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テンプーレ  作者: ポメヨーク
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冒険者ギルド

「ここが冒険者ギルドか」


 教会をあとにしてから、俺はこの街にある冒険者ギルドへと、足を運んでいた。ギルドは2階建てのコンクリート製の建物で、堅牢な造りに見える。建物自体が、砦としての機能を果たしているのかもしれない。


 建物の後ろが、大きな空き地となっていた。そこで身体を動かしている者がいるので、訓練場の類なのだろう。だからか時折、小規模な爆発が起き、粉塵が舞い上がったりもしている、魔法の訓練もできるほど広いのだろうが、近所迷惑でしかないな。


 そのためもあってか、周辺に民家は見当たらない。あるのは冒険者達が世話になるような、武具や道具などを取り扱った店が、軒を連ねているだけだった。しかし店舗兼自宅ならば、やはり迷惑な行為だろう。


 まっ、俺には関係ないが。


 しばらくの間、それらを遠巻きに眺めていた。ギルドの方も昼時にもかかわらず、人の流れは停滞することもなく、出入りを繰り返している。多いか少ないかの判断は、俺にはつかなかったが。


「いつまで見てても、何も変わらないよな。とりあえず入ってみるか」


 俺はギルドへと入っていった。

 玄関口から中に入ると、そこは大きなエントランス、というよりは、どちらかといえば小劇場ホールに近い、吹き抜けのある造りになっていた。


 左手にはカウンターがあり、職員達が忙しなく動いている。

 右手はテーブル席がところ狭しと、並べられていて、冒険者達が雑談している。なかには、冒険者には似つかわしくない格好の者もいるので、多分依頼者かなにかだろう。


 正面は奥まで続く通路になっていて、奥にはいくつかの部屋が見える。その通路の手前には、吹き抜けの階段があり、2階の廊下から、階下を見渡せるようになっていた。2階にも、奥まで続く通路があるが、ここからだと、どうなっているのかは確認できない。


 ひと通り、屋内のようすを確認した俺は、新規登録、相談窓口と書かれた、入口付近のカウンターへと向かった。

 そこの受付に座っている女は、周囲に悟られないように、あくびを噛み殺していた。俺は相手が落ち着くのを待ってから、すーっと、カウンターの前に立つ。


「すまないが、冒険者ギルドの仕事や、ギルドに登録するとどうなるのか、どんなメリットがあるのか、そのへんのことを教えてくれないか?」


「冒険者ギルドについてですね、失礼ですが、ギルドのことをどこまでご存知ですか?」


 紺色の制服をぴっちりと着込んだ女性職員。彼女の、丸みをおびたショートヘアーは、似合ってはいるのだが、どこか幼さの残る顔と妙にマッチして、さらに子供っぽい印象をあたえてくれる。だからか彼女の容姿と制服は、不釣り合いに感じられた。


「無知といってもいい。だから基礎的なことも知らない、登録するかも迷ってるので、説明は簡潔なものでもいい、今日は参考程度に聞きに来ただけなのでな」


 俺の言葉をうけ、ふと彼女からは笑みが消え、真剣なものへと変わる。

 営業スマイルから、ビジネス的な顔つきへと変わったのをみて、俺は思わず息を飲んだ。


「テンプレ通りです」


 真顔できっぱりと彼女は答えてくれたが、説明になっていない説明をしていることに、気がついているのだろうか?──なんにしろ。


 少しでも感心した、俺が馬鹿だった。


「俺が悪かった。もう少し、やさしく分かりやすく、教えてもらいたい」


「つまり初心者丸出しの、ぴよこちゃんなので、イージーモードで頼みたいってことですね。このような解釈で進めさせてもらっても、よろしいですか?」


 いちいちムカつくがきんちょだ──もちろん実年齢は知らんが──ここで怒ってもしかたがない。俺はできるだけ、にこやかに対応した。


「よくは分からんが、まあそれで頼む」


「まず始めに基本的なことなんですが、冒険者ギルドとは、どうしようもないクズが大半を占める人種である、冒険者を飼育管理している、保健所だと思って下さい」


「……はあ」


 突拍子もない発言に、俺は耳を疑った。だが、彼女は真剣そのものだった。


「次にギルドでの仕事内容ですが、おもに近隣住民からの依頼を請け負い、それをゴミクズどもでも依頼達成できるように、ランク分けして仲介……いえ、分配するのが、ギルドの役割です。なかには地方領主や、稀に王家などからも依頼がきますが、ぴよっこには、おこぼれすらありませんので、心配する必要はありません。ちなみにギルドなんですが、冒険者からピンはねしたお金で、運営されています」


