ゴブリン討伐。中編②
「このクレーター。どうしましょうかね〜」
遺跡中央にできたクレーターを覗き込み、どこか気楽な様子で、ピアが聞いてくる。さっきまでの陰鬱な気持ちなど、カケラも残っていない。
俺が何も言い返さないのを好機とみたのか、彼女はさらに続けてきた。
「もしかして瓦礫を埋めるために作ったんですか? それでしたら手掘りしてほしかったですね」
はっと、嘲るようにピアは笑い、俺を見て肩をすくめた。
「ゴブリンがしたことにすれば、いいんじゃないか?」
思いつきで言ってみたが、ピアの心には響かなかったようだ。眉をひそめ、くっきりと眉間にしわが刻まれた。
「いくらゴブリンでも、自分達の寝床を破壊したりはしませんよ、もう少しマシな言い訳はできないんですかね。知能指数は、わんこ以下っと」
深いため息をついて、かぶりを振ると、ピアはノートにメモを取った。
まともなことか……いいだろう、言ってやろう。
俺はよく聞こえるように、声を張り上げて言ってやった。
「ここまでの道中で、ゴブリンに襲われた回数は?」
俺の問いかけに、ぴたりと動きを止めて、ピアは固まった。
「……83回です」
彼女はそっぽを向いて、ぼそりと言うと、ノートをカバンに押し込んだ。
まあ答えるだけ偉いか、余計な言及はしないで、次の質問にうつる。
「それで、助けてもらった回数は?」
「…………」
完全に背を向けて、ピアは聞こえないふりをした。
「分かった、聞き方を変えよう。自分で撃退したゴブリンの数は、なん匹だった?」
観念したのか、ピアはくるりと振り返ると、答えてきた。目は合わせてこなかったが。
「0かな……」
「あ~あ。命の恩人に対して、犬以下の知能としか言えないなんて、なんだか泣けてくるな。せめて犬なみ程度には、恩を忘れないでいて欲しいよ」
やれやれと大げさに肩をすくめて、天を仰いだ。すぐに視線をおろし、彼女の丸い帽子を見つめて、続ける。
「ちなみにだが俺は、背後から突風に襲われて、23回コケたぞ」
「仕方ないじゃないですか。私はギルド職員なんですよ、しかも可憐でか弱い受付嬢なんですから、つまりは非戦闘員です!」
「ほ〜ん」
「そ、そりゃあ職員のなかにも、前にぐいぐい出ていく戦闘狂な人もいますが、私はどちらかと言うと、後ろで守られている、お姫様タイプなんです。ですから戦闘能力は限りなく低いんです」
「へぇ~」
その割には魔法の威力は、そこそこあったと思ったが。まあ、当たらなければ意味はないが。
「だいたい私の射線上に、突っ立ってるのが悪いんですっ! そりゃあ当たりますよ」
「それはお前を守るために、前にでてたんだろうが! それに風魔法を使うんだったら、横から射抜くとか、足元に発生させて上空へと飛ばすとか、その逆で押し付けたりとか、工夫次第でいろいろとできると思うんだがな」
「そんなの……思いつきもしませんでした。だって私の流儀は──気にするな誤射した味方は武器となる──なものですから、ていうかそもそも突風系魔法は、まっすぐにしかぶっ放せませんし」
「ああ、頭が痛い」
「また頭痛ですか? 頭痛もちも大変ですね」
両腕を頭の後ろに回して、お気楽に言ってくるピアに、一言だけいってやろうと思ったが、ちょうどこちらに駆けてくる足音が聞こえてきて、やめた。
「異議ありっ!」
もういい加減、聞き慣れた声。少し前に突風にあおられて、星になった男の声。その男が、ほとんど叫びにも近い声をあげて、滑り込んできた。
「戦闘能力がないなど、騙されてはいけません。私の惨状を確認してから、判決をくだすべきです」
アリベルトはぴんっと姿勢よく直立したまま、自分を指さして、判断を求めてきた。
俺は一瞥だけして、きっぱりと無視をする。
「非戦闘員だろうと、戦闘能力がなかろうと、そんなもんはどうでもいいっ! 俺が言いたいのは、狙っていいのは敵だけだってことだ。だいたいお前は戦闘には参加しないって、言ってただろうが」
