表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/290

21話 パニック・ラン


エレナが会敵する少しだけ前。


広間の中央に向かってゆっくりと進んでいくエレナの様子を、イノチは遠くから見守っていた。


エレナは少し進むと、しゃがみこんで何かを確認している。



(…何やってんだ、あいつ?)



エレナの行動に疑問を持ちつつ、イノチはふと、自分の右手に目を落とした。


さっきほど考えていた疑問が、頭から離れないのだ。


右手に装備されたSR装備アイテム。


いったいこれは何なのか…

入手確率がかなり低いレアアイテム?

それを幸運にも手に入れたとか?

もしかして最近、実装された新アイテム?

でも、それにしては能力がチート過ぎやしないだろうか…



「本当に、ラノベでよくあるチート系のアイテムだったりしてな…ハハ」



そんなことを思い浮かべながら、イノチは考えにふける。


特に気になっているのは、右手の甲に浮かび上がった『Z』の文字だ。



(『Z』ってどこかでも見たんだよなぁ…どこだったかなぁ…)



記憶をたどるが、どうにも思い出せない。



「ダンジョンから出たら、まずはいろいろと情報を集めないといけないなぁ…今日は単にレベル上げに来ただけだったのに、こんなことになるなんて予想してなかったなぁ…」



イノチがそう言ってため息をついたその時だった。


何かが地面を突き破るような、そんな鈍い音が広間の中央から聞こえてきたのだ。



「なっ…なんだ?何が起きた!エレナは…?!」



見れば、エレナが黒い物体と対峙している。暗くてよく見えないが、グネグネとうねるそれは触手のようにも見える。



「なんだ…あれ…」



イノチが驚いていると、エレナが先手を打ち、その触手のようなものを切り裂いた。

それを見たイノチが喜びの声を上げる。


…が、それらはすぐに再生し、くっついてしまった。



「エレナっ!あぶなっ…!」



今度は、構えるエレナの下から、何度も触手が襲いかかるが、エレナはそれを難なくかわしていき、岩場に華麗に着地する。



「なんだ、こいつ。土の中から攻撃とか…どう攻略するんだよ。しかも、あの触手みたいなのは、攻撃が効いてないみたいだし…本体をおびき出さないといけないタイプのモンスターってことか?」