「……ああ」


 なんか帰りたくなってきたが、せっかくだから、最後まで聞いてみようと思う。


「続きまして、クズどもが依頼を受注する方法は、受付カウンターまで、そのくさい足を運び、私みたいなキリッとした職員との面談のうえ、決定します。これはいきり太郎達の、死亡事故が頻発したのが原因なんですが……」


 そこで言葉を止めて、女が俺の顔を確認した。確認して、何かしら思ったことがあったのだろう、なんにしろ女はため息などをつきながら、続けてきた。


「ぴよっこには難しかったですか? 死亡とは依頼失敗ですから、あしからず。クズどもが失敗すればするほど、ギルドの信頼も失墜しますので、我々としても厳しく審査するわけですよ」


 そんなこと言われんでも想像ぐらいつくわ。と思ったが、話が逸れそうなので止めておいた。


「なあ、なんで死亡事故が頻発したんだ?」


 あまり期待はしていないが、疑問に思ったことを聞いてみる。


「クズゴミどもも、ランクわけされていますが、やはりどうしても、相性という問題があります。同一ランク、もしくは、ひとつ下のランクの依頼を受けたとしても、相性が悪ければ、失敗のリスクは高まります。それを極力防ぐためにも、面談方式を取っています」


「そりゃそうだ。ソロとパーティーでも変わってくるし、もっといえば、人数が同じパーティーでも、編成の仕方によっては、特徴も大きく変わってくるからな」


 俺の発言に、この女は目を丸くして驚いている。


「ぴよこさんなのに、よく理解できてますね。あなたみたいな、お利口さんが多ければ、死亡事故も少なくなるんですけどね」


「馬鹿にしてんのか? いい加減怒るぞ」


「馬鹿にするなんてとんでもない。いいですか? そんなことも知らない輩が多いのですよ。例えば、俺は強いからソロでも大丈夫だ! と豪語して、帰らぬ人になった、拗らせがきんちょがいましたし、パーティー組んだから私達は最強よ! と勘違いした女どもが、武装強盗団に捕まり、売り飛ばされたり。極めつけは、いきり太郎が自分より弱い人と組んで、あっ! 本人もいうほど強くなかったですよ。で、魔物の討伐に行ったら、仲間を魔物の餌にして、己だけ帰還したりとか、それはもう酷いもんでしたよ」


 彼女が、冒険者達をクズと蔑視する理由が、分かった気がする。


「……そうか、それは酷いな。それで冒険者のランクわけとは、どういったものなんだ」


「そうですね……個々の純粋な強さも指標のひとつですが、一番大きいのは、依頼達成率ですね。もちろん素行も確認しますので、ご承知おき下さい。それと、ひと昔前までは、馬鹿クズどものランクは、誰が見ても分かるように、ギルドから等級プレートを貸与し、また本人達も誇らしげにぶら下げてましたが、現在、等級プレートの貸与はしておりません。これについての詳しい説明は、本登録のときにでもさせて頂きますので、ここでは割愛させてもらいます」


「達成率か、失敗した場合、ペナルティーとかはあるのか?」


「基本的にクズどもは年会費を払って、ギルドの庇護下に入っていますので、責任はギルド側が負います。ですが、依頼内容によっては、違約金が発生するものもあります、そのような案件については、受注時に説明がありますので、ご安心を」


 冒険者をクズと呼ぶのは、どうかと思うが、説明は丁寧にしてくれるので、この女は信用しても……大丈夫だろうか? いまいち信用ならないが。


「年会費はいくらぐらいかかるんだ?」


「ランクにもよりますが、一番低いランクで、銅貨3枚です。ランクが上がるにつれて、高額になりますが、そのぶんギルドとしても一定の範囲でなら優遇します。例えば依頼の受注や個人の要望など、ある程度の融通は利くことができますし、もちろん、ギルド内でのヨイショも充実していきますよ」


