ゴブリン討伐。後編③
「グギャギャギャギャッ」
前方から3匹、右から2匹、迫ってきている。距離が短いのは正面だが、右からくる奴らのほうが速度が速い。
フェイントのつもりか、それとも偶然か、なんであれ、どうとでも対処できるので、俺は視線を左へと移した。
左側には剣を片手に、まるで逃げ道をつくっているかのように距離を開けて、待ち構えているゴブリンが2匹いる。そして俺の後ろからは、棍棒を持ったゴブリンが1匹、こっそりと忍び寄ってきていたりもする。
「ざっと残り20匹。かまいたちで殺しすぎちまったか、もう少し手加減すればよかったかもな」
残りのゴブリンは、遠巻きに俺を囲んで、出方を伺っている。
「はあっ! とぅおぁ! ひぃやぁ!」
「そう言えば、ピアが3匹受け持っていたっけ」
ピアがあまりにもうるさかったので、槍を持った奴を1匹、ナイフを投げつけて始末してやった。
なので今は3匹と交戦中なのだが、どんな戦い方をしているかは、見ないようにしてあげている。
もっとも観戦したところで、なんの糧にもならんしな。
「オッゲェエッ、エッ、ヴエェェェェ」
おっと、右足で背中を踏んづけている、ゴブリンを忘れていた。顔面が赤紫色に染まっているので、そろそろ窒息死するかもしれない。
このまま踏み潰すか、剣で刺し殺すか──はたまた殺してしまうよりも、もっと別の使い道があるかもしれないと、悩んでいたんだっけ。
「どうすっかな……使い道なんてねーか」
「ヴィィィィィィィッ」
右足で片足立ちをして、全体重をゴブリンへと押しつけた。
ゴブリンの背中の上で、ぐりっと半回転して、後ろを向く。その時に、ボキボキと骨が折れる音が聞こえてきたが、気にはしない。
「よう」
「──ゲゲッ」
俺の真後ろまで、そっと近づいてきていたゴブリンと、目が合う。
そいつはちょうど、棍棒を振り上げたところだった。
そして、その姿勢のまま固まっている。
「そこまできたんだったら、最後まで振り下ろさんかいっ! このヘタレがあ」
俺は無駄に回し蹴りなどをして、棍棒を振り上げたままのゴブリンを、蹴り飛ばした。
その際に、足もとから間延びした悲鳴が聞こえてきたりもしたが、その声もすぐに途絶えた。残念だが逝去してしまったのだろう。
「ギッギッギッ」
声がしたほうを振り向くと、最初に走り込んできていた5匹が、目前にまで迫ってきている。周りにいるゴブリン共も、包囲網を縮めるように、一斉に攻め寄ってきた。
「なんつーか期待どおりの単純明快さだな。それがゴブリンか」
正面からの3匹よりも、右側の2匹のほうが10秒ほど速い。
とりあえず足もとの邪魔なものを砂を蹴るように、後ろへと弾く。
「呆けた状態でも戦えるってのは、戦いとは呼ばんよな。戦闘ってのは──」
「ギャア、ギャア、ギイヤァァァ!」
「ほわぁ、ちゅおわ、へぇやぁ!」
「…………」
俺はゴブリンでも対応できる速度で、正面の3匹へと接近した。
案のじょう、ゴブリン共は3匹同時に跳び上がり、棍棒を振り下ろしてくる。
その間に、右側のゴブリンは迂回して、俺の真後ろへと、位置取りを変えてきた。
「おらぁ! いっぺんに襲ってきても、まとめて斬り捨てられるだけなんだよ。よく覚えとけっ!」
斬り裂くと同時に横へと吹き飛ばすため、入射角を微妙に変えながら、ゴブリンの腹部めがけて、強引に剣を振り抜いた。
「シッ、シャア、キシィヤァ」
「ひえぇぇ、ほえぇぇ、ほわっちゃあ!」
空中での姿勢制御など、こいつたちにはできるはずもなく、俺の斬撃があっさりとゴブリンの腹部を切り裂いて、臓物を撒き散らしながら、3匹とも仲よく場外へと、すっ飛んでいく。
「ギィィィィィィィィ」
間髪入れずに背後から叫び声が聞こえる。
