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89話 過去の記憶


布が裂ける音がする。

八岐大蛇が指の先の鋭い爪で、ミコトの服の一部を切り裂いたのだ。


破れた服とつけていた胸当てが舞い、白い肌が現れてミコトが小さく悲鳴をあげる。



「オロチっ!!貴様、下賎な…!!」


「カカカカカ!そんなこと気にしている場合か?」



ゼンの言葉に八岐大蛇はいやらしい笑みを浮かべた。

そして、ミコトの露わになった白い肌の上で、ゆっくりと爪を走らせる。



「っつ!」



痛みに顔を歪ませるミコト。

八岐大蛇の爪が走った後には真っ赤な血が滲んでいた。



「やめろぉぉぉ!」



ミコトを傷つけられ、ゼンの心に怒りが込み上げてくる。

倒れている体を必死に起こそうと手足に力を込める。


しかし、ダメージを受けた体はまったく言うことを聞いてくれない。



(たった一撃で、これほどまでにダメージを受けるとは…)



覚醒体の恐ろしさを改めて感じつつも、力の入らない腕になんとか力を込め、ぶるぶると震えながら必死に立ち上がろうとするゼン。


全身から噴き出す大量の汗が、ポタポタと地面を濡らしていく。


それを見ていた八岐大蛇がゆっくりと口を開いた。



「滑稽だよなぁ…」


「グググググ…」


「惨めだよなぁ…」


「ハァハァ…ぐおぉぉ…」



そう笑いながら、八岐大蛇は何度もミコトの腹部を爪でなぞっていく。


その度に滲んだ血が滴り落ち、ミコトが顔を歪ませた。



「オロ…チ…やめろ!」


「悔しいか?弱いことは罪だよなぁ…ゼン。主人がこんな姿になっても、すぐに助けることすらできねぇんだから。だが、これも全てお前が弱いことが悪いんだ。」


「やめろぉぉぉ!がぁぁぁぁ!!」



その言葉をきっかけになんとかその場に立ち上がったゼンを見て、八岐大蛇はふざけたように口笛を鳴らす。



「いいねいいねぇ!次は…次はどうするんだ?」


「ミコトを…離せ…」


「そんなんで離すわけねぇだろ!おらっ!」



八岐大蛇は楽しむように、今度はミコトが履いているサロペットスカートの一部を切り裂いた。



「っ!?」



太ももと下着の一部が露わになり、ミコトが恥ずかしそうに呻き声上げる。



「ハァハァ…それ以上は…やめろ…」


「あぁ?なんだって?聞こえねぇよ!」


「それ以上はやめろと言ったんだ!!…くっ」



これ以上は我慢できないと言うように、声を上げて前に踏み出したゼンであったが、体を支えきれずに倒れそうになってしまう。



「ぐ…くっ!ハァハァ…」



辛うじてその場に踏み留まったゼンを見て、さらに挑発する八岐大蛇。



「グハハハハ…やめてほしいなら自分の力で助けてみろよ。さぁ!来いよ!!ほら!早く!!」



八岐大蛇はミコトの肌を舐め上げて、ゼンを煽るように舌を出して笑う。



「う…うぅ…ハァハァ…ぐっ!」



ゼンがゆっくりと一歩を踏み出した。


ふらふらとおぼつかない足取りでよろけ、近くにある木に肩を寄せるゼン。


誰がどう見ても、この状況からはゼンに勝ち目がないことは明らかだった。


八岐大蛇との明確な戦力差。

人質に取られたミコト。


状況自体が絶望的である上に、ゼン自身が満身創痍。


もはや全て終わり…ゲームセットと言っても過言ではない状況。


しかし、そんな中でもゼンの目は諦めてはいなかった。


真っ直ぐとミコトを見据えたその瞳。

それは確実に八岐大蛇ではなくミコトを見ていた。


主人を…友を助けることだけを考えて、ゆっくり近づいてくるゼン。


八岐大蛇にはそれが気に食わなかった。

見ているだけで、無性に腹が立って仕方がない。


絶望的な力の差を目にしてなお、諦めないゼンの行動が理解できなかったからだ。


自分の方が優位に立っているはずなのに…


八岐大蛇はいつしか煽ることを忘れ、少しずつイラ立ち始めていた。




その一方で、八岐大蛇に捕まったまま、ゼンの行動を見ていたミコトは悔しさを噛み締めていた。


必死に助けようとしてくれるその姿に感極まる反面、情けない自分自身に怒りを感じて憤慨していたのだ。



(本当に私はダメダメだ…ゼンちゃん…もういいよ…)



