1章 4話-雨-
強引に連れ出された柊一は夜の公園で彼女と2人で話し合う。
そんな中、何者かが2人の間を……。
彼女の有無を言わさぬ表情。それに負けて2人で夜道を歩いている。どうやら彼女は他人を巻き込む才能があるようだ。
柊一:「……まだつき合わないとダメか?」
美沙:「そうね、少しだけ話を聞いてくれれば帰してあげてもいいかも。」
なんだ、それは本当に自分勝手な女だ。呆れ果て、公園のベンチに座る。気づけばいつもの公園にまでやってきていた。2人で座ると彼女は突然口を開き始めた。
美沙:「命の重さってさ……平等だと思う?」
その言葉になんの意味があるのか、此方は知る由もない。彼女も此方の隣にいつの間に腰をかけている。なんだか、最近はこんなようなことばかりだ。
柊一:「……どういう意味だ?」
美沙:「そのままの意味よ。特に深い意味なんてない。」
此方をつかまえて、哲学でもしようというつもりだろうか。とりあえず、彼女が納得するまでは帰ることすらままならない。此処は自分の考えを普通に答えておく方が無難だろう。そう思い、口を開いた。
柊一:「平等なんてものはこの世に存在しない。人が人である限り……これまでもこれからも。建前ではそんなことを口にするヤツも居るかもしれないが。」
美沙:「……。」
答えを聞いている彼女の表情は真剣そのものだった。じっと暗闇の公園にある池の中心に視線を向けている。そこに何があるというものでもない。何処か遠くを見つめているようなそんな表情だ。虚ろとまではいかないが、なんとも言い表し難い表情だ。
柊一:「本当に平等なら……それぞれに価値や評価を見出すことなんてしない筈だ。命の重さだって同じことだろう。」
思わず本音を口にしてしまったが彼女はどういう気持ちなのだろうか。そもそも此方の答えを聞いたところで納得するかどうかもわからない。
美沙:「そう……あなたも私と同じ考えか。なんとなくだけど……そんな感じがしたから。」
どうやら納得する答えが返ってきたようで彼女は満足そうだったが、その表情にはあまり変化がない。そんな時だった、不意に後ろから殺意を感じた……。
あの男……気に入らない。本当に気に入らない。俺のお気に入りを独り占めしている。どうしてあんな面白味にかける男を気に入っているのだ。彼女は……苛立って、腹が立って仕方が無い。よし、ちょうど店を出てから2人のようだ。少し手を加えるだけ、簡単なことだ。ちょっとだけ懲らしめてやろう。そうすれば、彼女に近づけなくなる筈だ。あのいけ好かない男と彼女は2人きりで夜の公園で話し合っている様子。なんだか無性に苛立ってきた。あの男さえ居なければ……そう思って俺は身体を変化させる。醜悪な身体を夜風に晒す。風が心地良い。まるで熱を冷ましてくれるかのように身体に風が纏わりつく感覚。気づけば俺は男に向かって思いきりその凶悪な右腕を振り下ろしていた。
???:「……!?」
美沙:「……やっぱり、後をつけられていたか。」
柊一:「……。」
右腕が素手で受け止められる。な……んだと。華奢なその細腕からは想像も出来ない力だ。右腕がびくともしない。慌てて2人から距離をとる。彼女は男を庇うように此方の前に立ち塞がる。一体……何者だ……。
柊一:「お前……。」
美沙:「来い、アスタロト!」
左手首の装置に何かを装填すると彼女は急に姿を変えた。機械仕掛けの鎧のようなものを装着する。あれは……まさか……本当に完成していたというのか!思わず後退する。
???:「……!」
後退したが一瞬で距離を詰められる。何度も身体に衝撃が走る。強烈な連続攻撃が叩き込まれる。自分の身体が悲鳴を上げる。こんなにダメージを受けたのは初めてだ。一撃一撃がまるで必殺の一撃、トラックに跳ねられたかの強力な一撃。意識が……飛びそうだ!
美沙:「さよなら……。」
マズい……あの一撃を貰えば……おそらくこの生命が終わる一撃。地面を蹴り飛ばし、慌てて砂埃を巻き上げる。相手の視界を奪い、慌てて俺はその場から逃走したのだった。
なんとも……奇妙な気分だ。彼女は目の前で兵装を解除する。再びいつもの姿に戻る。噂だけには聞いたことがある。ネメシスに対抗する為、秘密裏に開発された兵器。それが今、まさに目の前に現れたのだから。
美沙:「……。」
何も言わずに黙って彼女は此方を見つめてくる。いつものようにおどけた態度ではない。
柊一:「……。」
沈黙が重かった。居心地が悪いと感じる。今までも1人で居た方が良いと思っていたが、いつもとは違う雰囲気になんともいえない気分になってしまっている。
美沙:「……驚かないの?」
柊一:「別に。」
いつも通りの対応で彼女に伝えたその言葉。彼女は可笑しそうに少しだけなんともいえない、嘲笑いのような笑みを浮かべた。
美沙:「私のこと……言いふらす?」
柊一:「言いふらす相手は居ない。それに、言いふらして俺になんのメリットが?」
美沙:「ホント……変わっているね、神崎くん。」
少しだけ彼女の方に睨みを入れる。彼女は涼しい顔で此方の視線を受け流す。
美沙:「秘密にしておいてくれる?」
自然と深く息を吐く。もしかすると彼女が此方につきまとう理由は……なんとなく想像が出来てしまう。きっと彼女は“俺”だから近づいたのだろう。誰との接点も無く、情報処理がスムーズな自分に。もし、何かあれば此方を1人消せば良いだけだ。とても賢く、おそろしい程の冷静さだ。今まで此方に見せていた姿は猫を被っていたというところだろう。
柊一:「なるほど……さっきのセリフも俺の命だけなら別に惜しくはないといったところか。想像以上だな。」
美沙:「……違う!」
突如の否定に少しだけ驚いた。感情が剥き出しの声だった。思わずじっと彼女の顔を見つめる。その表情は曇っていた。雨だ……雨が突然、降り出してきた。
彼女の秘密を目の当たりにした柊一。
彼と彼女はわかり合えるのだろうか。