後回しにした奴のうち1匹は、爪を立てて飛び込んできた。
もう1匹は棍棒を片手に、かがみ込むほど姿勢を低く保ちながら、突撃してくる。
「遅いわっ!」
「ィィィィィィィィ──ップッべ」
振り向きざまに、飛びかかってきた奴の首を刎ね飛ばす。
「シャア、ギャア、ギッヒィィィ」
「あんっ、どぅっ、ひょえぇぇぇっ!」
「邪魔だっ!」
そして俺のひざを狙って、棍棒をフルスイングしてきた奴には、靴底をお見舞いしてやった。
「プッギョッ」
ゴブリンとは体格差があるので、斬りつけるよりも、蹴りをいれるほうが楽だったりもする。
「ゲッハァァァァ!」
「ひいっ、ひいっ、ふうぅぅぅぅぅ!」
「ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ」
残りのゴブリン共が、耳障りな鳴き声を唱和させて、全方位から押し寄せてくる。
「緊迫感なんて、かけらもないが──」
俺は周囲を見渡した。
狂ったように絶叫して、立ち向かってくるゴブリン共を見ていると、ちょっとした高揚感は与えてくれる。
「嫌いじゃないぜ、この雰囲気」
つい先月までは、戦いの中に身を置いていた。それがもう随分と昔のように感じちまう。
それになによりも、対人戦でないところがいい。やはり魔物や魔獣のほうが、気兼ねなく剣を振るえる。
「そりゃあ対人戦のほうが、緊張感が生まれるのは、確かなんだが……」
いつしか俺は、相手の向こう側まで見るようになってしまい、剣筋が鈍るようになっていた。
もっとも相手が人間だった場合でも、置かれた状況によっては、容赦なく斬りつけるが。
「戦争に虚しさを覚えて、戦うことに嫌気がさしていたと思っていたが、戦い自体は好きなんだろうな」
迫りくる敵を前にして、自分の本性と向き合ったような気がした。
「ギィィィス」
剣を持った奴らが、斬りかかってくる。
俺は好きな物は最後に食べるタイプなので、そいつは無視して、手近な素手のゴブリンへと、一足飛びで詰め寄った。
「ギョッへ?!」
「まぬけがっ」
声も動作もぼさっとしたゴブリンを、突き殺す。
「ギスッ、ギャス、ガア!」
「よっ、ほっ、はあぁぁ!」
「ガアアアッ!」
両サイドから、棍棒を振り上げたゴブリンが突進してくる。
俺は左側のゴブリンへと向きなおり、振り上げた両腕もろとも、そいつの首を刎ね飛ばした。
悲鳴を上げることもなく、血飛沫とともに、地面へと崩れる。
「ガアァァギャアァァ!」
魔力風の流れからして、もう1匹のゴブリンは俺の背後へと詰め寄り、棍棒を振り下ろそうとしていた。
横薙ぎに振り抜いた剣を、くるりと手の内側で逆手に持ち替え、身体を半身ほどよじって、後ろへと突き出す。
「ギョッペェ」
狙い違わず、切先がゴブリンの胸を貫いた。即座に身体を反転させて、剣をえぐるように引き抜く。
手から抜け落ちた棍棒が、カランっと音を立てて地面に転がり、ゴブリンはゆっくりとした動作で、後ろへと倒れた。
「ギイャアッハァァァ」
「ひいぃぃやあぁぁ、あたるうぅぅぅ、かすったっ!」
「そろそろか」
斬るたびに引っかかりが強くなる。強引な使い方をしたせいもあり、思ったよりも早く寿命がきてしまった。
「変なタイミングで折れても困るし、ここいらで折っちまうか」
「シャアァァァァァァ!」
ふたたび剣を持った奴らが襲ってきた。
ピアの息も上がってきていることだし、あとでゆっくり楽しむなんて考えは捨てて、もう始末しておこう。
一応は敵の動向を観察しておいた。
2匹は剣の柄を両手で握り、似たような構えをして、こちらに走り込んできている。大振りできるだけの距離はあけているので、その程度の知能はあるようだ。
