ゴブリン討伐。ズバッと解決編⑦
「私が人間と認めたのは、そこの剣士だ」
「ふっ、やはり私でしたか、いいでしょう。魔を滅ぼすのは、人としての責務。覚悟なさい」
アリベルトは前に出ると、大鎌を一閃して、構えをとった。
「剣士つってんだろうが。大鎌を振り回してる奴が、剣士なわけあるか」
「おかしな事をおっしゃりますね。柄があり、刀身が付いているのですよ、これを剣と呼ばずして、なんと呼べと?」
「パーツごとに語ってんじゃねーよ。肝心なのは形状だ」
「しかしこれは首チョンパがしやすいと、首狩り族のあいだで大流行して、100万いいねを付けた、三日月刀と称される剣でありますし、私としても首狩り族の誇りを守るため、剣士の称号は譲れません」
また訳の分からんことを。
「バカ言ってんじゃないですよ。見てくださいよ、あちらさん、めちゃくちゃ困ってますって」
ゴブリンキングはどうしたもんかと、頬をかいている。
「アリベルトさん、あなたはもう少し、人の話を聞くべきです」
少しじゃ足りない気もするが。
「おお、そうか分かってくれるか。よく分からんが嬉しく思うぞ」
嬉しさのあまり、ゴブリンキングの顔が明るくなった。その気持ち、分からんでもないぞ。
「そうです、そうなのです。私には聞く力があるのです。受付嬢とは、なにも受付だけが業務の全てではありません、人の話を聞き、問題解決の糸口を見つけ出すための、言わばプロフェッショナル」
「なんだか雲行きが怪しくなってきよったの」
ゴブリンキングの眉が下がってきた、相当困っているようだ。
「人の噂話に耳を立て、難しい問題は聞き流し、私でも解決できそうな、簡単な問題には積極的に口を出す。そうこれこそ、この姿の私こそが、一番人間らくしありませんか?」
それでいいのか?
「まったく人の話を聞いていないではないか! 私は剣士と言ったのだ。この鼻糞どもが」
とうとうゴブリンが立ち上がった。ぜいぜいと、肩で息をついている。
よく分かる、よく分かるぞ、その気持ち。
「鼻糞って」
相当ショックだったのか、ピアは魂が抜けたように落ち込んでいる。
「ならば決定的な違いを教えてやろう。魔族にあって、人間に無いものだ」
「魔族にあって」
「人間に無いものですか」
二人はじっと、俺を見詰めた。
「なんだよ」
「私は冒険者を生業にしておりましたが、今ではメルフィス教の助司祭です。つまりは教会に所属し、お給金も教会から頂いております」
「私は自分の力でギルド職員になりました。言うまでもなく、正規雇用の職員です。給料もギルドから貰ってますし、安定しています」
それであなたは? と二人が視線で促してくる。
「え、俺? えっと俺は……冒険者かな?」
ふっと、二人が鼻で笑った。
「サティアさんは恩恵の儀で、無職を授かりました。それは無職という現実を突きつけられたに過ぎません。とても残酷ではありますが、これは変えがたい事実です」
「冒険者の本登録が済んだとしても、冒険者は冒険者ですからね」
「う、うるせぇ。だったら俺は、この国に12家ある侯爵家のひとつ、ペルガメント侯爵家の生まれだぞ。わかるか? 俺は貴族だ! お前たち平民とは出自が違うんだよ」
「追放されたので、貴族だったの間違いでは?」
くいくいと眉を動かし、アリベルトは冷淡な声で問いかけてくる。
「ああ、そうだった」
もう、どうでもいいや。
「さて話の決着はつきました。我々のような、まっとうな者が人間であります」
「単純な話でしたね。なにも人間がひとりとは、言ってませんでしたし」
「お前ら、そこまですることか?」
「当たり前じゃないですか。魔物なんかに、魔族などと、わけの分からない呼ばれ方されたんですよ、気に食わないですよ」
「そうであります。人間の証明など、その者を切り刻んでみて、赤い血が流れるか否かにあります。そして私の予想では、あなたの血は緑色でしょう。さあ、その血を見せなさい」
びしっと、アリベルトはゴブリンに指を突きつけた。自信たっぷりに宣言しているが、ゴブリンの血の色は赤色だったぞ。
「勝手に話を進めるでないわっ! それになんだ、その恐ろしい証明のしかたは、これだから魔族は始末が悪いのだ」
とうとうゴブリンは骨の山を蹴り飛ばして、怒りをあらわにした。
「いいか! お前たち魔族は魔力を持っている、そして我々人間は魔力など持ち合わせていない。魔力のない者、それが人間である証明だ」