本音ではそう叫びたかった。

自分のことなど気にしなくていいと、ゼンに伝えたかった。


しかし、自分が死ねばゼンも死ぬことはわかっているからこそ、その言葉は口にはできない。


ゼン自身がその事を考えているかはわからないが、ミコトの口からは絶対に言ってはならない言葉なのだ。


それもこれも、全ては自分がガチャ魔法でゼンを引いてしまったから。


ガチャ魔法に縛られたゼンは、ミコトを守らなくてはならない。


今だけはその繋がりが憎くてしょうがなかった。


よろけながらもゆっくりと近づいてくるゼン。

その姿を見ているだけで胸が苦しくなり、叫んでしまいそうになる。


しかし、耐え切れず先に口を開いたのは八岐大蛇だった。



「ゼン、てめぇ…それ以上近づくんじゃねぇ!!」



大きく叫ぶその顔には、明らかに怒りの表情が浮かんでいる。



「どうした…ハァハァ…私が怖くなったか…くっ…」



立ち止まったゼンは、苦しそうにも口元に笑みを浮かべた。

それを見て八岐大蛇は面倒臭そうに舌打ちをする。


なぜかわからないが、いつの間にかゼンが大きく見えるのだ。


満身創痍である奴がなぜ…

八岐大蛇の怒る心の中に、困惑が生まれていた。



「それ以上近づくな…この娘を殺すぞ。」



そうつぶやき、八岐大蛇はミコトの首筋に爪を向けた。

爪の先が肌に当たり、一筋の血がミコトの首から胸へと伝う。


その事にミコト本人は声を上げることなく、必死に耐えている。



「ゼン…てめぇ、何考えている…この状況で、この娘を助けるなんて無理なことくらいわかるだろうが!なぜ諦めない!?」


「…ハァハァ…では、逆に聞くが…なぜ…諦められるのだ…?お前が逆の立場ならば、大切な人を…簡単に見捨てることが…できるのか?」


「ちっ…だが、近づいてきても返り討ちに遭うだけじゃねぇか。覚醒体の俺とただの竜のお前…力の差は歴然なんだぞ!結果は見えてるはずだ!」


「そうかも…知れない。だがな…私は竜種…私は気づいたのだ…」



そこまで告げると、ゼンは八岐大蛇を真っ直ぐと見据えた。


力強い意志の宿った双眸。

その二つの瞳から発せられる想いが、言葉とともに八岐大蛇へと突き刺さる。



「友を…仲間を…自分以外の全ての者を想い、守ることが竜種の使命だということにな!」



その言葉に八岐大蛇はハッとして口を閉ざした。

そして、昔ある人に言われた言葉…その記憶が蘇ってきたのだ。


八岐大蛇が生まれて間もない頃の記憶…

生みの親であるアマテラスとの会話…



『オロチよ、お前には足りんものがある。それがわかるか?』


『足りない…ものですか?』



悩む八岐大蛇にアマテラスは表情を変えずに言葉を綴った。



『竜種は強さの象徴。竜種は他種族に比べて大きな力を持つ。しかし、使う者の魂次第で、その力は善にも悪にも染まるのだ。お前はまだまだ思慮に欠ける。先輩のウォタをよく見習え。』



その言葉を聞いた時、八岐大蛇にはその言葉の意味がよく理解できなかった。


竜種は強さの象徴。

全ての種の頂点であり、恐れ崇められる存在であるはず…


アマテラスはなぜ弱者を思いやれと言うのか。

なぜウォタを見習わなければならないのだろうか。


力をつけ、ウォタを超えることこそ自分の為すべきこと。

それだけを信じてきたのに…


なぜ自分は今、枷を背負わされているのだろうか…

なぜ自分はアマテラスを裏切り、ノルデンの御方の計画に乗ったのだろうか。


考えれば考えるほど、全てがわからなくなる。


わからない…全部わからない…なぜだ…なぜだなぜだ…





なぜこうなったのだ!!



「うるせぇぇぇぇ!!ちくしょおぉぉぉ!!」


「きゃぁぁぁぁぁ!!」



怒りに我を忘れ、八岐大蛇はミコトを空へと放り投げた。

叫び声と共に彼女の悲鳴が響き渡る。



「どいつもこいつも…うるせぇんだぁぁぁ!死ねぇぇぇぇぇ!!」



落ちてくるミコトに向けて、八岐大蛇が鋭い爪を向ける。



「オロチ!!待てっ…!!」



突然の八岐大蛇の行動に焦ったゼン。


ミコトを守ろうと無我夢中で飛び出そうとした瞬間、ある異変に気がついた。



「な…!?止まって…いる?」



先ほどまで落下していたミコトは、いつの間にか空中でその動きを止め、彼女に向けて狂爪を向ける八岐大蛇でさえ、石像のように動かなくなっている。


そして、周りを見渡せば草木も何もかもがその動きを止めていたのだ。


いったい何が起きたのか理解できず、慌てるゼンに向けて声が響き渡る。



「ゼンよ…お前は辿り着いたな…」


「その御声は…アマテラスさま!?」



ゼンに話しかけてきたのは、竜種の生みの親、太陽神アマテラスその人であった。

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