとくらい僕も誘ってくれてもよかったんじゃなくな~い?
そんな不満が意図せず表に出てしまったのか、輝が慌てたように首を振って、
「い、一応忠告したんだぞ? 太助にも言っておいた方がいいんじゃないかって」
「だって人気のお店だから、待ち合わせの時間よりも早く来る必要があったし、茂木くんにそこまで付き合わせるわけにはいかないでしょ」
「私も宮永さんの判断は間違っていなかったと思います。私たちみたいな気の知れた間柄なら構わないでしょうが、そうでない方に無理やりこちらの要望を飲ませるのはさすがにどうかと……」
「無理強いはよくない」
……あのう、それって言い換えると「あいつとは大して仲がいいわけでもないし、わざわざ誘う必要なんてなくない?」ってことになると思うんですけれど。え、僕ってそこまでいらない子だった? いっそのこと、今からでも僕だけ帰った方がいいのん?
あー。なぜだか太陽の光が目に染みるなあ。そのせいか、空が滲んで見えるなあ。
「……太助? もしかして泣いてる?」
「な、泣いてねえし。良い天気だったから、青空を眺めていただけだし」
袖で目尻を拭きながら応える僕。まったく、今日の太陽はやけに眩しいぜ。
「ほんと悪かったよ。次からはちゃんとフォローするから。だから泣くなって」
「泣いてないっつーの。何度も言わせるなっつーの」
宮永さんたちに聞こえないよう囁き声で話す輝に、僕も声量を抑えて言葉を返す。まったく心配性な奴め。そんな簡単に涙を見せるほど、アタイの涙は安くなくってよ!
「茂木くん、どうかしたの?」
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだと。とにかくこれで全員揃ったな!」
宮永さんの質問に、いかにも取り繕ったような笑みを浮かべて話を戻す輝。少々強引な気もしたが、宮永さんもそこまで興味もなかったのか、首を傾げながらも「ふーん?」と返すだけだった。
「全員揃ったと言えば、この面子でどこかに遊びに行くって、なにげに初めてだよな」
「そうだね~。この中で遊びに行ったことのある人なんて、それこそ輝ちゃんくらいしかいないし」
「言われてもみれば、緋室くんと一緒に出掛けることはあっても、こうして他の人と交えて遊ぶのは、私も初めてですね」
「小冬も右に同じ」
つまり三人共、すでに輝とのデート経験があるということか。もっともそれが本当にデートだったのかどうかは、今の情報だけでは判断はつかないが。
そんな宮永さんたちの服装は、男子目線(主に輝だろうけど)を気にしてか、どれも可愛らしいものだった。
まずは宮永さん。白のカットソーに、これまた白のプリッツスカート。トドメとばかりに靴も白のスニーカーで決めていて、清楚の中にも活発さを思わせるコーデだ。純粋というか、いつも天真爛漫な彼女にとても似合っている。読者モデルと言われたら普通に納得してしまいそうだ。特に胸がいい。具体的に言うと胸の谷間がいい。巨乳最高!
