61話 クラン『孤高の旅団』
「…ケル…ん…」
ーーー声が聞こえる…
「起…て…タケ…」
ーーー懐かしい声だ…聞き覚えがある声…
「タケルくん!起きてよ!」
その声に薄っすらと目を開けると、橙色の髪を風になびかせた少女が見えた。
その髪を指でかき上げる少女。
どうやら自分は彼女に膝枕をしてもらっているらしい。
「きなこ…?ここは…?」
「寝ぼけているの?大丈夫…?」
そうこぼして少女はこちらに笑顔を向ける。
その笑顔にタケルはハッとした。
懐かしい笑顔…
失ったはずの笑顔がそこにあったからだ。
「きなこ…僕は…」
「わかってるよ。頑張ったんだね。」
少女はそう言ってタケルの髪を撫でる。
何度も何度も優しく…
それが心地よくてタケルは再び目を閉じた。
爽やかな風が体を撫でるように吹き抜けていく。
その風の音とともに意識が遠のいていくのを感じる。
まだこのままでいたい…
彼女と話したい…
彼女に触れていたい…
しかし、その願いは叶わずにゆっくりとタケルの意識は沈んでいく。
そして、頭の中に声が響いてきた。
ーーーもう少し頑張らないとね…タケルくん…
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「きっ…きなこ!」
気づいて目を開けると酒の香りが鼻をついた。
生温かい空気が立ち込める酒倉の中で、タケルは唐突に起き上がる。
「あれ…ゆ…夢…?なんで今さら…」
なぜ今になって彼女の夢みたのだろうか。
頭にそんな疑問がよぎるが、それを考えるよりも先に声がかけられる。
「おう!目が覚めたか!」
声の方に目を向ければ、仕込みを続けているアシナがいた。
「そっ…そうだった!酒…酒は!」
「心配すんな!ほれ、あそこだ!」
アシナが指し示す方へ目を向けたタケルは驚いた。
そこには、想像以上の数の樽が積み上げられていたからだ。
その周りでは疲れ果てて眠りにつくミコトやオサノの他、サリーやガージュたちの姿がある。
「みんな不眠不休で頑張ってくれたおかげで、こんなにたくさんつくることができたぜ。」
そう笑みをこぼすアシナ。
タケルは積み上げられた樽を改めて見て、大きく息を吐き出した。
すると今度は、後ろから聞き覚えのある声が響く。
「よう、タケル!目、覚めたか!」
振り返ればそこには、見知った面々が立っていた。
タケルがリーダーを務めるクラン『孤高の旅団』のメンバーたちだ。
「みんな…」
その顔ぶれに感極まるタケルに仲間の一人が声を掛ける。
「おいおい、タケル!どうしたんだよ!なに泣きそうになってんだよ!」
そう言って笑うのはクランの副リーダーであるソウタ。
袴が特徴的な和装と、その腰には一際長い得物を携えている。
若干、見た目がオサノと被っているようにも思えるが、それについては彼も気にしているので、ここでは言及しないことにする。
そんな彼の右側には赤い髪の女性がいる。
彼女の名はカヅチ。
胸元が大きく開いた花魁のような服装をまとっている。
反対に、左にいるのは黒髪で片目を隠した男性。
彼の名はソウカクという。
忍者のような服と首に巻かれた青いスカーフが特徴的である。
そして…
「もう、ソウタったら!そんなこと言わないの!タケルちゃんも喜んでるのよ!本当にデリカシーないわね!」
その三人の後ろにいる周りよりも少し背の高いピンクの丸刈りのおか…
いや、お姉系の男性がソウタに向かってプンスカと怒り出したのだ。
クネクネとしたその動きに気圧されて、ソウタが焦った顔を浮かべる。
「ごっ…ごめんって!マタノスケ!」
「もう!!その名で呼ばないで!あたしはシェリーよ!!」
ソウタの言葉にさらにキーキーと喚くお姉。
カヅチもソウカクも肩をすくめてあきれているようだ。
そんな仲間の様子にタケルはおかしくて笑い声を上げた。
ソウタたちは笑い出したタケルに少し驚いたが、すぐに同じように笑い出したのだ。
シェリーことマタノスケと呼ばれたピンクの丸刈りだけは、不服そうに頬を膨らませている。
「もう!人の親切を笑わないでちょうだい!」
「ごめんごめん、マタノスケ…ハハハ。」
「タケルまでその名で!!あたしのことはシェリーって呼んでと言ってるでしょ!!」
「まぁ少し落ち着いたらどうだ、マタノスケ!」
「カヅチ!!あんた!!」
カヅチがそう呼んだ瞬間、シェリーが拳を放つ。
それを受け止めたカヅチは、青筋を立てて笑みを浮かべた。
「本当のことだろ、マタノスケ…!」
「あんただけには…呼ばれたくないのよ!」
