ゴブリン討伐休憩中②
「ロマーナ姫って、透きとおるような青髪をアップにした、あの人ですか?」
「ああそうだ。髪には蝶を模した金の髪飾りをつけていた」
ただし出会った時は、髪はおろしていたが。
「綺麗とかわいいは両立できることを証明しやがった、あのいけ好かない女で、間違いないようですね」
「あ、えぇっ? そりゃあ綺麗な人ではあったけど……」
ロマーナ姫に、なにか恨みでもあるのだろうか?
「要人を殺しに行ったんですもんね。どうやってぶっ殺したんですか? 縦にかち割ったんですか、それとも横にさばいたんですか?」
「……いや、殺してない」
「ああなるほど。美味しいとこだけ食べてから、奴隷商に払い下げたんですね。見事です鬼畜野郎。やればできるじゃないですか、見直しましたよ」
それは褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだろうか?
「いくつか質問したいんだが、ロマーナ姫のことを、なんで知ってんだ?」
「なんでって、両国関係が悪化する前は、年に数回はテンプ王国に訪問してましたよ。むしろ貴族なのになんで知らないんですか」
「悪かったな、俺は社交界に出たことがない。15歳になったら王都で社交界デビューを果たすんだが、その時には戦地にいたし、領地内での茶会や夜会などにも出たことも無いんだよ」
「ペルガメント家って領地持ちでしたね。てことは領地経営の勉強に励んでいたんですね。さすがは侯爵家です。それでお貴族様の日常って、なにしてるんですか? ちょっとだけ興味があるかもです」
そんなに瞳を輝かせて、俺を見ないでくれ。話せばきっと幻滅する。
「5歳の時から剣や槍の握りかたを教わり、弓の扱いも習得した。それと馬の乗り方もマスターさせられたし、それだけじゃなく馬車の操り方も練習させられた」
「はあ?」
「ま、まだあるぞ! 野草の見分けかたも学んだし、方位磁石がなくても方角を調べる方法も知ってるし、身近な道具で調理したり、水を確保したりとか、獣の解体の仕方もだし、現時点で確認されている、魔物の弱点や急所も叩き込まれた……ぞ」
そんな目で俺を見るなよ。
「それはサバイバル術って言うんですよ。そんなの冒険者と変わらないじゃないですかっ! もっとこう貴族らしいことは、学ばなかったんですか?」
「たとえば?」
「えっと、税金の搾り取り方とか、違法すれすれの脱税方法とか、世渡り上手な交渉術で老後も安泰生活など、貴族の生活8ヶ条ですよ」
「ふざけんな。うちをなんだと思ってるっ!」
「侯爵家のくせして賊なんかに襲われて、当主を失った間抜けな貴族と思ってますけど、なにか?」
いや、ほんっとすんません。正直ちょびっと忘れてました。
「これじゃあ玉の輿も狙えない、不良物件もいいとこですね」
俺は追放された身だって言っただろ。この馬鹿女はなにを考えてる。
「ほっとけ! 他家ではどうだか知らんが、うちでは実務的なことは弟が勉強させられていたんだよ。俺は、その……外まわり的なことを、受け持っていたんだ」
「まさに絵に描いたような、テンプレ幼少期ですね。それだと家族だけじゃなく、使用人からも冷遇されてたんじゃないですか?」
「ばっ馬鹿を言うな。弟とは仲は良かった。使用人からも社交辞令的な挨拶だって返ってきてたし、俺が質問すれば、機械的に答えてくれていたぞ」
自分で言ってて、長年の疑問が解決できた気がする。
「可哀想なので、深く追及するのはやめときますが、弟さんとは仲は良かったんですね」
「まあな、弟が5歳の時に母上を亡くしていてな、それ以来、俺達は支え合って生きてきた。弟もクソ親父のせいで心に傷があるんだよ。だから……いやなんでもない」
あやうく話すところだった。さすがに親父を手に掛けたことは言えない。
「……そうですか。それで、ロマーナ姫と出会って、どうなったんですか? なにもしてないってことは、返り討ちですか?」
ちょっくちょっく冷やかしてくる女だな。
「友好国であるアンチ王国へと逃した。というよりもアンチ王国の国境付近まで護衛した」
「へ? なんでそうなるんですか」
「怯えて、泣いている女を斬ることなど、出来なかった。ましてや捕虜として突き出すような真似もな」
「そこは初志貫徹しましょうよ。この世から綺麗な人がいなくなれば、私達みたいな日陰者も、表に出れるチャンスが増えるんですから」
ロマーナ姫に対しての恨みって、それか?
「そうか? ピアも可愛らしく見えるけどな。それなりにモテるだろ」
「私をおだてても、あめ玉しかでてきませんよ──はい」
俺はあめ玉を受け取って、口の中に放り込んだ。ピアもあめ玉を口に入れている。
なんだこの流れは?