「そうですよ。その私が支援したんですよ? ギルドの規定を破ってまで助けた、私の努力を評価してもらいたいものですね」
「努力ってのは、結果がともなって、初めて評価されるんじゃないか?」
俺が半眼で告げると、いきなりアリベルトの顔が、視界いっぱいに映り込む。
俺に顔を近づけて、にっこりと笑って言ってきた。
「私の受けた被害も、訴えてはくれませんかね」
そしてアリベルトがずいっと、俺達の間に割って入る。しかたがないので観察してやった。上から下まで、視線をなぞる。
アリベルトの髪はぼさぼさになっていて、服も擦り切れ汚れていた。被害のわりには、かすり傷ひとつ負っていないのは、不思議ではあったが、たぶん治癒魔法か、回復ポーションでも使ったのだろう。
「見苦しいから、はやく身なりを整えろ」
感慨もない、もちろん感想も。とりあえず手を振り、追い払う。
「いいものを何発かもらった私にかける言葉は、それだけですか? なんとも寂しいですね。ピアさんはなにか言い訳はありますか?」
アリベルトは身なりを整えながら、ピアへと問いかけた。
「……お姫様の援護射撃は当たらないか、命中しても効果がなかったりが相場ですので、これでいいんじゃないですか? ……そう味方に被害がでる、これもテンプレですよ」
ピアはいい加減な返答であしらった。
「ぐぬぬぬっ。ふだん戯言しか言わないピアさんが、ここにきて正しいテンプレを持ちだすとは、さすがは追放受付嬢の名を、欲しいままにしていただけはありますね」
「私のことを、そんな目で見ていたんですね。そこはかとなくムカつくので、殴っていいですか?」
ピアさんからはすでにいいものをもらっていますから、結構です。そう言ってアリベルトは首を振り、固辞をした。そして続ける。
「ピアさんの発言は的を得ています、神官として、否定することはできません。お姫様のくだり以外は、すべて認めることにします。ですので早速、巨石の内部へと入りましょう」
なんだかんだと、こいつも雑に話をたたんだ。
納得のいかない顔をしている、ピアは放っといて、あらためて巨石に視線を戻した。
遠くから見たとおり、三角柱の形をした建造物は巨大な岩だった。巨石をくり抜いて作られていて、その様相は神殿のような趣がある。ただ細かい装飾などはなく、出入り口や窓と思われる穴が設えてあるだけだった。もちろん扉や窓ガラスなどはない。
(魔素が流れ込んでいる……)
そして、開かれた入口が呼吸するように、周囲の魔素を吸い込んでいる。吸い込んだ魔素を使って、結界のようなものを展開していた。
「あれがなんなのか、分かるか?」
遺跡を囲むように点在している、人の顔を彫り込んだ石柱を指さして、アリベルトに聞いてみた。
「なにかしらの領域を創りだすための、石像のようですね。どういった効果があるかは、分かりませんが」
アリベルトがさらっと答えてくれた。こういった場面では、やはり神官であるのだと認識させられる。それ以外では迷惑でしかないが。
「効果って、魔法無効化じゃないのか? あの花火は魔法を封入した魔石を使ってるんだろ」
「それは副次的なものでしょうね。そもそも領域内に踏み入らないと、影響は受けませんので」
「どんな性質の領域か、検討はつくか?」
「外部からの魔法に耐えたとなると、神殿内部では、魔法が使用できなくなるか、もしくは極端に発動しにくくなるか……」
そこまで言うと言葉をきり、アリベルトは深く考え込んだ。少しの間をおくと、何かしらの結論がでたのか、顔をあげて答えてきた。
「厄介なのは精神支配系の領域ですね。ですが支配や干渉といった領域を生みだすには、高度な技術が必要になりますので、やはり魔法阻害領域が妥当でしょうね」