「オラァァァァ…」
「ぐぬぬぬぬ…」
いつの間にか両手を組み合い、顔を赤くしながら互いに押し合う二人。
その騒がしさにミコトたちも目を覚まし始めた。
「ふわぁ〜いつの間にか寝ちゃってたのか…あれ?あの人たちは…」
「タケルさまのクラン『孤高の旅団』のメンバーたちです。ミコトさまはオサノさまと一緒でしたので、まだお会いしてませんでしたね。」
いつの間に起きたのか。
横に立つサリーがそう告げる。
「あっ、サリーさん…おはようございます。そうですね、お酒作りでバタバタでしたから…」
楽しげに話すタケルたちを見ていると、横から大きないびきが聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、ガージュとオサノが気持ち良さそうにまだ眠っている。
二人の姿を見て苦笑いしているミコトに、サリーは淡々と話を続けた。
「そこの二人は放っておいて構いません。タケルさまの元へ行って皆さまと顔合わせをいたしましょう。」
「そっ…そうですね…アハハ。」
汚いものを見るかのようなサリーの視線に、ミコトは苦笑いせざるを得なかった。
・
「改めて、みんなありがとう!」
タケルがそう頭を下げる横でミコトもつられて頭を下げた。
「なんだよ、タケル!水臭い!そんなこと気にすんなよ!」
ソウタの言葉に頭を上げたタケルは、今度は自分のクランメンバーにミコトを紹介する。
「ありがとう!こちらはミコトさん。例の彼のクランに所属してるんだ。酒を作るのが忙しくて紹介が遅くなっちゃだけど、よろしく頼むよ。」
「ミコトさんだね!僕はソウタと言います。クランの副リーダーしてます。」
「あたしはカヅチだ。よろしくね。」
「私はソウカクです。」
順番に自己紹介をしていく『孤高の旅団』メンバーたち。
そして、最後に彼…いや、彼女の番になる。
「あたしの名前はシェリーよ♪『孤高の旅団』の一輪の花♪ミコトちゃん、よろしくね♪」
「……。あっ!はっ…はい!よろしくです。」
ウィンクをしながら投げキッスをするシェリーに一瞬唖然としていたミコトは我に返って挨拶を返した。
「おら!マタノスケ!ミコトちゃんが驚いてんだろうが!」
「うっさいわね!その名で呼ぶなって言ってんのよ!このゴリラ女!」
「んだと!?てめぇ、ぶっ飛ばす!!」
「あ"あ"ん?やれるもんならやってみろや、ごぉるぁ!!」
「え…え!?あの…?!」
再び睨み合うカヅチとシェリーに焦るミコト。
しかし、今回はタケルが止めに入った。
「二人とも!いい加減にしろよ!ミコトが困ってるだろ!それに、今は喧嘩してる暇はないんだ!出来上がった酒を例の祠に持っていく準備をしなきゃ!」
「そうだぞ、二人とも!いい加減仲良くせんか!」
タケルに続いてオサノが二人を一喝すると、カヅチもシェリーも腕を組んで不貞腐れたようにそっぽを向く。
「ハッハッハッ!元気なことでなによりだ!」
その様子を見ていたアシナが笑いながらやってきた。
彼こそ寝不足のはずだが、彼の大きな声はそんなことをまったく感じさせることはない。
「外に荷馬車をいくつか手配してある!そこにあの樽を全部積み込んだら出発だ!」
「ありがとうございます。何から何まで…」
「なに言ってんだ!これは俺の戦いでもあるんだぜ!と言っても、俺ができるのはここまでだがな!さぁ、さっさと積み込んじまおう!俺は一樽持っていって先に積み込んでおくからな!」
アシナはそう言うと、大きく笑いながら樽を一つ抱えて、酒倉の外へと出ていった。
タケルはそんな彼の背中を静かに眺めていた。
その心には嬉しさと憂いが同居している。
これからが本番なのだから…
ここで喜ぶにはまだ早い…
そんなことを考えしまい、すぐに踏み出せないタケルの横にソウタが並ぶ。
「…じゃあ、さっさと準備しようぜ。」
「あぁ…そうだな。」
ソウタの励ましの言葉に背中を押され、タケルが一歩を踏み出したその時だった。
ズドォォォォンッ!!
何が爆発したような大きな音が、あたりに響き渡ったのだ。
「なっ…なんだ!?なにが起きた…」
「敵襲か!?」
「バカ言え!こんなところに誰が攻めてくるんだ!」
オサノやカヅチたちが驚く中、シェリーが音の位置を特定する。
「今のは酒蔵の"表側"からよ!それも、アシナさんが向かった方向!!」
その瞬間、タケルは駆け出していた。
ミコトやクランメンバーたちもそれを追う。
そして、タケルたちが酒蔵の玄関口の前にたどり着いた時、そこには驚くべき光景が広がっていたのだった。




