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テンプーレ  作者: ポメヨーク
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冒険者登録

「で? あんたは何しに来たんだよ」


 あれから10分ほど過ぎたのだが、相当痛かったのか、今だに鼻頭を押さえ、涙目になっているアリベルトに、俺は冷たく問いただした。

  

「その前に、登場シーンのテイク2をご所望したいのですが。このままではメルフィス神に、申し開きができないというか……神官生命が絶たれてしまいます」


 こんな調子で落ち込んでいる。そして、しっかりと俺の隣の席に座り込んで。


「そんなもんどうでもええわ。それよりも、なんであんたはここに来たんだよ。しかもあたかも冒険者仲間です。と言いたげに、隣の席に落ち着いているしよ」


「それはサティアさんに、テンプレの素晴らしさを説き導こうと思い至ったからです。先ほどのやり取り、最後のほうだけ聞いておりましたが、やはり貴方のささくれた人生には、道標(みちしるべ)となるテンプレは必須かと思いますよ」


「よけいなお世話だ、この野郎! つーか本当のことを話せよ、ここでお待ちしています。なんて言ってたあんたが、教会をほったらかしにして、出てくるわけないだろ」


 つらつらと、じょう舌に話すアリベルトを見て、カマをかけたつもりだったが、彼からの返答は、意外なものだった。


「分かりました、そこまで言われるのであれば、お話ししましょう。それに私はこれでも神に使える者です。やはり他者を欺くことなどできません。なによりも良心が痛みますしね」


「あんたに良心があったとは驚きだ。それよか良心があるのなら、帰ってもらいたいんだが」


 俺の意見をあっさりと無視して、アリベルトは続けてきた。


「え〜真実はこうです。──前略があり、中略が終わり、そして私はムカついたので、司祭様を殴って出てきました。これでいいですか?」


「まてまて! 大事なとこを省略するな。なにがあったなにが」


「む、ご不満のようですね。ではこう言いましょう。私の放った会心の一撃が、見事に決まりましたと」


「いや、知らん知らん。意味わからん」


「ならばクリーンヒットとしましょう。これで丸く収めてください」


「……つまりは嘘をついているってことだな」


 俺の指摘に、わざとらしく悲しげな表情など作り、語りかけてくる。


「嘘などついてはおりません。それに聖人ハピネスも言っておられました。生きていくうえで、多少の嘘はしかたがない、大事なのは、その嘘が優しさで出来ていることだ。サティアさん、私はこのお言葉を聞いて涙を流しました。嘘つきは優しさの始まりであると、神がそっと寄り添ってくれたのを感じたからです」


「そうかな? だいぶ違うような気もするが」


 なんど指摘しても無視してくれるこいつは、マイペースなんだなと思うことにした。なんにしろ続けてくる。


「何故なら、あの時の私は絶望の底にいました。それは取り返しのつかない過ちを犯したからです。その過ちとは、教会の聖遺物を誤ってゴミの日に出してしまったのが原因でした。後日(ごじつ)尋問を受けましたが、私は嘘を貫き通し、あまつさえ他人に罪をなすりつけました。もちろんその御方は無事に追放されて、万事解決となりましたが、しかし、私はその罪の意識から、3日ほどステーキしか食べられずにいました。なにを食べても美味しく感じない日々。そんなおり、あの御言葉と出会ったのです。それがどれほど私の心を救ってくれたことか、貴方ならこの意味がお分かりになりますよね?」


「まったく罪の意識を感じていないのは、分かったぞ」


 そんなやり取りをしていたら、会話を遮るように、ごっす! と横から爆発音にもにた、打撃音が打ち鳴らされた。


「そろそろ登録手続に入るぞ、無職野郎!」


 見てみると、彼女の放った拳がカウンターにめり込んで、シューと煙を上げていた。


「テイク2のほうは?」


「あとで裏口を貸してあげますので、思う存分、ふたりだけで遊んでてください。もちろん私は不参加です」


「ありがとうございます。貴方は女神様だったのですね」


 アリベルトがカウンターに手をつき、敬拝の仕草を見せた。俺はそれを白い目で見ていた、彼女も嫌そうに顔をしかめている。


「知らない人が見たら、変な勘違いをされるので、やめてもらえませんか? 私の名前は、ピア = リッテラです。ピアと呼んでください」


 胸に手を当てて軽く会釈してから、彼女は名乗った。自己紹介が終わると、すぐさま用紙とペンを取り出して、俺に質問をしてくる。


「さてと、先ずはあなたのフルネームを教えて下さい」


「誰がいうか」


 俺はそっぽを向いて、抵抗してみせた。


「サティア = ペルガメントです」


 俺の抵抗も虚しく、アリベルトがにこやかに答えやがった。


「なんで俺の性を知ってんだよ。教会でも話してないだろうが」


「サティアさんのことを調べていたのですよ。だから合流が遅くなりました」


 合流と言っちゃうところがアレだが、こいつに何を言っても、会話にならないので、どう調べたのかも含めて、何も聞かないことにした。彼女も同じことを思ったのか、何も言わずに、黙々と書き込んでいる。


