1章 1話-偽りのセカイ-
神崎柊一は変わった男だった。
今日も1人の時間を公園で過ごしている。
そこへ、彼の唯一の時間に割り込む人影が。
雨の匂い、独特な香りだ。草の青っぽい匂いと土の混じり合ったような匂い。灰色の空から幾度となく水滴が降り注ぐ。それほど強い雨ではない。天から降り注ぐ透明な雨粒がビニール傘にあたり、独特の弾く音がする。それを聞きながら男は雨宿りをすることに決めた。今日は大学で講義を受ける気力は無い。誰がこんなことを決めたのだろう。勉強をしてこれからどうしようというのか、進路も未だ決まってはいない。
???:「……。」
無言で公園の屋根のある休憩所へ辿り着く。傘を閉じ、水滴を弾く。傘を椅子の空いているところに置いて空を眺める。どうやら雨は少し激しくなってきているようだ。他に誰が居る訳でも無い。男はただじっとその場で虚空を見る。何かを考えている訳でもない。ただ、茫然と時間をやり過ごす。不思議とこの感覚は嫌いじゃない。雨を鬱陶しいと思う人も中にはいる様だが……誰も居ないこの空間に1人、何も考えずにじっとしているのも悪くない。良い時間の過ごし方だ。自分というモノから解き放たれ、自由になる感覚。男は1人で過ごす、この時間が好きだった。
???:「あーあ……急に降って来た……まったく。」
男の1人の時間を邪魔する者がこの場に現れた。雨に濡れて不機嫌そうな表情を浮かべている。その顔に見覚えがあった男は気づかれないように小さく溜息を吐いた。
顔見知りの女子:「あ!どうしてこんなところに居るの?サボり?」
運悪くどうして彼女と偶然に?最近こういうことが多い。まさか……ストーカーではないだろうか。そんなことすら思えてしまうほど彼女と偶然にも出会うことが多かった。
???:「そっくりそのままお返しするよ。」
彼女は東雲美沙。変わった苗字だからすぐに名前を覚えてしまった。最近になって編入してきた女学生だ。大学生で珍しいこともあるものだと思ってしまう。
美沙:「私はちょっと私用で遅刻。あなたはサボり?」
面倒な相手に目をつけられてしまったものだ。無視を決め込もうとするが彼女は勝手に傘を置いている方とは逆の空いている隣の席に座った。
美沙:「ねぇってば……なんで無視するかなぁ?」
???:「せっかく優雅に時間を過ごしていたのに邪魔をされたからだ。」
信じられないというような顔で此方を見つめてくる彼女。随分と彼女は騒がしい性格のようだ。あまり友達という間柄にはなれそうにない。だというのに……彼女は此方に興味津々で話しかけてくる。少しは場の雰囲気を感じ取って行動して欲しいとは思うのだが……。
美沙:「……大学内でも浮いているよ、神崎くん。」
少しだけムッとしたような表情で此方を批難する彼女。何故こうもつきまとわれるのか理解に苦しむ。あまり人とは関わらないようにして生きている筈だ。目立つようなこともしていない。どうやら彼女は他の人間とは違い、変わった感性を持っているようだ。
柊一:「浮いていて結構だ。」
その言葉に納得出来なような表情の彼女。随分ところころと表情を変えている。本当に変わった娘だ……。
美沙:「はぁ……忠告してあげているの。そんなことじゃ……この先、上手くやっていけないよ。あと2年もしたら社会人になるんだからさ。」
得意気に説教を始める東雲。彼女の言葉を聞き流しつつ空を眺める。相変わらず雨は降りやまない。どうせ、話し疲れたら隣の変わり者も黙るだろう。そう思いながらじっと空を眺める。
美沙:「……雨……好きなの?」
急に黙ったと思ったら更に変わったことを聞いてくる。なんと説明したらよいかわからない表情だ。思わず隣に視線を向けてしまっていた。悲しいような、嬉しいような……なんともいえない表情。あぁ……そうか、と思った。これは……懐かしんでいるというような表情なのだろう。気になってしまい、なんとなく彼女に声をかけてしまっていた。
柊一:「特段好きというものではないけど……1人でこうしてじっと……何も考えないでいる時間が好きなだけだ。」
美沙:「……そう。」
ただ一言だけそう言うと彼女は黙った。
美沙:「ま、今は隣に私が居るけどね。」
思わずため息が漏れてしまった。少しは静かにすることが出来ないのだろうか。それ以降は何も話さなくなったので逆に此方から聞いてみることにする。あまり人と関わろうとしない自分にどうして彼女がつきまとっているのか。その理由が知りたかった。
柊一:「どうして俺につきまとう?」
彼女の方へ再び視線を移す。少しだけ考えた素振りをしたかと思えば、可笑しそうに声を出さずに微笑むような表情……彼女の頭の中が知りたかった。
美沙:「つきまとってなんかいないよ。ただ、ちょっと放っておけないだけ。」
理解に苦しむ答えだった。出会って間もない相手に?何も知らない相手のことを心配するのだろうか。放っておけないだけ……本当に理解に苦しむ。
美沙:「それに、つきまとうって……君、意外と失礼な人だな。」
柊一:「……悪いな、あんまり人と関わったことがないからだ。」
今度は逆に彼女がため息を漏らした。さて、これだけ冷たくあしらったのだ。もう大人しく諦めて帰るだろう。そう思ったのだが、此方の手首を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。
柊一:「……?」
美沙:「それじゃ、今から一緒に大学に行こうよ。」
急に何を言いだすかと思えば力いっぱい此方を引っ張っている。このままだと意地でも大学に引きずられて連れていかれそうだ。
柊一:「……何をしている?勝手に1人で行け。」
さっと彼女の手を払いのけるともの凄い勢いで再び手首を掴まれた。
美沙:「それじゃ、私と今から大学へ行くか。このまま此処で時間を過ごすか……神崎くんに選ばせてあげよう。」
何を言っているのか本当に理解に苦しむ。彼女は一体何がしたいのだろう。こんな自分を引き摺ってまで大学へ連れていって何の意味があるのか。一日くらい講義に出なかったとしても単位に響くことはまずない。それを拒否するとここにずっと居座るという。本当ならばそのまま立ち去って欲しいところなのだが。それは難しいように思えた……。
変わり者の女、美沙との出会い。
この出会いは彼に何をもたらすのか。