1章 5話-孤独な夜-
様子のおかしい美沙を柊一は自宅へ上がらせる。
彼女と彼はわかり合えるのだろうか。
なんとなく外へ出る気分も起きずに部屋でゴロゴロとしている。ベッドに寝転がったまま起きあがる気分にもなれない。
柊一:「……。」
目を閉じて昨日の夜の出来事を思い出す。
急に声を荒げた彼女の顔を見る。拳を強く握り締め、此方に不安そうな視線を向ける。
美沙:「……違う。私は……そんなこと!」
柊一:「……。」
長く続く沈黙。雨が降り出してきて互いに雨に濡れる。そんなことはお構いなしに彼女は自分の身体を抱きしめるように何かを思い出すかのように震えている。
美沙:「みんな……みんな私のせいで……私は!」
ヒステリックのように叫ぶ美沙。とりあえず、このままにしておくと気まずい。何より他の人間が通ればどんな目で見られるかわからない。
柊一:「……。」
美沙:「……ッ!」
右手首を掴むと彼女は身体を少しだけ震わせた。まるでずぶ濡れの子犬のようだった。一体どうしてしまったのか、いつもの彼女に戻る気配は無い。そのまま引き摺るように彼女を連れて自宅に戻ったという訳だ。
柊一:「どうだ、少しは落ち着いたか?」
戻った彼女にバスタオルを投げ与える。彼女はそのバスタオルに身を包めると、そのまま小さくなるように部屋の隅で座り込んだ。
柊一:「……調子が狂うな。」
何度吐き出したかわからない。長く深い息。
柊一:「シャワーもベッドも好きに使っていい。とりあず、いつもの君に戻れ。」
美沙:「……わかったようなこと言わないで。」
珍しく、しおらしい彼女に為す術がない。とりあえずは放っておくしかないだろう。そう思って部屋から出ようとすると、彼女は慌てたように立ち上がる。
美沙:「ちょ……ちょっと、何処に行くつもり!」
柊一:「部屋を1日だけ貸してやる。もとに戻ったらそのまま帰るといい。」
美沙:「1人にするつもり……信じられない、最低!」
思わず、思いきり不機嫌になって頭を掻いてしまっていた。
柊一:「それなら、どうすればいい?」
美沙:「此処に居て……1人に……しないで……。」
柊一:「……わかった、とりあえずいつもの君に戻れ。」
少し言い過ぎてしまったかもしれない。そう思ってソファーにどかっと座る。全くこの女は苦手だ。いつも自分を振り回す。此方の都合などお構いなしだ。
美沙:「私は……こう見えてもさ……お嬢様だったの。」
黙って彼女の話を聞くことにした。ぽつりぽつりと彼女は勝手に話をし始める。
美沙:「自分から言うのも……だけどさ、小さい時に学校からいつものように帰ってきたら皆死んでいた……ネメシスに家族を殺されたの。」
柊一:「……。」
美沙:「それからずっと復讐のことしか頭になかった。あのバケモノたちを全部私が殺してやるって。お父さんもお母さんも……兄妹も……アイツらは全部私から奪った。」
それが今の彼女の原動力ということだろう。それから彼女は復讐の鬼となった。自分の身体を鍛え、ウェポンアーマーの資格者にもなったということらしい。
美沙:「勝手だけど、似たような境遇だと思って……私は皆と一緒に居て寂しさを紛らわせているだけ……上辺だけの関係、偽りの絆。なんだか……神崎くんを見ていると……自分みたいで……私も周りに人は居るけど……いつも1人だから。」
なるほど、だから彼女はしつこく此方に近づいてきた訳だ。
美沙:「本当に偶然なの……。」
柊一:「そうか。」
意外な一面を見ることが出来た。彼女の過去も、此方につきまとう理由も。
美沙:「信じて欲しい……。」
そう言うと彼女は急に立ち上がる。ゆっくりと此方に向かってきたと思ったら。
柊一:「……。」
此方に覆いかぶさるように彼女は此方の身体の上に跨った。
美沙:「お願い、忘れさせて……。」
彼女の顔が此方に近づいてくるが、それを避けて上半身を起こす。何故、彼女の相手をしなければならない。あまり接点も無い、最近出会って少しだけ話すような仲だ。それに此方に彼女に対する好意の感情は無い。
柊一:「依存対象が欲しいのか。」
美沙:「……誰でもいいってワケじゃない。」
柊一:「もう少し、自分を大事にしろ。」
最大限の譲歩だった。他人と関わり合おうとしない自分が出来る精一杯の優しさだ。ソファーから上半身を起こし、彼女を座らせる。
美沙:「私……そんなに魅力ない?」
柊一:「話を逸らすな、そういうつもりで言ったワケじゃない。」
立ち上がって窓から景色を眺める。あまり彼女に深入りはしたくない。他人と関わりたくないということもあるが……彼女自身の為にもならない。
柊一:「今まで通り、話し相手くらいにはなってやる。それ以上は求めるな。これが最大限の譲歩だ。それに俺は寂しいなんて思っていないよ。」
美沙:「嘘つき……。」
ぼそり、と彼女が言う。何に対しての嘘つきという意味か。だけど、なんとなくその言葉は棘のように自分の心の奥底に突き刺さった。
柊一:「嘘つきかどうか……君にわかる筈も無い。」
わかる筈もない。彼女には一生自分を理解出来ないだろう。彼女の孤独と自分の孤独は全く異なるものだ。互いにわかり合えることも……おそらくないだろう。
美沙:「……でも、話し相手にはなってくれるのよね?」
柊一:「……。」
諦めるかと思ったが少し失敗してしまったかもしれない。二言は無い。肯定の意味で沈黙する。好きにするといい。どうせ、君とわかりえりあえることはないのだから。
美沙から言われた言葉が気になる柊一。
しかし、彼は自分と彼女がわかり合えないことを確信している。
何処までいっても交わることのなさそうな2人の行く末は……。
次回、2章開幕。
物語は大きく動き始める。