7話 不安、落下、幸先悪い?
翌日の早朝。
まだ朝日も登る前で、『イセ』の街は眠りについたままだ。
『アソカ・ルデラ山』には朝もやがかかり、幻想的な青色が世界を覆っている。
街から少し外れにある館では、そんな早朝にもかかわらず、イノチたちの活気に満ち溢れていた。
「よし!みんな揃ったな!」
イノチは、エントランスホールに集まっている顔ぶれをぐるりと見回した。
「さぁて!大暴れしてあげるわよ!!」
「うむ!楽しみであるな!」
「新しいスキルを試す良い機会ですわ…はむっ…んぐんぐ…」
相変わらずやる気満々の一同だが、フレデリカだけはカゴいっぱいのバケットを抱えて、モシャモシャと口を動かしている。
「…フレデリカ、まだ食ってんの?」
「…ん?らって、らりままっらんれすもの(だって、たりなかったんですもの)…もぐもぐ…」
もはや何を言っているか分からず、イノチは大きくため息をついた。
「で!今日はどこのダンジョンを目指すのかしら!」
「…あぁ、今日は『アソカ・ルデラ山』の中腹に出現中のダンジョンを目指す予定だよ。」
「ほう!久々の我が古巣!心躍るではないか!」
嬉しそうにしっぽを揺らすウォタ。
反面、イノチは真面目な顔で、一同へと話を続ける。
「きのうも言ったけど、これまでの『上級ダンジョン』とは違って、『超上級ダンジョン』は50階層に及ぶ。なので、攻略には順調に進んでも、おそらく明日の午後までかかると思う。食料関係はメイさんが用意してくれたものがあるから、心配はしないでいいけど…」
「はぁ…それが1番ネックなのよね…」
エレナだけがうなだれて落ち込んだ様子を見せているが、彼女の場合、お風呂に入れないことを嫌がっているだけなのだ。
しかし、イノチは意外だなと感じていた。
もっと駄々をこねると思っていたエレナだが、ダンジョンとお風呂、どっちかと問われた時、彼女はすんなりとダンジョンを選んだのだ。
フレデリカもそうだが、なんだかんだ言っても彼らは仲間を思ってくれている。
その時々で何が重要なのか、しっかり理解して行動してくれていることを感じ、イノチは嬉しくなった。
「ボフ(BOSS)、みやみやみめまいべ、ばやむみみまふれすわ(ニヤニヤしてないで、はやくいきますですわ)」
「…お前はそろそろ食うのやめなさい…俺の感謝の気持ちを返してほしい…ったく」
そう言いながらも、小さく笑みをこぼしたイノチは、改めて一同に告げる。
「それでは!いざ、『超上級ダンジョン』へ!!」
「「「「おお〜〜〜!!!!」」」」
「皆さま…お気をつけて。」
メイに見送られ、一同は『アソカ・ルデラ山』へと出発したのである。
◆
「はぁぁぁ…忙しいのは嫌いなのに…」
たくさんのモニターの前に座り、キーボードに指を走らせるウンエイは、小さくそうこぼした。
今までの清楚な振る舞いとは打って変わり、髪はボサボサで目の下にクマを残し、手元には数本の栄養ドリンクが置かれている。
イノチとの接触から帰還後、指示された通りにコードの書き換えを行なっている彼女だが、その量は膨大であった。
あれからすぐに作業に取り掛かったのに、この2日弱の間は栄養ドリンク以外飲まず食わずで作業を進めてきたのだ。
「あの方も簡単にいうけど、これがどれだけ大変か知ってほしいわ…え〜と、これはこうしとかないとあとで面倒くさい…あっ…これも忘れないように…これで…よしっと。あぁぁぁぁ!終わったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ウンエイはそういうと、イスにもたれかかって背伸びをする。
「これだけしたのだから、彼にはあとで何かしてもらわないと…割りに合わないわね。」
画面に映るイノチとその横に書き記されているソースコードのようなものを見比べる。
「あっ…そうだわ。これを…」
何かに気づき、カタカタとキーボードを打つと、ウンエイはニヤリと笑う。
「これくらいは許してもらわないとね…ふふ…さて、シャワーでも浴びたいわ。それと彼らにもらってきた紅茶も…」
立ち上がったウンエイは、そのままモニタールームを後にした。
◆
ミコトの心は不安でいっぱいだった。
前を歩くイノチには余裕があるのだろうか。
エレナやウォタと冗談を言い合いながら、山道を歩いている。
