35話 圧倒の連携
サリーはタケルからの合図を確認すると、リュカオーンに向かって駆け出した。
後ろでは、助けたプレイヤーが声をかけてきたが、そんなことは構わずに腰にあったダガーを抜剣する。
吸い込まれそうなほどに、きれいな紫青の刀身を持つそのダガーは、シンプルなデザインの中にどこか凶々しさを醸し出している。
それに加えて、サリーはもう一つある物を懐から取り出した。
小さなナイフのように薄い刃が確認できるが、鍔などの柄の部分はない。
まるでナイフ型の手裏剣のようなそれを、サリーは何本か手に持つと高く跳躍する。
そして、リュカオーンの顔めがけて投擲したのである。
ドスドスドスッ
重く鈍い音がして、投擲した武器がリュカオーンの鼻の横あたりに突き刺さる。
突然の痛みに怯みつつ、リュカオーンがサリーの方へと顔を向けた。
《ぐっ…またノミが湧いてでやがったか!!調子に乗りやがって…くそ!》
リュカオーンは悔しげにそこから距離を取ろうとするが…
「おらぁ!!"リコレクター"!!」
ガージュが盾を自分の前にかざしてそう叫ぶと、盾が青色の光を放つ。
すると、どうであろう。
リュカオーンはガージュから目が離せなくなったのだ。
《ぐぅ…敵視のスキルか!!小賢しい真似を!!》
再び、広範囲魔法を発動しようと、自分の周りにに漆黒の丸い歪みを発生させるリュカオーン。
しかし、今度はフレデリカの魔法がそれを防ぐ。
「同じことを何度もさせるわけないですわ!!」
バリバリッと音をたて、何本もの白光の筋がリュカオーンの体に撃ち放たれる。
《がっ…がぁぁぁぁぁぁ!!》
激しい電撃が体全体を駆け抜け、リュカオーンの皮膚は先ほどよりもひどく焼け焦げていく。
怯んだリュカオーンの隙をついて、今度はエレナが2本のダガーによる斬撃を連続で繰り出した。
疾風の如くエレナが横をすり抜けると、その軌跡をなぞるように、リュカオーンの体の上を斬撃が走っていく。
《ガハッ…グググググ…》
血飛沫を上げ、体を引きずるリュカオーンは苦しそうに頭を下げた。その一瞬をサリーは見逃さず、一気にたたみ込もうとして後方から飛びかかった。
が…
《…グ…調子にのるなよ!!》
「「……っ!!」」
サリーに気づいていたリュカオーンは尻尾を振り下ろした。
砂ほこりを巻き上げ、地面に叩きつけられたサリーに気を取られ、エレナとフレデリカの攻撃の手が、一瞬だけ緩んでしまう。
リュカオーンはそれを見逃さない。
《カスどもが…死ねっ!!》
「しまっ…!!」
再び、漆黒の歪みが周囲に現れたことに、エレナは焦りを浮かべた。
唯一、あの雷を防ぐことができるのはガージュと言う鎧の男だけだ。しかし、彼のところまで全員が戻る暇などない。
だからと言って何もしなければ、このままあの黒い雷に撃たれ全滅もあり得る。
エレナは遅れながらも、リュカオーンに飛びかかった。しかし、攻撃のターンはもはや完全にやつに移行している。
《手こずらせやがって…これで最後だ!》
(間に合わない…!くそ…!!)