「だとしてもですよ。その展開はありえなくないですか? 惚れたんですか? 惚れて寝返ったんですか」
ピアは口の中でコロコロと、あめ玉を転がしては話してくるので、聞き取りづらい。
「……ある意味、そうかも知れないな」
「えっ⁉」
冗談で言ったつもりだったが、どうやら驚かせることに成功したようだ。
「ロマーナ姫の泣き顔を見て、衝撃を受けた。俺はいったい何をしてしまったんだってな」
「不法侵入でしょ」
ぐっと親指を立てて、笑顔で茶々を入れてくるピアに、俺もにこやかに返してやる。
そして笑顔のまま、ピアの親指を握りしめて、ぐりっと後ろへと曲げてやってから、俺は話を続けた。
「護衛の女騎士から、遠慮のない殺気が放たれていたのは言うまでもないことだが、驚いたのは姫を護るように取り囲んでいる、侍女達だ。彼女達からも、むきだしの闘志が激っていて、俺はその光景を目の当たりにした時に感銘を受けた。また同時に、俺は取り返しのつかない過ちを犯してしまったんだと、後悔を覚えたよ」
「そうですか? 侍女が主人を守るのは普通と思いますけど、サティアさんも理由はなんであれ、戦時下では仕方ないんじゃないですか。なにを思ったか知りませんけど、あまり思い悩まないほうがいいですよ」
親指を擦りながら、ピアが慰めてくれる。いつもこうだと可愛げがあるんだが。
「そう思うだろ? ところがどっこいそうでもないんだ。主人に人徳がない場合、使用人達はまっ先に逃げていくぞ。俺は何度も目撃してきた」
「う〜ん。世の中は広いですから、まともな人もいるとは思いますけど」
ピアの言うとおり、まともな貴族もいた。ただそれは主人と一緒に命乞いをするか、よくて何かしらの交渉を持ちかける家令ぐらいなもんだった。姫の侍女のように、命を懸けてまで守り抜こうとする者がいなかったってだけだ。それは各都市の衛兵にも言えたことだった。
──それにだ!
「俺の後ろで、ぐるぐると火球を回して、まだ? まだ? と、せがんでくる魔女がいるのにだぞ」
「うっ。それはビビりますね」
「それでも皿やらお盆やら花瓶やら、侍女達は手近な物を手に取って、応戦する構えを崩さなかった」
「そこからどうやって護衛する話に繋がるんですか?」
「そりゃあ戦闘にはなったさ。護衛騎士のフレイヤっつーんだけどよ。そいつが斬り込んできてな、どんなに交戦の意志が無いことを伝えても、応じてはくれなくてよ」
「いきなり侵入してきた敵に、戦う意志が無いなんて言われても信用されませんよね。後ろの魔女さんは、なにもしなかったんですか?」
「いや、ユリとはそれなりに長いからな、そこは見抜かれてた。はっきりと言われたよ」
『あんた傷つけたくないんでしょ? だったら私に出来ることなんて無いじゃない。しかたないから、ここで威嚇だけはしといてあげる。みゃー!』
「最後のみゃーだけが、疑問なんですけど」
「猫の威嚇の真似だろ。あいつ猫は嫌いなんだけどな」
彼女が好きなのは、タイガーシャークだったりもするが、余計なことは言うまい。
「ただ、どうしても攻撃の手を止めることが出来なくてな。ユリに助言を求めたんだ。そしたら……なんだよ」
ピアが不機嫌そうに、俺を睨んでくる。また不快にさせるようなことでも言ったかな?
「そこまで助けようとする心理が分かりません。ロマーナ姫は王族で、あなたは貴族……だから助けたんですか? もしも相手がなにも持ち合わせていない平民だったら、サティアさんは助けていました? きっと見殺しにしてましたよ」
そんなことで怒っていたのか。
「身分など関係ない。俺達は戦火に飲まれて、行き場を失った人達も助けていた」
「そうなんですか」
「騎士軍は上流階級の人間しか相手にしないからな、だから難民の管理や支援をするためには、傭兵団ってのが必要だったんだよ」
ピアも納得しきれないのか、まだ疑いの目を向けてくる。
「忘れたのか? 俺は偽名を使っていたんだぞ。つまりは平民として戦地にいた。平民と貴族の間に大きな隔たりがあることは、身を持って体験している」
「だとしても、結局は女の泣き顔にほだされたんですもんね。男って最低です」
そこで軽蔑するのも、おかしくないか?
