ゴブリン討伐。ズバッと解決編④
「だからこの汚れは、ピアが付けたのであってだな」
「なんで私なんですかっ! 人に不名誉を押し付けないでくださいよ」
だったら俺の目を見て言えよ。
「そうですとも。ピアさんの言うとおりです。サティアさんの服についている汚れなのですよ? その汚れの出どころが、服の持ち主である貴方に起因するのは、自明の理でごさいます。素直にお認めになってください、さすればメルフィス神も慈愛の心でもって、お笑いになってくれます」
こいつも分かってて言っているな。
「しかしなぜ鼻を垂らし泣き叫ぶ前に──アリベルトくうぅぅぅぅん、助けておくれぇぇぇぇっ──と呼んでくれなかったのですか? 私はいつでも登場できるように、柱の裏で待機していたというのに」
「ああそうだったな! ゴブリンに強化魔法までかけてたもんな」
「なにを根拠に、そのような悪逆を決めつけるのですか。確たる証拠も無いのに犯人に仕立て上げるなど、そんな事をして、私達の友情は、どこに向かうとお思いですかっ!」
べらべらと御託を並べてはいるが、アリベルトは、ゴブリンの死骸を魔法で吹き飛ばした。
くそ、証拠隠滅しやがって。ゴブリンが身に着けていた武具は、こいつが与えた物だったんだろうな。
魔力が見えることを暴露してもいいんだが、それはそれで面倒なんだよな。アリベルトは負けず嫌いだから、絶対に張り合ってくるだろうし。
「それで、その汚れは誰が付けたんですか?」
にやりと笑って、ピアが言ってきた。こいつめ、俺の心を読んだな。
「ま、まあ今回は俺が引いてやるよ。命拾いしたな、アリベルト」
剣を突きつけて言い放ってみたが、漠然と負けた気持ちになるのは、悔しいところだ。
「なんと、それはっ!?」
さっきよりも驚愕に満ちた顔で、アリベルトは声を上げた。
「今度はなんだよ」
「それは聖剣ではありませんか」
「聖剣って、折れた剣が、なんでそんな立派な代物になるんですか」
「折れた剣ではなく、折れているから聖剣なのです」
どんな理屈だっ! めんどくせぇ。
「あのな、これは軍需品だが、どこにでもある普及品の剣だ。粗悪品ってわけじゃないが、規格化された、ごくごく一般的な武器なんだよ。聖剣なんつー、そんな大層な物じゃない」
「安心してください。聖剣の片割れは、幸運なことに、先ほど入手しましたので」
「聞いてくれって」
「泣かないの」
失礼なことを言うな。まだ涙は出ていない。
「これを見てください。そこいらで、私が拾った聖剣の刀身です」
アイテムボックスから布包を取り出すと、するりと結び目を解いて、中身を俺に見せてくる。
柔らかい布に包まれていたのは、俺がへし折った剣の先だった。もちろん話の流れからして、分かりきっていた。
ここは殴って終わらせるべきか?