 ヨイショときたか。

 俺にはその意味がわかりかねるが、そこまで意味のある事でもないだろう。


「質問はこれで最後だ。ギルドに登録すると、行動の制約など受けるのか? 例えば他国に行けなくなるとか」


「やむを得ない事情がない限り、ギルドが個人の行動に、制限または制約を課すことはありません。クズどもは、基本的に自由に放牧しております、どこぞとお好きな所に行かれても構いませんよ。しかし、活動拠点を変えられるのであれば、申請していただく必要があります」


「つーことは、他国にも冒険者ギルドは存在しているんだな?」


「ええ、冒険者ギルドは世界にまたがって存在している組織です。冒険者ギルドを認めていない国などには、ギルドはありませんが、この周辺国ですと、アンチ王国ですね。そこに行かれるのは自由ですが、ギルドの庇護はありませんので、ご注意下さい」


「分かった、ありがとう。今日は参考になった、じゃあな」


 かるく礼を言って、俺はカウンターに背を向けた。歩きだそうと、一歩踏みだした、その時──ぐいっと、服が引っ張られ、後ろへと転びそうになる。


 振り返って見てみると、女はカウンターから身を乗り出して、凄絶な笑顔で、俺の服の裾を握りしめている。


「……なんで俺の服を引っ張る」


「登録せずに帰っちゃうんですか? 説明を受けたら、そのまま登録まで済まして、今日から僕も冒険者だ! という一連の流れまでが、テンプレなんですけど」


 この女はどこか差し迫った様子だが、はっきりと俺には関係ない。掴んでいる手をはたき落として、きっぱりと言ってやった。


「最初に言っただろ、参考程度に聞きに来たと。あんたの言うテンプレなんて、俺には興味もないし、知ったことでもないわ」


 怒鳴り気味に吐き捨てて、俺はその場をあとにしようとしたのだが──


「うおぉっ」


 突然背後から強烈な衝撃を受けた。予期せぬ出来事に、さすがの俺も床へと身体を沈めた。起き上がろうにも、腰の辺りが妙に重たい。床に倒れたまま、ぐるりと首を振り向けると、女が俺の腰にしがみついていた。


「なにしがみついてんだ! はなせ」


 俺の優しさも、ここまでだと、警告するつもりで睨みつけたのだが、この女にはまったく効果はなかった。我を通してくる。


「なんでですか! ちゃんと登録しましょうよ。いま帰っても、どうせまた足を運ぶことになるんですから、二度手間ですよ。無職でほつき歩くよりも、冒険者として徘徊してたほうが、箔が付いてて、いいじゃないですかっ。そりゃあテンプレって流れを否定してもらうのは構いませんよ。私も同意見ですから、ただそっちのほうが楽だから使っているだけですもん」


 彼女は話しながら、肩までよじ登ってくると、がっちりと身体を密着させてホールドしてきた。


「無職って……お前なんで分かんだよ」


 話してもいない自分の職業を、言い当てられて、一気に警戒心が高まった。


「なんでって、そんなの決まってるじゃないですか! 冒険者ギルドの門を叩く人は、みんな無職ですよ。手に職を持っている、まともな一般人が来るわけないじゃないですか! ガラも悪けりゃ、頭も悪い連中なんですから」


 彼女は威勢よく断言してくれた。


「あんた仮にもギルドの職員だろ、ンなこと、こんな場所で言っていいのかよ。しかも大声で叫んだりして」


「大丈夫ですって、私達の話なんて、だぁーれも聞いちゃいませんから」


 彼女に言われて、あたりを確認してみたが、確かに、誰も聞いている様子はない。


「聞いてないというか、興味もないのか……もしかしてこれが日常なのか?」


「さあ、そうと決まればさっそく、必要事項を記入していきますので、席についてください。大丈夫です、面倒な記入は私がしますので、心配いりませんよ」


 そしてこの女も聞いてはいなかった。


「俺のメリットを言え。それ次第では、今日登録してやるよ」


「えっ? メリットですか」


 俺の発言に、声が裏返ったとこを見ると、無いのだろうな。


「えっ──と、分かりました。とりあえず席に着いてくれますか? 抱きついた格好のままでは説明できませんし、なにより恥ずかしいので」

 

