2章 7話-冷たい月-
仁と美沙は戦いの最中、互いを認め合い始める。
これが絆というものだろうか。
仲間というものだろうか。
アスタロトが周囲を確認しているようだ。しかし、敵の姿は何処にもない。逃げられたのだろう。彼女は変身を解除させる。一瞬で東雲の姿に戻っていた。
美沙:「危ないところだったわね。」
仁:「……油断した。」
真面に会話したのは久しぶりかもしれない。
美沙:「これに懲りたら無意味な単独行動は避けることね。」
それだけ言い残すと、その場から立ち去ろうとする。悪いヤツでは無さそうだ。なんとなくだけど彼女のことが気になった。
仁:「待ってくれ……悪い、少し俺も驕っていたかもしれない。」
美沙:「……。」
立ち止まる彼女に声をかける。
仁:「白崎さんの言うとおりだ、協力しよう。」
美沙:「そうね……1人でやれることには限界がある。たぶんこれからは今回以上に。」
なんとなくだけど少しだけ打ち解けたような気がした。今まで復讐の為だけに努力してきた。全部1人でなんとかしようとも考えてやってきた。だけど、これからは今回以上に激しい戦闘が待ち受けているだろう。相手も知性があった一筋縄ではいかないこともある。もう少し話をしようとしたところで白崎さんから連絡があり、この日は任務を終えることなった。
休日に喫茶店でゆっくりと休んでいた。そこに1人の女性の姿。東雲美沙の姿だ。この間の作戦からなんとなく打ち解けてはきている。思いきって俺は彼女に声をかけることにした。白崎さんの言うとおり、彼女は仲間だ。
仁:「東雲も休みは此処に来るのか?」
美沙:「偶然よ、たまたま此処に入っただけ。」
隣に座っていいか聞くと彼女は意外にもすんなり承諾してくれた。
仁:「なるほど……東雲も俺と同じ境遇だったとは……俺たち、似た者同士だな。」
彼女は復讐目的でデバイサーになった経緯を話してくれた。
美沙:「同じというか……こういう経緯でデバイサーを志望する人は少なくないらしいわよ。つまるところ、みんな彼らには恨みを持っていると思っていいかも。」
彼女はちらちらと時計を確認していた。時間が気になるようだ。もしかすると友人と約束事あるのかもしれない。
仁:「悪い、待ち合わせがあったのか?」
美沙:「そうね、そろそろ時間が近いみたいだからもう行くわ。」
立ち上がると彼女は身だしなみを軽くチェックして店から出ようとする。
仁:「あぁ、俺が払っておくよ。この間の借りっていうワケじゃないけど。」
伝票をさっと手にとると、彼女は小さく微笑んだ。綺麗だと思ってしまった。彼女の戦う理由が復讐……なんだかとても似合わないと思ってしまう。
美沙:「随分と安く済ませようとするのね。ま、いいけど。」
彼女はそのまま後ろを向いて此方に片手を振った。
美沙:「ごちそうさま。」
喫茶店のドアについたベルが揺られてチリンチリンと鳴る。後姿を追うようにじっと彼女の出て行ったドアの方を見る。
マスター:「ついに進藤くんにも青春か……いやぁ、いいね。」
此方を茶化すマスターを誤魔化し、そのまま店を後にする。その後街をぶらぶらして時間を潰した。だいぶ時間も遅くなった。なんとなくだが、もう一度彼女に会えないものかと思い、気づけば公園までやってきていた。この街の公園で一番大きな公園だ。こんな時間に1人で歩くこともないか。いや、彼女はあれほど身体能力も高いしいざとなればデバイサーだ。そんなことを考えながら歩いていると思わず誰かと肩がぶつかってしまった。
仁:「あ……すみません。」
???:「……いや、此方の方こそ上手く避けられなかったみたいだ。」
何故だろう、彼と目を合わせた瞬間にいいようもない気分に襲われた。上手くいいあらわせない。その瞳には何も映っていないようにも見えた。
仁:「……。」
互いに会釈をしてそのまま何もなかったようにすれ違い歩き始める。なんだろう、胸騒ぎがした。鼓動が速い。自分は……彼を知っている?
女性は白衣を纏っている。背も高く、すらりとしている。その表情は冷静そのもの。何を考えているのか、その顔から読み取ることはほぼ不可能。彼女は施設内から白衣のまま外へ出る。夜空を見上げるとそこには満月が浮かんでいた。それをじっと眺める。
???:「とても綺麗ね、今日の空は……。」
その冷静な表情に浮かぶ微笑はこの世のものとは思えない程、冷たく綺麗なものだった。まるで空気が凍えるように冷たくなる。比喩ではない。真実だ。
???:「あら……招かれざる客というものかしら?」
そこには顔色の悪い男が2人と、女が1人。猫背のように前のめりの如く此方に顔を向けて居る。明らかに普通の人間とは異質であるが、彼女の冷静さは失われてはいない。
気味の悪い男:「裏切り者が……お前は我々を裏切った。」
背の高い前のめりの男:「どうしてあの力が彼らの手に……お前が横流ししたのだろう?」
前のめりの女:「裏切りは……許されない。」
その言葉に不敵な笑みを浮かべる彼女。
???:「夜襲を決行したその行動力はたいしたもの。だけど、此処が何処だかわかって侵入したのかしら?蛮行にも程がある。」
その言葉に彼らは君の悪い笑みを浮かべていた。この形勢が逆転出来ないと確信しているからだ。3対1のこの戦力差を彼女が覆せないと。
前のめりの女:「強がっても無駄よ。この形勢は逆転できない。仲間を呼ぶことも出来ない。通信手段は全て壊してあるのだから……ふ、フフフ。」
???:「……。」
彼女の沈黙に残りの男たちも勝利を確信して笑い始めている。刹那、気味の悪い男の首が吹き飛んだ。何が起きたのか……残りの2人は時間が止まったかのように動けない。気味の悪い男は醜悪な身体、ネメシス体に戻っており首から大量にその体液を撒き散らしながら絶命していた。地面に音を立て崩れる仲間の姿を見て2人は後退する。
???:「君たちの敗因を教えてあげるわ。ポイントは2つ。1つめは有利な状況を作りだしたと勘違いして此方の有利な状況を作りだしてしまったこと。そしてもう1つは……相手の力量が読めなかったこと。」
彼女が静かに目を閉じる。暗転する世界。悲鳴と命乞いの声が綺麗な夜空に響き渡り、そして沈黙が訪れた。
月光が彼女を照らす。
その冷たい笑みは生命を無情に刈りとった。