ゴブリン討伐。ズバッと解決編⑧
「あらかた片付いたな。おい、そっちはどうだ?」
最後のアンデッドの頭部を砕いて、アリベルトに視線を向けると、ちょうど最後の1匹に、とどめを刺したところだった。
「こちらも狩り尽くしてしまいました。おかわりを頼みましょう」
「ゾンビウイルスにでも感染したんですか? 脳みそ腐ってますよ」
さすがの俺もそう思う。あいつは能天気過ぎて、警戒心がまるで無い。
「ふふ、ふはははは。これは愉快だ。アンデッド共を、こうも容易く蹴散らしてしまうとはな」
最初こそ焦りを見せていたが、今は上機嫌に笑っている。
「たとえアンデッドが相手でも、魔族も人間もどきである以上、同族殺しは嫌悪するというのに、お前達にはためらいが無い、実に愉快である。故にもったいないのう」
「私はまともでしたよ。コノヤロー」
ピアが無感情に抗議の声を上げた。
「やはり支配とは効率が悪い、縛ってしまうと、その者の身体能力を十全に発揮できなくなってしまうからのう。そこでだ。私の配下とならぬか? 大人しく従属すれば命は助けてやる、もちろん、いい思いもさせてやるぞ」
「往生際が悪いぞ。手駒を全て失ってもなお、そんな寝言が言えるとはな。どうせなら、辞世の句でも詠んだらどうだ?」
「手駒など、また作ればよいからの。それにお前は、なにも分かっておらんようだ」
「なんだと」
「ゴブリンのみで、3度も魔族共を退けたのだぞ、お前達に勝機があると思うでない。私は今すぐにでも、お前達を駒にすることもできるのだ。それを忘れるな」
「上等じゃねーか。次に蹴散らされるのが誰なのか、教えてやるよ」
俺は軽く柄を握りなおして、身構えた。
「サティアさん、お待ちください」
すると横から、アリベルトが割って入る。
「先ほどのお話し、いい思いとは、具体的になんなのでしょうか?」
こいつ、寝返るつもりか。
「アリベルトさん。もしかして支配……されてないですね。通常通りです」
ピアがアリベルトの顔を確認すると、安堵のため息を漏らした。そこで胸を撫で下ろされても、困るんだが。
「ははは。その卑しい反応、実に魔族らしくて良いのう。気に入ったぞ。望みを言え、望みはなんだ? 世界か、世界の半分か、んん!?」
「それ、言いたいだけですよね」
どことなく嬉しそうなゴブリンキングに、ピアが指摘を入れたが、やはり誰も取り合わなかった。
「世界ですか、そんなものは欲しくありません。統治するのも面倒ですし」
「ちっ、欲のない奴だ。ならばお前の望みはなんだ」
「あいつ、舌打ちしましたよ」
「そうだな。返答も投げやりだしな」
俺の服を引っ張って聞いてくるので、とりあえず同意しといた。
「私の青春とでも言いましょうか。13歳で冒険者となり、15の春までに出会うことを夢見て、世界中を旅しましたが、終に叶うことはなく、終ってしまいました。その青春を、人生を、私は取り戻しとうございます」
目を輝かせて、アリベルトが熱く語る。
「……して、その青春とはなんだ?」
聞き返してはいるが、どうにかしてくれと、こちらに目配せしてくる。しかし俺もピアも関わり合いたくないので、傍観者を決めこんだ。
「それは──魔物に襲われている、王族か貴族令嬢の馬車です」
…………。
あいつの語らいのあとに待っていたのは、重くて長い沈黙だった。
なんであれ、あいつは神官になる素質を、十分に持っていたということか。
「そんなくだらない理由で、世界を巡っていたのか。呆れるぜ」
「くだらなくありません! 魔物に襲われている馬車、ご令嬢の身に迫る危機、あわやと思われた、まさにその時に、たまたま通りかかる私、そして運命的な出会い。その後は短くも苦楽を共に過ごす日々の中、ちょっといい雰囲気になったりもしちゃたりする、この展開に憧れを持つのは、健全な男子の証です」
「そうかな?」
「サティアさんだって、綺麗な王女様と見詰め合って、いい感じになったり、初めて見る、はにかんだ彼女の姿にドキッとしたり、必ず現れるお邪魔虫に、もやもやと不満が募ってしまったりと、そんな甘酸っぱくも恥ずかしい経験をしてみたいとは、思わないのですか?」
「……あっ」
「あれれ? なにか思い出して、恥ずかしくなったんですか? いやですねぇー。身に覚えがあるなんて、とっても不潔です」
にやにやと笑いながら、ピアはわざとらしく茶化してくる。
