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テンプーレ  作者: ポメヨーク
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メルフィス教

 セアランド王国まで続く街道を、野営をしながらひたすら南へと進む。隣国との国境にほど近い、テンプ王国南部の町シャルウィルに到着したのは、屋敷を出てから10日目の早朝だった。

 地方都市とはいえ、人けのある場所には寄り付きたくはなかったが、隣国に抜けるには、嫌でもこの街を通る必要がある。


 それになによりも、ここで補給をしておかなければ、途中で食料が枯渇してしまうし、ついでに情報収集もしておきたかったのもあり、そのまま誘われるように、街の中心部であろう方向へと向かって行く。



 ペルガメント侯爵家に賊が侵入し、当主が殺害されたと、遠いこの町でもすでに噂話が広まっていて、カルバンの情報操作が成功したようで、ひとまず胸をなでおろす。


「これで追っ手が、かかることはなくなったわけだが、かといって家にも帰れんからな、ひとまずは予定通りにことを進めるか」


 シャルウィルのメインストリートに入ってからは、ひとの往来が増えてきた。隣国との流通の要衝でもあるこの街では、歩車が区別されているので、騎乗しての通行もしやすいが、それでも時折、どこからともなく怒声が聞こえてくる。それらを聞き流しながら、俺は今後のことを考えていた。


 騎士になるのが夢だったが、騎士は貴族しかなれない。俺は家を出た以上、貴族ではないので、騎士になることはもう叶わない。王都へでも行き、兵士にでも仕官しようかとも思ったが。


「テンプレだからだと、理不尽に追放される国に仕官したところで、不幸になるのは目に見えてるからな」


 そもそも士官なら他国でもいいわけだし、ここはひとまず冒険者ギルドにでも行き、登録を済ましておくのが得策か、そうすれば生活のはばは広がるからな。


「…………テンプレ?」


 一瞬嫌な予感が頭を過ぎる。


「いや、ここはひとまず、ギルドの様子を確認するだけにしよう。そもそも冒険者ギルドについても詳しくないし、ついでに場所も知らんし」


 いきなり冒険者登録するのも、安直すぎたと自省する。もう少し慎重に行動すべきだ、当初の予定では隣国に逃亡すると決めていたはずなのに、だが気がつけば自国で冒険者登録などと考えるとは、何かがおかしい。


 そこではっと思い出す。ここまでの道中で、小耳に挟んだ風のうわさを。


「これが噂のテンプレマジックか! いつの間にか思考も目的も変わってしまうとは、なんと恐ろしい」




 街のメインストリートを抜けた先は、大きな円形広場になっていた。この場所を中心に、放射線状にメインストリートが各方面へと伸びている。


「ここの広場周辺が街の主要部だろうな……だけど、なんか物寂しい場所だな」


 道も建物も見える範囲すべてが、石造りで出来ていて、なんだか都市部の冷たさを感じさせてくれる。並木道や、もしくは芝生のひとつでもあれば、少しは温かさを感じるだろうが、街の中心部には似合わないのか、そもそもこの街の人間は、そんなものなど求めてもいないのか。


「あれは教会か? にしてはやけに宗教色の薄い建物だな、俺の街にあった教会は、もっと豪華な造りになっていたんだが」


 広場を見渡していたら、1つの建物が目に留まる。周囲のアパートと同化するほどに地味な建物だったが、それが教会と分かったのは、壁にはめ込まれた5つの小さなステンドグラスが、ささやかな主張をしていたからだった。


「そう言えば、金さえ払えば、教会で恩恵の儀を受けられるんだったけか? 受ければ適正職業と、それに見合ったスキルを授けられて、強くなれるとか言ってたな。なかには残念賞もあるようなので、一概に強くなれるとは、言い切れないみたいだが」


