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94話 交換条件


その狼はヴィリを静かに見下ろしていた。


凛とした佇まいは威厳と尊厳に満ち溢れ、その瞳は理性的で冷たくも力強いオーラを放っており、真っ白な毛並みはとても美しくまるで輝きを放っているようだった。


そして、何より特徴的なのは目の下と額にある赤い紋様。



「ちっ…!厄介なのが…」



面倒臭そうに舌打ちすると、ヴィリはいったん狼と距離を取る。


その様子を見ていたアマテラスは、狼の横まで歩いてくるとヴィリに視線を向けた。



「お前…ヴィリ…だな?ヴェーはどうした。」


「てめぇ…アマテラス。なんでここに…」


「なんでって…ここは妾の国だ。ここにいて何が悪い?」



そう睨み合う二人のそばで混乱するミコト。



「あの人は…誰?」



状況を理解できず、何度も二人を見返すミコトにゼンが説明する。



『あの御方はアマテラス様だ。我々、竜種の生みの親であり、このジパン国の神でもある。』


「この国の…神さま?そんな人がなんで…」


『私にもわからない。このドラゴニックフォームを獲得したときに念話では話したのだが、まさか下界へお越しになられるとは…滅多にお会いできる方ではないのだが…』



ミコトはヴィリと対峙している女性に再び目を向ける。

アマテラスと呼ばれ、薄いピンクと赤を基調とした祭祀服をまとった美しい女性。


その女性はこの国の神だとゼンは言った。


日本神話に出てくる神『天照大御神』と同じ名前であることは、偶然の一致なのかミコトにはわからない。


だが、イノチから聞いた話だとこのバシレイアには世界を管理する神たちがおり、彼らは邪神を倒そうとしているという。


ならば、アマテラスは世界を管理する神の一人、若しくはその人であり、ヴィリと呼ばれる男は邪神という事になるのだろうか。


そして、イノチに接触してきた老人と少年、そしてクラン『ガチャガチャガチャ』の拠点に現れた"ウンエイ"と呼ばれる人物は、彼女たちに仕えているという事になるのだろうか。



(わからないことだらけだよ。でも、ゼンちゃんを産んだ神さまってことは私たちの味方なのかな。今回は助けに来てくれた…とりあえずはそれで良いんだよね。)



ミコトはそんなことを考えながら、目の前でヴィリと対峙するアマテラスを見て本心では少しホッとしていた。


睨み合っていた二人の間で、再び会話が始まる。



「もう一度聞くぞ?ヴェーはどこにいる?お前たち二人に話があるのだ。早く奴を呼べ、ヴィリよ。」


「お前の指図は受けねぇ…」


「偉そうに…強がるなよヴィリ。この状況を理解できんお前ではあるまい?妾とこのツクヨミ、二人の相手がお前に務まるのか?」


「ちっ…!面倒臭ぇ…厄介なことになったな。」



鼻を鳴らし、完全に見下した視線を向けてくるアマテラスとツクヨミの態度は、ヴィリを苛立たせるのに十分だった。


しかし、だからといって感情的になるヴィリでもない。

今の状況は自分たちにとって不利だと理解しているのだ。


大きなため息の後にヴィリが大きく叫ぶ。



「おい、ヴェー!出てこいよ!お呼びがかかってるぜ!」



その声に反応して、ヴィリの近くの木陰から薄紫のツインテールの少女が姿を現した。



「ヴィリのバカ…そこは時間を稼ぐところ…」


「仕方ねぇだろ!この状況は俺一人じゃ無理だって!相手は主神二人だぜ?」



プクッと頬を膨らませ、不満げな表情を浮かべるヴェーに対して、ヴィリは頭を掻いてそう弁解する。



「お前がヴェーか…確かに彼の御方に似ておるな。」



ヴェーをジロリと観察し、そうつぶやくアマテラス。

 

対するヴェーも負けじとアマテラスを睨みつけるが、ツクヨミと呼ばれた白き狼がぶつかり合う視線の間に割って入り、鋭い視線をヴェーへと向けた。


今度はツクヨミと睨み合うヴェーとヴィリ。

しかし、アマテラスがその沈黙を破り、ツクヨミへと声をかける。



「ツクヨミ…大丈夫だ。」


『しかし、姉上。奴ら、少し調子に乗り過ぎでは…』


「確かにそうだな。だが、今日は争いに来たのではないのだ。それはお前もわかっておろう。」



その言葉に納得がいかないといった表情を浮かべたツクヨミだったが、その場を退いてアマテラスの横へと戻っていった。


それの姿を無言で睨みつけるヴェーとヴィリ。

そして、四人の様子を固唾を飲んで見守るミコトとゼン。


その沈黙を、再びアマテラスが破る。



「お前たちの目的はランク戦に向けたジパンのプレイヤーの殲滅であろう?そして、その後にはノルデンによるジパンへの侵略…お主ら北欧の神どももノルデンのプレイヤーたちもウハウハって訳だな。」


