55話 乙女心と調味料②
「しっかし…メイさん大丈夫かな?どこか体調が悪いとかじゃないといいけど…」
自分たちで作ったうどんを、ズルズルと食べているイノチたち。
「誰にでも、調子の悪い時はあるものだ!この我にだって、ゼンにだってそういう時はあるのだからな!」
「ウォタやゼンさんも…?竜種でも調子が悪くなること、あるんだな。」
「当たり前だ!我らをなんだと思っておるのだ!体調は大切だぞ!悪ければ戦いにだって影響するからな!」
「ちなみに調子の良い時と悪い時の例は?」
イノチは麺をすすると、ウォタに質問する。
「良い時と悪い時か…?まぁ我であれば、調子が良ければ、今の『アソカ・ルデラ山』くらいは簡単に洗い流せるな。のう、ゼンよ!」
ゼンは無言でうなずくと、うどんを口に入れる。
「けっ…けっこうすごいな、竜種の力って。あの山って相当でかいぞ?」
「モグモグ…『アソカ・ルデラ山』は、元は火山だ。大昔に噴火して上層が吹き飛んだことで、今の形になったとされている。噴火がなければ、世界最高峰だったとさえ言われているからな。でかいのは当然だ。ズルルルッ…」
「へぇ〜世界最高峰…大昔の噴火かぁ…案外その噴火も竜種のしわざとか…なんてね。」
「ほう…」
イノチの言葉にゼンが反応する。
「お主、意外と察しがいいな。」
「えっ…もしかしてリアル…?」
ゼンはそれ以上は言わず、ニヤリとするだけだ。
「意味深だな…まぁ、言わないなら聞かない…これ、大事…ズルルッ」
「ところで、あやつらは風呂でなんの話をしておるのだろうな…ズルッズルルッ」
「あ〜確かに。フレデリカは女子だけでって言ってたけど、別にここで話せばいいのにな。ズルルルルッ…」
「まったくだ!隠れてこそこそ話し合いとは…ズルルルッ」
「……。ウォタは仕方ないとしても…君もそこまで鈍感だとは…」
「え?ゼンさん、何か言った?ズルルッ」
「…いや、なんでもないさ。」
ゼンは小さくため息をつく。
(ウォタが一緒におるからどんな男かと思えば…恐ろしく鈍い男だ。エレナとフレデリカの行動にも合点がいく。)
「おかわりあるけど…ウォタとゼンさんはいる?」
「我はもらうぞ!」
「はいよ!…ゼンさんはどうする?」
そう問いかけてくるイノチの無垢な表情を見て、ゼンは小さく笑みをこぼすと、「もらおう。」と一言だけ伝えるのであった。
◆
女性四人は、露天風呂に移動していた。
エレナとメイが、イノチに内緒で女湯にだけ作った秘密の設備だ。
まぁ、もうバレているが…
四人はそこで肩を並べている。
「食後のお風呂もまた格別ですわ!」
「それはあんただけでしょ!本来は食後にお風呂に入るのはNGなのよ!」
「ヒューマンは不便ですわね!反面、我々ドラゴニュートは、血液循環を操作できますから、消化不良など起こしませんわ!」
あいかわらずエレナとフレデリカが言い合っている様子を見て、ミコトは小さく笑う。
「フフフ…お二人はとても仲良しなんですね!」
「「誰がこんなのと!!」」
「フフ…だって息もぴったりだし。」
「…はぁ…まぁ、命を預け合う仲ではあるしね。その辺は信頼してるわ。」
エレナの言葉にフレデリカは無言だが、その表情は満更でもなさそうだ。
ミコトはふと、メイの方へ視線を向ける。
彼女は下を向いて何やらブツブツと言っているようだ。
「メロンがひとつ、メロンがふたつ、スイカがひとつ、スイカがふたつ…」
(その気持ち…よくわかるわ、メイさん…)
近づいたミコトは、聞こえてきたメイの言葉にウンウンとうなずき、そして声をかけた。
「メイさん…少しお話ししませんか?」
「メロンが五つ…スイカが…え?はっ…はい!わたくしでしょうか!?」
突然、声をかけられたメイは、立ち上がりバチャバチャとお湯を跳ね散らかしながら、ミコトの方を向いた。
「えぇ…メイさんはここに来てどれくらいなんですか?」
「わっ…わたしは…」
メイは落ち着きを取り戻すと、静かに湯に浸かり、悩んだ表情を浮かべて話し始める。
