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テンプーレ  作者: ポメヨーク
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職業とスキル

「では恩恵の儀を、短縮Verでお送りします」


 神妙な面持ちで、ふざけたことをぬかす司祭を、ぶん殴ってやりたいと思う衝動を抑え、俺は瞳を閉じた。


「偉大なる神メルフィスよ、汝の御力をもって、この者にも職業を恵んでちょー」


 間の抜けた声が、部屋に響き渡る。


「ヘイ、YOU! 貴方は神の存在を信じますか? YESかNOで答えろや」


「NOだ! この野郎」


 俺が即答すると、長くて深い、落胆するようなため息が聞こえてきた。


「サティアさん、目を開けてください」


「……終わったのか? なんの変化も感じないが」


 俺が自分の身体を確かめるように見ていると、正面に立っている司祭が、親指を上げた。


「もちろん、失敗しました」


「くそ司祭がっ」


 俺は即座に拳を突き出して、司祭を殴り倒してやった。


「神の御使いたる私を殴るとは、なんと罰当たりな……貴方はもう少し、感情を抑制したほうがよろしいかと、これではキレる若者ですよ」


 鼻を押さえ、よろよろと立ち上がり、司祭が力なくうめく。


「いや……今のはアレだ。激しいツッコミだ! そうだ、信じろ、信じれば救われるんだろ?」


「むう、確かにそうですな、ならば信じましょう」


 俺の言葉を受けて、渋々といった感じではあったが、司祭は納得したようだった。


「それよりもサティアさん、あそこでNOと言っては駄目ですよ、メルフィス神から授かる力なのですぞ。私は30年以上司祭をしていますが、NOと言ったのは、貴方が初めてですよ」


「疑わしいもんだな」


 俺はおもいっきり訝るように、目を細めて言ってやった。


「たしかに、なかには嫌嫌ながら答える者もおりますが、そこはちゃんと忖度ができておりますよ。先日、私のことをタコ殴りにしてくれた女性ですら、YESと答えてくれましたから、規定どおり答えて物事を進める。これぞ正しくテンプレというものですよ」


「規定なんて知らんし、テンプレっつー言葉も、うんざりなんだがな」


 内心またそれかと思いつつ、俺は声を漏らした。


「いいですか、神の代弁者と呼ばれた、聖人ハピネス。つまりメルフィス教の教祖なのですが──」


「ふざけた名前だな」


「人の名前にケチを付けないでください」


 俺の発言に、司祭はすぐさま反応を示した。咳払いをしてあとを続ける。


「えー、彼は神の言葉を書き留めたのです。それが人々を導くための、教会の聖典となりました。その中の一節に、テンプレに関する言葉もあるのですよ。今後のためにも、サティアさんに神の御言葉をお伝えしましょう」


