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テンプーレ  作者: ポメヨーク
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恩恵の儀

 案内されたのは、子供が数人、走り回って遊べるほどの広さの部屋だった。部屋の中央に置かれた簡素な椅子に、俺は座らされている。正面の壁側には、メルフィス神の像が、こちらを見下ろすように鎮座していた。


「それではサティアさん、瞳を閉じて下さい。肩の力を抜き、呼吸は楽にしていて下さい──ただいまから、恩恵の儀に入ります」


 言い終えると、アリベルトが後ろへ下がっていくのが、気配で知れた──その直後。がちゃりと、扉が開く音が聞こえ、司祭が入ってきた。足音の響く方向からして、そのまま神像の前まで、移動しているのが分かる、俺には意味は分からなかったが、祝詞というものだろうか、神に祈りを捧げ始めた。


(なんか緊張してきた、俺にはいったい、どんな職業が与えられるんだろうか、ハズレだった時のことを考えて、あまり期待し過ぎないようにしないとな)


 そんなことを胸中で思っていると、司祭が祝詞を唱え終わり、俺の前まで移動してきた。何かしらの動作を入れはじめたと思った、その時……


「ヤッさ、ホイさ、ホイサッサ、ホホイのホイの、やっほっほ。あ〜あぁぁ〜、金はあっても、知恵の無さそうな、この馬鹿者にも、どうか職業を恵んでください、メルフィス神よ〜」


 不可解な歌声が聞こえてきた。


(……いま、なんかさらりと悪口言われたような、いやそれよりも、本当に司祭なのか? もしかして俺は、騙されてるんじゃなかろうか)


 不安にかられ、薄っすらと片目だけを開ける──と、そこで見えたのは。


 ミニスカートを履いた、50歳がらみのおっさんだった。

 ミニスカといっても、丈が短すぎて、見たくもないものが露出している、さらに上半身も、極限まで透けているローブを着ていて、見た目は裸同然だった。


 そして手にはステッキを握りしめていた。そのステッキの先には星を象った、なんともメルヘンな水晶が取り付けられている。

 はっきりと、初老の男が振り回すには、あきらかに、似つかわしくない代物だった。


 俺はそっと瞳を閉じた。


(いや、たぶん緊張しているんだ……そうだ! 片目だ、片目で見たのがいけなかったんだ。次はちゃんと両目で見れば、しっかりと現実が見えるはずだ)


 胸中でかるくパニクっていると、変態司祭は俺の周囲を、歌いながら回り始めた。俺はなかば祈るような心持ちで、薄っすらと両目を開けた。


「うんとこどっこいしょ。うんとこどっこいしょ。スーキルもひーとつくーださぁーいな、あり(がね)全部、納めます」


「…………」


 ゆっくりと瞳を閉じた。変わらない現実を前に、とりあえず深呼吸をして、俺はつぎ取るべき行動を考える。

 網膜に焼き付けると、トラウマになりそうだが、俺は躊躇わずに瞳を開けた。この変態司祭はいまだにステッキを振りまわし、熱唱しながら、俺を中心にグルグルと回り続けていて、俺がぎろりと睨みつけているのにもかかわらず、気がついていない。


 その間にも、おっさんの変態行為は加速度を増していく、今は(けつ)をカクカクと左右に振って、奇妙な踊りに変じていた。


「職業もらうのびびってる、ヘイヘイヘイ。そんなチキン野郎に、お似合いなスキルは、ザ・無能だYO」


「……覚悟はできてんだろうな?」


 俺はぼそりと言った。それは自分自身に言い聞かせたかったのか、それとも相手に宣告したかったのかは、正直俺にも分からなかったが。

 だがこの男の姿を見て、俺は確信した。この世の悪の全てが、そこに凝縮されているんだと。

 あとは簡単だった。腹の底から、得もしれぬ正義感が湧き起こってきて、それに身を委ねるだけでよかった──つまり、こいつはここで仕留めるべきだと。


「おらっ、この変態野郎がっ! 世のため人のため、今すぐに滅びろや」


 俺は弾かれたように、椅子から立ち上がると、眼の前で、尻振(けつふり)りダンスを披露している、悪党へと距離をつめる、目測にして3メートルほどと、それほど遠くはない。

