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テンプーレ  作者: ポメヨーク


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29/29

公爵令嬢は、おしとやかではいられない

名前の表記を = から・に変更しました。

 事の始まりは8ヶ月前のテンプ王国、王都プレンテにある、王立学院の卒業パーティーでの出来事だった。


「君にはもう愛想が尽きたよ、レティ。この10年間、僕は無駄な時間を過ごしてきた。いまは自分の愚かしさを悔いている、もっと素直に生きていれば、とな」


 なんの前触れもなく、乱暴に投げつけられた言葉に、私は身動きが取れなくなった。


「この場にいる者を証人として、僕はここに婚約破棄を宣言する」


 その衝撃的な言葉で、私は呼吸すらも忘れてしまっていた。


「おっしゃってる意味が理解いたしかねます。どうしてそのような事になるのでしょうか? ご説明していただけますか、アレク殿下」


「僕は進むべき愛の道を知った。それだけの事だ」


 この一言で、状況を見守っていた周囲の人達のざわめきも、どよめきへと変わっていった。


 アレク殿下が、すっーと横にずれると、後ろから見知った顔が現れた。彼女は満面の笑顔だった。


 殿下は会場にいる同窓生に紹介するかのように、片腕を上げた。アレク殿下は卒業パーティーに相応しい、朗らかな顔つきをしている。


「僕から皆に紹介しておこう。彼女はベルティ公爵家の次女、ミルティ・ベルティ嬢だ。そして僕の新たな婚約者でもある」


 ミルティは私の妹だった。彼女は腕を大きく振って、自分の存在をアピールしている。貴族令嬢の所作としては、及第点にも届かない。


 貴賓席にちらほらと集まっている夫人達も、扇子を口元に据えて、冷ややかな視線を送っていた。


「……愛の道ですか。それがなにを意味するのか、本当にお分かりでしょうか? 政略結婚とは、そのような単純な話ではありません。いくらアレク殿下といえども、殿下おひとりのご一存でくつがえすことなど、無理でございます」


「それだ、その僕を馬鹿にする態度。いつもそうだ、お前は冷徹な笑いで僕を否定する。どこまで僕を馬鹿にするつもりだ」


 王妃教育を受ける過程で身につけた技量なのに、それを殿下は冷酷な人間として受け止めてしまう。


「そのようなつもりはございません。私はアレク殿下に理解していただきたいだけなのです」


「うるさいっ。口ごたえするな! 僕は全部知っているのだ。お前がどんな女なのかをな」


 知っている? 私との距離を取っていた貴方が、いったいなにを知っていると言うのですか。


「お聞きします。殿下は、私のなにを知っているのですか」


「ふん。望みとあらば言ってやろう。お前は皇子教育をまともに受けない僕と、教育プログラムを全てこなす自分とを比較して、陰で僕を馬鹿にしていたそうだな」


「…………」


「なんだその目は。僕は学園での学業だけで十分だと言っているのだ」


「そうですわ。レティお姉様、アレク殿下に対して失礼ですわよ」


 よくわからないタイミングで、ミルティが加勢に入ってきた。


「いや、それだけじゃない。次期国王の器に相応しくない。国の安泰を望むなら、次代の国王は弟のエルリックを据えたほうがよいと、父上に進言しようと画策していたそうだな」


「観念してください、レティお姉様。お姉様があくどい計略を企てていたのを、私はこの耳でちゃんと聞いておりましたわ。そしてこれが、その証拠です」


 ミルティが1枚の紙を取り出して、殿下に手渡した。私には見覚えのない……白紙の紙。


「動かぬ証拠だな。もう言い逃れはできないぞ」


 大きな耳鳴りで、周囲の雑音は消えたのに、殿下の言葉だけが妙にはっきりと届いてくる。そんな状況下で、私の心はきしみ歪んでいった。抑えられないのは動揺か、それとも……。