俺は石像を使った領域など、見たことはなかったので、アリベルトの見解を聞いてみて納得した。
すると横から、納得できていない、というよりも、いまいち理解できないといった声で、ピアが質問をした。
「あのー、結界と領域の違いって、なんですか?」
魔法が使えても、馴染みがなければ違いがわからないのだろう。無理もないか、日常生活で必要に迫られることはないからな。
「結界とは生物が自己の魔力を消費して、張るものです。そのため結界の強度も規模も、おのずとその者のもつ魔力量と技量で変わります。もちろん維持できる時間もです」
ふんふん、とピアはうなずいている。ここまでは理解できてるようだ。
「いっぽう領域とは、魔法陣や魔術文字、それと魔道具などをもちいて発動します。その効果は様々なものがありますが、厄介なのは結界よりも範囲は狭いですが、絶対的な効力を発揮するところです。なによりも効力は破壊されなければ、半永久的に続きます。そのぶん術式は複雑になりますが」
「ちなみにだが、結界は物理や魔法を防ぐためのものと、相手の侵攻を防ぐためのものがある。ようは防御特化だな。対して領域はそのエリアに侵入した者にしか作用しない、トラップだと思えばいい」
大雑把だが補足をいれておいた。
「サティアさんは知っていたんですね。それはつまり経験したことがあると思っても、差し支えはないですか」
アリベルトは驚いた様子で聞いてきた。
「ああ、いやっちゅうほどな」
だけど俺にはまったく脅威にはならなかったが、と胸中で付け足しといた。
「そうですか……それで話は戻しますが、領域も発動のきっかけとして、ほんの少し魔力を流す必要がありますが、発動させてしまえば、先ほどもお話ししましたが、効果は永続的に発生します」
アリベルトの説明に、ピアが首を傾げた。
「でもおかしくないですか? ここは古代遺跡ですよ。古代人は魔法が使えなかったって聞きましたけど」
「実際にはどうだか分かりませんが、伝承ではそうなっていますね。魔法陣も魔術文字も、我々人類が編みだした技法であり、古代人にはない技術です」
そこで言葉をきり、アリベルトは石柱を指し示して、あとを続けた。
「古代人は魔法ではなく、精霊術と呼ばれる儀式をおこない、我々でいうところの、領域を創りだしていたそうです。しかしその方法も、彼らの絶滅とともに失伝してしまいました。しかし彼らがいなくなった今でもなお、効力だけがねちっこく残っているわけです」
「ねちっこいって、お前それは馬鹿にしすぎじゃねーか?」
「そんなことはございません。魔法陣や魔術文字などを体系化した我々ですら、彼らの儀式を体現するのは不可能なのです。彼らは雨乞いをするような感覚で、領域を創りだしているのですよ、そしてそれは両方の特性を併せ持っています。我々にはない知識をゆうしている古代人にたいして、私は畏敬の念をもっております」
「雨乞いって、それは偏見のような気もしますが……」
「教会に属する者として、言わせてもらいますが、あんな人面岩をおっ建てておこなう儀式など、雨乞いと変わりませんよ」
裸同然で変態踊りをする宗教も、似たようなもんだとは思ったが、心のなかにしまっておいた。
「ならあれを破壊したら、領域は消せるんだよな?」
「効力は弱まると思いますが、あの石像は境界線のようなものですから、大元を破壊しないと駄目でしょうね」
大元となると、最上部にある尖塔だろう。そこに魔素が集まっているので、間違いない。
「ためしにひとつ破壊してみないか?」
領域を消滅させれなくとも、内部を探索する前に弱めていたほうが、ふたりにとっては安全だろう。
「また破壊するんですか? 遺構は保存すべきですよ。あなた方に言っても、理解できないでしょうが」
「魔法は無力化されるので、物理的に破壊するしかありません。石材に刃を打ちつけては、刃こぼれしてしまいますので、私は反対です」