ゴブリンキングは怒気を含んだ声で答えると、頭蓋骨を踏み潰した。
「魔物のあなたが人間を語るなんて、ちゃんちゃらおかしいですね」
言い返してはいるが、ピアは引け腰で指を突きつけている。ころころと気勢が変わる奴だ。
「魔力のない、人間……無職?」
「どうしたアリベルト。難しい顔して、不可解なのは分かるが、そこまで悩むことか?」
「ですがサティアさん。貴方は……。いえ、冷静に受け止めておりますが、あのゴブリンキングの話に、なにか思い当たる節があると?」
じろりとアリベルトが見てくる。
「いや、それは初耳だな」
「それは……ですか。なるほど、私の勘ぐりに間違いはなかったようですね」
すっげぇー疑いの目で見てくるな。知らないのは本当の事なんだが。
「どうだそこの男。身に覚えはあるだろう? こんななりだが、魔力は見えるのでな」
アリベルトを無視して、ゴブリンは話を振ってきた。俺も礼のつもりで返してやる。
「俺もひとつ当ててやろう。お前の本体は、王冠だよな?」
まっすぐ王冠を見詰めて、俺は答えてやった。
「ほーう、魔力の流れが見えるのか。人間のはずなのに、魔眼持ちとはな、これはおもしろい」
興味深げに目を細め、にたりとした笑いを浮かべやがった。
「なんと! サティアさんは魔眼持ちだったのですか?」
「えっ? あ、うん。まあそうだ」
ぐぬぬぬ、と悔しそうに顔を歪めるアリベルト。やっぱり対抗心を燃やしてきたか。
「それならば、私がいったい誰なのか、お前は知っているのか?」
「そんなもんは知らん。だが、したことなら大方の予想はついてるぜ。お前がゴブリンを操ってたんだろ、それと」
あごをくいっと上げて、奥の部屋を示してやった。これだけで言いたいことは分かるだろう。
「私も錬金術師のはしくれ、こんな時のために、魔力を見るための魔道具は、作ってあったのです」
「ああそうだ。しかし手足となる魔物が、この辺りではゴブリンしかいなくての、仕方なく知能の底上げをしたのだが、魔物本来の本能が薄れ、人間臭くなったのは誤算ではあったがな」
「そこだよ、おかしいと思ったのは。ゴブリンのくせして、べらべら喋るわ、妙に人間味があるわ、なにかあるなと考えてはみたんだが、どうにも分からなかった。なにせ支配されている奴は、操り人形の様に、魔力の筋に絡められている、そこのゴブリンキングみたいにな」
「どうですか? これが私が発明した、魔力眼鏡です」
「なんですかそれ? でっかい鼻のついた、ひげメガネじゃないですか」
ピアが呆れを通り越して、どこか疲れをにじませた声で答えた。
「なあ教えてくれよ。どんな手品を使ったんだ?」
「魔力の流れが見えても、理屈が分からなければ、それは恐怖でしかないのう」
あごをさすって、面白がるようにゴブリンキングが笑う。
「見えてます、見えてます。王冠から伸びる魔力の糸が、ゴブリンキングの身体を包んでいるのを、私にも見えていますっ!」
「……本当に見えてます? ふたりの会話に合わせてるだけじゃないですか?」
ピアは速攻で疑惑を口に出している。
「ばか言え、ただの興味本位だ。別にどうしても知りたい訳じゃない」
俺は剣を引き抜いた。
「それに頑固な駄々っ子でも、おしゃべりにする術は知っているんでね」
「若い者は血の気が多くてかなわん。まあ、しかしそうだな。教えてやらんでもない」
ゆらりと身体を動かして、ゴブリンキングは構えをとった。重心は後ろへと傾いている。
「失敬な、嘘っこではありません。私の魔力眼鏡は完璧な理論で作られているのです」
「でもそれパーティーグッズですよね。そんな物で魔力が可視化できるなら、世の中苦労なんてありませんよ」
「それは誤解です。これはですね、眼鏡のレンズで魔力の色を見て、鼻でにおいを嗅ぎ分け、ひげで流れを読み取る。このフォルムこそが、魔力を感知するのに理想的な形状だったのです」
「それじゃあ、どんな感じなのか言ってくださいよ」
「むむむむ。色は灰色、においは臭いっ! 魔力の流れは、足下をどろどろ流れるゴブリン特有の用水路。こんなところでしょうか」
一歩、また一歩と、俺は近づいていく。
「種を植え付けるようなものじゃて、私にとって、支配するとはな」
「種か……なるほどな。はっ、でもいいのかよ、俺にそんなこと教えてよ。随分な自信家じゃねーか」