「事実無根でございます」


 小さな声で否定するのが、精一杯の反論だった。


「アレク様」


 ミルティがアレク殿下に耳打ちした。それに合わせて、殿下もこくりとうなずく。


「いちばん許せれないのは、僕の愛しいミルティを虐めていたことだ。あの夜に僕は見たのだ。彼女の身体に消えないアザがあるのをな!」


 ひときわ大きなどよめきが、会場を埋め尽くした。


 アレク殿下の発言は、婚約者がおりながら未婚の女性と一夜を共にしたと、白状したようなものだからだ。しかもそれが婚約者の妹なのだから、なおのこと質が悪い。


「アレク殿下のお気持ち、よく分かりました。貴方の言う愛の道のためならば、私に濡れ衣を着せることもいとわないのですね」


「黙れ! 冷徹女め。お前など、今すぐにでも流刑に処してもいいのだぞ。それをしないのは心優しいミルティの温情あってのことだ。僕達を侮辱するなどお前には許されない、まずは感謝しろ」


 ぴしゃりと放たれた、彼の心ない言葉の数々に、私の世界はぐらりと揺れ、歪み、滲んで霞んでいく。


「アレク殿下は、私にお任せになってくださいませ。お姉様はどこか遠い土地で、勝手に幸せになればよろしいですわ」


 底意地の悪い笑顔で、ミルティが寄ってきた。


「そういうことだ。今日の祝いの席に、お前など必要ない。そうそうに立ち去れ」


「……承知しました」


 でも最後に、ほんの一瞬でもいいから彼の温もりを感じてから別れたかった。殿下の胸元へと、私は倒れ込むように一歩踏みだした。


 その時だった。私の運命の歯車が狂ったのは。


「ぎゃあっ!」


「ぎょおへぇぇぇぇぇぇっ!?」


 まったくもって偶発的に、私の拳が彼のみぞおちに当たってしまったのだ。


 運命の悪戯かそれとも反発か。私の身体と彼の身体とで死角ができて、みぞおちにねじ込んだ私の拳は、衆人環視(レフリー)の目には入らなかった。


「おい。殿下がひっくり返ったぞ」


「なんだ? なにが起きたんだ?」


 彼が苦しみ悶え、倒れ込んだ理由が、周囲の人達に理解できなかったのは幸運だった。だけど横にいたミルティには見られてしまっている。


「うっうっうっ。よくも私の足を踏んでくれましたわね。絶対に許さないんだから」


 あら、ごめんあそばせ。


 ヒールの踵であなたの足を踏みつけたのは偶然よ。でも、殿下との不運をミルティに見られてなくてよかったわ。また滅茶苦茶な請求をされかねないもの。


「よ、よくも僕にこんな無様な姿をさらさせてくれたな。やっぱりお前は流刑……いや、それよりもブ男と名高い、ブリッブ男爵と婚姻させてやる。それが嫌なら死刑だ」


 まずは起き上がってくださいまし。


「そんな、私わざとではありませんわ」


「ふざけるな! 故意に決まっている。実の妹を虐める、お前のような悪役令嬢の話すことなど、誰が信じるものか」


「悪役……令嬢……悪役」


 ぱりーんと、私の中で砕け散る音がした。それと同時に、私の中でなにかが芽吹くのを感じた。


「ふははは。そうだ悪役令嬢だ。お前のような性格が悪く頭の悪い女どもを、そう呼ぶんだ。こんな大勢の前で僕を殴ったのだ、どんな詭弁をならべようとも、釈明など……」


「殴った? 俺には耳元で囁いただけに見えたけど」


「私には殿下の胸元に、そっと頬を触れさせただけに見えましたわ」


「むしろ殿下のお言葉のほうが問題ですわ。私たち貴族令嬢を、すべての女性を馬鹿にする発言、許せれませんわ」


「それにだ。殿下は不貞を働いてたんだろ? そちらの解明のほうが急務じゃないのか?」