 もしハズレ職業だった場合、貴族の沽券(こけん)に関わるからと、クソ親父からは、恩恵の儀を受けることを、固く禁じられていたため、俺にとっては無縁の存在だったが。


「失うものは何もないからな、受けてみるか」


 教会の前の馬留に手綱を結びつけて、俺は教会へと入って行った。


 正面玄関の扉を押し開けて中に入ると、だだっ広い聖堂が広がっていた。建物の面積のほとんどを、ここが占めているのではと、思ってしまうほどに広い、内部も外観と同じで、こざっぱりとした印象だった。


 中央は祭壇までまっすぐと続く通路、その右側にだけ、長椅子がずらりと並んでいる、左側は大きな空間となっていて、壁側には、宗教的な絵画や彫像が、せめてもの穴埋めにと思ったのか、所狭しと飾られている、まるでがらくた市だ。

 実際、信心深くない俺からしたら、がらくたにしか見えないが──周囲を見渡していたら、祭壇に人が居ることに、気がついた。


「神官かな? いやそれ以外にないか」


 祭壇に居るのは、俺よりも少し年上であろう、若い男。髪も瞳も透き通るような蒼色で、清潔感が感じられる、いかにも神官然とした人物像だった。彼は白と青を基調とした法衣を着用していて、胸のあたりには、丸の中に十字と一本の槍が重なった、メルフィス教のシンボルマークが、金糸で象られていた、頭にも同じデザインの帽子を被っている。


 彼も俺に気づいたようで、祭壇机から視線を外し、こちらに穏やかな瞳を向けてきた。俺が近づいて行くと、彼もまた歩きだし、お互いがゆっくりと距離を詰めていき──対面する。


「こんにちは、ようこそメルフィス教会、シャルウィル支部へ、私はとう教会の助司祭、アリベルト = アガポフと申します。本日は礼拝の日ではありませんが、何かお悩み事でもあるのでしたら、お話ぐらいなら聞きますよ。それとも、もしかして入信希望の方ですか?」


「いや、教会に入るつもりはない。というか、よく初めてだって分かったな」


 俺が驚いていると、彼は柔らかく苦笑した。


「ええ、信徒さんの顔と名前は覚えていますので。入信希望でないとすると……えっと、本日はお悩み事ですか」


 俺の顔を見ながら、彼は少し困った顔を作って、だんだんと言葉が尻すぼみになっていった。


「ああ悪い、俺の名前はサティアだ。今日は恩恵の儀を受けたくて来たんだが、執り行ってもらえるのか?」


「恩恵の儀ですか……」


 今度は本当に困惑した顔で、アリベルトが思案している。俺の顔を観察して、何かを言いたそうに、口をもごつかせる。


「日取りとかあるのか? それとも入信しないと駄目なのか?」


「いえ、そういう訳ではありませんが、恩恵の儀は、15歳から18歳までの間しか受けれないもので、失礼ですが、サティアさんのお年を伺っても、よろしいでしょうか」


「年齢制限があったのか、でも、いちおうは18歳だ」


「失礼いたしました。でしたら大丈夫です、司祭様にお伝えしてきますので、準備が整うまで、お待ちください」


 それだけ言うと、アリベルトは足早に、祭壇右奥の扉の中へと、消えていった。


 俺は近くの長椅子へと腰を下ろし、なんとなしに天井を見上げる。ただ時が来るのを待つだけというのも。


「……ひまだな」


 暇だからといって、興味もない、絵画や彫像を見て回るつもりはない。天井を見上げて、無駄に時間を浪費していく感覚を覚え、俺はせっかちな性格なんだと、改めて認識させられた。