「それではサティアさん。恩恵の儀は受けましたか? 受けたのなら職業を教えて下さい」


「……受けてない」


「無職です」


 やはり横からアリベルトが答えてくれた。


「いや、リアルを聞いているんじゃなくて、授かった職業を聞いているんですが」


 さすがに理解できなかったのだろう、ピアが困惑した様子で、言葉を返した。


「いえ、恩恵の儀で授かったのは無職ですよ。これは私も立ち会いましたので、間違いありません」


「……無職? 適正職業もリアルも無職……リア充?」


「なるほど、見方によればリア充にもなりますね。さすがはギルドの受付嬢をやっておられるだけはあります。ピアさんの柔軟な発想、感服いたしました」

 

「茶化すなら本気で帰るぞ。それと職業欄は何も書くな。いいな!」


 今度は俺が、カウンターから身を乗り出して、ピアへと凄んでやった。彼女は冷汗を流して、こくこくと、おとなしくうなずいた。


「それでは特技があれば教えて下さい」


「特技か……」


 特技と呼ぶものはあるのだが、それが俺の場合、特殊なのであまり公にしたくない。ここは扱い慣れている、剣術とだけ言っておくか。


「俺の特技は──」


「特技はなしと。うわー痛いなぁ、職業なし、特技もなし。これはハズレですね。私ってほんとついてない、トホホ」


 俺の返答を聞く前に、こいつは勝手になしと記入してくれた。


「俺の特技は剣術だ! それを書いておけ」


「えっ、あったんですか? 無職だからないと思ってましたよ。それを聞いて安心しました」


 心底安堵した表情で息をつくのを見て、こいつに謝罪という言葉を、教えてやりたくなった。


「次は得意な魔法属性を教えて下さい」


「……魔法は使えん」


「恥ずかしがらずに答えてください。どんなにしょぼい魔法でもいいですから、何かあるでしょう。この世で魔法を使えない人なんて、聞いたことないんですが」


「いや、本当に使えないんだ。俺には魔法の素養そのものがない」


 ピアは呆けた顔で、ぽかんと口を開けて言葉を失った。分からなくもない、俺も今まで魔法が使えない人間など、会ったことがないからだ。みな誰でも、大なり小なり魔法は使えるものだ、俺には魔法の素養がないので、まったく使えないが。