「いらん。興味ない」


「神は天界に帰る際に、ハピネスにこう申されました」


「あっ! てめぇ変態司祭、無視して勝手に話をすすめるなよ」


 俺の訴えすら聞こえていないのか、大仰な身振りで、話を続けてきた。


「『あとは適当に、型通りやっといて』この御言葉を受けて、先人達は3千年の歴史の中で、テンプレを築き上げていったのです」


 しん──と、静まり返る。俺は徒労感を覚えたが、何とか返事を返してやった。


「拡大解釈もそこまでいくと、すげーな」


「それではサティアさん。テンプレの偉大さが分かったところで、続きを──おや?」


 と──そこで、ふっとステッキの水晶が輝きだした。白く発光する光は、どこか神々しさすら感じさせてくれる。その光にさらされて、俺の身体は硬直したまま動かなくなった。


 純白の光が部屋に満ちて──やがて消えていく。時間にして数秒間だったが、それだけで、部屋の中の空気すら浄化されたようで、心地よい。


「何が起きたんだ?」


 俺は固唾を呑んで、返事を待った。

 俺の問いかけには答えずに、司祭は難しい顔で、星型の水晶を凝視していた。


「おい。どうなったんだよ」


「ああ失礼。サティアさん、貴方の職業が啓示されました」


「なんだって! それで俺の適正職業はなんになったんだ?」


 もったいぶるように目を泳がせて、司祭は辺りを見回した。さらに少し間をおいてから、俺に真摯な目を向けると、決然と答えた。


「無職です」


「はっ? えっ、ちょっと待てよ、それは職業とは言わんだろ」


「いやですが、出たものは出たんですよ。しょうがないですよ。私どもではどうにもなりません、これが貴方の職業です」


「詐欺にあった気分なんだが、とりあえず、殴っていいか?」


 ボキボキと指を鳴らして、俺は詰め寄っていった。


「まっ、待ってください。無職というのは、言いかえれば何にでも成れるということですよ。まあ、それ相応の努力は必要でしょうけど」


「つまり、なんの恩恵も無いってことだよな? 恩恵の儀なのに」


「プラス補正が無いということは、マイナス補正も無いということですよ。それが恩恵になるかと」


「どういうことだ?」


「職業を授かると、その職業に特化した能力が開花するのです。言いかえれば、成長率が下がってしまう項目も出てくるわけで……いわゆる算数です。足し算があれば、引き算もあるわけでして……その、帳尻合わせといいますか、それがなくなるのです」


「……? もっと分かりやすく言ってくれ」


「短距離走が得意な人は、長距離走が苦手ですよね? 少なくとも一般論では。得意分野がなくなり、突出した才能を発揮することもなければ、劣ることもない。平坦なものになるわけですよ。そういうことです」


「得手不得手ということか? つまるところ恩恵の儀をする前と、なんら変わらんと」


「……まあ、大雑把に言ってしまえば、そうです」


 冷や汗を垂らしながら、司祭は視線をそらす。俺は視界に入るように、横へと移動して、顔を近づけた。


「無職ってことは、スキルもなしか?」


「えっ? あっと、ちょっとタンマ」


 わたわたとした動作で、司祭はステッキを振るった。


「ほい、出ましたよ。えーと、スキルは──おおっ、これは凄い。レアスキルですよ」


 司祭は驚いたように目を見開いて、わざとらしい声を上げる。俺は半眼になって、返答をまった。


「スキルは、脱兎のごとくです」


「……きっぱりと期待はしないが、スキルの効果はなんだ?」


「えっと……脱兎のごとく逃げる、この者を掴まえることは、何人たりともできない──です。啓示された言葉を、そのまま読み上げただけですからね? 手出しは無用ですよ、分かってます?」


「エスケープできる能力ってことだな。はっきりと使えないな」


 今更ながら、受けるんじゃなかったと、失意のため息を吐いていると、とんでもないと言いたげに、司祭が熱弁を振るう。


「なにを仰っいますか。このスキルはとんでもない力を持っておりますぞ。たとえ四肢を落とされたとしても、そこはスキルの摩訶不思議パワーで、逃げ切れるのですよ。これは闇堕ち確定の職業、盗賊の上位職である、大盗賊や怪盗なんかに成らないと、発現しないんです。素晴らしいじゃないですか」


「ああ、ちくしょう。本当に不思議だよ! 職業ってのも、スキルってやつもな」


 俺は司祭の薄いローブを鷲掴みにして、右腕を振り上げた。また激しくツッコんでやろうとしたが、横からアリベルトが止めに入ってくる。


「まあまあサティアさん。無職かもしれませんが、そのスキルがあれば、無銭飲食し放題じゃないですか、食べていくのに困らないというのは、ある意味では、羨ましく思いますよ」


 にっこりと笑って、俺に言ってきた。神官が口にしていい言葉ではないと思うが、いまさらだな。


「そうですぞ! 孤高の犯罪者は、だいたいが無職でありますから、なにも恥じることはありません」


「それはフォローのつもか?」


 俺は掴んでいたローブを放し、司祭を跳ねのけて、出口へと向かった。


(つーか、俺はすでに犯罪者だったな)


 俺は司祭の犯罪者という言葉に、反応してしまい、なんだかその場に居づらくなり、早々に切り上げることにした。


「とりあえずは世話になったな。もうここには来ないから、顔も見ることはないが──まあ身体に気をつけて、元気でやってろよ」


「ええ、元気だけが取り柄な、老人ですから」


 司祭は親指を立てて、俺を見送ってくれた。どこか腹が立つが、しかたがない。


「サティアさん、金貨10枚ありがとうございました。これでまた教会再建(さいけん)へと、一歩近づきました。なにか困ったことがあれば、お気軽にお尋ねください。私どもはいつでもここで、お待ちしておりますよ」


