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28話 ゼンのこと

少しゼンの話をしよう。


ゼンは千年ほど前に生み落とされた竜種であり、現存する竜種の中では若い方に分類される。


ウォタが成体となったのが五千年前、と言えばそれを理解してもらえることだろう。


しかし、幼生体から成体になるまでにかかった時間は、ゼンの方がかなり短い。


ウォタは幼生体から成体になるまで千年をかけたが、ゼンはその半分で成体となったのである。


幼生体での強さは基本、生きた長さに比例する。

たった五百年足らずしか生きていないゼンは、自分より長く生きる竜種を屠ったというわけだ。


理由はわからないが、ゼンは世界に生み落とされた時から他の個体より格段に強く、他の竜種たちからも一目置かれ、いずれはウォタを超えるとまで称されていた。


晴れて成体にもなったこともあり、気を良くしたゼンは最古であり最強の竜種ウォタに対して、今から約五百年ほど前に戦いを挑んだのである。


しかし、結果は惨敗。

多大なる自信はあっけなく打ち砕かれることになった。


ゼンは、何をしても通じないウォタの強さに愕然とした。

力も魔法も何もかもがウォタには届かず、あまつさえボコボコにされる始末。


いまでもその時のウォタの笑った顔は忘れられない。

初めて受けた屈辱であった。



『まぁまぁだったな…まっ、もっと精進することだ。』



ウォタはそう言い残すと、ゼンを殺すことなく帰っていった。


それもまた屈辱ではあったが、その時からゼンはウォタを本気で超えることを誓ったのである。



「ミコトに召喚されたことが鍵となるはずだ…」



五百年前のことを思い出しながら、ダンジョンの通路を静かに移動するゼンは、小さくそうこぼした。


ミコトが強くなることで、自分も新たな力を習得できるという特殊な環境。


これを利用してウォタを超える力を手にし、長年の屈辱を晴らすのだと、ゼンは心の中で大きな闘志を燃やしていた。



(ミコトには悪いが…)



そんなことを考えながら、通路の角を曲がった瞬間、ゼンの目の前にモンスターが現れる。


裸の女性の下半身から植物が生えているその様相は、パッと見ればアルラウネのようにも思われたが、ヒトである部分に明らかに生気が感じられない。



「ちっ…!マンイーターか!」



ゼンはとっさに距離をとる。


マンイーター。

人の形をした器官を持ち、それを使って獲物を誘い込んで捕食するモンスター。


人型の器官の下には植物の苗床のような固まりがあり、そこから長く伸びた触手の先には、ハエトリグサのような植物がついている。


人のように足はないが、代わりに"管足"という短い触手を使って動く。"管足"とはヒトデなどが持つ器官であるが、マンイーターは彼らのようにゆっくりは動かない。


長く伸びた触手を起用に使って俊敏に動くことでよく知られている。知能も高く、初見で足元を救われる冒険者は少なくないのだ。



「キシャァァァァ!!!」


(…さて、どうする…と言っても力を封じられている以上、逃げの一手か。)



本来のゼンならば、難なく倒すことができるモンスターであるが、今はそうはいかない。


威嚇してくるマンイーターからすぐに目を離し、ゼンは一目散にもと来た方向へと動き出した。


それを見たマンイーターは、ウネウネと揺らしていた長い触手をより長く伸ばし始め、天井や壁をそれらで掴むと、思いっきり自分を引っ張り上げる。


まるでターザンのように触手を器用に使い、ものすごい勢いでマンイーターはゼンを追いかけ始めたのだ。



「キシャァァァァ!!」


(やはり早いな…追いつかれるのも時間の問題か…)