イノチは戦いの様子から、モンスターについて分析していくが、それは無駄に終わる。


なぜなら、突然の地鳴りとともに、土を巻き上げながら巨大な物体がエレナの前に姿を現したからだ。


四方八方にわたって何本にも伸びる触手。

体の形は常に変化し流動的で、横にも縦にもエレナの数倍はあるであろう巨体がそこにはいた。



「なんてデカさだよ…こんなの倒せるのか…」



イノチがそうこぼしていると、様子を見るように一本の触手がエレナに襲いかかった。



「エレナっ!!」



イノチの心配をよそに、エレナは軽快なステップでそれをかわしていく。


…が、かわし終えると、なぜか一目散にこちらに向かって駆け出したのだ。

もちろん、モンスターもそれを追いかけるようにこちらに向かってくる。



「なっ…なんでこっちに?!」



全力疾走でこっちに向かってくるエレナが何かを叫んでいる。



「BO〜〜SS!!撤退よぉぉぉぉ!!虫〜虫ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


「虫!?」



そう言いながら、涙目のエレナはイノチの横を猛スピードで駆け抜けていく。唖然とした表情でエレナを見送ったイノチは、モンスターの方に目を向けた。


そこには何千…いや何万匹もの小さな虫型モンスターの集合体が、おぞましくうごめきながら、こちらに向かってくるのが見えたのだ。



「うげぇぇぇ!!なんじゃありゃ!!」



イノチも叫びつつ、全力でエレナと同じ方へと駆け出した。


通ってきた通路を必死に走っていくイノチの後ろから、キチチチッと威嚇音とともに、うごめき波打つように虫型モンスターの集合体が追いかけてくる。



「エレナァァァァ!!待って…待ってくれ!!」


「BOSS!!急いで!!飲み込まれたら確実に死ぬわよ!!」



イノチは、前方で走るエレナに必死で追いつこうと足を回すが、持っている剣と盾が邪魔で思うように走れない。



「あぁもう!!これ、邪魔だ!!」



そう言って投げ捨てた剣と盾は、通路いっぱいに広がる虫型モンスターの群れの中に、鈍い音を立てて飲み込まれていった。


走りながらその様子を見ていたイノチは、冷や汗をかきながら前を向き直して、必死に足を回す。


遠目に1階層への階段が見え始め、エレナがその下で待ってくれているのが確認できた。



「BOSS〜!!はやくはやく!!!」


「わかってるよ!!これでも全力で走ってるんだぁぁぁ!!!」



そう叫びながら、イノチがやっとの思いでエレナの元へとたどり着くと、待ってましたとばかりにエレナはイノチを担ぎ上げた。



「わっ!」


「しっかり捕まっててよ!BOSS!!」


「了解…って、エレナ!きてるきてるぅぅぅ!!!」



ビッグベアの時と同様に後ろ向きに担がれたイノチは、目の前に虫の群れが迫っていることに焦りを隠せない。



「そんなのわかってるわよ!はぁっ!!」


「むぎゃっっっ!!」



突然、エレナが高速で走り出したことで、意味のわからない声をあげてしまったイノチであるが、気づくと虫の群れとの距離は一気に離れていた。



「やっ…た…にっ…にげ…られ…た!」



階段の下でうごめく姿が確認できる。

エレナに担がれたまま、イノチは安心したようにため息を吐いたが、その安心はすぐに不安と恐怖に変わる。


階段の下でグネグネとうねっていた虫たちは、個体ごとに羽ばたいて一気に飛びかかってきたのだ。



「エレナ!あっ…あいつら、飛び始めたぞ!!」


「うげぇ、勘弁してよ…もうすぐ1階層に出るわ!しっかり捕まっててよ!!」



エレナがそう言うと階段が終わり、二人は先ほどホブゴブリンを倒した広間に飛び出した。



「なんなのよ!あいつら、またリスポーンしてるじゃない!!」



エレナの視線の先には、倒したはずのゴブリンたちが再び広間を徘徊している。



「たっ…倒してる暇なんてないぞ!」


「わかってる!無視して駆け抜けるわよ!!」


「ギギギッ!?」



エレナはスピードを落とさぬまま、驚くゴブリンたちの間を一気に駆け抜けていく。その後方では、階段の入口から虫の大群が羽音を立てながら姿を現した。


彼らは、飛んでいる方がスピードが速いようで、徐々にイノチたちとの差を縮めていく。



「グギャッ!ガァァ…」

「ギョギャッ!!ガ……」



途中で、その大群に飲み込まれたゴブリンたちは、虫たちが去った後、骨だけとなりその命を虫たちの糧にしていく。



「エレナ!!あっ…あいつら、飛んでる方が速いぞ!!このままだと…追いつかれる!!」


「わかってるって!!あたしも全力で走ってるのよ!!でも、BOSSを置いていけばもっと速くなるけど…どうする!?」


「わぁっ!ごめん、ごめなさい!!文句は言いません!!エレナ様!!!」


「わかればいいの!最後の階段よ!!」



最後の階段に差しかかり、エレナは残りの力を振り絞る。


虫たちも何かに気づいたように、逃すまいと飛ぶスピードを速め出した。


徐々に迫り来る虫の群れが、階段の通路などほとんど見えないほどに、イノチの視界を埋め尽くしている。


大きな羽音を響かせて襲いかかる虫の群れは、すでに目と鼻の先だ。


大きく発達した複眼が特徴的で、青色の光沢を放ち、美しくも感じられる羽をはばたかせて襲いかかるそれらは、イノチにイナゴの群れを連想させた。



「BOSS!!出口が見えたわ!!」


「たっ…頼む、エレナ!もうほとんど距離がない…わぁっわわ!!痛ててて!!!」


「BOSS!大丈夫!?」


「痛いっ!かじるな!!このぉ!!」


「…くっ!あとちょっとなのに!!」



イノチの顔が虫の群れの中に入りかけ、耳や頬をかじられ始める。


必死に両手で顔の周りを払うが、虫の数が多すぎて、まったく意味を為していない。


そして、少しずつ…少しずつ…エレナの体にも虫たちが群がり始め、すでに二人の前方以外は虫たちに覆い尽くされてしまった。


しかし、イノチがもはやこれまでかと思ったその時であった。



「うわっ!!右手が…勝手に!!?」



再び輝き出した右手。

そこには『Z』の文字が浮かび上がり、『ハンドコントローラー』が姿を現した。


右手はエレナの太ももに移動する。



「ボッ…BOSS!?こんな時に、何やってん…の!?…あっ…」


「しっ…知らないよ!勝手に右手が…動いて…!?」



イノチの意思とは関係なく、彼の右手はエレナの太ももを撫で回…


いや…タイピングするような動きを始めた。そして、ゴブリンを倒した時と同じように、最後に何かをターンッとタップしたのだ。



「…ん?足が…足が軽くなった!!」



エレナの歓喜の声が聞こえる。

そして、二人の体がゆっくりと虫の群れから離れていく。



「エッ…エレナ?どうしたんだ!?」


「わかんないけど、足がめちゃくちゃ軽くなったの!!これならいけるわ!!おりゃぁぁぁ!!!」


「あひゅっ!!」



先ほどとは桁違いのスピードで階段を駆け抜けるエレナ。


それに引っ張られ、イノチはまた意味のわからない声を上げしまうが…


そのまま、二人はダンジョンの入口から飛び出した。


エレナは受け身をとって虫の群れの攻撃に備えるが、イノチはその勢いのまま転がって木にぶつかる。



「あぎゃっ!!」



叫びを上げるイノチを尻目に、エレナがダンジョンの入口を鋭く睨みつけていたが…



「…出てこれない…みたいね。」



何か透明な壁にでも阻まれているかのように、ダンジョンの入口から外には出れずにいる虫たちを見て、エレナはホッと胸を撫で下ろしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