あっさりと提案を拒否された。
「だけど領域の影響力は、弱めといたほうがいいだろ?」
「ならば、頑丈なピアさんに強化魔法をかけ、さらに頑強にして、投げつけて破壊する、というのはどうでしょう? それでしたら賛成です」
「私が壊れるのでやめて下さい」
ぶっ飛ばされた恨みがあるのだろう、アリベルトは真面目に言ってきた。
「ピア、お前だってついてくるんだろ? だったら少しでもリスクをさげたほうが、いいんじゃないか」
俺の指摘に、ピアは得意気に人差し指をふって、答えてきた。
「私にはこれがありますから」
そう言って、鞄から雫型のペンダントを取りだして、首へとかけた。
「なんだよそれ」
「これは緊急避難用の転移魔法が付与された魔石です。このタイプは使い捨てですが、私ひとり撤退するには問題ありません。最初にも言ったとおり、私が危惧すべき点は不意討ちです、ですのでサティアさん、盾役頑張ってくださいね」
転移魔石を持っていたのか、だからこんなにも余裕だったんだな。納得したのと同時に、はたと気がついた。横でアリベルトが嬉しそうに笑ったのを。
「うーん。それは魔力を流して発動させる、起動型装身具ですね。仮に魔法阻害領域だった場合、魔力制御もしにくくなりますので、不発に終わると思いますよ」
人の不幸は蜜の味──か、嬉しそうに説明しているアリベルトを見て、なんとなくそんな言葉が過ぎった。
「はあぁぁ、人生って世知辛い」
ピアはがっくりと肩を落とし、ひどく落胆した様子で、ため息を吐いた。
「どうするんだ? 壊してみるか」
「石像を壊さずに領域を弱体化させる方法は、ないもんですかね」
「まあ、そうだな。ないこともないが……」
試しに神殿内部に流入している魔素を止められないかと、意識を集中した。
……止まった。もっと抵抗があるかと思ったが、すんなりと止められた。
(しかし流入を止めても、領域は消えないんだな。おおかた貯留した魔素を使い切らないと、消失しないんだろう)
次に神殿内部の魔素を放出できないかと試してみたが、これはできないことも無いが、かなり労力がかかる。
無理もないか、巨大な神殿全体に漠然と意識を向けないといけないので、魔素の操作が難しい。やはり魔素を発散させるには、目標の近くでおこなうか、対象を目視しながらでないと効率が悪い。
(あの石像がため込んでいる魔素は、取り除けるかな?)
俺は手近な石像に意識を向けて、神殿から石像に供給されている、魔素の流れを断ち切った。続いて、石像にため込まれた魔力を取り除く。
(よし、問題なくできる。ひびが入ってきたので、抜き取りはこれぐらいにしておくか、石像が崩れ落ちると、またピアがうるさそうだし)
俺の能力が、古代人の使う精霊術とやらにも対処できるのが分かったので、安堵した。そもそも領域の干渉を受けても、俺は魔法が使えないので、なんの足枷にもならないが。
「ひとまず問題なさそうだ。このまま神殿に入ろう」
「どこが大丈夫なんですか? 私の目には、ただ呆けてたようにしか、見えなかったんですけど」
釈然としない面持ちで、ピアが口をとがらせた。
「ピアさん、察してあげてください。サティアさんは魔法が使えないんですよ」
アリベルトが憐れむような瞳を向けてきた。
「そういえばそうでしたね。魔法も使えない、無能剣士でしたね」
「無職なので、メルフィス教の定義ですと、剣士ですらありませんが」
「お・ま・え・らああああ」
俺は怒りにまかせて、目に映る8体の石像の魔素を全て抜き取った。
魔力を失った石像は、鉄槌に打ち砕かれたように粉々に弾け飛ぶ。
「ええええっ⁉ なんでえぇぇぇ」
ピアの悲鳴が神殿に溶け込むのと同時に、領域は効力を弱めたが、消えることはなかった。
そして石像を失い、均衡を保てなくなったのか、乱気流のように魔素が激しく渦巻きだした。




