ゴブリン討伐。中編①
「こんなもんでいいのか?」
俺は花火──破壊力を有している物騒な物を、花火と称するには疑問が残るが──を発射台へと固定していた。
直接照準で、おおよその向きや角度を決める。そして背後からは、あのふたりの言い争いが続いているが、なにを言っても、アリベルトにはのれんに腕押し。そろそろピアにも疲れが見え始めていた。
「ですから! 遺跡ってのは国が管理しているんです。つまり王国の──王家の所有物なんです、それを破壊する行為は、国家反逆罪と同等の罪に問われるんですよ。事の次第によっては、処刑されることもあるんですから、て言うか、アリベルトさんの場合は死刑確定ですっ!」
「原点に立ち返ってみてください。私が花火を使用すると宣言したとき、ピアさんは反対しなかったではありませんか、全ての責任をサティアさんに負わせて、ひとり断頭台に送るのは、少々乱暴かと思いますよ」
「……俺の責任かよ」
俺のぼやきに反応する者はいない。分かってはいたが、なんだか淋しいな。
「私は賛成もしていません。だいたいあんな物は、花火とは呼びませんよ! あれだけの威力があると分かっていたら、反対していました。ですから処刑台には、ふたりだけで行ってください」
「否定もしてくれないのな」
ここまできたら淋しさを通りこして、むしろ清々しく感じる。
「詭弁はおやめください。威力は保証すると申したではありませんか、河川敷の爆発野郎と呼ばれている、この私が作った物なのですよ、ぼろい遺跡のひとつやふたつ、粉砕するのは造作もないことです」
「あなたのふたつ名など、どうでもいいですよ。それよりもこの花火は使用禁止にします。これ以上遺跡を破壊されては、ギルドの存続にも関わりますので」
アリベルトは玩具を取り上げられた子供のように肩を落とし、絶望しきった顔になる。意外と素直に従う姿勢を見せたのには、驚かされる。
「おい! セットできたぞ。飛ばしてくれ」
「はい! ただいま」
俺の呼び声を聞いて、即座に表情に活気を取り戻すと、スキップなどいれながら、アリベルトが寄ってくる。
「うおぉい。人の話を理解できないおバカが、ここにもいましたよ」
ピアの辛辣な言葉が胸に刺さるが、聞こえなかったことにしよう。ともあれ、彼女も小走りで寄ってきた。
「ちょっと私の話は聞いていました? 遺跡というのは考古学的な価値が、べらぼうに高いんですよ、それを理解した上で破壊しようというのなら、私にだって考えがありますからね」
指を突きつけて、ピアが怒声を上げた。
「安心しろよ。お前の心配するようなことには、ならないと思うぞ」
「そんな不確かなことでは、困るんですよ」
ピアは切実な瞳でもって、訴えかけてくる。その彼女の視線を遮るように立ちはだかったのは、アリベルトだった。こいつは頼んでもいないのに、いらぬ加勢をしてくれる。
「そうですよ。ピアさんは本来の目的を、お忘れになっております」
「忘れていませんが」
突っぱねるように、決然とピアが答えた。
「ならお聞きしましょう。ピアさん、遺跡の保護と魔物の討伐、どっちが優先かと問われたら、もちろん討伐ですよね?」
「どっちも大事なんで、どっちもこなして下さい。それでこそ冒険者だと思うんですけど」
呆れを通り越して、どこか諦めたような瞳が同情を誘うが、待ちぼうけをうけている俺にも、同情してくれる人が現れてくれないものだろうか、そんなことを考えていたら、アリベルトが口惜しそうに、歯をきしませた。
「ぐぬぬぬぬっ! なんと強情な、わからず屋も、そこまでいくと脅威ですね。もちろんサティアさんは、同意してくれますよね」
「知らん」
俺の素っ気ない一言に、衝撃を受けたのか、アリベルトはひざを抱え、うずくまった。
「面倒くさい人ですね。なんで急にいじけるんですか?」
「親友であるサティアさんから拒絶されては、ひざを抱える以外に、何をしろと?」
「友達になる過程をすっ飛ばして、親友認定されてるのかよ、俺は」
「アリベルトさん、友達いなさそうですもんね」
ピアの言葉にぴくりと耳を動かすと、アリベルトは上目遣いで、彼女を見つめた。