「どうですか? ぴったり一致いたします。これこそ聖剣の証なのです」
俺の剣の先にくっつけると、アリベルトは嬉しそうに答えた。
「だからって、それを聖剣と呼ぶのは無理がありますって。願望は捨てて、はやく行きますよ」
「私の鑑定スキルで丹念に鑑定したのですよ。聖剣以外にあり得ません」
くだらんことに現を抜かしていたから、動きが遅かったんだな。
「さあ目的地変更です。今からドワーフ村まで赴いて、聖剣を打ち直してもらいましょう」
「人の話は聞きなさいよ! ここで依頼を投げ出したら、それこそ行き着く先は身の破滅ですよ。遊びたいんだったら、仕事を終わらせてからにしなさい。ほらサティアさんも、なにか言ってやって下さいよ」
「私からもお聞きします。雑魚ゴブリンと、魔王討伐のための聖剣の入手。どちらがより重要とお考えですか?」
「うおらぁぁっ!!」
俺は青空が映る開口部に向けて、剣を投げ捨てた。
「ああっ。聖剣があ! なんてことをするのですか。これで世界の平和は10年は遠のきましたよ」
なんだかスッキリしたぜ。
「とっとと行くぞ」
「ちょっと待って下さい。この気持ち悪い松明は、破棄してくださいよ」
「何故ですか?」
まったく理解できないといった様子で、アリベルトは疑問符を浮かべた。
「何故と聞くのかよ。わかれよそんなこと」
「ですが私の考案した、この画期的なゴブリン松明は理にかなっているのですよ。このように両手があくので、動きを取られないですし、なにより現地調達でまかなえれるところが、グッドポイントなんです。どうです? 合理的かつ経済的な発明品は。さすがのピアさんも、反論の余地もないでしょう」
「そんなもの、ライトの魔法で一発解決じゃないですか」
ピアから、あっさりと反論を受けたが、アリベルトもめげない。
「これだから素人はこまります」
ひどく落胆した、ため息を漏らして、アリベルトは頭を振った。
「なぬっ!?」
それなりに職員としてのプライドもあるのだろう。ピアの表情からは、イラつきが滲み出ていた。
「冒険と言えば松明。松明と言えばダンジョン。ダンジョンと言えばお宝です。つまり冒険譚への第一歩は炎なのです。焚火にしかり、松明にしかり、ボヤ騒ぎに焦り」
過去になにかやらかしたな。
「ピアさんのおっしゃる通り、ライトの魔法はたしかに便利ではあります。ですが魔法で生みだした人工的な光など、味気なく芸もありません。男の冒険、男旅とは利便性とは無縁の領域。無骨にして至高、ワイルドからは孤高。そして不便とは孤独。このような事も理解できない貴女は、ばーか、ばーか」
「へえぇぇ」
急速にピアの表情筋が失われていく。逆にアリベルトの熱量は上がっていった。
「ここまで説明すれば、もうお分かりでしょう。炎の熱さが冒険心をくすぐり、揺らめぎは心の癒やしとなる。そう、松明なしには冒険は語れないのです」
「男の冒険なんてどうでもいいんですっ! 私はこんな汚くて臭いものは、早く片付けろって言ってんだよ! そもそも松明だけ浮かせれば済む話ですよね。ですので処分決定です」
「だから分かっていないと言うのです。ゴブリン松明は、明かり取りだけではありませんよ」
アリベルトは適当な方向に向けて、手のひらを突き出した。するとゴブリン松明がひとつだけ、奥へと飛んでいく。
炎の揺らぎすらも分からないくらい、遠くまで飛ばしたところで、アリベルトは広げた手のひらを、ぐっと握りしめた。
どおぉぉぉぉんっ。
ゴブリン付き松明は、爆裂して四散した。
「このように、攻撃にも転用できるのです」
「花火にしろ、松明にしろ、なんでこうも物騒な物へと変えるんですか」
「よく気づかれましたね。ひとり孤独な星空の下、寂しさを埋めるための、花火にもなるのですよ」
「えっ!? ちょっとやめなさいって」
アリベルトが片腕を上げると、全ての松明は上へとあがっていった。ここの空間は広く取られてはいるものの、それでも屋内だ。天井までの高さもせいぜい10メートル程だろう。
このような場所で、アリベルトがなにをしようとしているのか、想像ができてしまったようで、ピアの背中に悪寒が走るのが見えた。
天井付近まで松明が上がったところで、アリベルトは指を弾いた。
ぱぱぱぱっんんんんんっ!
