魔導具を作って特許を取得しよう 7
「……シェリル、少しは自分でも考えようね? 魔導具師はあなたなんだから」
「わ、分かってるわよ」
ちょっと頬を赤らめて、拗ねたように視線を逸らす。
それを見ていたアリアさんがぷっと吹き出した。
「頭ごなしに問題を突きつけたら落ち込むかもって心配したけど杞憂だったみたいね。それじゃ、さっそく問題を並べていくわよ」
「ええ、なんでも来なさいよ。大丈夫、あたしがダメでもカナタがいるから」
シェリルは引き続き謎の自信を持っている。少しだけ、自分で頑張る気概を見せて……いるのだろうか? まぁなんにしても、信頼されて悪い気はしない。
「じゃあ一つ目。安価な魔導具は使い捨てでしょ? 長く使う服との相性はよくないわ。魔導具にするなら、お守りの方が売れるんじゃないかしら?」
「あ~それは大丈夫よ。……大丈夫よね?」
シェリルが私に同意を求めてくる。
「そこで断言できたらかっこよかったんだけどね」
「仕方ないじゃない。あたしは、そういう知識があやふやなんだから」
「はいはい。えっとね。アリアさん。魔導具は付与する対象によって発揮する効果の効率に影響があるの。効果が全身に及ぶ魔導具の場合、お守りは効率がとても悪くなるの」
「そうなんだ? じゃあ、安価なお守りが出回るってことはない?」
「ゼロってことはないと思う。ただ、服飾店で扱う場合は特許の範囲内だし、そもそも満足な効果が得られないから、シェアを奪われるってことはないと思う」
冒険者のお店で、冒険者の装備として取り扱われる可能性はあるだろう。
だが、先に言ったように効果は微妙だし、逸脱した行為がないかどうかは、魔導具ギルドがしっかりと管理してくれるはずだ。
「もちろん、繰り返し使える高価なお守りの魔導具なら話は別だよ。むしろ、お守りの魔導具を一つ持っておけばいいという話になるわね。ただ、そういうのを買うの富裕層だから……」
「……そっか。お貴族様なら値段よりデザインを優先するわよね」
アリアの結論に「うん、私もそう思う」と同意する。
5%の特許使用料を避けるためにデザインを妥協した装飾品と、5%高い代わりに服に合わせたデザインの装飾品。貴族なら後者を買うに決まっている。
「理解したわ。まぁどっちにしても、うち程度のお店じゃ貴族様と取り引きする機会なんてないけどね。という訳で、庶民向けの服が売れるなら十分よ」
アリアは安堵の表情を浮かべた。
だが、庶民向けという言葉に、今度は私が表情を曇らせる。
「庶民向けと言うことは、コストをかなり抑える必要があるかな?」
「え、そうね。なにか問題があるの?」
「魔石の魔力が切れたときがね。魔石を交換するだけじゃダメなの」
服を魔導具化する場合、魔石に魔法陣を刻み、服には紋様の術式を刻む必要がある。
ただ、魔石ごとに魔力パターンが違うため、その違いを調整しなければ魔導具は機能しない。つまり、魔石を取り替える際には、一部の刺繍をやり直す必要があるのだ。
「一部の刺繍をやり直す、か。生地が傷むし、交換のコストがかさみそうね」
私の説明を聞いたアリアが眉を寄せ、私もなに改善策はないかなと考えを巡らせる。そこに、横で話を聞いていたシェリルが私に肩をぶつけてきた。
「ねぇカナタ。魔石を填める台座、たとえばブローチみたいなのを服に縫い付けて、交換は魔石を取り替えるだけにしたら?」
「でも、それだと……」
魔導具化した魔石を服にくっつけるだけで、魔導具化した服にはならない。
私はその言葉を飲み込んだ。
シェリルが当然のような顔で私を見ている。その様子が、とんでもないことを、さも当然のことのように言い放つサラ先輩とそっくりだったからだ。
「まさか、それだけで服を魔導具化する方法があるの?」
「ええ。ちょっと思い付いたんだけど……アリア、紙とペンを借りるわね」
シェリルはそう言って、紙に紋様の術式を描いていく。紋様は魔法陣の延長上にある術式で、触媒を魔導具化するのに使われる。シェリルが手を加えているのはそこだ。
