50話 作戦コード:BNT
「あとどれくらいですの?」
森に入って数分は走っただろうか。
フレデリカとエレナは、爆発が起きた場所より少しずれた地点を目指して走っていた。
「そう遠くないはずだけど…あっ…あれよ!」
数百メートルほど先だろうか。
エレナとフレデリカの視線の先に、木に背を向けてしゃがみ込む少女と、それを囲む男たちが映った。
「何やら不穏な感じね。BOSSは…?」
「後ろですわ。」
フレデリカが親指で示す先には、後ろからヒィヒィ言いながら追いかけてくるイノチの姿があった。
「もう!あいかわらず遅いわね!」
「どうします?」
「お願いしてもいい?」
「了解ですわ。」
エレナの言葉にうなずくと、フレデリカは走るスピードを緩めて、イノチのところへ向かう。
「坊主!早くいかんか!二人に遅れとるぞ!!」
「そんなこと…言ったって…ハァハァ…あいつらが…ハァハァ…速すぎるんだ…!」
顔を上げて苦しそうな表情を浮かべているイノチに、懐から顔を出したウォタが檄を飛ばす。
すると、フレデリカがイノチの走るスピードを合わせて横に並んだ。
「おぉ、フレデリカ。よいところにきた!」
「BOSS、大丈夫ですの?」
「フレ…デリカ?…ハァハァ…どうした…?」
「BOSSが遅れているので、エレナからお願いされましたの。」
「ハァハァ…お願い?…何を…うわぁっ!?」
走っていたイノチを、突然フレデリカが持ち上げる。
「では、行きますわよ!」
「ほほ〜い、そうきたか!」
「なになに…!行くってどこに!?」
「せぇ〜のぉ〜っ!!」
フレデリカは両足でブレーキをかけ、一気に速度を落とす。
そして、止まると同時に慣性の法則を利用して、イノチを思いっきり投げ飛ばしたのだ。
「どわわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
涙目になるイノチは、一直線に森の上空へと到達。
眼前に広がる緑の絨毯と少し赤みがかった空、遠くに見える山々が素晴らしい調和を生み出していて、イノチは一瞬だけその眼を奪われた。
「きれいだ…」
「だのう…」
ウォタも嬉しそうにその景色を見つめている。しかし、その一言をつぶやいた瞬間、今度は重力がイノチの体を引っ張っていく。
ジェットコースターのあの感覚だ…
高いところから一気に落下する時の胃の中が持ち上がる浮遊感…
吐き気が口の中に訪れる。
胸がキュウっと締めつけられる。
そんな感覚が体を支配していくのを感じる。
「ふわぁ…今日は活動し過ぎた…じゃ、なんかあったら呼べよ!」
「いっ…今がそのなんかじゃ!!こっ…この体勢じゃ…落下先がみっ…見えない!!くそっ!!」
首飾りの中に消えたウォタなど構っていられないし、体勢を立て直したところで、どうにもならないことはわかっている。
しかし、状況がわからないことに不安を抱くのは人の性なのか、なんとか体勢を整えようと体をひねるイノチ。
しかし、中途半端な行いほど状況を悪化させるものはない。変な体勢のまま、イノチは落下することになった。
きれいだった景色は見えなくなり、再び森の中へと潜り込む。
落下速度は加速度的に増している。
細い枝木をへし折りながら、イノチは意に反した形で、着地点を目指していた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!落ちるぅぅぅぅぅぅ!!!死ぬってぇぇぇぇ!!!」
大声を上げ、泣き叫びながら死を覚悟し、目を閉じた瞬間、柔らかい感覚と恐ろしく痛い衝撃が体に襲いかかった。
ドゴォォォッ!