 周囲の人達からは、殿下の言葉を否定する声であふれていた。


「ぢびぐぞぉぉぉぉ。どいつもこいつも見てなかったのかよっ! 貴様っ。謀ったな」


 私は殿下の言葉は無視して、倒れ込んだままの、彼の足元へと詰め寄った。


 殿下の婚約破棄宣言に対して、正式な返答をしなくてはならない。もちろん場違いであるのは承知の上ではある。でも絶好のタイミングでもあるのだ。


 なにせ大勢の人達が見聞きしている。なによりもこの会場で婚約破棄を受けたのだから、退席する前に、はっきりと申し上げなければならない。


 私は深く息を吐いた。


「な、なにをする!」


 殿下の両足首をがっちりと掴んで、持ち上げる。


「や、やめろ」


 次にほどよく足を広げる。


「は、はひ」


「ちょ、ちょっとお姉様!」


 そして片足を殿下の股間につき込んだ。もちろんヒールの尖った部分をだ。


 これで最後。最後になるんだ。


 こんな時に限ってアレク殿下との思い出が蘇ってくる。王家とベルティ公爵家の関係は良好で、幼少の時はよく一緒に過ごしていた。歳を重ねるにつれて、すれ違いが多くなってしまったのは、殿下のご指摘の通り事実ではある。


 私はもとより必要無かったのでしょうか。私の今までの努力は? 存在意義は? 私は飾り物にすらなれないの……。


 そんな下卑た感情さえ湧き上がってくる。私はもう忘れたい。無かったことにしたいのです。


 ですから私は、もうひとりの私にお願いしました。


 公爵令嬢らしい、毅然とした態度で別れを告げたいと。


「おらおらおらっ〜! あんたなんてこっちから願い下げよ。こ〜のヒモ男がぁぁぁっ」


 つき込んだ片足を、激しく上下に振動させて、私は正式に婚約破棄を受け入れました。


「のうあぁぁぁぁぁぁぁぁっ。気持ちいいぃぃぃぃぃぃぃ」


「気持ちいいのかよ」


「だったらいいじゃねーか」


「アレク殿下に、このようなご趣味がおありだったなんて、幻滅ですわ」


「あれは嬉ションですの? 家のポメラニアンと一緒ですわね」


「さすがはレティ様ですわ。殿下ですらヒモ男扱いなんて。それにしても惨めな振られ方ですわね」


「なあ、この国大丈夫か? あれが次期国王になるんだろ」


「なに問題ない。かつぐ神輿は軽いほうがいいからな」


 騒然となった会場。でも居心地は悪くない。それどころか、なんとも晴れやかで澄みきった気分に、私は高揚感すら感じていた。


「うぐっ。僕は、僕はなにも悪くない、悪くないんだ」


 悪くないですか。その理解力のなさが残念でなりません。


「それではアレク殿下。ご命令どおり、私は退席いたします。どうぞお二人ともお幸せに」


「よくも僕に恥をかかせてくれたな、あとで絶対に後悔させてやる」


「…………そうですか」


 いちど狂った歯車は、ただお互いを傷つけ合うだけの存在。私たちの関係は、もう修復できないでしょう。そんな望みもありませんが。


「お姉様のせいで、理想の王妃になれないじゃない。どうしてくれるん、で、す、の……」


 アレク殿下の醜態を間近でみて、ミルティが怒鳴り声をあげましたが、私の顔を見るなり、声も意見も引っ込めてしまいました。


「あなたの理想など知りません。それよりも今回の件。当然のこと、お父様はご承知なのですよね」


「し、知るわけないじゃない。私たちの愛は秘め事だったんだから」


 そうでしょうね。


「だいたいお姉様がいなくなってから、アレク殿下はご自身の格好良さをアピールして、私もいかにひたむきで秘めた恋をしていた公爵令嬢だったのかを伝える場にするつもりだったのに、これじゃあ台無しよ!」