 悪党の尻への攻撃は精神的嫌悪感から、即座に破棄、素手で殴りつけるのも、なんだか気がひける、となると、残るはひとつしかない。


 キッと視線を鋭くして、俺は目標を捕捉した。左足で力いっぱい床を蹴り上げて跳躍すると、背中に靴跡を付けるつもりで、跳び蹴りを食らわしてやる。


「ごっふぅ」


 俺の跳び蹴りで、変態はあっけなく吹き飛んで、床へとダイブした。


「ちょっ、ちょっとサティアさん。いきなり何するんですか、儀式の途中ですよ」


 アリベルトが慌てて駆け寄ってきて、非難の声を上げてくる。


「なにと聞くか、なにと。なんだよコレは、こんなのただの変態行為だろうが、俺を騙したのか?」


 俺は身体をわななかせて、アリベルトに詰めよった。


「いや、そう言われましても、これが儀式のやり方ですので、その……神に捧げる、神聖なものですから」


 困惑したように、アリベルトが答えてきた。


「おうおう、こんなもんは神聖とは言わん、むしろ邪悪だ! まあいいさ、この俺が神聖な神の名を汚す、不埒者を成敗──いや討伐してやるからよ。安心しろ、腕に覚えはある」

 

「ちょっと止めてくださいって」


 アリベルトが後ろから、羽交い締めにして止めてくるが、俺は強引に前へと──今だに倒れ込んでいる、おっさんのもとへと進んでいく。


「アリベルト、私なら大丈夫ですよ。彼を離しなさい──サティアさん、怖がらないで下さい、誰もあなたを責めたりしませんから、さあ椅子に座りなおして下さい、また最初から始めますので」


 突然むくりと起き上がり、物腰柔らかな語り口と、聖人君子のような笑顔で、変態司祭は答えてきた。痛がる素振りをまったく見せていない様子に、背中に悪寒が走り、俺は無意識に後退りした。


「なんでだ、結構強く蹴りつけたはずだぞ、なのに全然効いてねーのはどういうことだよ、もしかして、それがスキルの力ってやつか?」


 俺の履いているブーツには、鉄板が仕込んであり、それなりに格闘戦もこなせるようになっている、普通に蹴られただけでも、打ち所によっては致命傷にもなるはずなのに──どうしてか、この司祭は平然としていた。


「いえ、ただのやせ我慢です。めっちゃ痛かったですよ」


 存外あっさりと、司祭は痛みを訴えてきた。


「えっ、あ、そうか。まあそうだよな」


「それよりも、儀式を再開しましょう。さあ座ってください」


「えっ? 俺はもう辞退しようかなと思ったんだが、つーか儀式を台無しにしたのに、まだ続行できるのか?」


「問題ありませんよ、どのみちサティアさんが事を起こさなくとも、儀式は失敗してましたから」


「どういうことだ?」


 はっはっ、と気さくに笑う司祭を見て、疑問から一転、嫌な予感に変わる。


「貴方は儀式をのぞき見して、禁忌を犯したではありませんか。その行為は神への冒涜ですよ、結果、私の神力も霧散してしまいましたからね、ですがやり直しはいくらでも出来ますので、どうぞご安心を」