「サティアさんは、童貞の皮を被った狼だったのですかっ。私に内緒で、あんな事やこんな事をしていたなんて……。こうなったらもう」
アリベルトはゴブリンキングに視線を向けた。どこかおねだりするような目付きだ。
「よく分からんが、青春などと無形の物は、与えられないことに気がついたので、却下だ。よって交渉決裂。お前に与えられるのは──死──だけだ。許せよ」
「いいえ。私とあなたが協力しあい、サティアさんをこき使えば、実現可能です」
「しょーもない事に、俺を巻き込むな! ひとりでやれっ」
しかしアリベルトの発言に、ゴブリンキングの様子が変わった。
「なにを勘違いしておる、私はこの国の王であるぞ。支配者たる私と協力しあうだと? しょせんお前達は魔族であり、支配される側の者。私と対等と思うなどと、思い上がりも甚だしいは! 無礼者がっ」
「なんか典型的な奴だな」
「なんの苦労もなく、わがままに育ったんでしょうね。そもそも国もなにも無いのに支配者なんて、滑稽すぎて、笑えもしないです。死んでください」
ロマーナ姫のときもそうだったが、ピアって支配階級に対しては、かなり辛辣な物言いになるな。
「もうよい終わりだ。貴様らとの談議など、児戯と同等の無益なものであったわ。これから先は私の傀儡として、死ぬまで使ってやる。幸福に思え」
「なんども言うが、そんな簡単に精神支配に引っかかると思うな」
「お前達は、この玉座の間に入り込んだ時点で、私の術中にはまっているのだ」
「たいそうな自信だな。言っておくが、屋上にあった魔力集積塔みたいなもんは、すでに崩れ落ちてるぞ」
「あれは魔法攻撃を防ぐためのもの、私には必要ないわっ」
ふむ、思った通りのものだったな。やはりこいつの存在は……。
「へぇー。そうなんだ」
「すっごい余裕そうですね。緊張してきた、私が馬鹿みたいじゃないですか」
ピアが横から非難の声を上げてくる。言われてみれば、もっと緊張感を醸し出したほうが、よかったかもしれないが、俺としても、聞きたいことは聞けたので、奴との雑談も打ち切りたかった。
「敬聴せよ。玉座の間を犯す、不埒なる者よ。敬拝せよ。この王冠こそ王の証である。畏敬せよ。敬意なき者たちよ。我そのものが支配者たる存在である。我が命に従え、不遜なる者たちよ。この場で跪き、恭順の意を示すのだ」
ゴブリンキングが両腕を広げ、仰々しく言葉を綴っていった。
しーん……──。
寒気を覚えるほどの静寂が訪れた。
なにも起きない、いや、俺がなにも起こさせなかったが正しのだが、ああも大袈裟にのたまって不発に終わると、ちょびっとだけ良心が痛む。頼むから泣くなよ。
「あんなに盛大に発言しといて、なにも起きないとなると、逆にこっちが恥ずかしくなりますね」
「そうだな。サービスで頭ぐらい下げてやるか?」
「冗談ですよね。私は絶対に嫌ですよ」
うん。そう言うと思った。
「なぜだっ、なぜ発動しない! どうなっている」
わなわなと自分の両手を見詰めて、ゴブリンキングが、今日一番の焦りの色を見せている。
「どうしたんだ? なにか問題でも起きたのか。なんなら手伝ってやるぞ」
「我は命ずる。跪け、頭を垂れよ」
俺のことは無視して、なおも指を突きつけて命令してくるが、なにも起きるはずもない。
「このままでは駄目です、駄目なのです。なんとか方法を考えないと、これではメルフィス神にも、いえ、私自身の為にもならないではないですか。ここは私の手でなんとかしなければ」
「ん? どうしたアリベルト」
アリベルトは口元を押さえて、ぶつぶつと、なに事かをつぶやき始めた。
「こんなことは初めてだ、なにが起きているというのだ! 私は力を失ったのか……違う、異常はない」
かなり取り乱している。こっちのことなど気にもかけていない。
「魔法だろうと、マジックアイテムだろうとな、魔素を媒介にして力を行使するんだよ」
「お前かぁ。お前がなにかしたのか」
俺の問いかけに、即座に反応を示した。
「まあ魔法の場合は体内の魔力を使って、力任せに発動できるが、お前のようなマジックアイテムは、そうはいかない」
「私はそんな低俗な物ではない」
「人間兵器だったっけか?」
「どこまで私を侮辱する。私が冠したのは支配だ。世界を統治し、絶対的な支配者として君臨する存在。兵器などと、あんな単細胞どもと一緒にするな!……まて、お前どうしてそれを」