「わたしはここに来て、2週間ほどになります。その前は『イセ』の大商人アキンドさまのご自宅でメイドをしておりました。」
ミコトはその話を静かに聞いている。
「最初にここへ来たのは、お掃除のお手伝いのためでした。使っていない館へ命の恩人に貸し出すため、それを手伝うよう指示され…その時、イノチさまとエレナさまお会いしたんです。」
「初めはわたしの案内で館を回り、掃除の計画を立てました。しかし、これだけ広い館です。お二人とも疲れ切ってしまって…ここはわたしがしっかりしないとと思い、きっちりとお掃除させていただきました。」
話すのが楽しそうなメイ。
思い出しながら、笑みを浮かべてお湯を手ですくう。
「あの時のお二人のお喜び様は、今でも目に浮かびます。イノチさまもわたしの事をすごいとおっしゃってくれて…あの時、わたしはお二人のために頑張ろうと思ったんです。」
いつのまにか、エレナとフレデリカもメイの話を静かに聞いていた。
メイは、すくったお湯をチャプチャプと湯船に戻す。
「最近、アキンドさまから言われました。この館で正式に働きなさいと…イノチさまにしっかりお仕えするようにと。それなのに…それなのに…」
メイは小さく肩を震わせる。
水面から反射される月の光で、メイの瞳からこぼれ落ちる雫がきらりと光る。
「失敗するメイドなど、メイドに非ず…この言葉を胸に、これまで必死にやってきたのに。今日でそれも潰えてしまいました。」
「そんなことないと思うけど…誰だって失敗はするし、調子が悪いことだってあるんだから。」
「メイドにとっては、それらも含めてお仕えするということなのです…失敗は主人への冒涜…本来なら死をもって償わなくては…」
「そんな大げさな…」
「あっ…あなたにはわかりません!!」
ミコトの言葉に、メイはつい声を荒げてしまった。
「すっ…すみません!つっ…つい感情的に…うぅぅ…こういうところもメイド長には直しなさいと言われていたんです…」
「気にしないで…わたしは大丈夫だから。」
「ちょっといいかしら…?」
ミコトが苦笑いでメイと話していると、エレナが口を開く。
「メイ、あんたは今日までしっかりやってきてくれたわ!それは間違いない!あたしもフレデリカも保証する。」
「ですわ!」
フレデリカは腕を組んでスイカを揺らす。
「だけどね、ひとつ直さなきゃいけないことがあるわ!メイ、わかる?」
「直さなきゃいけないこと…ですか…」
それを聞いたメイは、目に涙を浮かべて問いかけた。これ以上に直さなくてはならないことがあると言われ、悲しい気持ちが溢れたのだ。
しかし、エレナの言葉は予想外だった。
「あんたは使用人じゃない!あたしたちの『仲間』なの!!そこが根本的に違うのよ!」
その言葉にメイは、驚きを隠せない。
『仲間』など、これまで生きてきた中で言われたことがなかったからだ。
瞳に涙が溢れて、エレナをうまく見ることができない。
でも、なんだかとても嬉しかった。
心の奥が温かい。
「あたしたちは稼いでくる!あんたはこの館の管理をする!みんなで一つのチームなの!そこに上も下もないのよ!!」
「はい…」
「それを改めなさい!今後、同じこと言ったら、あたしもフレデリカも許さないからね!!」
「はい…はい…」
メイはエレナの言葉に何度もうなずいた。
「それともうひとつ…」
そんなメイにフレデリカが声をかけた。
「メイはBOSSが好きなのでしょう?愛を勝ち取るには、戦いは必須ですわ!!」
「はっ…?」
「え…?」
「はぅっ…!」
突然の話の方向転換に、三人が驚きの表情を浮かべ、フレデリカを見つめる。
フレデリカは言ってやったというように、あいかわらず腕に果実をのせて揺らしている。
「なななっ…何をおっしゃって…?」
メイは理解できず、目をグルグル回してフレデリカへ問いかける。
「言葉のとおり!!誰がBOSSの1番になるかは、dead or arrive!!なのですわ!!」
フレデリカは天を指差し、豪語したのであった。