「…いったい何のことだぁ?何を根拠に言ってやがる。」


「しらばっくれても無駄だ。お前らがやってきたことは全部ここに記録として残してあるからな。」


「なっ…!?記録だと…?」



アマテラスがどこからともなく取り出したのは、小さなUSBメモリのようなものだった。


それを見たヴィリは目を見開いて驚き、その横で表情を変えずにいたヴェーの額にも一筋の汗が流れ落ちる。



「八岐大蛇へのハッキングに、プレイヤーへの襲撃。しかも、この世界の住人へ危害を加えるという暴挙付きだ。他にも有力な証拠がまだまだあるぞ。」


(まずい…。私たちの動き…バレてた…?だけど…あの記録が本物であるかはわからない…)



そんなヴェーの心を読み取ったかのように、アマテラスの横でお座り状態のツクヨミが口を開く。



「ここは我らの国だ。故に目の届かない場所などない…貴様らの策略など姉上が全てお見通しなのだ。わかったか、下郎どもめ!」


「ツクヨミの言うとおりだよ…で、どうする?まだ続けるというならば、これらの証拠を次の運営会議で提出させてもらうが…」



その言葉にさらに顔を青くした二人。

運営会議と聞いて、先日ランク戦への参加資格を剥奪されたアヌビス神のことが頭をよぎったのだ。



(それは…一番まずい…ランク戦に出れなくなると…兄様に"怒られてしまう"…)


(まじぃな。これが原因でランク戦に出れなくなったら、兄貴に"殺される"…。くそっ!どうする…)



そう頭を悩ませるふたりだったが、先に観念したのはヴェーだった。


彼女は構えを解き、ヴィリに声をかける。



「ヴィリ…今回は撤収…する。」


「…いいのか?このままじゃ、やられっぱなしだぜ。しかも、兄貴にはなんて…」


「いい…やり返すメリットがない。それに兄様には包み隠さず伝える…今回は隠した方が危険。」


「…そうだな。わかった。」



ヴィリはヴェーの言葉にうなずくと、同じように構えを解いた。


そして、小さくため息をつくと、アマテラスとツクヨミを睨みつけてこう告げる。



「お前らの言う通り、今回は手を引くことにしてやる。」


「まぁ、それが賢明だ。しかし…それだけではなぁ。」



ニヤニヤと笑うアマテラスの言葉に対し、不服そうに舌打ちするヴィリ。



「ちっ…わかっている。ハッキングしていた八岐大蛇は元に戻すし、損害を受けたプレイヤーとこの国の住人への対処もこちらで行っておく。その代わり…」


「うむ、全て元通りにしてくれれば、今回は不問にしよう。」



アマテラスはヴィリの言葉に大きくうなずいた。


それを聞いたヴィリが目をつむり、片手を上げて小さく何かをつぶやいた。


すると、彼の体を金色のオーラが包み込み、上げた手から無数のオーラが解き放たれる。


それらはタカハの街全体に飛び渡り、破壊された木々などのすべての自然を元の形へと修復し、怪我を負っていたプレイヤーたちの傷を癒していった。


その傍では、どこからともなく取り出したキーボードをカタカタと鳴らすヴェー。


小さくため息をつき、最後にエンターキーを押下すると、ヴィリに声をかける。



「ヴィリ…八岐大蛇のデータ…修復完了…」


「あぁ、俺の方ももう終わった。」



ヴェーの言葉にうなずいて、自分も纏っていたオーラを消すと、ヴィリは手を下ろして小さく息を吐き、アマテラスへ視線を向けた。



「これでいいな…全部元に戻しておいたぞ。」


「あぁ、確認したよ。問題ない。」



その言葉を聞いたヴィリが黒いゲートのようなものを発生させ、ヴェーが先にその中に飛び込んだ。



「約束は…守れ。」



ヴィリもそれだけ言い残すと、ヴェー同様に黒いゲートの中へと消えていった。



「姉上…よかったのですか?」



消えるゲートを見つめるアマテラスに、ツクヨミが声をかける。



「あぁ、今回はこれで良い。窮鼠も追い込まれれば猫を噛むからな…」



二人はヴィリたちが消えた後をしばらく眺めていたのであった。

お読みいただいている皆様。

日頃よりご愛顧いただき、大変ありがとうございます。

そして、今年は大変お世話になりました。


今年も残すところわずかとなりましたが、先日もお伝えしたとおり、年明けの投稿は1/4から再開予定です。


皆さまが良いお年を迎えられることをお祈りし、2021年最後の挨拶に返させていただきます。


来年も引き続き、よろしくお願いいたします。

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