9話 試練
「りゅっ…竜種の成り損ないだって!?」
ウォタの発言に驚き、聞き返すイノチ。
「あぁ…そうだ。あれを見てみろ。」
「あれって…?……っ!!」
ウォタが示す先…
そこにいる『ウィングヘッド』が、再び大きく咆哮を上げる。
同時に、体と思われる場所にある房のようなものたちが、大きく揺れてその中がチラついて見えた。
「ドッ…ドラゴンの顔…?!」
イノチの目に映ったもの。
それは小さくしぼんで、皮だけになったドラゴンの顔だったのだ。
「どうして…なんであんなことになったんだ!?」
「その話はあとでだ!今はこいつを倒さねばなるまい!!」
ウォタは『ウィングヘッド』を見据えながら、イノチにそう告げる。
そして、体を大きく変化させたウォタを見るや否や、『ウィングヘッド』は襲いかかってきた。
体についている房の中から、何本もの触手が伸び始める。
ウネウネと動く様は、おぞましいとしか言いようがなくイノチは身震いしてしまう。
その触手が四方八方からウォタへと襲いかかるが、ウォタもさすが竜種といったところ。
魔法や自身のツメ、そして、尻尾を使って何事もないようにさばいていく。
「所詮は成り損ないだ!我の足元にも及ばん!!」
「さっ…さすがはウォタ!!頼りになるぜ!」
ウォタの余裕の様子を見たイノチも、焦りに満ちていた胸をホッと撫で下ろした。
しかし…
グオォォォォォォォォォ!!
突然の咆哮と同時に、『ウィングヘッド』がイノチの方へと体を向けたのだ。
(なんだ…?!俺をみて…る?)
(こっ…こいつ…!もしや…!!)
二人がそう思ったのも束の間、『ウィングヘッド』の体の一部、しぼんで皮だけになったドラゴンの顔の部分から、紫色の魔法が放たれたのだ。
一直線に自分に向かって飛んでくるそれを見ても、イノチは足がすくんで動くことができない。
(やばい…!!食らえば…死…)
とっさに死を覚悟して目をつむる…
そして、大きな爆発音が響き渡った。
「ぐっ…はっ…」
ウォタの声が聞こえる。
恐る恐る目を開ければ、目の前で自分をかばい、その魔法を受け、崩れ去るウォタの姿があった。
「ウォタッ!!!」
「しっ…心配ない…!が、これは呪い…か…」
「のっ…呪い…!?」
イノチが聞き返すも、ウォタは弱々しく体を丸めると、いつもの小さい姿に戻ってしまった。
表情は青く、動悸もしており、今まで見せたことのない苦しそうな表情をしている。
「ウォタッ!!大丈夫か!?」
駆け寄り、ウォタを抱き上げると、それを見た『ウィングヘッド』が再び大きな咆哮を上げた。
それはまるで「ざまぁみろ」とでも言っているかのようだ。
そして、再びイノチたちに向き直ると房から触手を伸ばし始める。
「イッ…イノチ…我を…置いて逃げ…ろ…」
その瞬間、イノチは駆け出していた。
腕の中で弱々しくも、自分を置いて逃げろと叱咤してくるウォタを無視して、全速力で走るイノチ。
後ろで咆哮が聞こえ、大きな体を揺らして地響きと共に『ウィングヘッド』が追いかけてくるのを感じる。
「我を…置いて行けと言っとるのだ!ググッ…」
苦しそうにしながらも、言うことを聞かないイノチに痺れを切らして、ウォタが力を振り絞り声を上げるが…
「ハァハァ…馬鹿なこと言うな!いつも助けてもらってるのに、都合が悪くなったら仲間を切り捨てるなんて…ハァ…そんな最低なことできるか!」
「しかし…やつの狙いは我…」
「そんなん、わかんないだろ!いいから首飾りに入ってて!走りにくい!!」
ウォタを無理やり首飾りの中に押し入れると、後ろから追ってくる『ウィングヘッド』を一瞥する。
「くそったれ!…ハァハァ…なんとか逃げ切って体制を整えないと…!!」
「グオォォォォォォォォォ!!」
イノチと『ウィングヘッド』。
二者による、地下での地獄の鬼ごっこが始まったのだった。
◆
その一方で、ミコトにも試練が訪れようとしていた。
「よっと…!」
自身のレアリティのアップにより、格段に戦闘能力が向上しているエレナは、自分の倍以上あるトロールの横を一瞬で駆け抜け、いとも簡単に切り裂いた。
光の粒子になり、消えていくトロールは大きな目玉をドロップする。
「はい!ミコト、これ!」
それを拾い上げ、差し出すエレナ。
「ヒィィィィ…!!」
ギョロリと反射的に動いた目玉を見て、ミコトはその気持ち悪さに悲鳴を上げてしまう。
「ミコト…もう少し慣れてもらわないと…今はあなたがリーダーなんだから。」
「うっ…うん、ごめんなさい。わかってはいるんだけど…」
「まぁいいわ。アイテムボックス出してくれる?」
エレナの指示に、ミコトは携帯端末を操作してアイテムボックスを開く。
そこに、エレナがドロップアイテムを収納していくのを、ただただ見つめていた。
「ミコト、あなたの職業はメイジですわね?」
「あ…あっ…うん!そうだけど…」
「なら…もっと魔法を使って敵と戦うべきですわ!新しい武器も手に入れたのでしょう?」
「…うん…ごめん、そうだよね…」
フレデリカの言葉が胸に強く刺さる。
みんなの力になりたい…
その気持ちは強くある。
世界の真実をイノチから聞いて、戦いに自分の命がかかっていることも十分理解しているつもりだ。
だが、戦うことに…モンスターという生き物を殺す行為に、どうしても躊躇してしまう自分がいる。
生殺与奪…
そんな世界に自分がいることを、ミコトはどこか信じきれていないのだ。
イノチがいない今、判断は自分次第。
自分の判断が、みんなの生死を握っている。
そう思えば思うほど、心が…気持ちが現実から離れていく。
「ミコト…気にし過ぎるな。」
「ゼンちゃん…ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
無理に笑うミコトを見て、ゼンにはその笑顔が苦しく思えた。
竜種であり、今まで人と関わることはなかったゼンだが、ミコトに召喚され、人の心に触れることで、人というものを学んできた。
イノチも含めてだが、彼らに対して思ったことは、一言でいえば「過敏」だ。
敏感、繊細、鋭敏…
外的な要因に影響されやすい生き物だと思う。
ミコトは、イノチよりも格段にその気が強い。今もそれが見てとれる。
特にダンジョンなどでモンスターを相手にしている時は、それが顕著に出る。
しかしその反面、芯は強い。
決めたことは必ずやるし、曲げることはないのだ。
(難儀な生き物であるな…)
ミコトの震える瞳の奥に、揺らぐ炎を感じながら、ゼンは小さくため息をついた。
「グオォォォォォォォォォ!!」
気づけば、この5階層のボスであるアイアンゴーレムが広間に現れ、こちらに威嚇の咆哮を上げている。
ちょうど良い…
無機物タイプのモンスターとは。
ゼンはそれを睨むと、ミコトに声をかける。
「ミコト、やつは私とお前で倒すぞ。エレナ、フレデリカ…君たちにはサポートを頼んでもいいか?」
ゼンの言葉に、二人は笑顔でうなずいた。
ゼンが何を考えているのか、感じ取ったのだろう。
「いくぞ!ミコト!まずはあいつにお前の最大限の魔法をくれてやれ!!」
「うっ…うん!」
『超上級ダンジョン』第5階層。
彼らの…ミコトの戦いもまだ始まったばかりである。