そう思い、次の対策を考えていると、視線の先に何かが映る。よく見ると、イノチが仁王立ちして腕を組んで笑っているのが映った。



「イノチ!!」


「ゼーン!!そのまま駆け抜けろぉ!!」



イノチは大声で叫び、ニヤリと笑うと不可思議な動作をし始めた。


両手の平を組んだまま真上に上げ、腰をひねりながらその手を下ろし自分の胸の位置へと持ってくる。同時に、左足を大きく真上にまっすぐ伸ばし上げる。


そして、組んでいた両手を自分の前と後ろに開きながら、上げていた足をこちらに向かって下ろし始めた。



「魔球!!イクスプロージョンショットォォォォ!!」



そう叫びながら、右手に持った何かを思い切りこちらに向かって投げるイノチ。


手から放たれたのは拳大の石だった。

大きな弧を描いて飛んでくる石。


ゼンにはイノチが何を考えているのかまったく理解できなかったが、迫り来るマンイーターから逃げることで精一杯でそれどころではなかった。


石はゼンの少し真上を飛び抜け、後ろから迫ってくるマンイーターに当たる…


かと思われたが、それはそのまま失速し、ゼンとマンイーターの間にポトっと落ちた。



「お主、絶望的な肩だな…」


「うっ…うるせぇ!検証も兼ねてるんだよ!」



ウォタのツッコミに、イノチが反論しているとその石が大きく爆発を起こし、轟音と爆風が巻き起こる。



「ななななっ!!」



体を小さくしていたため、爆風に押しやられ、イノチたちの元へと転がり込むゼン。

逆に、マンイーターは突然目の前で起きた爆発で、真後ろに吹き飛ばされたようだ。



「なっ…!なんだ今のは!?」


「ん…俺の新しいスキルってとこかな。」


「新しい…スキル…?」


「それよりゼン、ミコトたちはどうした?」


「…ミコトたちとは…はぐれた。」


「なに!?」

「なんだって!?」



ゼンは申し訳なさそうな表情を浮かべているが、イノチはその体についたアザを見つけた。



「ゼンさん、もしかして『ウィングヘッド』に会った?」


「…なぜそれを?」


「だって…そのアザ…」



イノチが指さす体のアザを見て、ゼンがうなずく。



「あぁ、その通りだ。40階層で奴と会い、ミコトたちとはぐれてしまったんだ。私はその時、この『呪い』を受けた…」


「みんなは…?みんなは無事…」



イノチがそこまで言いかけると、まだ砂煙が舞う通路の先の方で、マンイーターの咆哮が聞こえてきた。



「イノチ、話は後にしろ。まずは奴を倒すのが先だ。」


「そっ…そうだな。よし…」



気を取り直すと、イノチはポケットからたくさんの石を取り出して、それらを地面に置く。



「…さっきから、それは何なのだ…?」


「…これか?俺の新しい武器だ!」


「武器…?ただの石ころではないか。」


「まぁ見てなって。」



そう言うと、イノチはその一つを取り上げてマンイーターへと顔を向けた。


マンイーターは先ほどの爆発が何か理解できておらず、警戒して一定の距離をとっている。



「離れててくれた方が、こっちには都合が…いい!」



そう言いながら、イノチは石をマンイーターに放り投げた。

大きく弧を描いたそれは、今度こそマンイーターに当たる…


と思われたが、もちろん警戒しているマンイーターはそれに触れることなくバックステップをとってかわした。



「げぇっ!」



再び、轟音が響き、巨大な爆発で地面が大きくえぐられる。



「何も考えずただ投げても当たるわけなかろう。もっと頭を使え、頭を。あと腰の回転と肩をしっかり入れろ!」


「わかってるって!くっそぉ…あいつ、頭いいタイプのモンスターかよ。」


「ただの石が…なぜこんな爆発を起こすのだ…」



まるで野球部のコーチと投手のような構図で話しているイノチたちをよそに、一人驚きを隠せないゼン。



「原理というか…種明かしはあいつを倒してからするよ。」


「…お主、ほんとによくわからん奴だな。」


「ゼンさんまで、ひっでぇなぁ…俺だって頑張ってるのに…」


「ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさと奴を倒すぞ!我の指示通りに投げてみろ。」


「へいへーい!」



ウォタの言葉に、イノチは不満気に石を取り上げるのであった。

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