「あんたらの仲間──じゃねーか。あんたと同郷の奴を知っているんでね。本人は魔剣と豪語していたな」
中身はただの陽気な酔っ払いだったが。
「魔素と言ったな。それに魔剣……まさかっ! 魔素に干渉する能力を手にした、あの忌々しい女かぁ!」
ゴブリンの顔が憎しみに満ちていく。顔だけ見ると、まるで人間のようだ。
「ああ当時の使い手──お前と同じ年代の話であれば、女だったみたいだな。そのへんの事情は、あまり聞いていないので知らん。そもそもあんたのことも、俺は知らなかったしよ」
あいつの話す内容、それに王冠の装飾品に用いられている、白い魔光石が、あの魔剣と同じだったので、もしやと思っていたが、当たりだったようだ。
「つまりお前は、あの女の子孫ということか。唯一遺伝する能力と聞いていたが、まさか1万年も途絶えることもなく、血筋を継承していようとは」
「そうみたいだな。能力に関して言えば、必ず発現する訳じゃないみたいだが」
俺もこの能力のおかげで困ったさ。なにせ家の書庫にある、古文書にまで手を付けてみたが、一切の資料が見つからなかったんだからよ。
「ぐぎぎぎっ。裏切り者めがぁ! どこまで私の邪魔をする」
「裏切り者? そんなの俺に言うなよ。過去になにがあったか知らんが、いざこざの文句なら、ご先祖に言ってくれ」
苦々しく睨みつけてくるゴブリン。だがその眼には、今だに敗北ではなく、勝算が映っている。
「これなら、この方法なら、どちらに転んでも、私はお得。いいです、いいですぞ。これでいきましょう」
「アリベルト。お前、本当に大丈夫か? さっきから変だぞ。おかしな頭が、いつにも増して酷くなってるぞ」
口元を押さえたまま、むふふと笑いだしたアリベルトを見て、寒気がする。
「あーっ! あーっ! 私、操られております」
「ぜってぇー嘘だよな!」
そんな兆候なんて無かったし、精神支配だとほざくのが、そもそも遅いんだよ。
「で、ありますから」
ぶわっと背筋に悪寒が走った。
アリベルトから放たれた、悪意のない殺意が、喉元に突き刺さる。
「くっ!」
反射的に後方へと飛び退いた。それと同時に、俺の元いた場所に銀光が閃く。
「お前! 今の本気だっただろ。こんな時にふざけたことしてんじゃねーぞ」
俺の抗議の声に、アリベルトは悲しげに頭を振った。
「ああなんということでしょう。私は精神支配を受けておりまして、身体が勝手に動くのです。ですから初めに言っておきます。私は悪くごさいません」
「俺の知るかぎり、精神支配を受けた奴は、こうもべらべらと喋らねーし、表情も無表情になるもんだ」
「昨日の友は今日の敵とは、よく言ったものです。何故そのような現実が起こり得るのでしょうか? そんなの悲しすぎます」
聞いちゃいねー。
「もともと敵同士だったんだろ」
俺はゆっくりと構えを取った。
「そこにテンプレが合ったからです」
「おい、こらっ! 聞けや」
取った構えが崩れていく。
「こうなってしまったら戦うほかありません。早く私の状態異常を解いて下さい。私は戦いたくないのです」
「お前の変態思考は、パッシブスキルだと思っていたぞ」
「はっはっ。それではまるで、私が毎度毎度騒ぎを起こして、世間の皆様に迷惑をかけている、変質者みたいではありませんか」
「俺の真意が伝わったみたいで、嬉しく思うぞ。それで? 目的はなんだ。先に言っておくが、今の攻撃は、ちーとばかし、許せれなかったぞ」
「私の意思ではありません。よって目的などもありません。いまの私は無力なテンプレの操り人形です」
「あのアリベルトさん。いい加減にしないと、さすがの私も許しませんよ」
ピアの呼びかけにも、アリベルトははらはらと、軽い涙を流すだけだった。
「よいぞ! 変態魔族。私が直接触れて、そこの男を支配するまで、男の動きを封じよ」
俺が体内から魔力を抜き取れる条件と、同じって訳か。確かに直接触れれば、周囲の魔素を取り除いたとしても、関係なく効力を発揮できるってわけだな。
「……命は下りました。友として、ライバルとして、そして今は敵として、貴方と対決しなければならないのです。──だってだって、このまま終わってしまっては、王道中の王道、出会い系テンプレ、私のラブストーリーは必然に、が始まらないのです」
「しっかりと目的があるじゃねーか。この野郎!」
「あんた達って、ほんと身勝手ですね。」
ピアのなじる言葉が、ゴングになった。
たぶん次で解決です。