「ピアさんには分かるのですね」
「まあ、なんとなく分かりますよ」
少し同情するように、ピアが言う。
アリベルトは立ち上がり、どこか観念したように、大きく吐息を吐き出すと、話し始めた。
「ええそうです、貴方の言うとおりです、認めます。私は異性のお友達はたくさんいますが、同性となると、サティアさんおひとりだけなのです」
なにせこの容姿ですから。と自分の顔を指し示して、平然とアリベルトは言いやがった。
「なんか腹立つわ」
「同情心も失せますね」
俺達が感想を述べたところで、アリベルトが、ぱっと発射台の横まで移動した。なんか瞬間移動したようにも見えたが、こいつには理屈など通用しないので、あえてなにも言わないでおこう。
「そんな訳ですから、私達の友情事件簿の前では、ピアさんの正論など無意味です」
「事件にまで発展しちまうんだな。望みとあらば、俺もとことんまでやってやるが」
「正論なのは理解しているんですね。ならその物騒な物から、速やかに遠ざかってくれませんかね」
俺達の指摘にも、やはり動じた様子は見せなかった。
「それによくよく考えてみたら、これはリーダーからの指示ですので、私はまったく悪くありませんし」
なるほど。動じない理由はそれだったか。
「そういう問題ではないと思いますが」
ピアはじっとりと冷たい眼差しを俺に向けて、言ってくる。できるだけ視線を合わせないように、俺は横を向いた。
それをスキと見たのだろう。アリベルトは素早く花火に手を触れて、叫んだ。
「ファイヤー!」
ピアが制止するよりも早く、アリベルトは魔石に魔力を流し込み、花火を撃ち出した。
俺の照準どおりに、目標に向かって飛来していく花火は、遺跡中央にそびえている、三角柱の岩石の手前で炸裂した。
一発目よりも数倍大きな爆炎は、巨大な火球を生み出して、周囲のあらゆる物を飲み込み、爆砕していく。
膨れ上がった火球の膨大な熱エネルギーは、逃げ道を上空へと求めたのか、地面から噴き出す火山噴火のように、空へと立ち昇り、きのこ雲へと変わった。
「……思ったとおり、効果はなかったな」
目標にしていた三角柱の巨石は、何ごともなく、悠然とそびえ立っている。
ひとり言ではあったが、誰からの反応もないので、横にいるピアを見てみたら、虚ろな瞳で、どこか遠い所を見ていた。
「おい、大丈夫か?」
俺の問いかけに、ピアの瞳に感情が灯る。キッと視線を鋭くして、睨みつけてきた。
「あなたが何を思ったか知りませんが、私の心配通り、周辺が壊滅的被害を被りましたけど?」
びしっと、遺跡跡地に指を突きつけて、彼女は静かに告げてきた。
着弾地点にはクレーターができており、巨石付近の建造物は全壊していて、瓦礫の山になっている。
「……いや、まあここまでの破壊力になるとは、思わなくってよ。俺もびっくりしてる」
じつはこっそりと、筒の中に高濃度の魔素を封入しておいたのだ。あまり期待はしていなかったが、期待以上の威力がでたのは、自分でも驚いている。
しかし、あの威力をもってしても、巨石を打ち崩すことができなかった。
巨石は離れたこの場所からでも、薄っすらと歪んで見えるので、なにかあるなとは思っていたが、ここまで強力なものだとは、思わなかった。
「それよりも、おかしいと思わないか?」
「思いますよ。──びっくりしてる? 感想はそれだけですか?」
「…………」
反論したくても、余地がない。俺が言葉を失ったのを確認すると、ピアはさらに続けてきた。
「あなた達の頭が壊れているのは認めますが、なにも物にあたらなくても、いいじゃないですか。あんなクレーターまで作ってしまっては、釈明する機会すら与えられずに、牢獄いきですよ。私だってギルマスから、なにされるか分かったもんじゃありませんよ」
ぎゃあぎゃあと、喚き散らしているピアは無視して、俺以上に驚愕の顔を見せている、アリベルトに質問してみた。
「アリベルト、お前もおかしいと思うだろ?」
「ええ、これはおかしいですね。異常と言っても過言ではありません」
「そうだよな、やっぱそう思うよな」