要するに、服に刺繍する術式を改良しているようだ。
相変わらず無駄がない。魔法陣と違って、紋様はいくら精密でも魔石が砕けるようなことにはならないけど……と見ていた私の前で、シェリルが新たな術式を書き加えた。
その術式は高度すぎて私には理解できない。
「シェリル……あなた、なにをするつもりなの?」
「魔石だけを交換したときに魔導具としての効果が失われるのは、魔石ごとに異なる魔力パターン――つまりは変数と、媒体に刻んだ紋様の術式が合わないからでしょ? だったら、どんな魔石にも合う術式を組み込めばいいと思わない?」
「それは、そうだけど……まさか、それが?」
「ええ。原理上は大丈夫なはずよ」
その言葉を素直に信じることは出来なかった。
魔石ごとに異なる波長。それぞれに合わせた術式を書くこと自体は難しくない。だが、どのような波長にも合わせる術式を書いた者は私の知る限りいない。
というか、もしそんな術式が存在するなら今頃、複数の魔石を使った魔導具の研究も大きく進んでいただろう。だが、この時代にもそんな魔導具は存在しない。
「……本当に、この術式を組み込めば、魔石を付け替えるだけでいけるの?」
「ええ。こんな感じで……ほら、魔石を交換するだけで大丈夫でしょ?」
シェリルが魔法陣を描き、どのような魔石でも、先に書いた紋様の術式と繋がることを示す。信じられない技術だが、目の前の光景が事実だと告げていた。
ゾクリと背筋に冷たいモノが走る。サラ先輩が出来なかったことを、シェリルはちょっとした思いつきで書き上げてしまったのだ。
「……カナタ、なんだか顔が強張ってるけど、なにか問題があった?」
私はシェリルを見て、それから大きく息を吐いた。
「まったく、驚かせてくれるわね。それ、絶対に特許を取るべき技術よ」
「ホント!?」
「ホントもホント、画期的な技術よ。だけど……」
画期的すぎて間違いなく目を付けられる部類の技術である。
「だけど?」
「画期的すぎて、色々な人に絡まれそうだなぁって」
「え、もしかして危なかったりする?」
「うぅん、魔導具ギルドの管轄だし、護ってもらえそうではあるけどね」
たとえば、特許を持つシェリルが死んだらどうなるのか、など。その辺りを確認しておかないと、莫大な利権を巡って、シェリルが命を狙われるまであるかもしれない。
おそらく大丈夫だと思うが、万が一を考えると楽観視は出来ない。
「ギルドだって似たようなケースは過去にあっただろうし、対策がないってことはないと思うけど、しばらくは様子を見た方がいいかなぁ」
「分かった、カナタの言うとおりにするわ」
ちょっと怯えた様子でシェリルが同意する。安心させてあげたいところだけど、万が一を考えたら警戒してくれていた方が安全だろうと、私はそれがいいというに留めた。
「アリアも、そういう訳だから当面は内密にお願いね」
「もちろん、秘密は守るわ。だけどそうすると、服の魔導具はどうする?」
「それなんだけど……ねぇシェリル、もう少しだけ無難な方法はない? 少しくらいなら手間が掛かってもいいから、出来れば既存の方法に改良を加えた感じで」
世間を揺るがさない程度に画期的な方法はないかと無茶な注文をする。
だけど――
「えっと……うん、出来ると思うわ」
シェリルは少し考えただけで事もなげに言い放った。
「ホントに出来ちゃうんだ。……ちなみに、どうやるの?」
「ブローチの台座部分だけを取り外せる感じにするの。で、残りは服に縫い込んで、紋様の術式の一部にして、魔石を取り付けた台座部分の紋様だけを書き換えるの」
「……なるほど」
従来の方法は、魔石によって紋様の術式に微調整が必要になる。その微調整をする部分ごと交換できるようにするという方法。
それならば、調整済みの部品を付け替えるだけで済む。
「……うん。それもたぶん、特許対象だね」
「え、ダメだった?」
「うぅん、最初のに比べるとだいぶ大人しいから大丈夫だと思う。思うけど……一応、少し調べてからの方がよさそうだね。万が一ってこともあるし」