「あんたのその格好は、人類への冒涜だと思うんだが。それよりも気づいてたんなら、なんで途中で止めなかったんだよ」


 俺の投げかけた疑問に、信じられないといった表情で、司祭は絶句した。


「貴方はなんと残酷な人なんですか、1番盛り上がる、サビの部分で止めろというなんて、そのような考えでは神罰が下りますよ」


「それはあんたのことだよ。己の身なりを見てから言えや」


 俺が厳しくて言い放っても、これまた心外とばかりに、司祭は反論してきた。


「なにを奇異なことを仰っいますか、これは神事を執り行うための正装ですぞ。それに本来なら、儀式は裸でやるものなのです」


 そこまで言うと、司祭は自身の衣装を見下ろして、声のトーンを落とした。


「まあ神々しすぎて、一般受けはあまりよろしくありませんが、とくに女性からはすこぶる不評で、この間はメイスで、しこたま殴られましたし……」


「あたりめぇだ!──聖職者がこんなんでいいのかよ、悪口は言うわ、変態踊りはするわ、なあアリベルトさんよう、どうなってんだよ」


 司祭じゃ話にならないと思い、俺はアリベルトへと会話をふった。


「儀式とは神が求めるもの、それすなわち、神の御心であり、我々人間には、到底理解できるものではありません。それこそ神のみぞ知るでふっ」


「おい! 噛むな、それでいて、ちゃんと俺の目を見て言え」


 アリベルトは、おもいっきり噛んだ舌を痛そうにして、口元を押さえ、押し黙った。


「よく言ったアリベルトくん。君が司祭になれる日も近いぞ」


 横から司祭が歓喜の声を上げる。


「あんたは黙ってろ、その格好からじゃ、なにを言っても説得力は生まれんぞ」


 俺の非難を押しやって、司祭が前へと出る。俺は慌てて後ろへと下がった。説明するまでもないが。


「ならサティアさん。儀式にかかるお布施は、通常なら金貨1枚なのですが、そこを10枚お納めいただけるのでしたら、短縮Verでおこないますよ。どうですか? 貴方にとって悪い話ではないでしょう」


「短縮バージョンってなんだよ?」


「魔術にも詠唱短縮や破棄などがあるではないですか、それと同じです」


 司祭は清潔な笑顔で応対してくれるが、指で輪っかを作っているのを見てしまうと、その限りでもない。俺は胡散臭げに口を尖らせた。


「結局は金が欲しいってだけだろうが、欲まみれの神官から、神の恩恵を賜われるとは、到底思えれんな」


 俺が突っぱねると、アリベルトが仲を取り持つように、会話に入ってくる。


「いいですかサティアさん。信じる者は救われるのですよ」

 

「俺は信心深い人間ではないんだかな」


「例えば、この壺を買えば幸せになれると、商人が言いました。貴方ならどうしますか?」


「そんなもん信じるわけがない。追い返すさ」


「貴方なら間違いなくそうするでしょう。周りの人達からも、同じように諭されるかもしれません」


 そこできらりと目を光らせて、アリベルトが話を続けた。


「ですが、それでも信じて疑わなければ……本人さえ、頑なに騙されたと思わなければ、騙されたことにはならないのです」


「それは意固地と言うんだ」


「サティアさんも信じてください。たとえ醜悪な姿を晒していても、アレは着衣の乱れに過ぎないんだと思えば、そこまで耐え難いものではありません」


「おい! ちょっとまて、そんなもんで済まされんぞ、コレは」


「だからこそ信じるのです。神の存在を、神の愛を、神の恩恵を。敬虔なる者にこそ、道は切り開かれ、救いの光は得られるでしょう。さあともに祈りましょう──でなければ」


 ぐわっと瞳をぎらつかせ、アリベルトが俺に明言した。


「ドタキャンは金貨20枚になりますよ」


 嬉しそうに彼は、俺に向けて手を差し出してきた。


「素晴らしいぞアリベルトくん。とうとう君も神学の境地へと達したのだ。まさにそれが神の真理というものだよ。今度の司祭審議委員会に、君のことを猛プッシュしておこう」


 先ほどよりも興奮した司祭が、大歓声とともに、喝采(かっさい)を送る。


「ありがとうございます。ヴァルター=シャイン司祭様」


「お前らだけで、勝手に盛り上がってんじゃねーよ」


 なんとなく、置いてけぼり感を受けて、つい口を挟んでしまった。


「サティアさん、貴方には3つの選択肢があります。これこそメルフィス神が、われわれ人間にお与えになった、運命の十字路なのです、その恩恵を忘れぬよう、また人々を説き導くために、我が教会のシンボルマークにもなりました」


 アリベルトは、法衣に刺繍されたシンボルマークを指差した。


「今の貴方は、まさに十字路に立っているのです。奇しくも一致したのは、偶然ではなくて必然です。これは神が定める運命に導かれた、なによりの証拠」


「無理やりこじつけるなよ」


 俺の指摘を無視して、アリベルトは続けてきた。


「まず1つめは、キャンセルし金貨20枚を失ったうえ、なんの力も得られずに、旅立つのか……」


 アリベルトはすっと腕を上げ、まるで紹介でもするような仕草で、上げた腕を司祭へと向けた。


「2つめは、司祭様が提案された、短縮Verで手早く儀式を受けて、新たなる世界に踏み込むか、もしくは……」


 ふっと、アリベルトが口角を上げたのが見えた。


「恩恵の儀を最初から受けるのかです。ちなみに、Bメロはバラード調になりますよ、司祭様は泣きながら歌いますが、よろしいですか?」


 ごほんごほんと、のどの調子を確かめている司祭を見て、俺は黙って、金貨10枚を差し出した。

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