「知ったところで、お前にはどうする事も出来ぬて。魔力を見れるだけではな」
「……アリベルトさん。いい加減、シカトされている現実を、受け入れたらどうですか?」
「認めたら、そこで試合終了です。私は諦めません。サティアさんが振り向く、その時まで」
間合いに入った。ここからなら、一足飛びで斬り伏せることができる。
「それよりも人間であるお前が、どうやって魔眼という特性を獲得したのか、そこが不思議なものだ。それこそ1万年以上かけての人類の進化か、もしくは他になにか秘密があるのか、私もそこが知りたいのう」
「さあな、俺が知るかよ」
「なにを言っても、顔色ひとつ変えぬか。して、その眼に映るのは魔力だけか? それとも、もっと別のなにかが見えていたりするのかのう」
こいつ、含みをもたせた言い方しやがって。
「想像に任せるさ」
「まあよい、他になにかあろうと些細な事よ」
「自信過剰もたいがいにしないと、足元すくわれるぜ」
「そうであります。我々を見くびってもらっては困ります。私達のタッグ攻撃に、あなたは、なすすべもなく敗北するでしょう。何故なら私の魔力眼鏡で、あなたの正体は丸裸になっておるのですから」
ひげを指で摘んで撫でながら、アリベルトが俺の横へと並んだ。
「…………」
「…………」
「ぷっ」
静まりかえった空間に、ピアの笑いが、やけに大きく響いた。
「若く健康な身体に、鍛錬を積んだであろう強靱な肉体、そして魔眼持ち。実に興味深く実に良い。まさに私の理想の宿主である。この先、お前の身体は私が使ってやろう」
「そう簡単に支配できると思っているのか? だとしたら随分とおめでたい奴だな」
「どゔじてでずがあぁぁぁぁ。どゔじて私を無視するのですかぁぁぁっ!」
「折れるの早いですねぇ」
アリベルトは俺の肩に掴みかかって、がくがくと揺さぶってきた。ピアはピアで間のびした、のん気な声で答えている。
「いや、無視はしていない……ぞ」
相手にしていないだけだ。
「ですが私の魔力眼鏡に対してのコメントが、ありませんではないですか」
「んなこと言われても、なあ?」
「なあって、私に振らないでくださいよ」
「沈黙とは、政治的にも友情的にも、肯定を意味するのですよ。そのような仕打ちを受けるぐらいでしたら、荒らし行為を受けたほうが、よほどましというものです。いえ、それどころか無言の蔑みと比べたら、幸せですらあります」
「ことさらそんなこと言われてもなあ」
面倒な奴だな。
「そこまで言うなら、お前のご自慢の眼鏡で、あの奥の部屋になにがいるのか、当ててみろよ」
「奥の部屋ですか」
じっと、アリベルトが出入り口を見詰める。
「死臭を纏いし不吉の影、死の渦へと導く黒い霧。これはこの反応は、奥にはアンデッドがいます」
「ばかなっ! 本当に当てるなんて」
「あっ。当たってたんですね。ちょっとびっくりです」
「ははは。どうですか、私の発明品の素晴らしさは。これで分かっていただけたでしょうか」
「あんなふざけた物と、俺の能力がほとんど同格だなんて、くそっ。世の中なにかが間違ってるぞ」
「気持ちは分かりますけど、落ち込んでいられると、話が進まないので立ち直って下さい」
「そ、そうだったな。あやうく俺までアンデッドになるところだった」
後ろから、ピアのため息が聞こえてきたが、気にはならなかった。
「ふん! 分かったところで、お前達の行き着く先はひとつしかないわ。でて来い、我が下僕たち。魔族は殺し、人間は生け捕りにせよ」
くるりと振り返り、どたどたと壁際まで走って下がると、ゴブリンキングは叫んだ。
──ああああああ……──うううううう……。
入口から、アンデッド共が列をなして、押し寄せてくる。アンデッドは近隣に住んでいたであろう村人達に、返り討ちにあった冒険者達だ。
村人達の腐敗の進行具合いは、誰が見てもアンデッドのそれと分かるが、冒険者達の身体は、まだ綺麗な状態を保っている。
「アリベルト、分かってるよな?」
「はい。ボーナスステージです」
さすが元冒険者といったところか、アリベルトはちゃんと理解している。
「冒険者のルールだと、とどめを刺した方に権利があるんだよな?」
「はい、そうであります。ですからここは早い者勝ちですね」
「よし、それでいいだろう。俺も異存はない」
「あの、意味が分からないんですけど」
なんだよ。ギルド職員なら、理解できていて当然じゃないのか?