 それにしてもアレク殿下の思考力が、13歳のミルティと同等だなんて、この国の将来が思いやられます。


 私にはもう関係のない事ですが。


「それではアレク殿下。ミルティ。ごきげんよう。会場の皆さま方もお二人のご婚約を、どうぞ祝ってあげてくださいませ」


 私は会場の出入り口に立ち、簡単な挨拶を済ますと、自分の人生にピリオドを打つつもりで一礼してから、足早に会場を後にした。


 結局のところ、アレク殿下の有責は認められましたが、とくに処断されることもなく、ミルティとの婚約も認められて、今回の騒動は幕を閉じました。


 王家とベルティ公爵家との間で、何かしらの話し合いをして着地点を見つけたのでしょう。しかし現時点で殿下は引きこもっておられるみたいです。ミルティはというと幽閉状態で教育的指導を受けているのですが、まるで死人の様だとか。


 さて私はというと流刑に処されることも、男爵と婚姻させられることもありませんでしたが、やはり一定の責任を取らざるを得ないようで、めでたく公爵家を追放される形となりました。


 もうひとりの私が実力行使に踏み切ったのだという、私の主張が認められなかったのは残念ですが、とくに不満も恨みもありません。むしろ自由になれた喜びと、重圧から解放された安堵感のほうが大きかったです。


 私の唯一の心残りは、仲の良かった侍女との別れでした。






そして現在。


「あれが、あなたの言うサティアね」


 新しく雇った執事に確認をとる。


 彼はメルフィス教の神官だったが、私の前に突然現れて、執事にして欲しいと願い出た。

 私もちょうど探していたし、給金もいらないということなので雇いれたが、彼の言動や行動に、どうにも不安が残るが、無給なのでそこは目をつぶることにした。


「そうであります。レティ様」


「それで、彼は使いものになるのかしら?」


「もちろんであります。サティアさんと私は同郷の大親友であり、ライバルであり、そして宿命という名の十字架を背負った宿敵でもあるのです。つまりおろし金と同等の、すりおろされた人生を歩んでいる、奇特なお方です」


「よく分からないわ。簡潔にまとめなさい」


「近い将来、お気に入りのおもちゃを巡って、最終戦争を戦う運命にあります」


「……そう。男の意地というやつかしら?」


「まったくもって、その通りでございます」


 当たっていたのね。でも肝心なのはそこではないの。


「彼に従者としての資質があるのか聞いているのよ。とくに資金面において優秀であれば文句ないわ。夕方までに間に合うかしら?」


「そこは問題ありません。なんといってもサティアさんは、拾った武器を使うほどの倹約家。ケチであるが故、資産はかなりのものであります」


「あらギルド職員から、サンドイッチを恵んでもらっているわよ。彼は本当に大丈夫なの?」


 ギルド内のテーブル席に、だらけて座って会話を交わしていた2人だったが、女性職員がおもむろに鞄からサンドイッチを取り出して、半分ほど彼に差し出した。


「はっはっは。心配いりません、レティ様。ピアさんとは出会って日が浅いですが、親交はそれなりに深いのですよ。わたし抜きで飲食をするなど、日常茶飯事です」


「分かったわ。あんたの提案どおり、彼を従者として使ってあげる」


「ありがたき幸せに存じます。それで出会い方はいかように考えておられるのですか? あえて己の愚策を申し上げますれば、食パンをくわえて遅刻遅刻と叫びながら、ドロップキックをかますのがベターな出会いかと」


 なんでドロップキックなのよ。


「そうね」


 彼はチキンサンドを取ろうとしては、他のものを食べている。つまりそれは、彼は好きな物を最後に食べるタイプの人間ね。


「彼が最後に食べるであろうチキンサンドを、横取りするのよ」


「なんと素晴らしい出会い方でございましょう。やはり憎しみから始まる出会いのほうが、のちの絆が強まるというもの。それに2人で楽しく食事をするサティアさんに罰を与えられて、私としても2度美味しゅうございます」


 後半のほうが、熱がこもっていたわね。


「いくわよ。ついてらっしゃい」


「御意」


 私は完全に油断している彼のもとへと、歩いていった。

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