一瞬の閃光の後に、紅い華が咲き乱れた。
名残惜しそうな火花が舞い散ると、なんやかんやと降り注いでくる。
「きゃあぁぁぁぁっ」
「はっはっはっ。ひとりで見るよりも、仲間と見るほうが楽しいですね」
呑気なアリベルトは放っといてもいいだろうが、発狂しそうなピアは、なんとかしないといけない。
腕を掴んで、後ろに投げ飛ばそうと思ったが、あとが怖いので、俺はピアの首根っこを掴んで、大きく後ろへと飛び退いた。
「ぐぅえぇぇぇぇぇぇ」
下品なうめき声が聞こえてきたが、今は構っていられない。肉片のシャワーが、もう間近にまで迫ってきている。俺は手近な柱の影に、ピアを放り投げた。
「ぎゃふん!」
どうやら受け身に失敗したようだ。ピアの短い悲鳴が聞こえてきた。しかし俺としても、無駄に汚れたくないので、気に留めている暇はない。
俺は身を翻して、残骸が地面に散らばるタイミングを見計らって、上方へと跳躍した。
跳躍したと同時に、足元ではびちゃびちゃと音を立てて、肉片が地面の上を踊りはねている。
「よっと」
着地した瞬間に、ぐちゃりとした感触が、靴底から伝わってきたが、こればかりは仕方がない。
「おい。大丈夫か?」
「ごっほごっほ。女の子は……げっほ……もっと優しく扱いなさいよ」
「大丈夫そうだな」
「なわけないでしょうがあっ!」
目一杯、元気なんだから、大丈夫だと思うんだが。
「いかがでしたでしょうか。旅路の余興は、お楽しみいただけましたでしょうか?」
汚れひとつ付いていない姿で、アリベルトが寄ってくる。あいつの悪びれる素振りもなく、平然とした様子に、ピアは犬歯を剥いた。
「なにやってくれてるんですか! いいかげんふざけてばかりだと、ぶっ飛ばしますよ」
「これは異なことをおっしゃりますね。破棄しろと言ったのは、ピアさんではありませんか」
「そんなもん外にポイしなさいよ。なに打ち上げてるんですか!」
「せっかく作ったのに捨てるなど、それではもったいのうごさいます。サティアさんからも、捨てるぐらいなら使ってしまえと、激励をいただきました故に、私めの心も、ワッショイ、ワッショイと、燃え上がってしまったのです」
なんで人のせいにするんだよ。
ほら、ピアも頭を抱えてうなっていないで、先に行くぞ。
「そんなことよりもだ。奥から来たってことは、上に続く階段は見つけてあるんだろうな?」
「それはもちろんです。伊達に道草王と呼ばれてはおりません。この先を真っすぐ進んだ所に階段がありました。ですがサティアさん、丸腰でいかれるのですか?」
「ん? まあそうだな。問題は無いだろう、俺は構わない」
「構います、構いますとも。確かに職業はあえなく無職で終わりましたが、しかし特技は見えを張って、剣技と申告したのですよ。せめて格好ぐらい、それっぽくしておかないと、それこそニートと勘違いされ、世間からの風当たりも冷たいというもの」
「ほう。ずいぶんと挑戦的だな。それはあれか、俺と真っ向勝負がしたいってことか?」
「なにをおっしゃりますか。友として、心配しているのですよ」
許可した覚えはない。勝手に友人になるな。
「そうですよ。剣士を名乗るなら、剣ぐらい持ちなさいよ、装備品を整えるなんて、冒険者の基本ですよ。そんなんじゃ専属の私だって恥をかくことになるんですからね、はったりぐらいかませなさいって」
「ぐっ……わ、分かった。そこまで言われたら、俺も黙っちゃいられない。俺がまともな剣士だってとこ、教えてやるよ」
鞄に手を突っ込み、抜身の剣を取り出して、腰に吊ってある鞘へと収める。
「はて? まったく同一の剣に見えますが、同じ物をふたつ購入されたのですか?」
「いや、拾ったやつだ」
「ひろっ!?」
あん? なんか空気がものすごーく悪くなったような。
「なんですかそれ、極貧じゃないですか! この先、干物にならないでくださいよ」
「待て待て勘違いするな。これは戦場生活の知恵ってやつだ。言っておくが激戦地ではな、装備品の手入れも補給もままならないんだよ。使えそうな物はできるだけ回収して、再利用をしてだな……だから拾いすぎたというか、拾い癖がついたというか、えっと聞いてるか?」