「ギルド職員だろ? 見て理解しろよ。それよりもピア。合図を頼む」
「ええっと、よく分かりませんけど、分かりました。……はい、ドーン」
「どぉぉーん」
アリベルトが合図と同時に光弾を放った。光弾は軽鎧を装備した、大柄な男の頭部を吹き飛ばした。アンデッドと化した大男は、地面へと崩れ落ちる。
「あああっ! 俺が最初に狙ってた奴なのに、くっそぉぉ」
「はっはっ。早い者勝ちと、言ったではありませんか」
「だったら俺も、これを使わせてもらうぜ」
即座に投げナイフを取り出すと、ありったけの魔素を込めて、俺はナイフを投げた。
1匹2匹3……4……5……6匹。これが限界か、勢いを無くしたナイフは、6匹目のアンデッドの頭に突き刺さって、動きを止めた。
「なんですかっ! そのスイスイ自在に飛び回るナイフは、そんなの卑怯であります」
「お前だって魔法を使っただろ! 俺からしたら、魔法だって卑怯だ」
「ならば己の得物だけで勝負しましょう」
「ああいいぜ。もとより俺は、そのつもりだったしな」
「頑張ってみたんですけど──理解できねーよ」
ピアが口を挟んできた。その表情は、怒りとも恐れともとれる顔付きをしている。
「見ててもまったく理解できないですよ。なんでそんなに楽しそうなんですか? 山菜採りかなんかだと思ってます?」
「なにって、アンデッド狩りだろうが」
「おやじ狩りみたいに言わないで下さい。それに、さも当然に言うのもやめて下さい。怖いです」
「知らないのか? 新鮮なアンデッドはドロップ率が高いんだぞ」
「そうであります。ですから最初に、獲得品の分配方法を、明確にしたのではありませんか」
「この腐れ外道ども。それは遺品つーんだよ」
鋭く睨みつけ、ピアが言い放つ。俺達とは感覚のずれがあるようだ。アリベルトも同じことを思ったのか、ひとつ咳払いなどして、ピアへと質問を投げた。
「遺品とは、亡くなられた方の所有物に使う言葉です。そうですよね?」
「ええそうですよ。だから言ってるじゃないですか」
「ずばりお聞きしますが、あれは人間でしょうか?」
アリベルトが、アンデッドに指を向けて聞いた。
「……えっと、あれは違います。だけど、もともとは人間ですよ」
「そうです。生前は人間でした。しかし今は違います。死んだ者は蘇生したりしません、ましてや徘徊して人を襲うなど、ありえませんし、あってはならないのです。よって狩るべき魔物なのです」
「私の主張は倫理観の欠如ですよ。それに聖女の使う奇跡の力なら、死者のコンテニューもオッケイって聞きましたよ」
「否っ! ここに聖女はおられません」
「それはそうですけど」
「はい! 論破〜論破〜」
「それ、すっごいムカつきますよ。論破もできてませんし」
たしかに傍から聞いていても、気分のいいものじゃない。
「お待たせしました、サティアさん。さあ勝負の続きといきましょう」
「なんだか後ろめたくなってきたが、いいだろう」
俺達はいちど視線を交わすと、それを合図に、群がるアンデッドへと駆け出した。
アリベルトもなかなか速いが、速度では俺の方が上のようだ。
走る方向が同じなので、目的の奴も同じなのだろう。
「よっしゃあー。この魔術師は、俺がもらったぁぁ」
俺は魔術師の首を跳ね飛ばすと、すぐさま方向を変えて、次の目標へと駆けだそうとしたが、遅かった。
アリベルトの大鎌が、相手の首を捉えている。
「くっ。やはり狙ってましたか。しかあーし、こちらの巨乳武闘家は私のものです。──アチョー」
なんともこの場に相応しくない、かけ声が聞こえてくるが、しっかりと武闘家の頭部は宙を舞っていた。
「ちっ。持っていかれたか! でもな、こっちの重装戦士は、俺のもんだぜ」
手近な戦士の顔面に、剣を突き込んで、アンデッドを無力化する。
「どうやら位置取りを失敗したようですね。と、悔しがるふりして、私の本命はこっちの尻でかシーフです。そのレアアイテムを寄こしなさい。桃尻ストライクゥ〜」
大鎌を器用に扱い、シーフの女を、脳天から掻っ捌いた。
「ぬかった。シーフはレアアイテムの所持率が高いことを、忘れていたぜ。ふっふっ。だが残念だったなアリベルト。ここに荷物持ちが隠れていたんだぜ! そこからじゃ死角になってて、気づかなかったろ」
俺は荷物持ちの男の両足を斬り払い、倒れ込んだところで、とどめの一撃をいれた。
「くうぅぅ。そんな所に隠れキャラがいようとは、ですが私も負けませんよ」
俺とアリベルトは陣取りゲームのように、アンデッドの群れへと深く斬り込み、分断していった。
「あんたら想像以上にクソですね」
ピアの主張も理解できる。俺だって後ろめたい気持ちにはなるさ、しかし周囲に遠慮していたら、食っていけないのも事実。これは傭兵時代で学んだ鉄則だった。
「魔族だと思っていたが、お前達は悪魔族のほうだったか」
「私までいれんな」
かなり焦った様子で、ゴブリンキングが呟いた。