続いて藤堂さん。こちらは委員長らしい大人しめのファッションで、白のトップスにデニムのパンツという、若干お堅い印象だ。だが少し肩を出していたり、ピンクのサンダルを履いていたりと、なにげに男子目線を気にしている節もある。きっと藤堂さんなりに葛藤した上での格好なのだろう。そして今日も忘れずにシュシュをしているあたり、相当愛着があるようだ。それよりも個人的に生足がポイント高いですね~。
最後は御園さん。御園さんの場合は二人に比べて少し大人っぽい感じで、黒と白のボーダーにピンクのロングスカートという出で立ちだった。童顔で低身長な彼女には少しミスマッチな感が否めないが、無理して背伸びしているような雰囲気があって、逆に可愛らしく見える。なんというか頭をナデナデしてあげたくなる。庇護欲ってやつだろうか? お兄ちゃんとか呼ばれてみたい。にぃにでも可。
ついでに輝も言っておくと、こっちは無地の白シャツに紺のスラックスという、至って平凡なものだった。だがやはりそこはイケメンというべきか、服装そのものは普通なのにとても映えて見える。
イケメンはなにを着ていてもイケメンとは言うが、ありゃ本当だね。どんな安物でもイケメンが着ると有名なブランド品に見えてしまう。イケメンってやっぱ得だわ。僕もほとんど似たような服装なのに、これじゃあ月とスッポン。ウサギとカメだ。もはや便所虫レベルまであるね、これは。
「じゃあ、そろそろ行くか。いつまでもこうして駅前にいても仕方ないし」
「そうだねー。あたしも早く観覧車とかに乗りたいし♪」
「いいですね、観覧車。私も好きですよ」
「小冬はジェットコースターに乗りたい。あとバイキングにも」
輝の言葉に、上機嫌に応える女子一同。ちなみにこの間、僕には挨拶だけで、ろくに話しかけてもこない。この前の昼休みの時は、多少なりとも親しくなれたと思っていたんだけどなあ。単に輝と遊園地に遊べることに浮かれているだけかもしれないが。
しかし、あれ以来たまに昼飯を食べるようにもなったのに、この仕打ちはさすがに応えるものがあるな。一歩進んで一歩後退した気分である。なんだか先行きが不安になってきた……。
いや、ここで弱気になってどうする。せっかくの遊園地デートなんだぞ。もしかしたら宮永さんたちと一気に仲を深められるかもしれないチャンスなんだ。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。
そしてあわよくば、宮永さんたちとイチャイチャ──
「きゃあ!? ひ、緋室くん、いきなりなにするんですか! 突然私のお尻に飛び付くなんて! ま、まあ、どうしてもと言うなら、許さなくもないですけれど……」
「すすすすまんっ! でもわざとじゃないんだ! うっかり転びそうになったから、つい反射的に目の前にいた藤堂にしがみ付いてしまっただけで……ってうわあ!?」
「ひゃん!? んもう輝ちゃん! またあたしの胸を触ったりして~! いくら輝ちゃんがおっぱい星人でも、人前で触るのは禁止だって前にも言ったでしょ!」
「小冬は別に構わない。たとえ今みたいに股間にダイブされてもいつだってウェルカム。輝が股間好きなのは先刻承知」
「ご、誤解だから! おっぱい星人でも股間好きでもないから! 信じてくれ~!」
あ、やっぱイチャイチャは無理かも。
だってどう見ても輝にゾッコンだもん。好き好き大好き超愛してる状態だもん。輝以外の男子なんて眼中になさそうだもん。なんなら、僕という存在そのものがなかったことにされていそうだもん。
こんな調子で、本当に宮永さんたちと仲良くすることなんてできるのだろうか……。
はてさて。
一抹の不安を残しつつも輝たちと一緒に遊園地まで来た僕ではあるが、入園そのものは特に目立った支障もなく普通に入れた。
とりあえず、ここまではいい。相変わらず宮永さんたちは輝ばかり構っていたが、これ自体は想定の範囲内だ。
重要なのはここからだ。遊園地なら彼女たちも普段では見られない表情を浮かべるだろうし、きっと本心も漏れやすくなるはず。そうなれば、だれが僕を好きなのかも特定しやすくなる。あとはどう攻略するか、熟考すればいいだけだ。
とはいえ、あくまでもこれは希望的観測に過ぎない。特定できないままこの日を終える可能性だって十分にある。
だが、今はそれでもいい。もちろん特定できるのに越したことはないが、ことを急いて大局を見失っては意味がない。今日は少しでも宮永さんたちと距離を縮めて、情報を集めることに意味があるのだから。
で。
遊園地に来たからにはアトラクションに乗らずしてなにをするのか、という話になるのだが、そのアトラクションが今回のポイントとなってくる。