ピアは蔑む目で、俺を見てくるだけだった。そんなことはお構いなしに、アリベルトが横から割って入ってくる。
「ああ、なんとお痛ましい。私も剣ならそれなりに持っていますので、言って下されば、いくらでもお譲りいたしましたのに、もちろん、この友達認定書にサインしていただきますが」
アリベルトが1枚の紙を手渡してきた。
「なんだ、この悪魔との契約書は?」
「友達に認定書なんていりませんし、微妙に上から目線なところが、またムカつきますね」
「悪魔ではありません。友情の契りと言って下さい」
「こんなもん、いらん」
俺はびりびりと破り捨ててやった。
「なんのなんの。まだこれだけ残っていますから、心配ご無用です」
アリベルトは懐から、どっさりと認定書とやらを取り出してみせた。懲りもなく、1枚手渡してくる。
俺は素直に受け取り、ピアへと押し付けた。
「おい。どんだけ残ってんだよ」
「99枚です。もとは100枚でした」
「よくこんなくだらんもんを、それだけ用意したな。もうちっとその努力を、別の方向に向けたらどうだ?」
額を押さえ、思い悩むような瞳を向けてきて、アリベルトは語りだした。
「これは父からの試練なのです。そして、私が果たさなければならない約束です」
「面倒くさいので、簡潔にお願いします」
ピアも真剣な顔付きで、口を挟んできた。手には紙ヒコーキを持っている。
「あれは王立学園入学前夜のことでした。父から渡されたのです」
「このくだらないを通り越して、呪符のような代物をですか?」
アリベルトがふるふると首を振った。
「そして言われたのです──友達100人できるかな?──と、なんと厳しい試練なのでしょう」
ピアが紙ヒコーキを投げた。
「つまりは1枚も渡せれなかったんですね。むしろサインする人がいたら、それはサイコパス決定ですけど」
しかしピアの投げた紙ヒコーキは、すぐに墜落してしまった。
「さすがは噂に名高い王立学園、やはり強敵揃いの粒ぞろいでした」
「あなたが言うと、意味合いが違ってくるんですよね。不思議でもなんでも無いんですけど」
「そんな訳で、私はつねにOh Myロンリーな学園生活を送っておりました。おや? どうされたのですか、サティアさん」
アリベルトに呼ばれ、ふっと我にかえった。
「お前が学園に通って、共同生活を送っていたことが、信じられなくてよ」
「だからショックを受けたように、呆然としてたんですか。この世の終わりのような顔してましたよ」
「俺は家庭教師をつけられて、屋敷で缶詰状態だった」
「学園に通っていた、私が言うのもなんですが、それはそれで裕福だと思うんですが」
珍しくアリベルトが、苦笑いしながらも気遣ってくる。
「そうですよ。それに外出が許されてなかったって訳じゃないですよね?」
「そりゃあ外出することもあったさ、だけど行き先なんて、実戦訓練での、人気の無い魔物ばかりの場所だった」
ずーんと頭が重くなってきた。
「でもでも、学園なんて楽しいばかりじゃないんですよ。ね、ね、そうですよね。アリベルトさん」
「多少なりとも、しがらみがあるのは事実ですが……結構楽しかったですよ」
何故だかピアが吹き出した。
「そうだろうな。弟は楽しそうに通っていたみたいだからよ。あん時は、俺達の仲を引き裂く、親父の計略なんだと思っていたんだよ。わりと本気で」
「なにを言われるのですか。今は私と友情を育んでいる、さなかではないですか。課外授業だと思えばよろしいかと」
「……思えんし、友達じゃないぞ」
「ですが触れば有効と、認定書にも書いてありますので、契りは完了しておりますが」
アリベルトが書面を、ずいっと顔の前まで近づけてくる。
……確かに書いてある。ずらずらと都合のよい事ばかり書いてあり、それらの項目だけインクが綺麗なので、つい最近になって、書き足したのだろう。
「と言う訳ですから、なにも案ずることはありません。さあ行きましょう。テンプレの佳境は、すぐそこだと思われます」
「ほら、いつまでも落ち込んでないで、先に進みますよ」
ピアに腕を引っ張られ、俺は奥にある階段へと向かった。