手にしている武器は、剣としては小ぶりなのだが、奴らの基準でいったら大剣になるのだろう。だからかゴブリンの挙動は、あきらかに不安定だった。
「短剣にしとけばいいものを、欲張りすぎなんだよ」
俺は地面を強く蹴り上げ、奴らでは反応できない速度で、一気に駆け抜けた。
「はあっ」
まずは通り抜けざまに、左側にいるゴブリンの腹部を薙ぎ払う。
──ドッチュリ。
俺が剣を撫でつける瞬間まで気づかなかったようで、斬り裂かれてからようやく、絶望的な表情へと変わっていった。
「ゲエェェェェッ」
両断するつもりで振り切ったのだが、胴体を半分ほど引きちぎる程度にとどまった。
それでも致命傷にはかわりない。ゴブリンはしばらくもがき苦しんだあと、絶息した。
「いけると思ったんだが、無理だったか。俺も鈍ったな」
刀身をへし折るつもりで、力まかせに両断しにかかったが、どちらも叶わなかった。どうやら剣の損傷具合を、見誤っていたようだ。
だが刀身は欠けて、刃のなかば辺りには、修復し難いほどの亀裂が生じている。
「さてと」
俺は敵から数メートル離れたところで立ち止まり、くるりと振り返った。
もう1匹のゴブリンは、剣を構えたまま、地面に飛び散った仲間を呆然と見ている。
「おい、どうした? お前も曲がりなりにも剣士なら、斬りかかってこいよ」
「グギギ」
ゴブリンは俺を睨みつけるも、表情は苦悶に満ちている。しかしこの状況下でも逃げなかったのは、称賛してやってもいいかもしれない、そのつもりで引導を渡してやろう。
「ヒッヤッハー」
「ひぃっやっふうぅぅぅ」
俺は対峙しているゴブリンへと、にじり寄っていった。奴は恐れをなしたのか、俺が歩を進めるたび、じりじりと後退していく。
──と、その時。
「ギャアッ!」
横からゴブリンが飛び込んでくる。
「おっ。ちょうどいい、頭かりるぞ」
襲ってきたゴブリンの頭頂部めがけて、剣の腹を叩きつけた。
──ゴガキンッ!
「プッベェ」
剣は半ばほどで折れて、折れた先は宙を舞い、金属音特有のかん高い音を響かせて、どこかへ転がっていった。
襲ってきた奴は、頭蓋骨が陥没して、大の字に倒れ伏し、ピクピクと痙攣している。
「ケッケッケッ。オレタ、オレタ」
「なんだ、それぐらいなら喋れるのか」
相対しているゴブリンが、喜びに満ちた笑いを浮かべている。すぐに勝てる気になるところが、なんとも調子のいい魔物だな。
今はこんな奴を称賛してしまった、自分を叱ってやりたい気分だ。
「ギャアッハァァァッ!」
剣を大きく上段に構えて、突っ込んでくるもんだから、顔面が隙だらけになっている。まるで突いてくださいと言っているようだったので、死なない程度に刺突してやった。
「ギョッヘェェェ」
折れてギザギザになった部分が、顔面にめり込んだ。それがさぞかし痛かったのだろう、顔を押さえて、のたうち回っている。
「だあぁぁぁとけっ」
短剣のように短くなった刀身を、胴体めがけて叩きつけ、沈黙させてやった。
「あとはお前たちだけだな」
残り少なくなったゴブリン共を睨めあげ、言葉を投げつけた。返事をするかのように、ごくりと生唾を飲む音が聞こえてくる。
こいつ達から感じられる、ぴりっとした緊張感。この先も、まともな戦闘は期待できそうにないが、初めての仕事で、この引き締まった空気を吸えるとは思わなかった。
なんだかんだと、ここに来てよかったのかもしれない。
「ギイィィィィ、シャアァァァァァッ」
「うおりやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「オオー、スゲー」
「ヨケター」
後ろから、ピアの気合の入った雄叫びが響いた。どうやら彼女の必殺技が炸裂したようだ。
残念なことに、俺は見逃してしまったが。