 そりゃあこっちのセリフだ。とも思ったが、俺は静かにうなずいた。


「メリットでしたね? ありますよ! ええ、ありますとも」


 やけに自信満々に言うが、ダラダラと汗を流しているのを見ると、虚勢なのだろうと思う。


「専属受付嬢として、私が全力でサポートいたします」


 ぐっと、両拳を握りしめて、女は元気よく言い切った。


「俺の一番望んでいない答えだったな。帰らせてもらおう」


 素早く立ち上がったのだが、それよりも早く、彼女は手首を掴んできた。


「ちょっと待って下さい。可哀想な私の話を聞いてからでも、遅くはありませんよ」


「分かった。言ってみろ」


「ギルド職員として、専属冒険者をひとりでも見つけないと駄目なんですよ。でも双方の同意がないと、専属契約できなくて、それで必死に探しているんですが、何故か皆さん私に冷たいんですよね。今月中に見つけないと、私はギルドから追放(クビ)されちゃうんです。助けてくださいよ〜」


「俺が話しかける前に、あくびしてるのを見たんだが」


「しょうがないじゃないですか! 暇だったんですから。ここのカウンターは窓際族が座る、由緒正しい席なんです。こんな所に追いやられると、あくびぐらいしか、することがないんですよ」


「新規受付、相談窓口って書いてあるのに、窓際族なのか?」


「ああこれですか? これは私が勝手に書いて貼っつけたんです。こうしておけば、新規の人が迷わず私のもとに来ると思って、アイデア商品ですよ。それで設置して直ぐに、あなたがホイホイ引っかかったわけでして……へっへっ、もう逃しませんからね」


 この女の底しれぬ態度に、慌てて距離を取ろうとしたが、必要以上に、俺の手首を掴む握力を強めてくるので、思いのほか振り解くのに、時間がかかった。


「たくっ、だいたいあんた、冷たくされる理由が分からないって、おかしいだろ。己の発言を振り返ってみろよ」


 拘束を解いて安堵するまもなく、女はきみの悪い笑顔を、俺の顔に近づけてくる。肉食獣に捕食されている気分になるのは、気のせいだろうか?


「私は真実を言っているだけで、悪くはありません。それを否定することも、はね退けることもできない、ヘタレ共が悪いんです」


 憤然と語気を強めて、言い切る彼女からは、引くことも、媚びることも、ましてや省みる様子も感じられなかった。


「つまりは、ただの駄々っ子だな。あんたの専属受付嬢なんて間に合っている。他を当たれ」


「あなたの方が駄々っ子ですよ! いいですか? 普通は依頼を達成して、わ〜すっごーいって、カウンターで騒がれて、その後に、なんやかんやと一騒動あって、ギルマスが出張るイベントなんかが発生しちゃったりなんかして、それでやっとこさ、私が専属受付嬢になりましたので。と宣言を受ける。ここまで長いテンプレをすっ飛ばして、登録と同意に専属が手に入るんですよ! いいじゃないですか! 凄いじゃないですか! 素晴らしいじゃないですか。それなのになんで嫌がるんですか? 恥ずかしがり屋さんですか?」


 ひと息で言いきったせいか、彼女はぜえぜえと、大きく肩を揺らし、息を乱している。それには構わずに、俺は静かに告げてやった。


「いや、俺はテンプレと言っちまうところが、気に──」


 ──と、そこで。


「受付嬢様! 私も貴方の意見に賛同します」


 聞き覚えのある声が、ホールに響き渡る。


 そして──ばぁん! と激しく扉が開け放たれた。登場した人物は、ホールにいる全員の注目を集める。


「まさに感動的なテンプレではないですか! サティアさん、それを拒むということは、人生を棒に振るということと同義です。今すぐに私とパーティーをくんっ──いだっ」


 勢いよく登場した人物は、勢い余って閉まる扉に、前面を打ちつけられて、早々に退場した。姿が見えなくなったことで、ホールにいる人間も興味が失せたのか、各々(おのおの)が、もとしていた作業へと戻っていった。


「あれは教会にいた、アリベルトだったな。なんで来たんだ?」


 よくは分からなかったが、はっきりと嫌な予感だけはした。

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