「そっかぁ……」
ちょっと残念そうなシェリルに同情心を抱く。
本当なら『おめでとう!』とか『凄いよ!』とか言ってあげたいけれど、後ろ盾もなにもない状態でここまでの特許を取得するのはちょっと怖い。
だが、今後のことを考えると、ある程度は踏み込む必要もあるだろう。
問題はそのバランスだけど――
「アリアさん、もしもシェリルの技術を使わなければどうなる?」
「そう、ね。魔石の交換ごとに刺繍の一部をやり直す必要があるわ。そこそこ裕福な相手になら売れると思うけど、庶民向けにはならないわね」
売り物にならない訳ではなさそうだが、それでは少し物足りないといった印象。
「じゃあ、シェリルの思い付いた技術は欲しいところ?」
「そうね。特許の使用料を含めて単価がどれくらい掛かるのかとか、服に刺繍する紋様の術式がどんな感じになるのかとか、確認しなくちゃいけないことはたくさんあるけど……」
「けど?」
「私は、ぜひとも詳しい話をしたいと思っているわ」
アリアはこの話に乗り気なようだ。シェリル的にも、自分で思い付いた技術は使いたいだろう。研究者である私にはその気持ちがよく分かる。
だから、二人に少し考える時間が欲しいと伝え、その議題は次回に持ち越しにした。
◆◆◆
俺は魔導具ギルドのマスターを務めるグランだ。
名前にマスターと付けると、グランマスターと違う役職のようになってしまうため、部下達にはギルドマスターと呼ぶように言い含めてある。
そんな俺が黙々と仕事をこなしていると、いつもと同じ時間にエミリーがやってきた。
「今日もあの嬢ちゃん達が魔導具を持ち込んだのか?」
「はい。今日はDランクの納品依頼でした。これで彼女はCランクになりました」
「記録的なランクアップ速度だな」
シェリルが魔導具ギルドのメンバーになったのはずいぶんと前だ。なので、公式的な記録としてみれば、Cランクに到達するまでに掛かった期間は並み以下だ。
だが、初めて納品依頼を達成した日から計算すれば、間違いなく最短記録である。
「速さだけではありません。ランクアップで納品する魔導具の要求レベルが上がっているにも関わらず、彼女の作る魔導具は完璧です。まだまだ余裕がありそうですよ」
「驚くべき才能だな」
「はい。それに、新たな試みもおこなうようですよ」
手渡された書類に目を通す。それは試作魔導具のモニターとして、冒険者と専属契約を交わしたいという、かなり冒険者に利点のある内容だった。
「相変わらず目が離せないな。急激に頭角を現し始めた理由も気になるが、それより問題なのは例の件だな。そっちはどうなっている?」
シェリルの急成長は驚くべきことだが、喜ぶべきことであり、問題視することではない。問題なのは、複数の魔導具からカナタの魔力パターンが検出されたことだ。
「特許申請で持ち込まれた魔導具以来、カナタさんの魔力パターンは検出されていません。ギルドマスターの方はどうですか? 領主様に問い合わせたのでしょう?」
「ああ、それとなく聞いてみたのだが、シェリル達が特許を出願した魔導具に心当たりはなさそうだった。あれが盗品と言うことはないだろう」
「そう、ですか」
調査が振り出しに戻ったというのに、溜め息を零すエミリーの顔には安堵の表情が浮かんでいる。どうやら、かなり嬢ちゃん達に肩入れしているらしい。
「やはりあの嬢ちゃん達が心配か?」
「それはもう、あれほど優秀な人材を失う訳にはいきませんから」
「おまえもそう思うか……」
エイミーは能力だけでなく、性格なども考慮してギルドに必要な人材を集めている。そんな彼女がここまで言うのは相当に気に入っている証拠だ。
俺としても、嬢ちゃん達とは良好な関係を築きたいと思っている。
だが――と、俺は領主様から送られてきた手紙に視線を落とす。
そこには、魔導具師のシェリルと、アーティファクトの魔石と同じ魔力パターンを持つカナタ、その両名を屋敷に招きたいという主旨の言葉が書かれている。
それが意味するところを想像して、俺は大きな溜め息を吐いた。