「なあピア。さっきからずっと台無しなんだよ。いいか? この局面で雰囲気まで取ったら、何が残ると思う……」
今まで聞こえないふりをして、締め出していたが、俺の忍耐力もここで限界をむかえた。いやいやながら彼女に視線を向ける。
──ピアは、ぴょんぴょん、ゴロゴロ、ぐるぐる、多彩な動きで敵の攻撃を躱していた。
「おおー。意外と回避率……いや回避力か? は高いんだな。それだったらあと30分は舞っていられるよな」
「う、うるさいですよ。今は忙しいんです。それよりも余裕ができたんなら、助けてくださいよ」
「さっき、ひぃっやっふうぅぅぅ。って楽しんでなかったか?」
「どんな思考回路してるんですか⁉ いい加減にしないと、怒りますよ!」
ちょくちょく怒ってたような気もするが、まあいいだろう。
「だいたいどこかの誰かが、投げたナイフを回収しないもんだから、無手だったゴブリンが、ゴブリンギャングへとクラスチェンジしたんですよ! ですから、この私のピンチは誰かさんが作ったも同然です。ですのでどこの誰とは言いませんが、早く責任を取るべきだと思いませんか?」
わざわざ匿名にしてくれて、ありがとよ。
「わかった、わかった。ちょっと待て」
ピアの周辺にありったけの魔素を集めてやる。
「なんでもいいから魔法を放て。今なら素早く撃てる」
「何いってんですか! こんな状況で──ひぃや。使えないですよ」
「大丈夫だ。俺がアシストしてやる」
魔法の構成を崩すだけじゃなく、逆に手助けすることもできる。俺にとって魔法など、積み木を組み上げるようなものだ。
俺は魔法が使えないので、完成させることはできないが、それでも魔素を媒介にして、相手の魔法に干渉することができてしまう。
極端なことを言えば、ピアは最後の1ピースをはめるだけで、魔法を発動することができる。
「アシストって、そんなことできるわけないじゃないですかっ」
「いいから集中しろ。そうすれば分かるはずだ」
「えっーと……なんかできるような気がしました!」
「だろ?」
ピアが瞳を輝かせて言ってきた。
彼女が編み上げたのはエアバーストだった。自分を中心に、圧縮した空気を衝撃波として叩きつける中級魔法。
だが逃げに徹するため、すぐに構成を破棄した。
必死に避けながら、ピアは徐々に距離を取り始める。
俺も喋りながら、襲ってくるゴブリンを適当に叩き伏せていく。
「いきますっ! 私のとっておき」
ほどよく距離を取ったところで、ピアが叫んだ。
「おう! やってみろ」
しかしなにを血迷ったのか、ピアは首にぶら下がっている転移石を握りしめた。魔力の収束のしかたも、魔法の発動の為の、それではない。
まさか、おまえ!
「それでは──」
転移石に魔力が収束していくのが、はっきりと見えた。
「させるかあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は叫ぶと同時に、ピアの魔力が収束するよりも速く、転移石に干渉して、その石の核を圧潰した。
「ひと足お先に、アディオス。サティアさん──あれ? 砕けちゃいましたよ」
本来マジックアイテムを破壊するには、段階を踏むのだが、今回は力尽くで破壊した。そのせいか身体に強い負荷がかかってしまい、少し頭が痛い。
「いま妨害しませんでした?」
「そんな事はしていないぞ」
「でも、させるかあぁぁぁって、叫んでましたよね?」
なんとも耳ざとい女だな。
あんなにも切羽詰まった状態だったのに、周囲の状況を聞き分けていようとは思ってもみなかった。
なにか無いか、もっともらしい言い訳──もとい、説得力のある言葉は。
──そうだ!
「なに言ってる。こういう時こそ、レベルアップのチャンスだぞ。邪魔するわけないだろう」
「うるさいっ。黙れ!」