リュカオーンがそう叫び、漆黒の歪みから黒い雷の電撃がバチバチッと音をたてる。
エレナが相討ち覚悟で飛びかかるその時であった。
「…そのお目目…ちょうだいします…」
《なっ…!?貴様…!!》
「えっ!?」
リュカオーンの瞳には、銀髪の影が映し出されていた。そしてそこには、紫青に光るダガーも。
驚くエレナを尻目に、生々しい音とともに、リュカオーンの右目から真っ赤な血飛沫が飛び散った。
《ギャオォォォォォォォォ!!》
悶え、絶叫をあげるリュカオーンのことなどお構いなしに、今度は左目に忍び寄り、無表情で再びダガーを振り上げるサリー。
しかし、暴れるリュカオーンの右足が彼女を叩き飛ばし、壁に叩きつけられ砂ほこりが舞い上がる。
「くそっ…さっきから攻撃をモロに喰らいすぎなのよ!」
少し離れた位置に着地したエレナは、受け身も取らずにリュカオーンの攻撃を受けたサリーを心配して、駆け寄ろうとするが…
「ご心配なく…」
「えっ…?!あんた…今…あれ?」
目の前で吹っ飛んだはずのサリーが、すました顔で自分の後ろにいたことにエレナは驚きを隠せない。
しかも、体を見るとキズやほこりは一切ついていなかったのだ。
「あんた…どうやって…」
「話は…あいつを倒してからにしましょう…」
サリーは、ふらつきながらもこちらを睨みつけているリュカオーンを見据えて、そう答える。
《きっ…貴様ら…絶対に許さん…よくも俺の目を…!》
「サリー!ガージュ!彼女たちと協力して、一気にたたみかけるんだ!!」
あきらかにダメージを蓄積している様子のリュカオーンを、離れたところで確認したタケルはサリーたちに指示を送る。
「「YES Sir!!」」
サリーとガージュは、リュカオーンめがけて駆け出した。エレナがタケルを一瞥すると、こちらに向かってニコリと笑みを送ってくる。
「ちっ…なんか気に食わないんだけど…」
「やるしかないですわね…」
怪訝な表情を浮かべるエレナに、フレデリカは一言だけ声をかけると、サリーたちの後を追う。
エレナとフレデリカは、気を引き締め直すと、リュカオーンへの最後の攻撃に遅れて参加するのであった。
◆
《こいつら…いったい何なんだ!!…グゥ…》
リュカオーンは明らかに焦っていた。
今もまさに、エレナたちの攻撃を何度も受け、徐々に自分の生命力が削られていくことを感じている。
なぜ、自分がこんなにもダメージを受けているのか…
なぜこんなにも追い詰められているのか…
その理由がわからないのだ。
御方から承った"絶対的防御"の効果は、アクアドラゴンの攻撃さえ防ぐはずだったのに…
《…くそ、なぜ"絶対防御"が破られたのだ…ガハッ…なぜ、こんなことに…!?しかも、あのデカブツの敵視スキルで動くこともできんとは…》
ガージュの"リコレクター"と言うスキルにより、身動きが取れなくなっているリュカオーン。
襲いくる斬撃や魔法をかわせずに、その苦しみに耐えている。
《…そうだ、あの小僧…あいつが俺の足元で何かをしてから…グッ…こうなったんだ…あの野郎は…どこにいやがる!!》
そう悔しさを滲ませるリュカオーンの視界にあるものが映る。
自分に向けられた視界を埋め尽くすほどの斬撃や魔法の隙間から、少し離れた場所にいるイノチの姿を捉えたのだ。
《見つけたぞ…!小僧!!お前を殺せば…この意味不明な状態も解けるのではないか!!?》
突然、リュカオーンが上に顔を上げ、大きな咆哮を上げた。
ただの咆哮。
スキルでもなんでもない大きな咆哮であったが、辺りを震わせるには十分な大きさだった。
その振動でガージュの体制が一瞬崩れる。
「しまった…スキルが…解ける!!」
敵視のスキル"リコレクター"は、ガージュが盾を敵に向け、それから発せられる魔力により、相手の視線、動きを封じ込めるスキルである。
そのリュカオーンに向けていた盾が、一瞬だけずれてしまったのだ。
リュカオーンにとって狙ったわけでもなく訪れた好機。
その一瞬で、リュカオーンはイノチに向かって駆け出したのだ。
「なっ…やばい…BOSS!!」
「まずいですわ!!」
エレナは、リュカオーンを追って一気に駆け出した。フレデリカも魔法を放つ準備をしつつ、その後を追う。
完全に意表を突かれたタケルも、すぐにサリーに指示を出し、自分もイノチの方へと駆け出した。
しかし、到底追いつける訳がないほどの距離がそこにはある。
イノチとリュカオーンの距離が徐々に縮まっていく。
《カハハハ…!小僧!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!》
咆哮とともに、リュカオーンのキバがイノチへと襲いかかったのだった。