いつになく真剣な面持ちで答えてくれて、俺も安堵の吐息を吐き出した。
「えっ? そうなんですか……」
ピアも場の雰囲気に押されたのか、声をひそめて、聞き返してきた。彼女は影響を受けやすい性格なのだろう。もしくは、わずかな希望にすがったのか、アリベルトに期待の目を向けている。
「私が絶対に勝てるよう、サティアさんに渡したのは、威力を弱めた花火だったはず、なのにあの高火力はいったい、どういう事でしょうか」
「そっちかよ」
相当悔しいのか、あごにシワまで寄せて、アリベルトはクレーターを凝視しながら、うなっている。無傷の巨石は眼中に無いようだった。
「なにかズルをしたに違いありません。私は見損ないましたよ、卑怯な事をしてまで勝とうとするなんて、これでは我々の友情にヒビが入りますよ」
「お前の友情の質ってのは、分かった気がするぞ。それだけでも収穫かもな」
「なんですか、そのくだらない理由は、友情ごっこがしたいのなら、別の方法でしてください。思わせぶりも大概にしないと、犯罪ですよ」
頭を抱えひとしきり叫ぶと、ピアはそのままうずくまった。
俺が横から覗いてみると、ピアは帰ってからのシミュレーションをしているのか、ぶつぶつと、言い訳じみた言葉をならべて、現実逃避をし始めていた。
アリベルトも、つまらなさそうな視線を向けただけで、なにも言わずに、また花火をセットしだした。
「残りは、逃亡を始めているゴブリンに使用しますが、よろしいですか?」
アリベルトの言うとおり、一部のゴブリンは遺跡を放棄して、逃亡を図っていた。だが結界に阻まれて、立ち往生している。
まとめて葬り去るには、今が絶好のチャンスだろう。しかしこいつも急に真面目になるので、こっちの調子も狂っちまう。
「……ああ頼む」
俺の返事を合図に、アリベルトは残りの花火を撃ち出した。ゴブリン共が結界を破ろうと、群がっている場所に狙いを定め、正確に撃ち込んでいく。
爆炎とともに、数えきれないほどのゴブリンが、大空へと舞い上がり、霧散していく。
「ゴブリンの楽しみのひとつが、なんと言っても、人型モンスターであることなんです。サティアさんもどうですか? まるで人間を吹き飛ばすような、爽快感を味わえますよ」
「あなたは聖職者ですよね? いまさらですけど」
俺がなにか言う前に、いつのまにか復活したピアが、横から口を挟んできた。
「だからですよ。聖職者というのは、ストレスの溜まりやすい職業なのです」
「好き勝手生きているあなたがストレスなんて、笑っちゃいますね」
ピアは小馬鹿にするように鼻で笑い、肩をすくめる。
「はっはっ。相変わらず厳しいですね──おっと、手元が狂いました」
アリベルトの軽い口調にのるように、軽々と飛んでいった最後の一本は、被害のなかった南側に建ち並ぶ、建造物を破壊した。嬉しそうな顔を見るに、多分わざとだろう。
「ものを壊すのは楽しいですか?」
ぴくぴくとこめかみを引きつらせ、冷静なようで冷静でない声音で、ピアは問いかけた。
「ものを壊すのは、男のサガと言っても過言ではありませんよ、崩れゆく情景に、侘び寂びを感じるのです。サティアさんのように、一瞬で蒸発させてしまうのは、問題外ですが」
「あなたって人は、ちょっとそこに座りなさいっ! いいですか、さっきも言ったように──」
アリベルトを無理やり座らせて、また彼女の説教が始まった。
さっきよりも口調が厳しいので、当分終わらないだろう。ひとつため息などついてから、遺跡に視線を引き戻した。
ゴブリン共は混乱し、散り散りになって逃げ回っているが、巨石の中に入っていく1団もいるので、あそこが奴らの根城に間違いなさそうだ。
「詳しいことは内部に入って、調査するしかないか」
ふたりを呼ぼうとしたが、ピアは説教から、風魔法を使った実力行使へと変わっていた。しかしいくら撃ち込んでも、あいつはひょいひょいと身軽に躱していた。だからか彼女の目つきも、だんだんと本気になってきている。
ここにいては巻き込まれるのも時間の問題だ。俺はふたりを置いて、遺跡へと向かった。