 待つこと数分。


 扉の奥から、アリベルトが姿を現した。コツコツと足音を響かせて、近寄ってくる。


「もういいのか?」


「いえ、もう少しかかります。恩恵の儀は神と交わる、神聖なものでして、いま司祭様は身体を清めているところです」


「けっこう仰々しいんだな」


「ええ、神から神聖な力を授けてもらう儀式ですから……──ところでサティアさん。貴方は貴族様ですか?」


「ああそうだよ。それよりも、なんで分かったんだ?」


 アリベルトの質問に、俺は首を傾げた。


「それなりに、立派な身なりをしていらっしゃいますからね。冒険者の方は、誰が見ても分かるような風貌ですし、平民の方も、もう少し地味な格好をされていますので、もしかしたらと思いまして」


「そうか、これでも立派な服装になるのか」


 俺の持っている服の中で、一番地味な物を選んで着込んできたが、これでも一般的ではなかったようだった。自分の服装を見下ろしていると、今度はアリベルトが疑問を投げかけてきた。


「でも珍しいですね、貴族の方は、あんまり恩恵の儀はお受けにならないのですが、なにか特別な事情がおありなのですか?」


 一瞬、身の上話をすことを躊躇ったが、今後の方針の参考になればと思い、経緯だけは話すことにした。


「テンプレを理由に、家から追放された。それだけだ」


 俺の言葉を聞いたアリベルトは、瞬間、曇った表情になり、やや下を向いたが、すっと顔を上げると、つらつらと説教じみた口調で、話しだした。


「そうだったんですね。ですがこの世の全ての(ことわり)は、神によって運命づけられているものなのです。幸も不幸もその人に与えられた試練、テンプレと言われている、単純な筋書きですらも、神の思し召しなのです」


「ンなくだらない理由が、神様の意志だって言うのか? 俺には理解できんな」


「神のご意向は時に、我々人間にとって理解し難い事もあるでしょうが、しかし、それら全てが私達に必要な、神からの愛なのです」


「都合のいい解釈だな。理不尽に追放された俺には、到底受け入れられない講釈だよ」


 俺は腕と脚を組んで、いらいらとした口調で、食ってかかった。彼の話もまったく参考にもならず、打ち明けた事を後悔した。どうにも、宗教的な話は、俺の性分には合わないようだ。


「今はお辛いでしょうが、それも貴方にとって必要な試練なのでしょう」


 祈り仰ぐように、アリベルトは両手を広げた。


「メルフィス神はきっと、サティアさんが人として成長するための機会を、お与えになっているのでしょう、そしてなによりも、今の貴方は不幸を知ったからこそ、これから幸福の意味も知るのです。苦労を知らぬ者は、そのどちらの恩恵も、理解できませんからね」


 最後に、メルフィス神の加護がありますように。とアリベルトは聖印を切ってくれた、少しのありがたみも感じはしなかったが。


「それよりも、ここの教会の作りは地味だな。なんでこんなにも宗教色が薄いんだ?」


 俺は話題を変えるために、入る前から気になっていた事を聞いてみた。


「2年前にこの街でおきた大火で、建物を焼失してしまいまして」


 そこまで言って、言葉を止め、アリベルトは懐かしむような目で、聖堂の天井を見上げた。そのままなぞるように祭壇へと、視線を動かして、あとを続ける。


「以前の姿を取り戻したくても、現在の財務状況ではそれも難しく、ご覧のとおり、このような簡素な造りになってしまいました。幸い、所蔵していた美術品は、避難させて無事だったのですが、それらを収蔵する部屋すら作れなくて、あそこに並べている有様です」


 苦笑いを浮かべて、なんとも決まりの悪い顔で、アリベルトが答えてくれた。


「……そうか、なんか悪かったな、変なこと聞いちまって」


「いえいえお気になさらずに、それよりもサティアさん、準備が整ったようですよ」


 言いながら、アリベルトは祭壇右奥の扉に視線を転じた。俺もつられて目を向けると、そこにはいつの間にか人が立っていて、ジェスチャーで彼を呼んでいる。


「さあそれでは行きましょうか、サティアさん。私に付いてきてください」


 俺は言われるがまま、アリベルトのあとに続いて、教会の奥へと入っていった。

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