「ぐえっ!!」
「ぐはぁっ!!」
巻き上がる砂煙。
どうやら仰向けに着地したようで、視界には舞う砂埃と、木々の間から見える空が映し出される。
「ハァハァ…ハァハァ…生き…てる?」
顔の前に手のひらを持ってくる。
小刻みに震えているのは、落下の感覚と恐怖が体から抜けきれていないのだ。
「よかったぁ…死んでない…ん?」
そうこぼして安堵したイノチは、背中の下に何やら柔らかいものがあることに気づいた。
「痛てててて…うわっ!なんで俺の下に人が…?」
なんとか起き上がって確認すると、そこにはうつ伏せに倒れ込み、意識を失った男がいたのだ。
その目は白目をむいている。
「あちゃ〜もしかして着地の時に…」
「なっ…なんだ、てめぇは!?」
突然、知らない声がかけられた。
驚いて振り向くと、二人の男が驚きと怒りの眼差しをこちらに向けている。
しかも、すぐ横の木の前には、しゃがみ込んだ女の子がキョトンとした表情でイノチを見ているのだ。
「あれ…これはどういう…」
「何もんだって…きっ…聞いてんだ!」
イノチも男たちも状況を把握できていないようだ。
男たちは得体の知れないイノチに対して、持っている剣を威嚇するように向けている。
「こっ…これは何やらお取り込み中でした…?ハハハハハ…おっ…俺は邪魔なようなのでこれで…」
そう告げて、立ち去ろうと後退りした瞬間、しゃがみ込んでいた少女が突然立ち上がってイノチの後ろに隠れたのだ。
「てっ…てめぇ!やっぱり仲間か!?」
「えっ…あの…これは…?」
「助けてください!!」
動揺する三人の男どもをよそに、イノチの服をグッと掴み、大きな声でイノチに助けを求める少女。
「えっ…助けてって…てことは君が…」
「なにをごちゃごちゃと…おい、やっちまうぞ!お頭の仇だ!!」
男のひとりがそう言うと、もうひとりがイノチに対して剣を振り上げる。
「まっ…まじかよ…!?」
とっさにイノチは体を前に向けると、少女をかばうように手を広げた。
真っ直ぐな軌道を描き、イノチめがけて剣が振り下ろされる。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
(だめだ…やられる!!)
そう感じて目をつむったその時だった。
キーンッ
「おわぁっ!?」
金属の乾いた音があたりに響き渡り、剣を振るっていた男は尻餅をついた。
「なっ…なんだ、てめぇは!?」
指示を出す男が誰かに問いかける声が聞こえてくる。
イノチがゆっくり目を開けると、目の前にはエレナがいて、ダガーを構えて立っていたのだ。
「エッ…エレナっ…!」
「ふぅ…間に合ったわね!フレデリカのやつ、やっぱりわかってなかったわ!」
イノチの方へ振り向くと、後ろから追いついてきたフレデリカを睨みつける。
「フレデリカ!?あんた、なんでBOSSを投げんのよ!!」
「えっ…?違いましたの?わたくしはてっきり、作戦コード:BNTかと…」
「なっ…なにその作戦コード…俺知らないよ?」
「いやいや!普通に考えてBOSSは投げないでしょ!!あたしはBOSSを担いで来てって意味で言ったの!!どうやったらそんな考えになるのよ!!」
「だっ…だよね…そうだよね…てか、エレナも作戦コードで理解できるの?いつ決めたんだよ…」
「だって…どうせエレナは、獲物を全て独り占めする気でしたのでしょう?」
「ヴッ…そっ…そんなこと…ないわよ。」
「…ん?あれ…?エレナさん?」
「ダメですわ!楽しいことは仲良く山分けしないと!」
「あんたねぇ…」
「…もう作戦とかまったく関係ないじゃん…」
「まぁ、結果良ければ全て良し…ですわ!BOSSがひとり倒してくれたのですから、あとは一人ずつ…公平に分けましょう!」
あいかわらずマイペースに高笑いをするフレデリカを見て、エレナはため息をついた。
イノチはというと、二人のやりとりに対して疑問が拭えず、ジト目で見つめている。
「てっ…てめぇら!勝手に…なっ…何ほざいてんだ!!」
ほったらかしにされていたことに気づいた男たちは、再び剣を構えてエレナたちに咆哮する。
その声に気づいて、エレナとフレデリカはゆっくりと男たちに顔を向けた。
「「ひっ…ひぃぃぃぃ!!」」
彼女たちの顔を見た瞬間、男たちは何かに怯えるように後退りする。
イノチには、彼らが何を見たのか安易に想像できた。
拳をパキパキッと鳴らして近づいて来る美少女二人に対して、男たちの断末魔が森中に響き渡るのであった。
※作戦コード:BNT(BOSS投げて突撃)