 魔法が使えない不便さを感じたことはあるが、それでも俺には特殊な特技があるので、戦闘で不利になることはないのだが。


「魔法が使えない……ピアさん。それも特技になる──」


「だーらっしゃいっ!」


 俺は全力でアリベルトを殴り飛ばし、床へと沈めてやった。これでしばらくは静かになるだろう。


「分かりました。剣術しか能がない、前衛タイプですね。でも、このプロフィール表を見ちゃうと、剣術の腕すら怪しく思えてきますね──ぷっ」


「ほほう、ならその身で確かめてみるか?」


 俺はピアの頭を鷲掴みにして、聞いてみた。もちろん手に力を込めて、ぎちぎちと骨を鳴らしてやる。


「あだだだだっ。痛いですって、やめてください。私が悪うございました」


 素直に謝ってきたので、すぐに解放してやったが、女に手を出したのは初めてかもしれないな。


「最後にサティアさんの年齢を教えて下さい」


「18歳だ」


「なんだ年下ですか。私のほうが歳上なので、これからは敬意を払ってくださいよ」


 いきなり不遜な態度へと変わって、拳に力が入る。


「お前はいくつなんだ?」


「22歳ですよ。お前ではなくて、お姉さんと呼ぶべきではないですかね? くそガキっ!」


 にっこり笑って、ピアは俺に向けて中指を立てた。


「俺よりも数年早く生まれただけだろう。むしろ年上を主張したいなら、それらしい態度対応で接してもらいたいものだな。でなけりゃ、専属なんて幻想で終わっちまうぞ!」


 俺も笑顔で応酬してやった。もちろん親指を下へと下げてだ。


「いやですね〜、お姉さんの冗談を真に受けちゃって、かわいい弟分をイジっただけですよ。そんなすぐに怒っちゃうと、お里が知れちゃいますよ」


 井戸端会議をするおばさんのように手を振り、白々しく言いよってくる。言葉に棘を残すのが、なんともふてぶてしいが、それが彼女なのだろう。

 だからか、俺が何か言う前に、即座に話題を切り替えてきた。


「それでは、アリベルトさんの登録もしますので、叩き起こしてください」


「いえ、その必要はありません。私は冒険者をやっておりましたので、登録していますよ」


 アリベルトはにゅっと起き上がると、また何事もなく席に着いた。意外と復活するのが早くて、驚かされる。


「分かりました、念のため確認してきます。しばらくお待ちください」


 そう言うと、ピアはどこかへ行ってしまった。


「あんた冒険者だったのか?」


「ええそうですよ。私は13歳の時に冒険者となり、活動していました。そして17歳の時に恩恵の儀を受けて、神官の職業を授けられましたので、そのまま神の道へと進んだのです」


「今いくつなんだ?」


「20歳です」


「ちなみにランクはどうなんだ? 登録してるってことは年会費も払ってるんだよな?」


「私の冒険者ランクはミスリルですが、年会費は払っておりません。神官になる条件として、教会側に負担を求めましたので」


 アリベルトは無意味にお辞儀の仕草をして、締めくくった。座っているので、かなり雑だったが。


「ミスリルは高ランクになるのか? いまいち俺には分かりづらいんだが」


「さあ? どうでしょう。私でもなれるので、大したことはないと思いますよ」


 アリベルトは軽く肩をすくめて、答えてきた。


「でも神官になったのに、なんで登録抹消しなかったんだよ」


「なぜと言われましても、冒険者でいるときは童心に帰れますので。魔物の身体を引き裂くのは、カエルのお尻にストローを刺して、遊ぶような面白さがありますよ」


「お前にとっての冒険者家業は、子供のお遊びかよ」


「ええ、まったくもってその通りです。もちろんカエルと違って、魔物は大きいのでストローは刺せませんが、かわりに風魔法で膨らませたり、爆裂魔法を駆使して、大空へと打ち上げてみたり、なかなか楽しめますよ」


 爽やかな笑顔で答えてはくるが、どこをどう聞いても、内容はおぞましかった。


「お待たせしました。アリベルトさんの冒険者登録の確認ができましたので、次に進ませてもらいたいと思います」


 ぱたぱたと足音を鳴らし、ピアが戻ってきた。彼女は席に着くなり、少し興奮した様子で、声を弾ませる。


「それにしてもアリベルトさん、凄いですね。ミスリルランクじゃないですか、テンプレに取り憑かれた変態神官なんだと、軽んじていましたが、私の勘違いなんだと思ったりもしなくもないですよ」


 ミスリルランクはそれなりに高ランクであることが、ピアの発言を聞いて、察しがついた。

 しかし、はっきりと明言せずに言葉を濁すところを見ると、彼女なりに思うところがあるのだろう。俺もあえて口出しはしないが。


「はっはっ、お気になさらないで下さい。誤解が解けてなによりです」


「いえ、まだ疑っていますよ。まともな人かそうでないかは、今後次第ですね」


 ピアは半眼になって、釘を刺した。


「それでは、これからの流れについて説明させてもらいます。アリベルトさんは現役の冒険者ですので不要ですね、どこかで時間潰しをしてきてもいいですよ。どうされます?」


「私はパーティー申請用紙に、必要事項を記入しています。書類を貰えれますか」


「分かりました──こちらが申請書になります。ゆっくり書いてて下さい。そのほうが私としても助かりますので」


 不吉な単語が飛び出してきて、背筋に悪寒が走る。


「なあ、確認のため聞いておくが、パーティーって誰と組むんだ?」


「なにをおっしゃりますか、サティアさんとに決まっているではありませんか。ほかに誰がおります?」


「やっぱり、そう言うのな。あのな、俺は仲間を募った覚えもないし、求めてもいない、ついでに言えば許可した覚えもないんだが……聞いてるか?」


「サティアさん諦めてください。この人はもう聞いていませんよ」


 ピアの言うとおり、アリベルトはパーティー名をどうするのかと、鼻歌交じりで考えている。

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