「なあ、ひとつ聞いていいか。戦時中はなにも感じなかったか? 王家になにか意見するとか、もしくは民衆の間で暴動が起きたりとか。そんな大きな事でなくてもいいが、テンプ王国内はどうなっていたんだ?」
「私は冒険者ギルドの職員なので、政治的な発言は許されていませんでした。国内でも騒動になるような事は無かったですよ」
「本音は?」
「勝ち戦だったので、安心して日常を過ごしてました。なんなら大きな都市を落とすたびに特売セールがあって、シャルウィルでもお祭り騒ぎでしたよ。いやー戦争特需は最高でした」
ピアだったら、そんなもんだろうな。
「俺達は、その日常ってやつを壊しちまったんだよ。それをようやくにして、ロマーナ姫の泣き顔を見ることで理解できたんだ。情けない話だがな」
「壊れた日常……たしかに、そうですね。そこまで思い至らなかったです。私もまだまだ甘ちゃんですね」
「分かってくれたか。なんだか嬉しいよ」
なんだかんだとピアは理解してくれるし、情にもあつい。最初に悪態をついたので、彼女なりの照れ隠しだったのかも知れない。
「今では亡国の姫として、調子こいてるんですもんね。想像しただけで、なんだかムカついてきました」
もう、この子ったら。殴っちゃうぞ。
「あっ! 今のはほんの冗談ですよ。私が悪かったです。だから笑顔で拳を固めるのはやめてください。怖いですって」
わたわたと両手を振って、弁明してくるピア。無言の圧力もたまにはいいもんだ。
「あのな。はっきり言っておくが、ロマーナ姫は、ピアが考えてるような人物ではないぞ。侍女だけじゃない、民衆からも広く慕われ、愛されていた」
「ふ~ん、そうですか。でもそういう話はよく聞きますけど、中流下位層の私達からしたら、信憑性に欠けるんですよ。なにせこの国の王子も大概ですしね、それに私、そういうゴシップ情報は信じてませんし」
少しは信じてくれよ。俺が見聞きしたことだから。
「それで魔女さんは、なんて言ったんですか?」
ころころと話題を変えるやつだな。落ち込む暇もありゃしない。
「ああ、あいつが言ったのは」
『抱きしめちゃえ』
「どうしてそうなるんですかっ」
いい答えだ。俺も同じことを言った。
「ユリが言うには、こんなときはインパクトが大事だそうだ。迷子の人喰いザメも、ショックをあたえれば大人しくなると、それと一緒なんだとさ」
「微妙に言葉のニュアンスが違うような気がしますが。それで抱きついたんですか?」
その言い方にも、悪意を感じるがな。
「かなり迷ったが、俺では説得できなかったし、そもそも有効な手段も思いつかなかった。それにユリだって女だ。もしかしたらと思ってよ」
信じられないものを見るような目で、ピアは俺を凝視している。あの魔女とは違うということだな。
「だからよ。俺も意を決して、斬撃とともにフレイヤを抱きとめた。そしたらどうなったと思う?」
「ぶん殴られた」
事もなげにピアが答えてきた。
「惜しい! 半分正解だ」
「半分なんですか? 殴られる以外に、何されたんです」
もしもあの時の同行者がピアだったら、心の傷だけは浅かったかも知れないな。
『なにマジで抱きついてんだっ!』
「ユリにそう怒鳴られながら、げしげしと蹴られまくった。急所はずらしたとはいえ、俺は斬られているのにだぞ」
「どっちもどっちですね。女の子に抱きついたらどうなるか、簡単に想像つくと思いますけど」
あれ、結構辛辣なんだな。お前もあの魔女と一緒で理不尽なのな。
「俺は魔女のアドバイスに従っただけだ! それなのに変態と罵倒しながら踏みつけるんだぞ。フレイヤも蹴りつけてくるし、魔女とふたり、妙な一体感でもって責め立てられたわ」
「ほんっと、あきれた。聞くんじゃなかったですよ。それで? ロマーナ姫はどうなったんですか」
どうなったか……。
あの時のロマーナ姫の顔が、鮮明に浮かび上がってくる。
「笑った」
俺の一言に、ピアは丸くした目を、ぱちぱちと瞬かせた。
「笑ったんだ。俺達のばか騒ぎを見て、そりゃあもう大きな声で笑ってくれた。それだけで、その場の雰囲気が和んだよ」
俺は痛みと羞恥心で、死にたいと思っていたがな。
「その後は色々と問題もあったが、それでも姫は俺達の話を承諾してくれて、ロマーナ姫と侍女達、それと護衛騎士のフレイヤと共に、ヘイト王国を脱出したんだ」
「ロマーナ姫のお父さん。国王や王妃はどうされたんです? 連れて行かなかったんですか」
「後始末があるからと、国に残ると言っていた」
「……なんだか、すみません」
さすがに今の質問はまずかったと思ったのか、うつむいてしまった。
「俺も教えてもらいたいんだが、いくら新人の評価をするためとはいえ、ただの職員が、危険な場所まで同行する必要ってあるのか? 信頼のおける冒険者に、依頼でも出せば済む話だろ」
話題をそらすため、今度はピアのことを聞いてみた。
「ああ、それはですね」
隠すことでもないのだろう。ピアは気にすることもなく、話してくれた。