 アリベルトは屈託のない笑顔を、俺に向けてきたが。


「……もう来ねーよ」


 自分ではどんな顔をしていたかは、分からないが、どこか後ろめたい思いに、小さな返事しかできなかった。





 ばたんと、扉が閉まる。

 騒がしかった部屋が、急に静まり返り、室温すら下がったように感じられた。そんな部屋の中、やはりどこか冷たい声音で、司祭が口を開いた。


「……アリベルト、私は至急、聖都サルコファガムへと向かいます。出発の準備をお願いします」


「今からですか? 突然どうされたのですか、司祭様」


 アリベルトの疑問の声に、司祭は苦笑を漏らした。彼が理解できていなかったことに、少しだけ失意の顔を浮かべ、続ける。


「今、この場で出現したのですよ。神の敵対者が」


「……それはサティアさんのことですか? たしかに沸点は低かったですし、テンプレも否定してましたけど、悪い人には見えなかったのですが」


「そうですね。私も願わくは嘘であってほしいですよ。しかし、無職という啓示が、なによりの証拠です」


「無職という職業があること自体、私も今まで存じ上げていませんでした。そのような意味合いが隠されていたとは、正直に驚いています。私の見識不足でした、申し訳ございません」


 アリベルトは司祭へと頭を下げた。


「メルフィス神が、敵対者に対して、力を授けるなどありえませんからね。故にスキルの件も嘘ですよ、ああ言えば油断するだろうと、かねてより、教会本部から指示を受けていたので……そうしたまでです」


 そこで言葉を区切り、司祭は重いため息を吐いた。


「私は取り急ぎ、教会最高執行部がある聖都へと、この凶報を伝えに行かねばなりません。どんなに急いでも、ここからだと数か月はかかってしまいます。その間に、神のご意向に反するアンチ王国。そこに行かれるのだけは阻止せねばなりません、彼に行かれると厄介ですから」


 テンプ王国とアンチ王国は、敵対国家である──当然(とうぜん)教会にとってもだ。だから彼がそこに向かう可能性は、限りなくゼロに近いが、間違いが起こらないとも限らない。その可能性を確実に摘み取るには、どうすればいいのか? 司祭はあごに手を当て、深く思い悩むも、時間的余裕もなければ、そこまで多くの選択肢があるわけでもない。


「分かりました、直ぐに馬車の手配をしておきます。あとのことはお任せください、司祭様の不在期間中は、みんなで協力して、この教会を守っていきます、どうぞご安心を」


 アリベルトは力強く、司祭へと答えた。

 彼の声を聞いて、司祭は決断した。あまり取りたくはない選択肢だったが、現状から取れる手段といえば、結局はひとつしか思い浮かばなかった。それこそ、賭けといってもいいほどの決断だったが。


「いえ、彼を監視するために、貴方は彼のもとへと向かい、行動を共にしなさい。教会からの命が下り次第、連絡します。それまでは、貴方の行動目的を悟られないようにして下さい」


「分かりました」


 そのような指示は受けたくはなかったが、だからといって、拒否することもできない。アリベルトは声こそ平静さを保っていたが、沈痛な表情だけは、隠しきれていなかった。


「一緒にいれば、仲間意識も芽生えますが、決して情に流されてはいけませんよ。今後どのような神託が下ろうとも、貴方は神官なのですから、それを否定するようなことは、絶対にしてはいけません。わかりますね?」


 司祭は念を押すように、アリベルトへと問うた。


「はい、分かっております。ヴァルター=シャイン司祭様」


 何かを決意した瞳で、アリベルトは力強く返事を返した。彼の表情をみて、満足したように頷くと、司祭は扉へと歩きだす。


「司祭様、ひとつだけよろしいですか?」


 だが、その背中に向けて、アリベルトが声をかけた。はっきりと、なにかを予感させる声だった。彼はゆっくりと近づき、真剣な眼差しを向ける。


「なんですか?」


 すっーと、大きく息を吸い込み、ためを作る。そして……


「神の敵対者なんて初耳だボケがっ! 人を無知みたいな目で見やがって、てめぇはちゃんと最初っから説明しとかんかい、この老いぼれがっ」


 悲鳴を上げる間もなく、司祭は床へと沈んだ。

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