言うまでもないが、どのアトラクションにも順番や座席というものがある。となれば、宮永さんたちのだれかと席を共にする機会も当然やってくることになる。
当然ながら、アトラクションによっては悠長に話している余裕なんぞない場合も出てくるとは思うが、中には二人きりで話せるものもある。つまりこれは、宮永さんたちの内のだれかと二人きりで話せる絶好の機会に他ならないというわけだ。
「チャンス、ではあるんだけどなあ……」
輝と楽しそうに話す宮永さんたちの背を見つめながら、ぼんやりと呟く僕。
現在僕たちは、遊園地内にある街道でパレードを見物していた。パレードといっても某夢の国のような大掛かりなものではなく、妖精に扮した音楽隊と一緒にクマやブタなどの着ぐるみが小規模な集団となって行進するだけのものなのだが、小さな子供たちには好評のようで、終始嬉々とした声を上げて騒いでいた。
「見て見て輝ちゃん! ポットベリード・ピッグがいるよ!」
「ぽっとび……? なんだそれ?」
「ベトナムにいるペット用のブタですね。世界最小のブタとも言われています。しかし日本ではそこまで有名な品種ではないのに、どうしてあんな着ぐるみが……?」
「ブタはいい。特にイベリコブタは絶品」
「あ、小冬ちゃん。イベリコブタの着ぐるみもいるよ~」
「なんと。これは撮らざるをえない。スマホで連写。ダダダダダダ」
「おお……。御園がいつになく生き生きとしている……。おれ、初めて見たかも」
「私もです。緋室くん以外にも夢中になれるものがあったんですね……」
あ、子供たちだけじゃなかった。ここにも喜んでいる人がいた。宮永さんはなんとなく予想はできたけど、まさか御園さんがここまで意気揚々とするとは……。
いや、そんなことは別にどうでもいいんだった。
今はどうやって宮永さんたちとコミュニケーションを取ればいいのかという問題の方が先決だ。
とは言いつつ、宮永さんも藤堂さんも御園さんも、三人して輝のそばに付きっきりでトイレに行く時を除けば一向に離れる気配がない。これでは僕が間に入る余地なんてありはしない。
現状、彼女たちにとってただのクラスメートであり、そして輝の友人でしかない僕には。
だからこそ、少しでもその関係から一歩進展するためにこうして遊園地まで来たというのに、これではせっかくの計画が台無しである。これじゃあとんだピエロだ。
……って、思うじゃん?
バカめ! こうなることもすでに想定済みなのだよ!
だいたい、輝たちみたいな陽キャグループの中に僕みたいなコミュ障の陰キャが混じったらどうなるかなんて、先週の昼休みの件で学習済みだ。
無策でこの陽キャグループに飛び込むなんて愚の骨頂。こういった場合の対処法は、すでにいくつか練ってある。
最初こそ想定外の事態が起きて動揺はしたが、今は至って平静だ。あとは入念に練ったプランを実行するのみ!
「あー。パレード終わっちゃった~」
どこぞへと去っていく音楽隊たちの背を見やりながら、名残惜しそうに声を発する宮永さん。
「ちょっと地味だったけど、まあまあ面白かったね~」
「そうだな。で、これからどうしようか? 別におれはどこでもいいけど」
「じゃあ、これからみんなでゴーカートに乗るっていうのはどう?」
「「「ゴーカート?」」」
僕の言葉に、女子一同が異口同音に繰り返した。
「おっ。いいなゴーカート。おれは賛成だぜ」
「輝ちゃんが行きたいなら、あたしは別にいいけれど……」
「小冬も問題ない。マリオカートで鍛えたこの運転テクを存分に振るう時」
「それ、ゲームですよね? 現実の運転と関係あります? まあゲームですら運転したことのない私が言えたセリフではありませんが……」
「あれ? 凛ちゃん、ゴーカートって初めて乗るの?」
「ええ、まあ。昔から運動神経が鈍ったので、ああいったものは少し苦手で……」
「別に簡単だよー? あたしも小さい頃に何度か乗ったことがあるし」
「そうなんですか? でも、少し不安ですね……」
「それなら、おれが一緒に乗ろうか? あれ、二人乗りもできるし、他の遊園地で運転したことがあるから、たぶん大丈夫だと思うぞ?」
「本当ですか!? ぜひお願いします!」
「あー! 凛ちゃんだけズルい~! あたしも輝ちゃんと一緒に乗りたい!」
「小冬も熱烈に希望」
「そらは何度か乗ったことがあるんだろ? だったら御園と一緒に乗ればいいだけの話じゃないか」
「うぐぐ……」
「過去の小冬を殴りたい」
輝のすげない返答に、歯噛みする宮永さんと瞳を虚ろにする御園さん。これで輝と藤堂さん、宮永さんと御園さんのペアが決まったことになる。
そうなると例によって僕だけあぶれてしまうことになるが──
「くくっ。計画通りだ……」
みんながゴーカートの話題で盛り上がっている中、人知れず僕は口角を歪めた。