そんな彼らを見ながら、手に持つ『エターナル・サンライズ(SR)』に目を落とす。
ミコトはこれから挑む『超上級ダンジョン』がどんなものなのか考えていた。
『上級ダンジョン』までの攻略も、ミコトにとっては苦難の連続だった。
薄暗い洞窟の雰囲気…
長く続いていくダンジョンの階層…
そして、突然現れるモンスター…
怖い気持ちを押し殺し、勇気を出して戦おうと思っても、結局心が怯んで体が動かなかった。
ゼンやエレナたちがうまく立ち回って守ってくれてはいたが、そんな不甲斐ない自分も嫌いだった。
みんなと同じように戦いたい気持ちと、勇気を出せない自信のなさの間で、ミコトの心は常に揺れ動いていたのだ。
(私のランクだって、イノチくんたちにもらったようなものだもの…)
自分の力で、ここまでランクを上げたわけじゃない…
そう思えば思うほど、ミコトの心は見えない鎖に縛られ締め付けられた。
「ミコト…?大丈夫か?」
「ゼンちゃん…うん!大丈夫だよ!」
力なく笑うその顔は、明らかに不安に支配されている。
おそらくそれ以外の葛藤にも…
ゼンはそう感じて、再び何かを考えているミコトを見つめる。
ゼンにも葛藤はある。
目をつぶれば浮かんでくるのは、ウォタの姿だ。
力だけで見れば、ゼンの方が強い。
しかし、知識、技術、魔力などを総合的に考えると、ウォタの方が格段に上であるとゼンは悟っていた。
今回のランクアップ…
本来ならば、素材を集めれば強くなれるなど考えられないことである。
しかし、ミコトに召喚されてからは、それが理だと割り切っていて、ゼンの中には淡い期待があったことも事実だ。
ウォタを越えられるかもしれない…
しかし、その素材は簡単に手に入るものではなかった。
ゼンは再びミコトを見る。
「ミコト…考え過ぎるな。今は彼らと一緒に戦うことが重要なのだ。」
「うん…わかってる。ゼンちゃん、ありがとね。」
無理していることがわかる笑顔。
これまで人との交流などほとんどなかった竜種にでも、それがすぐにわかる笑顔であった。
・
・
「さて、ついたぞ。」
イノチたちは目の前にあるダンジョンを見上げた。
ここは『アソカ・ルデラ山』の中腹。
山道から登り、途中、道のない山腹を抜けてたどり着いた場所に、それは静かに佇んでいた。
森林や草原に出現するものとは違い、この『超上級ダンジョン』は山腹から突き出している形だった。
入口から漂う雰囲気は、まるで『アソカ・ルデラ山』の地下へと…地獄へといざなうかのように感じられる。
「やっぱり、『上級』までとは雰囲気が全然違うな。」
「そうね!腕がなるわ!!」
恐る恐る言ったつもりが、横ではエレナが腕を振り回している。
久々に見るギラついた瞳の奥にも、炎に燃えている闘志が見える。
「時間もあまりないし、どんどん攻略していこう!陣形は今までと一緒な!」
皆はイノチの言葉にうなずくと、エレナを先頭に入口へと足を進めた。
初めは今までと一緒で、長い階段が続いていく。
『上級』までは青色だった最初の松明も、その色はすでに黄色で、難易度の高さがうかがえた。
階段が終わり、まっすぐと続く通路にでる。
するとすぐに、目の前に何かが落ちていることにエレナが気づいた。
「BOSS…?何か落ちてるわ。モンスターの気配はないみたいだけど…どうする?」
「何が落ちて……っ!!?」
イノチはそれを見て驚いた。
『黄金石』が落ちていたのだから。
「BOSS?どうしたの?」
無言のままゆっくりと歩き出すイノチに、声をかけたエレナは、その目を見てギョッとした。
「BOSS…!?まさか…!」
その瞬間、イノチが走り出す。
その目を輝かせ、ハァハァと動悸する様は、キモいの一言で済ましてよい。
そして、イノチが地面に落ちた『黄金石』に手をかけた瞬間だった。
「『黄金石』!ゲットだぜぇぇぇぇ!!」
ゴゴゴゴッ
ガラッガラガラガラガラッ!!!
高らかに声を上げるイノチの足元が、大きく崩れ出す。
「うわぁぁぁっ!!!なんだぁぁ!?」
「BOSS!!」
とっさに滑り込み、エレナは手を伸ばすがあと一歩のところで間に合わない。
「わぁぁぁぁぁ………………………」
エレナの瞳には、暗闇に消えていくイノチの顔が鮮明に焼き付いていたのだった。




